太宰治の『狂言の神』あらすじ考察 「人間失格」の入水自殺から7年後の物語

狂言の神 散文のわだち
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太宰治の小説『狂言の神』をご存知ですか?

1936年に発表された短編小説で、作品集『二十世紀旗手』に収録されています。

この作品集は、太宰治の暗黒時代に書かれた短編小説を集めた書籍です。精神病院に入院していた時期の支離滅裂な作品が多いため、正直初心者にはあまりお勧めできません。

ただし、代表作『人間失格』と、そのスピンオフ的短編『道化の華』を読んだ方には、是非この『狂言の神』を一読していただきたく思います。

なぜなら本作は、入水自殺に失敗し、青松園という例の病院に入院していた頃から、7年が経過した設定で綴られた物語だからです。

7年が経過した主人公が、再び自殺を試みるまでの心理描写を綴ったストーリーになっています。あいにく『人間失格』や『道化の華』とは異なり、主人公は「笠井一」という大学生です。しかし、いずれも太宰治本人の実体験を元に書かれた作品であるため、3つの物語は無関係ではありません。

それでは、またしても『人間失格』のスピンオフ的な楽しみ方ができる作品の、あらすじと考察を説明していきます。

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『狂言の神』の作品概要

作者太宰治
発表時期 1936年(昭和31年)
ジャンル短編小説、私小説
テーマ自殺未遂の体験談
些細な幸福

『狂言の神』の300字あらすじ

小説家の笠井一は自殺を決意し、最後の贅沢として有り金を散財します。

慣れ親しんだ飲み屋や、行きずりの女との時間にお金を使ったのちに、彼は導かれるように江ノ島へやって来ました。彼がかつて入水自殺を敢行した土地です。変わりゆく江ノ島の風景や、搬送された病院の荒廃に、過ぎた7年の年月を実感します。

今度こそしくじりたくない笠井は、首吊り自殺を試みます。ところが首に巻き付けた縄は、なかなか彼を死の入り口へと導いてくれません。それどころか、あまりの不快感に縄を振り解いてしまいました。

自殺に失敗した笠井は、大好きな外国タバコに耽り、庶民の生活なら自分にもできるかもしれないと、些細な希望を見出すのでした。

『狂言の神』のあらすじを詳しく

本作の着目ポイントは、かなり実験的な書き方だということです。

主人公「笠井一」として物語が進行するのですが、途中で太宰治本人の物語であることが明かされます。自己喪失症の太宰治は、他人の口を借りなければ、自分のことを語れないようなのです。そのため、「筒井一という作家を通して自分の身の上について語る」という旨が作中ではっきり明言されています。

『道化の華』においても、作中に何度も太宰治本人の心の声が挿入されていました。そちらをご存知の方は、本作の実験的なスタイルも受け入れやすいかもしれませんね。

他作品同様に、これは太宰治本人の物語であると、一度自分の中で消化してから読んでいただければ理解しやすいと思います。

では、あらすじに参ります。

①笠井一という男について

小説家である「笠井一」の書斎に隠されていた履歴書の内容によって、物語の幕が切られます。

真面目に書かれた履歴書ですが、後半には「なあんてね」という照れ隠しのような文章が記されています。まるで、書いている途中に恥ずかしくなって、筆を投げ出したような調子です。そこには、極度の不安や羞恥や、自意識過剰が潜んでいると言うのです。

一体「笠井一」とはどんな男なのでしょうか。

笠井一は、優れた小説家でした。しかし、死ぬ間際まで一定職に就こうと焦っていました。いわゆるサラリーマンになろうとしていたのです。決して、執筆活動のために困窮していたわけではありません。むしろ、小説家として人並み以上の豊な生活を送っていました。そんな彼がなぜサラリーマンになりたがったのでしょう?

彼の生涯の願いは「人らしい人になりたい」の一事でした。つまり、彼は小説家としての生活に深い苦悩を抱いていたのです。だからサラリーマンの生活に憧れていたのでしょう。それどころか、彼の一般人への過剰な憧れは、罪悪や羞恥や恐怖にすら感じられました。

憧れは儚く、彼は首を吊ってこの世を去りました。世間では様々な憶測が飛び交いましたが、誰も真実を知りません。

笠井一は新聞社の就職試験に落第したから死んだのです。

心に深い闇を抱いた笠井一が、死就職試験に落第した直後から物語は展開されます。

②就職試験に落第した後の放浪

新聞社の就職試験に落第した笠井は、有り金を全て持ち出し、ほろ酔いで銀座を歩いていました。死ぬ前に最後の贅沢をしようと、街を彷徨っていたのです。

笠井は歌舞伎座で舞台を見てから、過去に通っていた浅草の食堂に向かいます。食堂で働く6人の女中の内で、一際貧しい15,6歳の少女を、かつて彼は可愛がっていました。次第に少女は化粧を覚え、身なりを装飾するようになり、食堂の看板娘になりました。看板娘として忙しくなると、少女は笠井の相手をしなくなり、彼もそれっきり店に通うことはなくなっていました。

そんな思い入れのあるお店で、笠井は一年ぶりに大酒を喰らいます。感傷的な彼は、少女にお小遣いを渡したり、近くにいた客に酒を奢ったりして、どんどん金を消費していきます。また、店に入って来た商人を知り合いの先生に見立てて、デタラメな会話を持ちかけたりして、ダル絡みを炸裂させます。

散々金を使った笠井は、満足して店を後にします。先ほどまでの浮かれ具合が嘘であるかのように、入水か、飛び込みか、薬品か、と彼は自殺の手段を考え始めます。そして、できる限り自宅から遠く離れた場所に行って死のうと決めます。

遠くに行こうと決めた笠井は、タクシーに乗って東京から横浜までやって来ます。そして、ホテルの近くで知り合った、ナポレオンに似た女性と一夜を過ごします。ここでも太宰の色男ぶりは健在です。

翌朝、目覚めた笠井は、昨晩お金を使い過ぎたことを反省します。一晩の間に、有り金の大半を使い果たしていたのです。死ぬ最後を貧しい気持ちで終わらせたくない彼は、節約を意識します。

そして、電車に乗り込んだ笠井は、自然と江ノ島を目指していました。

③思い出の地、江ノ島にて

電車に乗り込んだ笠井は、江ノ島における過去の記憶を回想します。

彼がかつて、女と入水自殺を決行したのが江ノ島だったのです。女は死に、自分だけが生き残りました。そんな思い出深い場所を、彼は再び死場所として選んだわけです。

7年前、かつて笠井が兵士だった頃、彼は戦場から逃げ出しました。戦場に取り残された5人の仲間は全員死に、自分だけが生き延びました。そんな裏切り者としての罪悪感を、裁いてくれる日を彼は待っていました。しかし、その日を待ちきれずに自ら命を絶とうと企て、女と入水自殺を図りました。結局彼は2度も生き延びてしまったのです。

江ノ島に到着した笠井は、たくさんの兵士がいることを知り、自殺を一旦引き延ばします。人が多い場所で入水自殺などすれば、未遂に終わる可能性が高いからです。

笠井は食堂に入り、ビールを飲みながら物思いに耽っています。すると、大勢の兵隊が店内に入って来て、その勢いで彼のテーブルがひっくり返ります。そして、半分以上残っていた瓶ビールは溢れてしまいます。笠井の気持ちは険しくなりますが、黙って勘定を済まして店を出るのでした。

笠井はまどろんだ心地で、幽霊のように歩き、気づいた時には海岸まで来ていました。先程までとは打って変わり、人影が一切ありません。入水自殺を図るには絶好のタイミングです。しかし、彼がいる場所の海は浅く、飛び込んだところで怪我をする程度だと悟りました。彼は今回ばかりは決してしくじりたくなかったのです。

④7年前の記憶

入水自殺を諦めた笠井は、鎌倉行きの電車に乗りました。

途中、電車は青松園という病院の前を通ります。7年前に女と入水自殺を図った後に、彼が入院していた病院です。思い返せば、彼にとって入院生活は、ほのかに生きる喜びを実感できた時間でした。

それからの7年は、とても長く、とても困難な期間でした。当たり前の生活が、彼にとっては当たり前ではないのです。そのため、再び死ぬ目的で同じ場所に帰って来たというわけです。

ふと、彼はかつて入水自殺を図った岩が無くなっていることに気がつきます。そうした風景の中に見える7年の年月が、自分だけが生き延びてしまったことをありありと伝えているようでした。




⑤女性に縋りたくなる笠井

雨の降る中、電車から降りると、駅では女学生が2人、雨宿りをしていました。それを見た笠井は、「もし自分に傘があったならば、死なずに済んだのかもしれない」と意味深なことを考えます。

溺れる者のわら一すじ

弱った人間は無意味なものにも縋ってしまうという意味です。

つまり、もし自分に傘があれば、女学生と関係を持つきっかけになったのに、ということを表現しているのでしょう。笠井はまたしても女性という存在に救いを求めていたのです。

ちなみに、横浜から江ノ島行きの電車に乗る際に、笠井が駅で傘を捨てる描写が綴られています。その傘はナポレオンから買った傘でした。かつて女を死なせた笠井は、今回自殺をするにあたって、女という存在を切り捨てようという決意があり、その心情が傘を捨てる行動に描かれていたように思われます。

しかし、女学生を目にした時に、傘がないことを後悔します。それは決意が揺らぎ、またしても女性に救いを求めたくなる、彼の心の弱さを表現しているのでしょう。

駅の向かいの食堂に入った笠井は、一刻も早く酔いしれたくて、ビールとお酒を交互に飲みます。しかし、いくら飲んでも全く酔えないのでした。彼の心の中に、何か憂いの色が感じられます。

⑥深田久弥先生の家にて

昼ごろに、笠井は作家である深田久弥先生の家を訪ねます。彼は深田先生の作品を気に入っており、以前から話したいと思っていたのです。残り少ない自分の時間を幸せに使うために、どうしても先生を訪問したくなったのです。

先生の家を訪ねる途中、キャメルという高価な外国タバコを購入します。

深田先生の家はとても立派でした。筆1本でこれだけの生活ができるのだと、今夜死ぬには相応しくない、同じ小説家としての安堵を感じていました。笠井と先生は小説についての話題を交わした後に、将棋を差すことにします。勝負は一対一で終了しました。

深田先生が、また今度決着をつけようと口にしたことで、笠井は後ろめたい気持ちになります。今夜死を決行する笠井にとって、決着をつけることは不可能だからです。何となく居心地が悪くなった笠井は、挨拶もそこそこに、先生の家を後にします。

帰り際、庭の満開の桜の木に、縄がぶら下がっているのを見つけます。それを見た笠井は、首吊り自殺にしようと、決めかねていた死に方をようやく決定するのでした。

⑦自殺の決行

夕暮れ時の港を歩きながら、笠井は自殺の決意をさらに固めます。

死んだ方がいいと誘惑するのは、決して悪魔のささやきではない、自分は強く生き通すために死ぬのだ、そして、首吊り自殺は致死率が高く、苦痛も伴わない、彼は頭の中でそう自分に言い聞かせます。かつて、薬品で失敗し、入水で失敗した笠井にとっては、確実に死ねる方法として、首吊りが理想的だったのです。

笠井は、人気のない雑木林の中へ入っていきます。人に見つかることを恐れ、かなり奥深くまで進みます。そのうち、進める道が無くなり、無理やり崖の上に這い登りました。するとそこからは、まばらに散在する鎌倉の街の光が見えました。

彼は薬品で麻痺しているわけでも、酒に酔っていわけでもありません。はっきりとした意識の中で死を決意しているのです。

自分の腕の太さくらいの枝に縄をかけて、首を吊ろうとします。しかし、なかなか上手くいきません。さらに苦痛は伴わないという噂とは異なり、あまりの痛苦に思わず叫んでしまいました。

死ぬ直前の人間には走馬灯のようなものがあると聞きますが、笠井は中々身が入りません。それどころか、作家としての自分が顔を出したりもするのです。

「人間のもっとも悲痛の表情は涙でもなければ白髪でもなし、まして、眉間の皺ではない。最も苦悩の大いなる場合、人は、だまって微笑んでいるものである。

『狂言の神/太宰治』

そんなことを考えながらも、気が遠くなるような前兆は全くありません。それどころか頭は冴えています。このまま喉の軟骨が折れ、気が遠くなるのを待ち続けなければいけないと思うと煩わしくなりました。

⑧外国タバコに救われる

あまりの煩わしさに、彼は縄を取り外し、一時間ほどその場にぐったりと倒れていました。

その時、ポケットに入れたキャメルという高価な外国タバコの存在を思い出します。それが無性に嬉しくて、起き上がってタバコに火を着けます。

背後に人の気配を感じましたが、彼は気にせずタバコに耽ります。それからゆっくり後ろを振り返ると、誰もいませんでした。彼は、死神が逃げていく気配だったのだと納得します。

笠井は、タバコの美味さをひたすらに噛み締めます。小説家として大きくならなくても、好きなタバコを寝しなに一本、仕事の後に一本吸えればいいのではないかと考えます。そのような庶民の生活なら、自分にもできるような気がしたのです。

彼の目は、鎌倉のまばらに散在した街灯の中に、深田先生の家の光を探していました。

そして最後に、この幸せな結末を目にした読者の気持ちを一言、「なあんだ」と綴って、物語は幕を閉じるのでした。




『狂言の神』の個人的考察

一本の外国タバコが笠井を救った!?

『人間失格』に比べれば、まだ救いのある作品だったのではないでしょうか。

笠井一は死を決意したものの、結局死ぬのを辞めます。それどころか、外国タバコの美味さに幸福を感じ、生活に希望を見出しさえするのです。

「一本の外国煙草がひと一人の命と立派に同じ価格でもって交換されたという物語。私の場合、まさにそれであった。」

『狂言の神/太宰治』

この言葉が、本作の全てを象徴しているのではないでしょうか。つまり、たった一本の外国タバコが彼の命を救ったのです。

人間の命をこの世界に繋ぎ止めているのは、そういう何でもない些細な幸福なのかもしれません。極限まで絶望した人間だからこそ、こんなにも優しくて力強い真実に辿り着けたのでしょう。

また、心温まるクライマックスに、作者の綴る通り、「なあんだ」と微笑みを浮かべた方も多いのではないでしょうか。太宰治の人間生活に対するそこはかない未練が感じられ、思わずほっこりしてしまう短編でした。

笠井は結局死ななかったのか?

ラストを読む限りでは、笠井は生活に希望を見出し、生きることを決心したようにも解釈できます。しかし、物語の序盤で「笠井は新聞社の就職試験に落第し自殺した」とはっきり書かれています。つまり、本作では描かれなかったものの、この物語の後に笠井は確実に自殺したことになります。

しかし、違った目線での考察もできます。

そもそも就職試験に落第して自殺した「笠井一」とは、太宰治本人のことです。自己喪失症の太宰治は、他人の口を借りなければ自分のことを語れないため、「笠井一」という名前を使って自分の物語を書いていたのです。つまり、過去に入水自殺を決行したことも、再び死を決意したのも、太宰治本人の実体験となります。就職試験に落第したのも事実ですが、太宰治はそのことが原因で死んではいません。物語に脚色を加えるために用意された「笠井一」だけの設定だったのです。

よって、笠井は死ななかったという結論も考えられます。もう少し粋に表現するなら、太宰治が続きを描かなかったことで、笠井一は死なずに済んだ、とも言えるでしょう。

それはある意味、この作品を執筆した時期の太宰治が、かろうじて生きることを選んだ証拠なのかもしれません。事実、かの暗黒時代を経て、約10年ほどは作品を執筆し続けるのですから、この当時はまだ生に執着していたことは間違いありません。

少女とナポレオンと女学生の役割

本作には3人の女性が登場します。

1人目は、かつて通っていた浅草の食堂の少女です。笠井は貧乏くさい少女に小遣いを渡したりして可愛がっていました。しかし、看板娘になって以降彼女は、笠井の相手をしなくなります。よって笠井は食堂に通わなくなりました。自分が目をかけていた女性が、周囲にもてはやされるようになった途端、冷たく自分をあしらうようになったからです。

これはつまり、恩知らずな人間の特徴を訴えているのだと思います。これまで何度も太宰治の作品解説で訴えてきましたが、彼は「人の信念」に強いテーマを抱いていました。裏切りに対して過度に敏感なのです。そのため、少女が自分から離れていった様子も、少なからず笠井にとっては、人を信用することに対するつまずきだったのでしょう。事実、店に通わなくなったことに対して、「彼には困難の日々が始まりかけていたのだ」と記されています。

2人目は、横浜で知り合ったナポレオンに似た女性です。彼女の存在は、女性に対する決別の役割を果たしています。ナポレオンと一夜を共にした笠井は、ずっとここで遊んでいたいと感傷的な気持ちになります。しかし、その気持ちを辛抱し、江ノ島へと旅立つのです。その際にナポレオンから5円で買った傘は駅の待合室に捨てます。これも女性に対する決別の現れだと思われます。

そして最後に3人目が、駅で雨宿りをしていた女学生です。こちらはあらすじ中で解説した通りです。ナポレオンの傘を捨てることで果たされた決別は、女学生を見た時に、「傘があれば」と後悔する気持ちによって揺らぎます。まさに「溺れる者のわら一すじ」です。弱った笠井は誰彼構わず縋り付きたくなっていたのでしょう。しかし、彼は黙って駅の向かいの食堂に入ります。決意は揺らいでも、失うことはありませんでした。




深田先生も自殺を考えていた?

笠井が、自殺を決行する直前に尋ねた深田先生の存在も不思議です。以前から会ってみたかったらしいのですが、なぜかよそよそしい描写だけが続いて、すぐに帰ってしまいます。

帰る時に庭の桜の木に縄がかけられているのを目にして、笠井は自殺の方法を首吊りに決めます。ではなぜ、深田先生の家の庭に縄がかけられていたのでしょうか?

一般的には、木が倒れたり折れたりしないように使う、添木を括り付けるための縄だったと想像されます。しかし、文中には「寒くぶらんとぶら下がっている」と綴られています。どこか不自然な印象が感じられますよね。

あるいは、深田先生の特徴として、困惑するほど善良な人だと書かれています。この辺りも、太宰治が描く人間不信に陥った故に道化に成り果てた人の特徴と重なりますよね。

つまり、一見豊な生活を送っている深田先生も、同じように小説家として深い闇に囚われた人間の1人だったのかもしれません。ラストの描写で、笠井が鎌倉の街の光の中で、深田先生の家の光を探していたのも、似た者同士の親和感が描かれていたように思われます。

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原作の物語に忠実な映像作品であれば、生田斗真主演の『人間失格』がおすすめです。

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以上、太宰治の短編小説『狂言の神』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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