魯迅の『狂人日記』あらすじ考察 人が人を食う儒教の虚偽

狂人日記 散文のわだち
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魯迅の小説『狂人日記』をご存知ですか?

1918年に発表された短編小説で、当時既に38歳だった魯迅の処女作になります。

魯迅は辛亥革命以降に活躍した中国の作家で、当時の自国の文化や風習や国民性を痛烈に批判したことで知られる、新思想的な文学者です。

本作『狂人日記』は、周囲の人間が自分を食べようとしているという強迫観念に陥った男の物語です。その背景には、食人文化や儒教など、依然として中国に残り続けていた旧式の風習や社会制度の虚偽を訴える目的がありました。

強迫観念に囚われた男の妄想癖の裏に隠された、旧式の文化に対する批判的なメッセージを詳しく紐解いていこうと思います。

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『狂人日記』の作品概要

作者魯迅
発表時期 1918年(大正7年)   
ジャンル短編小説
テーマ旧制度の批判、
儒教の虚偽を主張
カニバリズム批判

『狂人日記』の300字あらすじ

精神錯乱により、強迫観念に襲われた男の日記が読み進められます。

外を歩けば人々はおかしな目つきで噂話をして、薄気味悪い笑顔を浮かべます。村の人々が何を企んでいるのか、男は確信していました。

皆は自分を食べようと考えている、彼はそのような強迫観念に陥っているのです。

処刑した罪人を食うことがあれば、飢饉になれば子供を食うこともあり、歴史を振り返れば食人文化は珍しくありません。しかし、時は1910年代、近代化の時代です。男は食人の愚かさを必死で訴えるのですが、周囲からは気狂い扱いされる始末です。

知らぬ間に自分も人肉を食ったことがあるかもしれず、その因果として自分が食われる順番が来たのだと、男は嘆くのでした。

『狂人日記』のあらすじを詳しく

①大病にかかった故郷の人間

中学時代の友人から、故郷で大病にかかった者がいるとの知らせを受けました。

久しぶりに故郷に帰ると、1人の友人と遭遇し、なんでも彼の弟が例の病人だったようです。しかし、現在では病状は回復し、弟は仕事で某地に赴任しているみたいです。

弟の病状は精神錯乱による迫害狂、いわゆる強迫観念に襲われる精神病でした。

弟が書き記していた日記には、当時の病状の酷さが記されていました。

その日記こそがまさに、精神に異常をきたした、狂人の日記だったのです。

②周囲の人間の不自然な態度

日記を綴った当人である、その男には酷く恐れていることがありました。

通りを歩けば、人々が自分をおかしな目つきで見つめ、ひそひそと噂話をし、薄気味悪い笑顔を浮かべるのです。村の子供たちも例外ではなく、奇妙な目つきで噂話をしています。

一体村の人間は自分に何の恨みがあるのだろうか、と男は考えます。過去に犯した些細な過ちを思い返して、その出来事が人伝えに広まって、皆の顰蹙を買ったのだろうか、と推測しては恐ろしい気持ちになります。

皆が自分をやっつけようと企んでいる、男はそう感じているのでした。

③食人の歴史

不眠に陥った男は、夜通し周囲の人間の不自然さの原因について研究していました。

「お前に二つ三つ咬みついてやらなければ気が済まない

往来で会った女のこの言葉が忘れられません。

あるいは、「処刑された村の罪人の心臓をある者は油で炒めて食った」という兄の会話に、自分が口を挟んだ時の兄の目つき、何もかもが不自然なのです。

村の人々は人間を食い慣れているのだから、自分を食ってもおかしくない、と男は推測します。

子を易えて而して食ふ」という古語があるくらい、飢饉とも慣れば人肉を食うことは珍しくありません。それどころか、歴史を振り返れば、人はしょっちゅう人肉を食ってきたのです。

ともすれば、彼らは自分を食おうと企んでいるに決まっている、と男の推測は確信へと変わっていきます。




④兄貴が主犯格かもしれない

医者の親爺に診察を受けている最中も、こいつは自分の首を斬ろうと企んでいるのだ、と男は警戒しています。

「いろんな事を考えずに静かにしていればよくなる」と医者は忠告します。しかし男には、自分を食べるために肥らせようする企みにしか思えません。

医者が家の門を出る時に、「早く食べてしまいましょう」と兄貴に小声で話しているのが消えます。果たしてそれが本当に食人のことであるかは不確かですが、少なからず男は「自分の兄が人食いの主犯格である」という思い込みに至ります。自分自身が人食いの兄弟であることに彼は驚きを隠せません。

兄貴たちが自分を手っ取り早く殺さないのは、自害を迫っているからだと男は考えます。罪を犯してもいない人間を直接殺せば祟りがあるため、じんわり追い込んで、自ら死んでくれるよう仕向けているのだと男は結論づけます。

⑤兄貴を説得する

往来の人間に鎌をかけるごとく、「人食いの仕事は旨く行ったかね」と尋ねても、「飢饉でもないのに人は食わない」と言って話題をはぐらかされます。それでもしつこく問い詰めると、相手は青ざめてしまうので、こいつも兄貴の仲間に違いないと男は確信します。

自分が人を食えば、人から食われる恐れも生まれる、この醜い牽制さえ無ければ、どれだけ安心して暮らせるだろうかと男は考えます。

男はついに兄貴に向かって、人食いの愚かさについて熱弁します。人食いを改めれば、仲間同士が疑い合うことなく、平穏無事に暮らせるのだと訴えます。兄貴は最小のうちは冷笑していましたが、次第に青ざめた表情になります。

門の外では大勢の人間が中の様子を覗いていました。それを見兼ねた兄貴は「気狂いを見て何が面白い」と怒鳴り散らします。ところが男には、自分を気狂い扱いすることで、最終的に悪人に仕立て上げて食おうと企んでいるようにしか聞こえません。

改心しろ、改心しろ、男はそう叫び続けるのでした。

⑥妹の次は自分の番なのか

5歳になったばかりの妹が死んだときのことを男は思い返します。

泣き続ける母親を兄貴が慰めていたのは、大方自分で妹を食ったのだから、泣き出されては気の毒だと思った故のことだったのだと悟ります。事実、兄貴はかつてこのような台詞を口にしたことがあります。

親の病には、子たる者は自ら一片の肉を切取ってそれを煮て、親に食わせるのが好き人というべきだ。

もしかすると、飯の中に妹の肉が混ざっていて、自分も食べたのかもしれないと男は考えます。そして今度は自分の番が来たのだと、頭を抱えるのでした。

彼は、まだ人食い文化に侵されていない将来の子供が人の肉を食わなくて済むよう、救いを求めるのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『狂人日記』の個人的考察

中国の食人文化批判

世界各地で、かつて食人文化があったのは事実です。日本でも、いわゆる万病に効く薬食として、人肉ないしは内臓を食っていた記録が残っています。

ところが中国が他国の食人文化と異なるのは、薬食や宗教儀礼とは関係なく、単純に食文化として人肉を食べていた点です。

文中に「子を易えて而して食ふ」という古語が登場します。これは、飢饉や戦争によって食糧不足になって、自分の子供を食うのは忍びないため、他人と子供を交換して食べた、という中国の記述に由来するものです。

こういった前時代的な中国社会の習わしを批判したのが、本作『狂人日記』の1つのテーマです。単純に文字だけを追えば、強迫観念に侵された男が勘違いしているだけの滑稽な物語に感じられますが、実はこのような中国の歪な食文化が背景があったのです。

魯迅はかつて日本に留学していました。当時の日本は日清・日露戦争の勝利により、アジアで勢力を拡大させていました。列強の文化に親しみ、他国の状況を肌で感じていたからこそ、依然として中国に残る非倫理的な悪習、ひいては自国民の意識の低さを実感していたのでしょう。

ともすれば、本作は精神錯乱した男の虚言癖ではなく、倫理基準を持たない中国国民の実態を揶揄していたのだと考えられます。

旧思想的な儒教を批判

食人文化について考察しましたが、これもまた一種の隠喩に過ぎないのです。魯迅が本当に批判していたのは、食人文化というよりは、儒教になります。

儒教こそが、人が人を食う、虚偽的な道徳の根源であると魯迅は主張していたのです。

儒教は中国の長い歴史において、国民の精神の支えとなっていた思想・哲学・文化です。法律によって国家を治めるのではなく、道徳によって国を治める、徳治主義の側面を有しています。これが非常に曖昧な倫理基準で、そもそも正しさという抽象的な概念を神のような超越した存在なくして規定するのは非常に危険みたいです。なぜなら、人間は自分に都合の良い考えを持つので、バレなければ大丈夫」とか「騙された方が悪い」みたいな思考が横行してしまうからです。

つまり、儒教には、悪いことをすれば神様に咎められる、という考えが存在せず、全て個人の徳に任せているため、場合によっては自分だけが良ければそれで良い、という考えに至ってしまうわけです。

この「騙された方が悪い」の精神は、結果的に仲間同士で疑い合う羽目になります。まさに『狂人日記』の主人公が訴えていた、自分が人間を食ったら、自分も相手に食われるかもしれない、という状況です。これが、いわゆる「人が人を食う封建的な教え」であり、魯迅が痛烈に批判していた儒教の真実なのです。

『狂人日記』の最後に綴られた、人間を食ったことがない子供たちを救え、という文章は、まだ儒教に毒されていない子供たちを救わなければいけない、という新思想的な時代の変革を主張していたのでしょう。

以上、魯迅の『狂人日記』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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