遠藤周作『深い河』あらすじ考察 キリスト教と日本人の最終章

深い河 散文のわだち
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遠藤周作の小説『深い河』は、70歳の頃に執筆された晩年の傑作です。

生涯を通して作者が追求した「キリト教と日本人」というテーマの最終章が描かれています。

果たして、遠藤周作が最終的に見出したキリスト像とは?

『深い河』作品概要

作者遠藤周作(73歳没)
発表時期1993年(平成5年)
ジャンル長編小説
テーマキリスト教と日本人
受賞毎日芸術賞

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『深い河』あらすじ

あらすじ

5人の主人公の物語が綴られます。

磯部の場合
老年期に差し掛かった磯部は、妻を癌で亡くします。妻は臨終の間際にうわ言で、必ず輪廻転生するから自分を見つけてほしい、と言い残して死にました。妻の言葉が気になった磯部は、知り合いの研究者に連絡します。そして前世で日本人の記憶を持つ少女がインドにいることを知ります。理性では信じていませんが、空虚感を埋めるため、磯部はインドへ向かうのでした。

美津子の場合
かつてキリスト教系の学生だった美津子は、神父を志す大津という男を弄びました。キリストを裏切ればガールフレンドになってあげると言って、彼を性の虜にし、最後には捨てたのです。その後、新婚旅行で彼女は大津と再会します。彼が再びキリスト教に心酔していることを知り、美津子は自分に無いものを彼の中に感じます。それからしばらく、本当の愛を知らず離婚した美津子は、大津がインドの修道院にいる噂を聞きます。大津の持つ自分にない何かを知るために、彼女はインドへ向かうのでした。

沼田の場合
童話作家の沼田は、少年期に大連に住んでいましたが、親の離婚で帰国することになり、最愛の飼い犬との離別を余儀なくされました。この体験を元に彼は童話を書いています。そんな彼はある時、結核を再燃します。病室には飼っていた九官鳥を連れてきてもらいました。しかし手術のごたごたで、餌をやり忘れた結果、九官鳥は死んでしまいます。医師から自分が手術中に一度心肺停止した事実を知らされた彼は、九官鳥が身代わりになってくれたのだと悟ります。そのため九官鳥へのお礼として、野生保護区のあるインドに向かい、現地で購入した九官鳥を保護区に放してやろうと決めるのでした。

木口の場合
戦時中にビルマの作戦に参加した木口は、絶望的な退却戦で瀕死状態に陥りました。そんな彼を救ったのは友人の塚田でした。戦後に再会した塚田は、アル中になっていました。あの絶望的な退却戦で、塚田は生き延びるために戦友の死肉を食べ、そのことでずっと苦しんでいたのでした。塚田の死後、木口は彼や他の戦友や敵兵を弔うために、仏教発祥の地であるインドへ向かうのでした。

大津の場合
神父を志す大津は、大学時代に美津子に弄ばれて捨てられます。そんな惨めな自分を救ってくれるのはキリストだと再確認します。その後フランスに修行で留学した彼は、欧州的で排他的なキリスト教への疑問を呈し、異端者扱いされ、教会を追い出されます。それでも大津は、日本人的なキリスト教を模索します。行き場を失った彼はインドのガンジス付近の修道院に入りますが、そこも追い出され、最終的にはヒンズー教徒の集団に受け入れて貰います。そして、のたれ死んだ人たちの死体を運び、火葬してガンジスに流す仕事をしていました。そんなある日、彼はガンジスの畔で美津子と再会するのでした。

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『深い河』個人的考察

個人的考察

「キリト教と日本人」の最終章

生涯を通して「キリスト教とは何なのか?」という疑問を追求した遠藤周作。

初期の作品で芥川賞を受賞した『白い人』では、母に禁欲主義を強いられたせいで、サドな無神論者となった主人公が、神学生のジャックと神の存在をめぐって激しく対立する様が描かれています。ここに遠藤周作の、キリスト教についての模索が始まります。

『白い人』と対になる『黄色い人』では、果たして西洋的なキリスト教が、黄色い肌の日本人の精神風土に調和するのか、という疑問が呈されます。

他にも、代表作『海と毒薬』では、宗教的な倫理観を持たぬ日本人は、同調圧力によって人体実験のような倫理を逸脱した行為に巻き込まれる、という問題が描かれています。

あるいは、最高傑作『沈黙』では、「弱者の神」や「同伴者イエス」といった、独自のキリスト像が描かれています。

なぜ遠藤周作は生涯を通して、キリスト教についての文学テーマを描き続けたのか。

それは、彼が感じていた、「日本人でありながらキリスト教徒である矛盾」に起因します。

家がカトリックである遠藤周作は、旧制中学時代に洗礼を受けており、27歳の頃にはフランス留学を経験します。現地で西洋的なキリスト教に触れた彼は、日本人の肌に馴染まない違和感を抱きました。その違和感が発端となり、キリスト教を日本の精神的風土に根付かせるために、文学を通してあらゆる角度から模索し続けたのです。

そして、『深い河』では、作者が生涯を通して追求した「日本人の精神風土に調和するキリスト教」の答えが提示されています。そういった意味で、『深い河』は、遠藤文学の集大成と言えるでしょう。

遠藤周作が追求したキリスト教とは

作中のいずれの主人公も遠藤周作の人生を切り取った化身ですが、特に核となるテーマを担っているのは、神父を志す大津でしょう。

大津は学生時代から、信仰に対する自信を持っていませんでした。亡き母が信仰熱心だったため、自分も執着しているだけかもしれないと感じていたのです。

しかし、美津子に捨てられた悲しみの中で、彼はキリストの存在を再確認し、修行のためにフランスに留学します。ところが実際に西洋的なキリスト教に触れた大津は、ひどく苦しむ羽目になりました。

ぼくはここの国の考え方に疲れました。彼等が手でこね、彼等の心に合うように作った考え方が・・・東洋人のぼくには重いんです。

『深い河/遠藤周作』

彼が苦しんだのは、やはり西洋人の価値観に合わせて作られたキリスト教が、日本人の精神風土に馴染まない問題です。

その最もたる原因は、二つあります。

  • 西洋人が善悪に対して二元論的な考えを持っている点
  • キリスト教以外を認めない排他的な一神教である点




二元論的な善悪

ぼくはここの人たちのように善と悪とを、あまりにはっきり区別できません。善のなかにも悪がひそみ、悪のなかにも良いことが潜在していると思います。

『深い河/遠藤周作』

大津は、善と悪を明確に区別する西洋的な考えに抵抗感を覚えていました。日本人には、善と悪が表裏一体である価値観が備わっているからです。

別章の主人公である木口は次のような台詞を口にしました。

私が考えたのは・・・仏教のいう善悪不二でして、人間のやる所業には絶対に正しいと言えることはない。逆にどんな悪行にも救いの種がひそんでいる。何ごとも善と悪が背中あわせになっていて、それを刀で割ったように分けてはならぬ。分別してはならぬ。

『深い河/遠藤周作』

善悪不二とは、善悪を切り離して考えない仏教的な価値観です。

木口の戦友である塚田は、餓死寸前の状況で味方の死肉を食べ、以降その事実に押し潰され苦しんでいました。同胞の肉を食らうなど、確実に宗教倫理に反する悪事ですが、遠藤周作はそんな塚田にも神の救いはあると説きました。なぜなら、日本人の価値観では、瀕死の状態で、やむをえず死肉を食べることが、絶対的な悪とは言えないからです。

あるいは、江戸時代初期のキリシタン弾圧の渦中を描いた『沈黙』では、人間の弱さのために存在する神であれば、踏み絵をすることも許してくれるはずだ、と遠藤周作は説きました。まさに悪事にも救いがあるという、善悪を区別しない価値観です。

しかし、これらは明らかに西洋的な価値観に反しています。なぜなら伝統的なキリスト教では、善悪は明確に区別されており、信仰が善で、神に背くことが悪だからです。実際に『沈黙』の踏み絵の件に関しては、カトリック協会から批判の声があがったようです。

こういった西洋人と東洋人の価値観の違いに、大津は苦しんでおり、異端児として教会を追放されたのでした。また遠藤周作を悩ませた問題の根本だったのです。

しかし、神は西洋人の価値観にそぐわない人種を見捨てるだろうか、人種の垣根などなく、一様に全ての人間に救いの種を与えるのではないか。だからこそ、遠藤周作は、西洋人の価値観だけに定義されない、日本人の精神風土さえも受け入れるキリスト像を模索したのでしょう。

排他的な一神教

作中で、大津は神を「玉ねぎ」と呼びます。神を「存在」ではなく「働き」と捉え、あらゆる物事の中に居ると考えたからです。

神とはあなたたちのように人間の外にあって、仰ぎ見るものではないと思います。それは人間の中にあって、しかも人間を包み、樹を包み、草花をも包む、あの大きな命です

『深い河/遠藤周作』

これは神を相対化した考えです。アミニズムなど、万物に神が宿るとする汎神論です。

古来より日本人には汎神論的な考えが備わっています。米粒1つに7人の神様が宿ると考える人種です。ところが一神教であるキリスト教からすれば、汎神論はご法度であり、それ故に大津は教会を追放されました。

西洋で宗教多元論を説いた哲学者が存在します。ジョン・ヒックという哲学者です。キリスト教の信仰では、信仰せぬ者を悪としますが、それは信仰せぬ者にもキリスト教の価値観を押し付けており、それならば反対も同様に、信仰せぬ者にも神の救いは施されるのではないか、と考えたのです。こういった理論で、彼は排他的な宗教観から脱出し、文化的・宗教的な多様性を説きました。

ジョン・ヒックの考えに感化された遠藤周作は、『深い河』の執筆において彼の思想を参考にしたようです。

「神はいろいろな顔を持っておられる。ヨーロッパの教会やチャペルだけでなく、ユダヤ教徒にも仏教の信徒のなかにもヒンズー教の信者にも神はおられると思います」

『深い河/遠藤周作』

最終的に遠藤周作は、人種、文化、宗教、善悪、他全ての垣根を超えて、神が全ての人間に許容的であるという答えを導き出しました。

「日本人の精神風土に合ったキリスト教とは」という問いに始まった彼の模索は、許容的で包括的なキリスト像に辿り着いたのでした。




なぜインドを舞台にしたのか

なぜキリスト教の模索において、インドが舞台として選ばれたのか。教会から追放された大津は、なぜインドへ辿り着いたのか。

それは多神教であるインドの宗教観が、遠藤周作の見出した「全人種に開けたキリスト」の在り方に酷似しているからでしょう。

インドでは全ての死人が分け隔てなくガンジスに流されます。仏教でもヒンドゥー教でもイスラム教でも、金持ちでも貧乏人でも、善人でも悪人でも、大統領でも一般人でも、関係ありません。

絶対的な受容の象徴としてガンジスは存在するのです。その絶対的な受容が、遠藤周作が追求したキリスト像、大津が見出した相対化された「玉ねぎ」の在り方に近かったのでしょう。

あるいはインドの宗教観は、善悪を二元論化できない日本人の価値観に適しています。

印度にきて次第に興味を起こしたのは、仏教の生まれた国、印度ではなく、清浄と不浄、神聖と卑猥、慈悲と残忍とが混在し共存しているヒンズーの世界だ。釈迦によって浄化された仏跡を見るよりも何もかもが混在している河のほとりに一日でも残っていたかった。

『深い河/遠藤周作』

インド神話を読んだことがある人ならご存知でしょうが、ヒンドゥー教の神様は、いわゆるキリストのような絶対的な正しさを説く存在ではありません。とても感情的で、女好きで、残酷で、破滅的な側面を持つ神様が居ます。ある意味、非常に人間的なのです。

そもそも人間は、二元論では語れない、あらゆる側面が共存する複雑な生き物です。そんな人間的な要素がヒンドゥー教の神には反映されているからこそ、インドは絶対的な許容を施してくれるのでしょう。

そういった意味で、二元論的で排他的な西洋のキリスト教に違和感を持つ遠藤周作は、全てを受け入れるインドの宗教観に惹かれ、そこにキリストの本質を見出したのでしょう。

主人公たちがインドに導かれた理由

美津子と大津を除く3人の主人公は、死生観を考えさせられる経験をし、それがきっかけでインドに導かれました。

彼らに共通していたのは、悲しみや空虚感を抱えていたということです。そして、その悲しみや空虚感の中で、人生の意義や幸福を見出そうとしていました。

昔からインドは「自分探し」の代表国として揶揄されますが、実際問題インドに行く人間は、少なからず価値観の変化を求めていると思います。(実は当ブログの筆者もインドに行った経験があります・・・)

ではなぜインドに行けば、人生の意義や幸福を見出せるのか。

それは、人間は死が最も遠い位置にある時には、人生の意義や幸福についてあまり考えないからです。そして、日本は死が遠くに感じる国です。他国に比べればある程度裕福で平和だからこそ、明日自分が死ぬかもしれないなど考えません。危機感もなくのうのうと生きてしまうのです。

その一方で、インドのガンジスの畔では、毎日のように運ばれてきた死者が燃やされ、河に流されます。幼い子供や薪代を払えない貧困な死者は、燃やさないまま河に流されます。実際に現地に行くと、死体が燃やされ河に流される現場を間近で目撃できます。それ故に、インド人にとって死は身近なのです。だからこそ、死生観から遠い日本人がインドに行くと、価値観が大きく変わり、人生について思慮することが叶うのでしょう。

主人公たちは、身近な人間や動物の死を経験して初めて、死生観について考えるようになり、その答えを探る途中で、自然と死が身近にあるインドへ導かれたのだと思います。




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