綿矢りさの小説『かわいそうだね?』は、綿矢流ブラックユーモアの効いた恋愛小説です。
文庫本には、女子同士の複雑な友情を描く『亜美ちゃんは美人』も併録されています。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
作品概要
作者 | 綿矢りさ |
発表時期 | 2011年(平成23年) |
ジャンル | 中編小説 |
ページ数 | 156ページ |
テーマ | 三角関係の恋愛 同情とエゴ |
受賞 | 大江健三郎賞 |
あらすじ
デパートのアパレル店員として働く樹理恵。彼女には帰国子女の隆大という恋人がいて、お互い愛し合っています。ところが隆大の元カノ「アキヨ」が登場したことで、2人の関係は怪しくなります。
友達だと隆大に紹介されたアキヨが、本当は元カノだと打ち明けられたとき、樹理恵は悪印象を抱きませんでした。むしろ隠さずに話してくれたことに安心感を覚えました。ところが事態は急変、就職先が決まらず家賃を払えなくなったアキヨを、隆大が部屋に住まわせることになったのです。樹理恵からすれば、彼氏の家に元カノが住み着いている、あり得ない状況です。隆大はアキヨを助けたいと思っているだけで、彼女に対する下心はないみたいです。
一時は事態を受け入れられなかった樹理恵ですが、映画『火垂るの墓』で兄弟を虐める親戚のおばさんと自分を重ね合わせ、日本人には隣人愛の精神が欠落していると悟り、アキヨを援助することに肯定的な気持ちになります。元恋人といえど、2人には恋愛感情はないと信じています。それに、アキヨに同情すれば嫉妬の気持ちも薄れるのでした。
ところが樹理恵の心情はさらに一変します。隆大と温泉旅行に出かけた際に、樹理恵は彼の携帯電話をチェックし、明らかに未練たれたれなアキヨからのメールを見てしまったのです。旅行から帰宅後、樹理恵は乙女のように消沈するどころか、アキヨのもとへ突撃し大暴れします。隆大も交えて修羅場になるのですが、それでも樹理恵の怒りは治らないのでした・・・。
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個人的考察
関西人の作者が描く泥臭いユーモア
芥川賞作家・綿矢りさ。
デビュー作『インストール』や、芥川賞受賞作『蹴りたい背中』以外にも、映画化で話題となった『勝手ふるえてろ』など、多くのベストセラー作品を生み出す人気作家です。
そんな彼女のデビューはなんと、17歳。
高校在学中に、風俗チャットにのめり込む女子高生を描いた『インストール』で文藝賞を受賞します。20年ぶりの最年少記録だったため、当時話題を呼びました。
その記録的なデビューから2年後、早稲田大学在学中に『蹴りたい背中』で芥川賞を受賞し、またしても最年少記録を大幅に更新します。
早稲田大学卒業後は、出身地である京都に拠点を戻して、専業作家として活動します。そんな関西出身の作者が書く小説は、関西人特有のブラックユーモアが特徴的です。
本作『かわいそうだね?』においては、主人公の樹理恵は大阪出身の設定です。
あるいは、阪神淡路大震災や、戦時中の兵庫県が舞台の映画『火垂るの墓』など、関西出身の作者にゆかりのある題材が作中のキーワードになっています。
些細な描写で言えば、「東京の道端にはもんじゃ焼が多い」など、嘔吐物を洒落っぽく比喩するあたりも、関西人らしい表現です。吉本新喜劇の話題が登場したりもします。
泥臭く感じるかもしれませんが、関西人故の赤裸々に語られる女性の心のうちが清々しく、読了後には痛快な気持ちになれると思います。
恋愛下手な人間の二面性
元カノであるアキヨの登場によって、心を掻き乱される樹理恵。一般的な感覚であれば、彼氏の家に元カノが住み着いて平常でいられるわけがありません。
ところがアキヨの存在を受け入れるか、隆大と別れるかの二択を迫られた樹理恵は、アキヨの存在を受け入れる努力を試みます。
帰国子女である二人は、日本人とは価値観が違うと割り切ったり。信仰の問題を引き合いに出して、隣人愛の精神を尊重したり。挙句、映画『火垂るの墓』で兄弟を虐めた親戚のおばさんと自分を重ね合わせ、自分はアキヨに酷いことをしていると内省的になったり。
なぜ樹理恵はここまでして、アキヨを許容しようとしたのか。それは隆大のことが大好きで、彼に見捨てられたくなかったからです。
樹理恵は隆大に嫌われないように、自分自身さえ騙して、猫をかぶっていたのです。
彼女の猫かぶりの最もたる象徴は、大阪出身なのに大阪弁を封印していることでしょう。隆大に大阪弁は怖いと言われて以来、標準語に矯正したのでした。あるいは、隆大が嫌煙家のために、禁煙もしています。
- 大阪弁 ↔︎ 標準語
- 喫煙 ↔︎ 禁煙
- 本当の自分 ↔︎ 偽りの自分
このように、樹理恵の言動は、隆大に嫌われないための「偽りの自分」を象徴するメタファーになっているのでした。
では、どうして樹理恵は素直に本当の自分を表に出せないのでしょうか。
樹理恵はどちらかというとタフなタイプの女性です。そのため他人に頼るよりも、頼られる存在だと自負しています。それが裏目に出て、恋愛において、相手の優しさに甘えることができないのでした。アキヨに対する嫉妬を素直に口にすることもできません。その自意識のせいで、樹理恵は本来の自分を隠して、隆大に嫌われないよう媚びているのですから健気です。
ところがいくら恋愛に及び腰な樹理恵でも、さすがにアキヨの悪女ぶりと、隆大の優柔不断には、堪忍袋の緒が切れます。クライマックスの大乱闘では、樹理恵は関西弁で二人を罵りまくります。嫌われまいと隠していた本来の自分が全て解放されたのでした。
そして、隆大とアキヨが去った部屋で煙草に火をつけて「しゃーない」と呟くエンディング。隆大に嫌われないために禁煙した煙草を解放し、関西の方言を呟く彼女は、間違いなく本来の人格としての彼女なのでした。
吹っ切れて自分に正直になる結末が爽快です。
同情や憐れみは醜いもの?
本作のタイトルでもある「かわいそう」という同情心。
樹理恵は小学生の頃に、人権ポスターの標語に「たすけてあげよう、かわいそうな人たち」を採用しました。するとクラスメイトに非難されます。恩着せがましい、見下している、などエゴイスティックな精神を指摘されたのでした。
しかし、樹理恵はクラスメイトの指摘が腑に落ちていませんでした。例え偽善だろうが、同情についで、助けたい気持ちが芽生えることで、支援の行動に移せるのです。それにもかかわらず同情に敏感になるクラスメイトの方が、性格が悪いのではないかと考えていました。
そのため樹理恵は、「アキヨさんはかわいそうなんだから、助けてあげなくては」と考えて、アキヨが隆大の家に住み着くことを受け入れようと努力します。
ところがクライマックスで本性を解放した樹理恵は、同情心に対する自分の考えを改めます。
相手を憐れんでから発動する同情心は、やはりどこか醜い。みんなもっと深い慈愛を他人に求めているし、自分にも深い慈愛が芽生えることを信じている。困っている人はいても、かわいそうな人なんて一人もいない。
『かわいそうだね?/綿矢りさ』
阪神淡路大震災の時に樹理恵は、被災者支援の飴玉を受け取りませんでした。「被災者ではない自分はかわいそうではないから」という気持ちがあったのです。
同様に、アキヨを一時的に許容したのも、「自分はアキヨよりもかわいそうではないから」という気持ちが根底にあったからでしょう。
樹理恵の中には、助けなければいけない理由付として、「自分はかわいそうではないから」という醜い自尊心が存在したのです。
樹理恵には、根本的にアキヨを支援したい気持ちはなく、隆大に振られるのが嫌だから、「自分はかわいそうではないから、アキヨはかわいそうだから」と考えて、支援する動機を自分に無理やり与えたのでしょう。
保身のために自分を騙し、自分を騙すために他人を見下す。そんな醜い「かわいそう」を嘯いていた自分の考えを改めたのでした。
樹理恵が当初抱いていた、偽善だろうが、同情だろうが、結局は行動が大事、という考えも一理あると思います。しかし、そう割り切ってしまうよりも、人間には「深い慈愛」がある、と信じることも重要だと感じます。人を信じることこそ、最後の絆に違いないからです。
隣人愛は不完全なのか?
アキヨを支援する理由を探す中で、樹理恵はキリスト教の隣人愛の精神に注目します。そして、日本人の「人に迷惑をかけてはいけない」精神を非難します。
日本人は他人に礼儀正しく、気遣いが洗練されているが、一度自分に迷惑をかける存在だと知れば徹底的に排除しようとする。和の精神とは非常に表面的で、ルールを守らない者を排除することでコミュニティは成立している、というのです。本音と建前という日本文化がその背景にあるのかも知れないと記されています。
樹理恵の場合であれば、面倒な存在であるアキヨを排除したいと考えています。ところが帰国子女である隆大は、面倒をかけられても彼女を支援したいと考えています。ここに日本と欧米の文化の違いが顕著に表れていることに気づき、樹理恵は隣人愛という価値観を尊重せざるを得なくなります。
ところが最終的には、隆大の優柔不断な正義感が欧米的な隣人愛なら、ここは日本だから考え改めるように、と樹理恵は突きつけます。
日本と欧米の価値観に優劣をつけようとしているわけではないでしょう。ただ、欧米的な隣人愛の精神を貫いた結果、樹理恵を傷つけた隆大の不完全さをしているのだと思います。もちろんアキヨを救いたい精神は素晴らしいですが、それが結果的に樹理恵を傷つけてしまったわけです。隆大は物事の優先順位をつけられぬまま、全部を愛そうとして、何一つ愛せていないのです。
何かを得るためには何かを失う。あっちを立てればこっちが立たない。その事実をスルーして、ヒロイックな精神を貫く人間は1番たちが悪いです。善意で人を傷つける種類の人間は、悪意で人を煽てる人間よりも罪深いって、分からなくもないですね。
映画『インストール』おすすめ
綿矢りさの処女作『インストール』は、上戸彩が主演を務め話題になった。
若き日の上戸彩が、子役時代の神木隆之介と一緒に、風俗チャットに手を出す・・・・
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