佐藤泰志『草の響き』あらすじ考察 チャックベリーの曲名に隠された意味とは

草の響き 散文のわだち
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佐藤泰志の小説『草の響き』は、代表作『きみの鳥はうたえる』に収録された作品です。

時代でいえば、村上春樹と同世代の作家です。文学賞の候補に上がるものの、あまり日の目を見ることはなく、死後に再評価が進みました。

2021年に東出昌大主演で映画化され、5度目の佐藤泰志作品の映画化としても話題です。

『草の響き』作品概要

作者佐藤泰志
発表時期1979年(昭和54年)
ジャンル中編小説
テーマ若さと罪の意識
迫り来る憂鬱と走る行為
関連2021年に映画化
(主演:東出昌大)

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『草の響き』簡単なあらすじ

あらすじ

印刷会社で文撰として勤める主人公は、人間関係に強迫観念を抱くようになり、病院で自律神経失調症と診断されます。医師の勧めによってランニングを始めた彼は、いかなる日も取り憑かれたように走り続けます。

彼がいつも走るコースには、暴走族の若者たちがたむろしています。ちょっとした冷やかしで、若者たちが彼の後を追って走り出したのをきっかけに、リーダーのノッポと旗持の少年が頻繁に彼と共にランニングをするようになります。特にノッポだけは最後まで彼と並走し、多くは語らずとも知らぬ間に親近感を抱き始めます。

経過は順調だと医師は言いますが、果たしてどこに辿り着くことが回復なのか疑心暗鬼のまま、それでも振り出しに戻りたくない一心で彼は走り続けます。

久しく姿を見せなかった暴走族の若者たちでしたが、ある日、旗持の少年が変に苛立っており、ライターで旗に火を付ける様子を目にします。後日、旗持の少年と一緒に走った際に、ノッポが自殺したことを知らされます。若いだけで罪悪感を抱いていた若き日を回想した彼は、ノッポに自分を重ね合わせながら、ゴールなどいらないという思いを据えて、スピードを上げて走り続けるのでした。

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『草の響き』は、2021年に東出昌大監督主演で映画化されました。

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『草の響き』個人的考察

個人的考察

作者の人生と重なる私小説的物語

作者である佐藤泰志は、41歳で首を吊って自らこの世を去りました。

そんな精神的に過酷だった彼の人生が物語に反映されています。

作中の設定と同様、佐藤泰志は印刷所で活字を拾う生活の中で、自律神経失調症に悩まされるようになります。そして神経衰弱を克服するためにランニングを始めます。そんな作者の実体験が基となり、本作『草の響き』が創作されたようです。

佐藤泰志が精神的に病んだ原因のひとつして、作家として思うように評価されなかったことが考えられます。

代表作『君の鳥はうたえる』をはじめとして、芥川賞候補に4度選抜されるものの、その全てが落選でした。

もちろん、村上春樹のように芥川賞を逃しても絶大な人気を獲得する作家もいるわけですから、あくまで文学賞は単なるきっかけのひとつに過ぎません。ただし、佐藤泰志の場合は芥川賞の候補に上がってもその知名度が増すことはなく、なんと死後には全作品が絶版になるほど、人気がなかったのです。

『草の響き』の作中には、死を連想させる描写が多く登場します。それらは自身の逼迫した境遇を表現していたのだと思います。

  • 片羽がもげた蝉
    小説家として飛躍できない境遇
  • 車に引かれて腹わたが飛び出した猫
    精神的負荷に潰されそうな境遇

少しでも歩を止めれば彼らのようになってしまう、という強迫観念から、主人公は取り憑かれたように走り続けていたのでしょう。

振り出しに戻りたくない想いによって満身創痍になり、されどいかなる時点に回復が待っているのかも判らない闇雲な状態でした。

  • 作家たる表現活動に最終地点が存在しない果てしなさ
  • どこまで進めば報われるのか判らない不安

過度なプレッシャーを背負いながら、それでもダメになりたくない一心で走り続けるしかない現実。それはまさに作者自身の人生そのものなのでしょう。

ゴールなんか、いらない」という最後の台詞は、作者の自己暗示であり、そう思えるようになりたいと願っていたのかもしれません。




若さ故の罪悪感とは

若いだけで感じてしまう罪の意識」が物語のキーワードとして登場します。

主人公がかつて感じており、ノッポが自殺した際には、その原因の憶測として用いられます。

ここで言う「若さ」とは、作者の生きた時代と密接に関連しているように思います。

作者は60年代の学園闘争を経験した団塊の世代です。先進国において若者文化と呼ばれる新手のカルチャーが発生し、「若者/大人」というコードが明確化した時期でもあります。それ故に、作中ではエルビス・プレスリーチャック・ベリーなど、50年代にロックンロールの礎を築いたヒーローや、その系譜を引き継いだジョン・レノンの名が登場します。

彼らはいわゆる若者のシンボルであり、それを聴いている暴走族の連中は「若者/大人」というコードの典型なのです。精神的な問題を患い社会と対峙する主人公の境遇が、ノッポや旗持が抱える社会との対峙と重なり合い、ランニングを通して共鳴していったのでしょう。

その対峙において罪悪感を抱いてしまうのは、彼らが若者から大人への過渡期に差し掛かっていたからでしょう。

ノッポはもう子供ではなかった」という言葉が作中に登場します。反逆のシンボルにだけ身を任せて自己肯定できるような年齢を過ぎて、真正面から社会と対峙した時に彼らは罪の意識のようなものを感じたのかもしれません。

プレスリーも好きだ、新しがる必要なんてないからな、とぶっきらぼうな声でいった。(中略)自分がいいと思うものだけでいいんだ、とノッポはいった。

『草の響き/佐藤泰志』

子供から大人への変遷、高度経済成長の波、そういった心や時代が大きく移り変わる中で、自分のアイデンティティを見失いそうになる若者たちの心情がノッポの台詞から読み取れます。

自分がいいと思うものだけでいい」と口では言っても、そうあり続けるためには罪悪感が伴います。彼らは皆、そういった「うらぶれた若さ」に辟易していたのでしょう。

社会と対峙してでも自己を貫く行為は、終わりのない精神のサバイブを意味するのかもしれません。主人公においても、ノッポにおいても、そして作者である佐藤泰志においても、その葛藤から抜け出せなかったのでしょう。




「捕まえられない」ということ

彼はあいつを捕まえることができなかった。彼ばかりでなく誰もがだ。理由も、死、そのものも。あいつはなにかを決めただけなんだろう。

『草の響き/佐藤泰志』

ノッポの死については、誰もがその原因を知らないままでした。ノッポと最も身近であった旗持の少年ですら、結局何も判らないままだったのです。彼は「他人の気持ちに触れやしないよな」と象徴的な台詞を口にしていました。

ユー・キャント・キャッチ・ミー』というチャックベリーの名曲が作中で度々綴られます。ランニング中の主人公が、誰も自分を捕まえることはできない、という颯爽としたニュアンスで使われていました。

裏を返せば他者に対しても同じことが言えるのではないでしょうか。つまり、人と人との交流の中で、他人の気持ちに触れて捕まえるなど不可能だということでしょう。

それはある意味において、最大限の慈しみとも解釈できます。

代表作『君の鳥はうたえる』においても、若い青年同士がお互いを想う故に無干渉を続ける、という緊張感のある人間関係の模様が描かれていました。あれこれと干渉しないことが他者への慈しみ、とも言わんばかりです。

同様に『草の響き』においても、主人公とノッポの間には寡黙な友情がありました。人を惑わせたり、ぎこちない思いをさせることのない、静かな尊重です。

ビール腹の男にも、近隣の住人にも、なぜ毎日走るのか、ということを尋ねられ、その度に主人公は内省的になっているようでした。ところが、ノッポとの友情において、なぜ走っているのか、を打ち明ける必要はありませんでした。

社会や世間のしがらみに辟易した主人公にとって、お互いに干渉しないことが最大限の優しさだと感じていたのかもしれません。

だからこそ、主人公もノッポの死に対して喧しく推測することがなかったのでしょう。ノッポにはノッポのやり方があって、その選択の中に死が含まれていただけであり、それを他人がとやかく言うことはできないでしょう。

人間の魂を他者が勝手に捕らえることなどできないという慈しみのもと、主人公はノッポの死を尊重していたように思います。

そして、主人公は背後に迫る憂鬱の陰に捕われないよう、永久に走り続けるのでしょう。

まさに『You Can’t Catch Me』です。

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