太宰治『駆込み訴え』考察 メンヘラのホーリーバイブル

駆け込み訴え 散文のわだち
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太宰治の小説『駆込み訴え』と言えば、ユダの視点でキリストへの想いを露呈するユニークな作品です。

その拗れた複雑な感情は、神話に留まらず、メンヘラの恋愛観にさえ共通するのですから、現代の読者の興味を掻き立てます。

ちなみに本作は、太宰の口述を妻の美知子が筆記してできたものです。淀みなく、言い直しさえなかった、と美知子は証言しています。

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『駆込み訴え』作品概要

作者太宰治
発表時期1940年(昭和15年)
ジャンル短編小説
テーマ新約聖書の独自解釈
拗れた愛情表現
メンヘラの情緒

『駆込み訴え』簡単なあらすじ

主人公が「あの人」を殺してほしいと訴える場面から物語が始まります。散々尽くしてきたにも関わらず、無理難題を押し付ける「あの人」を激しく憎んでいるようです。されど本当は「あの人」の美しさに惚れ込んでいました。他の弟子たちとは違い、「あの人」が死んだら自分も死ぬ覚悟だったのです。

ある時、主人公はマリアという女性を叱ったことがあります。すると「あの人」はマリアをかばいました。激しい嫉妬心が芽生えた主人公は、自分の手で「あの人」を殺してあげたいと考えるようになります。

エルサレムに到着すると、「あの人」が殺されることに決まったという噂を耳にします。他の者に引き渡されるくらいなら、自分がそれを成そうと主人公は決心します。「あの人」を殺して自分も死ぬ。それは彼にとって直向きな愛情だったのです。1度は「あの人」の弱さを見出して、そんな良からぬ企みをしていたことを後悔します。ところが主人公の背信はとおに見透かされており、皆の前で公言され、憎悪が再燃します。そして冒頭部分の通り、密告にやって来たのでした。

自分は商人だから金のために「あの人」を売るのだ、と故意に悪に身を染める主人公。最後に自分がイスカリオテのユダだと名乗るのでした。

『駆け込み訴え』個人的考察

新約聖書との違い

信者でなくとも、ユダがキリストを裏切ったという神話は大抵の人がご存知でしょう。新約聖書にその一部始終が記されています。

ただし、「最後の晩餐」でユダが密告のために去り、兵士と祭司を連れてくるまでの間の記述は残されていません。

あるいは、ユダの裏切りには不可解な点が多く、神学者たちの研究対象でした。

  • イエスは裏切りを予知していたのに、なぜ回避できなかったのか
  • ユダはいつから背信の心を持っていたのか
  • 裏切りの動機は何か

とりわけ三番目の、ユダの裏切りの動機が記されていないことが最も不可解です。

キリストが十字架にかけられ復活するための重要な役割を果たした、とユダを肯定的に考察する場合もあるようです。ただし、その事実は依然として不明確なままです。

この誰も知り得ない空白の部分を、勝手に想像して描いたのが太宰治の『駆込み訴え』ということになります。ある種、新約聖書のパロディとも言えるでしょう。

それ故に、新約聖書から読み取れるユダの人間性と、『駆込み訴え』から読み取れるユダの人間性はかなり異なります。むしろ対照的と言っても差し支えないほどです。

順を追ってその違いを説明していきます。




ユダは本当にケチだったのか

商人であるユダは、イエス一行において会計係を任されていました。皆のお金の管理をしていたのです。

聖書の中では、ユダはサイフのお金を誤魔化す狡猾こうかつな人物です。あるいは、会計係である故に不正を行うことができる立場だと、いかにも悪意のある人物として描かれています。ケチくさい商人と言ったところでしょうか。

一方で『駆込み訴え』では、ユダにそれほどケチという印象はなく、むしろキリストの散財を多めに見て、何とかやりくりしようと努力しています。そういった影の努力を無視して、キリストは貧しい人々に食料などを与えるため、少々口煩くなって、あたかもケチであるように見えていたのです。

家計を1番に考える母親をケチだな、と思うの同じで、ユダは嫌な役回りを任せられていたということでしょう。(あくまで太宰の解釈)

キリストの散財に辟易しながらも、されど彼の美しさには魅了されているので、ユダは決して文句を口にすることはありませんでした。

ところが、影での苦しいやり繰りをキリストが一度も褒めないために、ユダの中で多少の不満が募っていた、と太宰は描いています。

マリアの香油をめぐって募る嫉妬

キリストの近くにはマリアという女性がいました。彼女は皆の前でキリストの足に香油を塗ります。その香油が高価であったために、ユダはマリアを厳しく叱ります。

ところが、キリストはマリアをかばいました。なんでも、彼女はキリストの死が近いことを悟っており、葬りのために香油を用意していたのです。そのため、新約聖書では、マリアは本当に信仰のある人物で、ユダはお金にしか関心のない人物として描かれています。

一方で『駆込み訴え』では、事のニュアンスが多少変わってきます。

前述の通りユダはお金のやり繰りに苦労していました。決して利己的な理由で香油をケチったわけではないでしょう。あるいは、キリストに無礼な真似をするな、という想いでマリアを叱っていました。新約聖書とは異なり、ユダの信仰心は異常なくらい厚く描かれているのです。

キリストがマリアをかばった結果、二人はデキてる、と推測してユダは嫉妬を募らせます。自分はただならぬ信仰心でキリストのために尽くしてきたのに、田舎娘のマリアをかばったことが許せなかったのです。

またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ。

『駆込み訴え/太宰治』

この辺りからユダの感情は歪んでいき、メンヘラと呼んで差し支えないような、危険な愛情に変わっていきます。

銀貨30枚

ユダの密告は銀貨30枚で交わされます。悪徳高い商人である故に、キリストの命を銀貨30枚で売った、というのが新約聖書の内容です。

ちなみ裏切りを果たしたユダは、後に自分の行いを悔いて、銀貨を神殿に投げ込み、首を吊って自殺したことになっています。

一方で『駆込み訴え』では、ユダに金銭的な動機はなかったと描かれています。

金が欲しくて訴え出たのではない、と言って最初ユダは銀貨を受け取ろうとしません。誰よりも愛情深く信仰していたのに、皆の前で裏切り者の印を押されたことに屈辱を覚え、殺意に至ったのです。

最終的には銀貨を受け取るのですが、それはキリストに対する復讐の念を募らせた結果、とことん悪に染まってやろうという投げやりな考えによるものでした。

金銭のためではなく、強烈な愛情が拗れた故にユダキリストを裏切った、というのが太宰によるパロディ的な解釈の正体でした。

『駆込み訴え』では、密告した後の様子は描かれませんが、新約聖書のように行いを悔いて首を吊ることはなかったように思います。なぜならユダは、キリストを殺して自分も死ぬ、という強烈な愛情表現の境地に行きついていたからです。ともすれば、彼は本心から願ったカタチで自死を決行したに違いありません。




メンヘラの恋愛観に重ねて

えっ、だめだ。私は、だめだ。あの人に心の底から、きらわれている。売ろう。売ろう。あの人を、殺そう。そうして私も共に死ぬのだ

『駆込み訴え/太宰治』

ユダをメンヘラに見立てるなら、確かにキリストはやり手のクズ男に見えなくもありません。

お金のやり繰りに辟易するユダに対して、キリストは次のような言葉をかけます。

どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ

『駆込み訴え/太宰治』

自分の正しい行いは、世間に知られずとも、分かってくれている人はいる、といったニュアンスの説教です。これを聞いたユダは、誰にも判ってもらえずとも、キリストにさえ理解してもらえればそれでいい、と涙を流しながらさらに強い愛情を抱くようになります。

このように、普段は一切褒めたりしないキリストは、時々知ったような口を聞いていユダの心を揺さぶります。するとユダは自分の背信を悔いて、今まで以上にキリストへの愛情を強めます。まるでクズ男に時々餌を与えられて、依存してしまうメンヘラ女の如くです。

巧みな飴と鞭に翻弄されたユダは、キリストが死んだら自分も生きていけない、という完全なる依存状態に陥ります。

あるいは、皆への説教を辞めて自分だけと生きてほしい、などと独占欲も芽生えていきます。

されど再びマリアの件で冷たくされると、感情が昂り、キリストを殺して自分も死ぬ、という衝動的な想いが込み上げてきます。

かと思えば、エルサレムに到着したキリストが自棄になっている様子を見ると、彼の弱さに心を動かされ、衝動的な殺意ではなく、彼のために殺してあげたい、という危険な思念を抱くようになります。

そして「最後の晩餐」において、恥辱を晒されたユダは、とうとう本気でキリストを殺す決心をするのでした。

他の者に殺されるくらいなら、自分の手で彼の命を売ってやろうという考えに至ったのです。それは絶対的な憎悪ではなく、最終的な愛情表現のカタチだったように思います。

好きで好きで仕方なかったから刺した、という供述が珍しくない現代。確かにユダも、好きで好きで仕方なかったからキリストを裏切ったのかもしれません。

ただし、我々はキリストのように復活することはできないので、ナイフだけは謹んでいただきたい所存です。

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以上、太宰治の『駆込み訴え』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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