又吉直樹『劇場』あらすじ考察 夢追い人の虚勢と恋の物語

劇場2 散文のわだち
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又吉直樹の小説『劇場』と言えば、芥川賞受賞作『火花』に続く2作目の長編小説です。

実質的には『火花』より先に着手していたようですが、殊に時間をかける必要性を感じ、2年間の創作の末に完成に至ったようです。

山崎賢人松岡茉優、主演の映画版の評価も高いため、原作だけではなく映画独自の解釈も加味して考察していきます。

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『劇場』作品概要

作者又吉直樹
発表時期2017年(平成29年)
ジャンル恋愛小説
青春小説
テーマ夢追い人の葛藤
虚勢と依存
創作活動の本質とは
関連2020年に映画化
(主演:山崎賢人・松岡茉優)

『劇場』簡単なあらすじ

「いつまでもつだろうか」

上京して劇団を立ち上げた永田は、自身の脚本が世間に評価されない日々が続き、ギリギリの精神状態で東京の街をさすらっていました。そんな時に殆ど不審者のように話しかけた沙希という女性が、偶然にも女優を目指して上京した夢追い人で、次第に交際へと発展し、彼女の家に転がり込むようになります。

方向性の齟齬で劇団員が脱退し、屈辱的な気分を味わっても、永田にとっては沙希の評価さえあれば演劇を続けるモチベーションになりました。一度は沙希をキャスティングした舞台が僅かに評価され、客足が増えたのも束の間、その後は相変わらず日の目を見ることがありませんでした。『まだ死んでないよ』という同世代の劇団の活躍ぶりに、精神的に焦燥する永田は、沙希に対して異常な嫉妬を募らせます。『まだ死んでないよ』の劇団員と沙希が連んでいることを激しく叱責し、二人の関係は著しく悪化します。沙希の方もやがて精神的に病んでしまいます。

休養のために遂に東京を去ることになった沙希。地元で職を固め、もう東京には戻らない意志を示した彼女は、最後に部屋の荷物を回収しにやって来ます。かつて彼女をキャスティングした懐かしい脚本を二人で読み合わせながら、永田は即興の台詞で今まで言えなかった本当の思いを伝えるのでした・・・。

『劇場』個人的考察

「虚勢」という名の依存

なんて最低なクズ人間なんだ。

原作ないしは映画を鑑賞した人は、主人公の永田に対して嫌悪の念を募らせたことでしょう。沙希という女神のような女性ーーー自分の感情に素直で、永田を最も尊敬と愛情で包容していた彼女を、精神的に追い込んだのですから仕方ありません。

一体なぜ、沙希の精神が崩壊するまでに、永田は異常な嫉妬を募らせていたのでしょうか。

とかく、永田の嫉妬は度を超していました。

  • 恋人がディズニーランドで楽しむことが許せない
  • 学校の男子に貰った沙希の原付を破壊する
  • バイト先で『まだ死んでないよ』の劇団員と親しくしていることを叱責
  • 『まだ死んでないよ』の公演を内緒で観に行ったことに癇癪を起こす

これらの言動は、永田が沙希に極度の依存状態であることの表れだと考えられます。

沙希は徹底して僕に甘かった。僕はおびえることなく奔放になり、気ままに振る舞った。自分の存在を受け入れられていることによりかかっていた。

『劇場/又吉直樹』

沙希が笑う顔を見ると、みすぼらしい手製の物体が上等な作品であるような錯覚に陥るから不思議だ。

『劇場/又吉直樹』

自分の脚本が世間に受け入れられない永田は、沙希の肯定的な評価に依存していきます。

良く言えば、沙希の称賛があるから演劇を続けるモチベーションを保てていたのですが、悪く言えば、沙希からの称賛が損なわれることを極端に怯えていたようです。総じて自分に甘い彼女に依存して、永田は演劇者としての虚勢を張り続けていたのでしょう。

永田にとっては沙希だけが、表現者としての自分に価値を与えてくれる存在でした。だからこそ、沙希が自分以外の表現者(ディズニーランドやクリントンイーストウッドでさえ)を褒めれば、自分の存在価値を否定されているような気分になったのでしょう。ましてや同世代の活躍する劇団『まだ死んでないよ』のメンバーと連んでいるとなれば、永田の自己肯定感は損なわれ、無才を自覚する危険性さえ孕んでいるわけです。

自分だけを見て、自分だけを称賛してほしい、そうでなければ本当は無才な自分が露わになってしまう。そう言った恐怖心が、沙希に対する異常な嫉妬になり、二人の関係を破滅へと導いたのでしょう。沙希に対する異常な嫉妬は、永田が自分の表現者としての存在価値を保つための最終手段だったのだと思います。

異物としての自分を恐れる気持ち

作者である又吉直樹は、「自分が異物・怪物である、という世界観が最も好き」と言及していました。

まさに『劇場』の主人公である永田は、一般的な社会生活から逸脱した異物的存在でした。

「永田の異常な嫉妬は自分の存在価値を保つための最終手段だった」と先に言及しました。「いつまでもつだろうか」という作中の印象的な文章は、自分が社会的に無価値な存在(異物)である事実に、今に襲われるやもしれない恐怖心の表れだったのでしょう。

それ故に、永田は他人と相対化されることを極端に避けていました。

  • 辞めた劇団員の意見に聞く耳を持たなかった
  • 沙希が友達といると話さなくなる
  • 打上げの席で「努力」について弁舌するおじさんに悪態を吐く
  • 元劇団員の青山を論破する

あげればキリがないのですが、その全てが他人との比較を極端に恐れる永田の逃避行動でした。沙希が友達といる時に殆ど話さなくなるのは、まさに自分が「ヒモという名の異物」であることにやましさを感じ、その事実とわざと対峙しないように背を向けていたからでしょう。

これが永田という人間のある種の愛嬌と言えるかもしれません。

のうのうと女に寄生するクズ男とは異なり、永田はちゃんと後ろめたさを感じていたのです。食材を送る沙希の母親が冗談で嫌味を言っていたことを聞かされる場面で、永田は癇癪を起こしました。沙希への寄生が人間的に良くない、と自覚しているからこそ、やましさの反動として感情的になったのでしょう。

こういった後ろめたさを解消するには、演劇で成功して安定した収入を得る以外に方法がない、と永田は自分を追い込んでいきます。

「上手くいかへんな。なんでやろうな。俺の才能が足りへんからやな」

『劇場/又吉直樹』

夜の仕事も本当はさせたくなかった。俺の収入がもっと安定してればな。才能の問題か」

『劇場/又吉直樹』

当初はあらゆる物事に背を向け、悪態を吐き、場合によっては狂気的な行動を取り、沙希を傷つけることも厭わない永田でした。それら全ては自分の虚勢を守るためでした。

ただし物語が終盤に近づくにつれ、永田はいよいよ自分と周囲を相対的に捉え、無才であることを受け入れ始めます。それがラストの沙希に向けた告白に繋がっていくわけです。




沙希の東京に対する固執

永田の虚勢にばかり焦点を当てがちですが、沙希もまた、東京という街で虚勢を張っていた存在だったように思います。

「わたしはずっと諦めるきっかけを探してたんだよ。なにも悪いことしてないのに、ずっと変な罪悪感みたいなものがあったから。(中略)永くんいなかったらもっと早く帰ってた

『劇場/又吉直樹』

夢を追って上京したのは、沙希も同じだったのです。早々に女優になれないことに気づいた沙希は、諦めるきっかけと同時に、東京に居座るきっかけも探していたように思えます。

現実的に考えれば、不審者染みた男に声をかけられて、そこから恋愛に発展するなど考え難いです。沙希の精神状態も負していたからこそ、その拠り所を求めて、ひいては東京に居座るきっかけを求めて、「永田の奇妙なナンパに乗る」という賭けにでたのではないでしょうか。

二人の出会いは同じタイミングで画廊を外から覗いていたことでした。つまり、二人ともが画廊という「創作活動の象徴」の外側に存在し、何も成し遂げていない傍観者であることを表現していたのでしょう。

永田と出会い、東京に居座るきっかけを見出したからこそ、彼の人間性に問題があっても受け入れて来たのだと思います。なぜなら沙希にとっても、永田と一緒に居ることが、東京人としての自分の存在価値になり得たからです。

ただし、沙希の場合は、周囲の結婚、という社会的な圧力に追い詰められ、東京人としての辻褄を失っていきます。男は夢想家、女はリアリスト、なんてよく言ったもので、いつまでも夢を追い続ける男に自分の人生を費やすことが不可能になり始めていたのでしょう。

もう東京駄目かもしれない

それは決して一時的な精神治療のための文句ではなく、自分は結婚を加味した一般的な人生を歩みます、という永田に対する決別宣言だったのでしょう。

あまりに切なすぎる結末ですが、沙希は決して後悔しているわけではなく、東京人として生きた期間に花を添えてくれた永田に対して深く感謝しているようでした。

他者のために”創る”ということ

「前衛を履き違えている」

辞めた劇団員に言われた台詞が印象的でしたが、その真偽はどうであれ、永田は演劇を深く追求していました。

重要なのは、永田が演劇に「自己救済」以外の何かを見出そうとしていたことです。

表現活動の礎には、当然自分の鬱憤を晴らしたい、という想いがあると思います。むしろ、ショービジネスの型から外れた、商業的な意識を欠いた独創性に美的価値が見出されることも多々あります。いわゆる「売れ線」を悪とする価値観ですね。

まさに永田は、上記のように、自分の独創性だけを追求する種類の人間でした。

そんな彼は、沙希と出会った当初に1度だけ、彼女をキャスティングした舞台公演を行いました。その時の脚本は「いつもと雰囲気が違う」と自分でも認めていました。沙希をキャスティングした公演は劇団に良い風向きをもたらし、僅かばかり客足が増えていくようでした。

ところが、永田はその公演以降に沙希をキャスティングすることはありませんでした。

永田はあの時に、自分ではない他の誰かを想って脚本を書く、ということを実践したのでしょう。沙希を想って脚本を書いたのです。それが結果的に評価されたにもかかわらず、沙希のキャスティングをやめて、再び自分の独創に回帰していきます。彼は頑なに「誰かのための創作」を避けていたようなのです。

されど、沙希をキャスティングした舞台の脚本は、物語の伏線としてラストに登場します。

演劇でできることは、すべて現実でもできるねん

『劇場/又吉直樹』

これが最終的に永田が辿り着いた演劇の答えでした。演劇と現実の境界線を取っ払った世界で、永田は例の脚本をベースにして、沙希に対する想いを伝えます。

誰かを想って創作された演劇は、演技に留まらず現実世界でも実現できる。そして、誰かを大切に想うという現実世界の気持ちは、演劇の脚本にも昇華できる。演劇も現実世界も、自分の殻にこもるのではなく、他人を想って初めて素晴らしい「演出」を具現化できる、ということに永田はようやく気づいたのでしょう。

沙希に出会って間も無くの脚本では、それが実現出来ていたのです。それなにわざと「他人を想う」ことを、演劇でも現実でも避け続けた結果、永田は最も大切な「演劇」と「沙希」の両方を手に入れられなかったのです。




映画版から読み解く克服の物語

映画版は殆ど原作に忠実であるため、あえて大筋の考察を改める必要はありません。

ただしラストの、永田がかつての脚本に則って、沙希に本当の思いを伝える場面では、映画特有の解釈が成されていました。

原作であれば、「ごめんね」と嗚咽を溢して泣き続ける沙希に想いを伝え続け、最後は思い出の猿のお面で戯けて彼女を笑わせる、という結末で物語は幕を閉じます。

しかし映画版は、永田が想いを伝え始めると、途端に部屋の壁が倒れ、そこが劇場の舞台に豹変します。部屋の中にいたはずの沙希は、かつてよりも大人びた容姿で、客席から舞台を観覧しています。そこからは、舞台の永田が客席の沙希に訴える演出で進行します。

舞台と客席という分断は、かつて「世界一安全な場所」に一緒に居た二人が、既に別世界に存在することを意味しているのでしょう。沙希の容姿が変化していることからも、彼女は東京を去った後の人生を、永田は夢を追い続ける人生を、別々に歩んでいることがわかります。

おそらく、永田は沙希との実経験を脚本にしたため、舞台で公演したのでしょう。それは永田がずっと避けていた「誰かを想った創作」を、遂に舞台で実現させたことを意味しているのだと思います。

会場はお客さんで満員でした。きっと永田は誰かを想った創作によって、演劇の世界で大成功を収めたのでしょう。終演後にキャストが舞台に表れてお辞儀をする場面では、永田と野原以外に多くの劇団員がいました。永田がちゃんと劇団員を想って活動できる人間に成長していることが見て取れます。劇団員の中には、かつて辞めていったメンバーや、嫉妬していた『まだ死んでないよ』の天才脚本家小峰もいたように見えました。実際に彼らと一緒に劇団をやっているのかはさておき、彼らに抱いていた敵意や嫉妬は解消されている永田の成長した心情が表現されていたのだと思います。

そして、終演後の客席の沙希は、誰もいない舞台の前にしばらく居座り、やがて去っていきます。東京の街ではない、自分の居場所に帰っていったのでしょう。どこかセンチメンタルの感情だけを残して物語を幕を閉じるのでした。

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当ブログの筆者は、アンチ電子書籍、紙媒体でないと読書なんて・・・と考えていました。

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以上、又吉直樹の『劇場』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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