夢野久作『キチガイ地獄』あらすじ考察 ドグラマグラの短編版!?

キチガイ地獄 散文のわだち
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夢野久作の『キチガイ地獄』は、ある謎の事件をめぐって独白体形式で綴られる、サスペンス小説です。

代表作『ドグラマグラ』の短編版と評されることがあるくらい、ファン人気の高い作品です。

『キチガイ地獄』作品概要

作者夢野久作(47歳没)
発表時期1932年(昭和7年)
ジャンル短編小説、サスペンス小説
テーマ精神異常者の独白
「正常」とは何か

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『キチガイ地獄』あらすじ

あらすじ

精神病患者の男が、医院長に独白する形式で物語が綴られます。

北海道の石狩川から流れてきたその男は、どこかで頭を打った衝撃で、記憶喪失になっていました。偶然、記者であるAに助けられ、彼の手立てにより、男は炭坑王である谷山家の養子になり、令嬢である龍代と結婚することになります。

このように自分の経歴を精神病院で語る男は、既に記憶を取り戻しています。自分が殺人犯で、さらには脱獄犯で、ひいては養子になる以前に妻子を持っていた二重結婚の人非人であることを思い出しているのです。

なんでも脱獄した男は、北海道の奥地で妻子と原始的な生活をして身を隠していたようです。ところが偶然通りかかった青年に威嚇の目的で発砲され、急流に落下したことが原因で記憶喪失になりました。その時の青年こそが記者のAだったのです。Aは職業病的な好奇心から、男の素性を調べ上げ、脱獄犯であることを知った上で、谷山家の養子にはめ込み、金を搾り取ってやろうと企んでいたのでした。ところが証拠を入手するためにAが改めて奥地に足を踏み入れると、強靭な野生化を遂げた男の妻に散々追い回され、その恐怖から半狂乱になってしまいます。

これらの話を聞いた医院長は、あなたはその男ではなく、Aだと伝えます。本当の男は今もなお、養子として谷山家の事業で活躍しているようです。半狂乱になったAは自分と他人のことをごちゃ混ぜにしていたのでした。Aは毎日のように同じ話を繰り返し、さらには医院長だと思った人は副医院長で、最終的には副医院長さえ存在せず、独りで喋り続けていたことが発覚します。Aは自分を振った龍代への復讐のために、前科者の男と結婚させて谷山家を破滅に追い込もうとしていたのですが、かえって自分の身を滅ぼす結果になったのでした。




『キチガイ地獄』個人的考察

個人的考察

夢野久作の人物像

夢野久作の代名詞と言えば『ドグラマグラ』です。その奇妙で幻想的な作品は、日本探偵小説三大奇書のひとつとされています。「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」と評されていることでも有名です。

そんな独特な作風の夢野久作は、どんな人物だったのでしょうか。

政界の黒幕と呼ばれる国粋主義者の父の元に生まれた夢野久作は、祖父の熱心な教育によって、文化、学問、芸術に興味を抱くようになり、慶應義塾大学文学科に入学します。在学中には将校の教育を受け、陸軍少尉の肩書きも手に入れています。

ところが文学を嫌う父の命で、慶應義塾大学を退学します。その後は、出家したり、農園を経営したり、新聞記者として勤めたり、激動の人生を歩みます。そして新聞記者の傍で執筆した童話作品で作家デビューし、探偵小説へも進出していきます。

29歳で作家デビューした夢野久作は、間も無く『ドグラマグラ』の原型となる『狂人の解放治療』を執筆し始めています。なんと構想に10年を費やしてあの大傑作を生み出したのでした。ところが『ドグラマグラ』を発表した矢先に、脳溢血で死んでしまいます。

そんな夢野久作は、生涯の殆どを故郷の福岡で過ごした作家です。文壇とは距離がある故に、その独自発展した作風が確立されたのではないかと言われています。

彼は昭和初期の作家ですから、同世代には川端康成や横光利一がいますし、あるいはプロレタリア文学全盛の時代でもありました。

そんな中で夢野久作は、探偵小説であり、サスペンスであり、ホラーであり、されど文学的観点も備え、それでいてSFの要素も含まれている、どうも定義付けし難い作家だったのです。

今回取り上げた『キチガイ地獄』は、比較的サスペンス要素が強いまさに夢野久作らしい作風です。代表作『ドグラマグラ』の短編ヴァージョンと評されるくらい人気で




男の正体と犯行動機

独白体形式の小説の場合、語り手の主観に準拠するため、しばしば真実味に欠ける場合があります。要するに、語り手が嘘をついており、最後にどんでん返しで読者を裏切ることが可能なのです。ミステリー小説のベタな手法と言えるでしょう。

『キチガイ地獄』においては、語り手の人物が、谷山家の養子になった秀麿と思いきや、彼をそそのかしていた記者のAだった、と最後にどんでん返しが起こります。Aが記憶喪失の秀麿を利用した動機は、自分に肘鉄を喰らわせた、つまり自分を振った瀧代に復讐するために、前科持ちの男と結婚させてやろうと企んでいたわけです。

Aは秀麿が前科持ちの脱獄犯である証拠を手に入れるために、わざわざ秀麿の故郷である福岡市の新聞社に就職し、事件当時の新聞記事を探し当てます。その次に、秀麿が二重結婚の罪も犯している証拠を手に入れるために、北海道の奥地に足を踏み入れ、妻子の写真を撮影しようと企みました。ところがそれがAにとって運の尽きでした。秀麿の元妻である久美子は、人跡未踏の奥地での原始生活で狂暴化した上に、行方不明になった夫が殺されたと思い込んでいるため、その憎悪とが相まって、猛獣の如くAに襲い掛かります。ライフルを取り上げられ、日が暮れて夜が明けるまで永遠と追い掛け回されます。あまりの恐怖にAはとうとう精神が錯乱してしまい、最終的に精神病院に入院させられる結果になったわけです。

瀧代への復讐が発端で始まったAの作戦は悉く失敗に終わり、挙句、精神病にまでなってしまいました。そのあまりに惨めな境遇を受け入れられず、自分はAではなく秀麿だと思い込んだのでしょう。

記者Aの名前が思い出せないという序盤の語り手の発言は、自分がAであることを認めたくない故に思い出せない、という伏線が張られていたわけです。

読書記録サイトのコメント欄を閲覧すると、語り手がAであるという解釈に腑に落ちない人も多いみたいです。

その最もたる理由が、当初の語り手は精神病院にいたはずなのに、最後には監房に変わっていることへの不信感だそうです。それ故に秀麿がそもそも脱獄などしておらず、全て彼の牢屋での妄想だったのではないか、と考察する人もいるようです。

個人的には、監房をもっと広義的に「精神病院の檻」と捉え、語り手をAとする単純解釈で腑に落ちています。

何はともあれ、このように読者の理解を掻き混ぜて、どこか腑に落ちないもどかしさを残すあたり、夢野久作らしいですね。

秀麿の謎について

語り手のAが自分自身だと思い込んでいた秀麿について、いくつか不可解な点があります。

秀麿は前科持ちで脱獄して、北海道の奥地で原始的な生活を始めます。妻子とともに、二度と人間社会には戻らないと決心していました。

ところが記憶喪失になった秀麿は、Aの取り計らいで谷山家の養子にさせられます。偶然にも谷山家の事業で活躍した秀麿は、新妻の龍代の死後に、元嫁の久美子を谷山家に迎え入れ、その後は順風満帆に暮らしているようでした。

ともすれば、記憶喪失だった秀麿は、どこかのタイミングで記憶を取り戻して、元妻の存在を思い出したことになります。作中には、Aが入院する精神病院の副医院長が、Aの独白内容を手紙で知らせたことで、秀麿は全ての記憶を取り戻したと記されています。秀麿はAのかつての企みも知ったため、生涯Aを病院で飼い殺しにするようお願いしていました。

しかしAは監房の中で独白しているだけで、医院長も副医院長も存在しませんでした。ともすれば、副医院長が秀麿に手紙を送った行為の真実味が曖昧になってきます。

秀麿は前科持ちで、脱獄するような人間です。端から記憶喪失など嘘で、谷山家に意図して入り込み、龍代を自殺に追いやり、元妻を谷山家に迎え入れて、見事谷山家を乗っ取ったと考えれば、秀麿にとっての動機が成立します。
(・・・あくまで深読み考察です。)

とは言え、秀麿と久美子は北海道の奥地で、人間社会に戻らない決心をしていました。ともすれば、谷山家を乗っ取る理由が分からなくなります。事実、精神病院で独白するAも、秀麿が人間社会に戻るはずがないと驚いていました。

ここで生じる矛盾は、なぜAは秀麿が人間社会に戻らない決心をしたことを知っているのか、と言うことです。あくまでAは秀麿の謎を探っていただけで、秀麿がどのような決心をしていたかなど、内情的な部分を知り得るはずがないのです。

Aは自分を秀麿だと思い込むあまり、事実ではない架空の心情を作り上げ、勝手に都合よく解釈していたのではないでしょうか。独白の中に矛盾が生じるだけ、欠陥だらけのAの妄想だということになります。突き詰めれば、秀麿などが存在したのか、Aが独白する世界は、どこにも存在しない架空の世界なのではないか、そういった前提的な設定さえ信じられなくなるから奇妙です。




「正常」とは何を指すのか

サスペンスやホラーの要素が強い夢野久作の小説は、単に読者を困惑させるのみではなく、人間社会に対するメッセージが内包されているように感じます。

科学、法律、道徳といったような八釜やかましい条件に縛られながら生きている事を、文化人の自覚とか何とか錯覚している馬鹿どもの世界には、夢にも帰りたくなくなったのです。

『キチガイ地獄/夢野久作』

人跡未踏の地に移住した秀麿(A?)が口にした台詞です。

秀麿は政治問題の研究に熱心になったあまり、当時の政党の暴挙に憤慨して、暗殺を決行し、終身刑に処せられました。突き詰めれば、政治における暴挙とて、間接的であれど殺人に加担しているようなものです。そういった権力者に都合のいい法律や道徳を、文化人の自覚だと錯覚している人間社会から抜け出したい気持ちが表れています。

これは夢野久作の作品に共通するテーマかもしれません。代表的な短編小説『瓶詰地獄』では、孤島で近親相姦の罪を犯した兄妹が、神や世間の存在に酷く怯えるという物語が描かれていました。人間の自然な欲求と、文明が作り上げた価値観との対立を見事に描いています。

『キチガイ地獄』においても、イメージ社会から逃れるために人跡未踏の地に移住しても、記者が押し寄せて、秀麿の原始的な生活は損なわれてしまいます。夢野久作は、こういった社会と個人の価値観の衝突、その先にある何者かに断罪されるような感覚を、作品に落とし込んでいるように感じます。

自分の欲望に忠実に生きたいという願望。人間社会における道徳的価値観。それらの対立。いずれが正解とも断言はできません。

それはまるで、自分は正常だから精神病院から出して欲しいと嘆く語り手に象徴されているように感じます。自分が正常だと感じているものが、社会では異常であることはおうおうにあり得ます。

あるいは、社会的な価値観に反する者が監房に収容されるような、拘束力の中で我々は生きているのです。それが正義の場合もあれば、悪意の可能性だってあります。

そんな人間社会の葛藤こそ、夢野久作の作品に隠された文学的主張だったのかもしれません。「馬鹿どもの世界には帰りたくない」の一文には、夢野久作の冷笑的な側面が垣間見えます。

夢野久作のおすすめ作品

夢野久作と言えば、『ドグラマグラ』です。

その奇妙で幻想的な作品は、日本探偵小説三大奇書のひとつとされています。「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす」と評されたことでも有名です。かの江戸川乱歩は「わけのわけらぬ小説」と評しました。

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少女地獄』という短編集もおすすめです。

『何でも無い』『殺人リレー』『火星の女』の3作が収められています。連作ではありませんが、いずれも女性による書簡形式の物語です。女性心理の怖い一面にぞくっとさせられます。

個人的には1作目の『何でも無い』が特におすすめです。虚言癖を持つ女性の物語が不可思議で、それでいて何かを守ろうとする人間心理の闇深さに魅了されます。

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