宮沢賢治『銀河鉄道の夜』あらすじ考察「ほんとうのさいわい」を探す切符

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銀河鉄道の夜3 散文のわだち

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』は、死後に発表された未完の作品である。

何年も改稿が繰り返され、その度に物語は変化し、最終版の第4稿が一般的に知られている。

本記事では、改稿前の物語と比較し、「ほんとうのさいわい」について考察していく。

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作品概要

作者宮沢賢治(37歳没)
発表時期初稿:1924年(大正13年)
 最終稿:1934年(昭和9年) 
ジャンル中編小説
童話
ページ数65ページ
テーマほんとうのさいわい
自己犠牲の美学

あらすじ

あらすじ

星祭の日、孤独な少年ジョバンニは、街外れの丘で光に包まれ、気づくと銀河鉄道に乗車していた。前の座席には同級生のカンパネルラの姿があった。

2人は銀河旅行の中で多くの人々と交流し、「ほんとうのさいわい」が何なのかを考えるようになる。みんなのさいわいのためなら自己犠牲もいとわない。そんな考えがジョバンニの胸の中で強くなる。

乗客たちは天上の世界に旅立ち、ジョバンニとカンパネルラは車内に二人取り残される。ジョバンニは、「ほんとうのさいわい」を見つけるために、どこまでも一緒に旅を続けようと語りかけるが、振り返るとカンパネルラも消えていた。ジョバンニはあまりの悲しみに涙を流す。

気づくと元の丘に戻っていた。川辺に人だかりができ、事情を聞くと、カンパネルラが川に落ちた同級生を助けて死んだのだった。そこに居合わせたカンパネルラの父から、漁に出て長い間不在だったジョバンニの父が帰って来たと知らされる。様々な想いで胸がいっぱいになったジョバンニは、病気の母がいる家に向かって駆け出すのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

創作背景

『銀河鉄道の夜』が誕生する以前から、その宇宙的なイメージは詩の中で描かれていた。

1923年の詩作『冬と銀河ステーション』で、賢治は生まれ故郷・岩手県の軽便鉄道を「銀河鉄道」と表現した。さらに翌年には、銀河の描写を通じて亡き妹を悼む、『薤露青かいろせい』という詩を生み出す。賢治は故郷の風景や、死別の悲しみを、銀河の世界に投影させていたのだ。

この2つの詩が発端となったのだろう、間も無くして賢治は『銀河鉄道の夜』に着手する。

原型となる物語を執筆していた当時、賢治は知人に対して、「南欧を舞台にした銀河旅行の物語を書いている」と明かしていた。確かにジョバンニやカンパネルラは、聞き馴染みのない欧風の名前だ。

そんな南欧を舞台にした物語は、「星祭」が設定になっている。星祭の夜に、ジョバンニは町外れの丘から銀河鉄道に乗車するのだ。この星祭について、演出家の今野勉は、著書『宮沢賢治の真実』の中で、「聖ヨハネ祭」との関連性を指摘している。

聖ヨハネ祭は、ヨハネの誕生日を祝う祭日で、「夏のクリスマス」と呼ばれている。イタリア語で「ヨハネ」を「ジョバンニ」、ヨハネの誕生を祝う鐘を「カンパネルラ」と呼ぶ。執筆に際して、賢治は明らかにキリスト教の影響を受けている。熱心な仏教徒だった賢治が、キリスト教にも関心を持っていたのは有名で、作中には十字架や讃美歌など、キリスト教を想起させる描写が多く登場する。

このように故郷の風景が、南欧の風景と融合することで、『銀河鉄道の夜』は生まれたのだ。

当時の知人は、原型となる物語を賢治が「楽しそうに読み聞かせてくれた」と証言している。ともすれば、当初『銀河鉄道の夜』は、楽しい銀河旅行の物語だったのかも知れない。それは今日一般的に知られる物語の印象とは大きく乖離している。我々が知る『銀河鉄道の夜』は、深刻な物語である。

実は『銀河鉄道の夜』は、7年もかけて改稿が繰り返され、その中で物語が大きく変化した。最終的には賢治の死によって、第4稿が事実上の最終稿となり、その未完の原稿こそ、我々が知る『銀河鉄道の夜』なのだ。

ここからは改稿前後の相違点に注目して、作中のテーマを考察していく。

それに際して、今野勉の『宮沢賢治の真実』を参考文献に使用する。賢治の生涯を知る上で重要な文献なので、興味がある人はチェックしていただきたい。

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第3稿と最終稿の違い

改稿の中で物語が最も変化したのは、第3稿から第4稿 (最終稿)にかけてである。

我々が知る最終稿では、ジョバンニは気づくと銀河鉄道に乗車していた。そして親友カンパネルラと銀河旅行を共にし、最後には現実世界でカンパネルラが同級生を助けて死んだ事実が明かされる。

一方の第3稿では、ブルカニロ博士なる人物の実験によって、ジョバンニは夢の世界で銀河鉄道に乗車する。この時点で既に物語の設定が大きく異なっている。

その後の銀河旅行の内容は最終稿と殆ど変わらないが、物語の結末は全然違う。カンパネルラの死が描かれない。現実世界に戻ったジョバンニは、博士の言葉を通して、現実世界で強く生きていく決心をする。銀河鉄道で追求した「ほんとうのさいわい」を、現実世界でも追求すると誓って幕を閉じるのだ。

要するに第3稿では、ブルカニロ博士の実験を通じて、ジョバンニは現実世界に希望を見出すわけだ。いわば博士は、ジョバンニを希望に導く役割を担っている。

ところが最終稿では博士の存在が削除される。ゆえに現実世界に戻ったジョバンニは、希望どころか深い悲しみに回帰する。この相違点を、『宮沢賢治の真実』の著者・今野勉は、賢治と国柱会の決別に関係付けている。

熱心な法華経信者だった賢治は、ある時から誰にも頼らず独りで信仰に向き合うようになる。この心境の変化から、仏教団体「国柱会」と決別するに至った。それは信仰の支えである母体を離れ、自身を孤独に追い込む行為だ。孤独な信仰にこそ、法の真理があると賢治は信じていたのだ。

孤独な心境に達した賢治にとって、ジョバンニもまた、独りで「ほんとうのさいわい」と向き合う必要があったのだろう。彼を導いたブルカニロ博士は、賢治にとっての国柱会、孤独を妨げる存在だ。だからこそ削除する必要があったのだろう。いわば最終稿のジョバンニは、孤独な信仰の中で真理に到達しようと葛藤する、賢治の生写しなのかも知れない。

ちなみに博士が登場する第3稿は、作品集『ポラーノの広場』に収録されている。

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「ほんとうのさいわい」とは

ジョバンニが独りきりで追求する必要があった「ほんとうのさいわい」とは?

作中には「ほんとうのさいわい」を象徴する3つの出来事が描かれる。

・タイタニック号の乗客
・さそり座の逸話
・カンパネルラの死

この3つが訴えるのは、自己犠牲の美学だ。

順番に解説していく。

■タイタニック号の乗客

銀河旅行で出会った人々の中で、最も印象的なのがタイタニック号の乗客だ。

1912年、イギリス発アメリカ行きの船が、氷山に衝突して沈没したのは有名だ。作中ではその乗客という設定で、姉、弟、青年の3人が登場する。沈没に際して救命ボートには未来ある子供たちが優先的に乗せられた。ともすれば彼ら3人は助かるはずだったが、しかし自ら沈没の運命に身を任せた。群衆を押し退けてまで助かる道を選べなかったのだ。

彼らは結果的に他者のために自己犠牲を遂げたことになる。その徳によって銀河鉄道に乗り、天上の世界(天国)に旅立ったわけだ。

参考文献の著者・今野勉は、このタイタニック号の事件が、『銀河鉄道の夜』の創作に大きな影響を与えたと指摘している。

前述した通り、原型となる物語は楽しい銀河旅行のはずだった。ところが賢治は、ある時期にタイタニック号に強い関心を示した。それが原因で、物語は「自己犠牲」という深刻なテーマに変化したのだろう。

■さそり座の逸話

作中では、さそり座のこんな逸話が語られる。

ある時サソリは、イタチに狙われ、命欲しさに井戸に逃げ込んで溺れる。いずれにしても死ぬ運命だったサソリは後悔の念を抱く。自分は今まで多くの生き物を殺してきた。それなのに自分が殺される立場になると命が惜しかった。こんな風に溺れて無意味に死ぬなら、食糧になってイタチの生命に貢献すればよかった。その真理に到達すると、サソリの体は燃え上がり、永久に夜空で輝き続けている。

タイタニック号と同じく、自己犠牲の美学を説いた逸話である。

このサソリの逸話以外に、『よだかの星』『グスコーブドリの伝記』などでも、「焼身」という現象が描かれている。

法華経には焼身供養なる法が存在し、生きたまま身を焼くことこそ、仏法実践の最上法門だと考えられていた。そして熱心な法華経信者だった賢治にも焼身願望があったのだろう。それはある意味、他者のために身を燃やす、自己犠牲の方法としての焼身願望である。

■カンパネルラの死

「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」

『銀河鉄道の夜/宮沢賢治』

銀河鉄道に乗り込んだ直後にカンパネルラはこんな言葉を口にする。その意味は、最終的にカンパネルラが自己犠牲によって同級生を助けた出来事によって明らかになる。

「ぼくはわからない。けれども、誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」

『銀河鉄道の夜/宮沢賢治』

母から与えられた命を自己犠牲で損なう。果たして母は許してくれるだろうか。カンパネルラはそんな葛藤を抱いていたのだ。他人のために命を燃やす行為は、「ほんとうにいいこと」であり、「いちばん幸」だと信じつつも、母という存在によって、その信念は揺らいでしまう。

物語の終盤にジョバンニは、「ほんとうのさいわい」とは何か、カンパネルラに尋ねる。するとカンパネルラは「わからない」と答える。自己犠牲を信じて命を落とした当人でさえも、それが「ほんとうのさいわい」であるかは断言できないのだ。

この曖昧性について、参考文献の著者・今野勉はこう主張している。つまり賢治は、自己犠牲で命を落とした者がいかにして救われるか、という問題を追求していたのだと。

タイタニックの犠牲者が天上に旅立つ場面で、ジョバンニは、「天上になんか行かなくていいじゃないか」と訴える。彼は天上より優れた場所を求め、そこに導いてくれる「ほんとうのほんとうの神さま」を求めていた。それはキリスト教的信仰の否定を思わせる。

つまり自己犠牲で命を落とした者が天国に行くだけでは十分な救済にならない、と賢治は考えていたのかも知れない。だからこそ、自己犠牲が「ほんとうのさいわい」なのか、賢治は曖昧な立場を取ったのだろう。

そう、賢治は自己犠牲で命を落とした者が、もっと別の方法で、本当に救われる手段を追求していたのだろう。しかしその答えは、カンパネルラの「わからない」という言葉によって保留されてしまう。ついに賢治は思想の壁にぶち当たったのかも知れない。

自己犠牲の美学を解きつつ、それを断言できない揺らぎが、物語に危うい陰を落としている。それは賢治の内部で彼を苦しめ続けた思想の迷いだったのだろう。

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ジョバンニの切符

こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。

『銀河鉄道の夜/宮沢賢治』

ジョバンニの切符は、他の乗客のものと種類が違った。カンパネルラの切符は鼠色だが、ジョバンニの切符は、唐草模様におかしな文字が印刷されていた。「鳥を取る人」が言うように、「ほんとうの天上」どころか「どこへでも」行ける特別な切符だったのだ。

この時点でカンパネルラ含む乗客と、ジョバンニの行き先が異なることが暗示されている。カンパネルラたちは天上へ旅立った。ところがジョバンニは独りで旅を続けなければいけない。果たして彼はどこへ行くのだろう?

それは前述した、「天上より優れた場所」であろう。自己犠牲によって命を落とした者は天上(天国)へ旅立つ。しかしジョバンニは、もっと別の方法で彼らを救ってくれる、「ほんとうのほんとうの神さま」を求めていた。つまり、自己犠牲が「ほんとうのさいわい」であると断言できる、精神的・信仰的な境地を求めていたのだ。そこに独りきりで辿り着く使命を、特別な切符によってジョバンニは与えられていたのだろう。

ちなみに、作品集『ポラーノの広場』に収録される第3稿では、切符が重要な役割を担う。

銀河旅行の夢から覚めたジョバンニは、ブルカニロ博士にこう告げられる。

さあ、切符をしっかり持っておいで。お前はもう夢の鉄道の中でなしに本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐ歩いて行かなければいけない。天の川のなかでたった一つのほんとうのその切符を決しておまえはなくしてはいけない。

『銀河鉄道の夜/宮沢賢治』

おまえはさっき考えたようにあらゆるひとのいちばんの幸福をさがしみんなと一しょに早くそこに行くがいい、そこでばかりおまえはほんとうにカンパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ。

『銀河鉄道の夜/宮沢賢治』

他人のために生き、「ほんとうのさいわい」を追求するための切符。その切符を現実世界でも持ち続けるよう忠告されるのだ。

そして「ほんとうのさいわい」を追求するためには、化学や宗教を勉強することが重要だと博士は説く。それを聞いたジョバンニは、現実世界で本当の幸福を求めることを固く誓う。いわばジョバンニは知性という名の切符を与えられたのだ。

このように切符が重要な鍵になっていたにも関わらず、最終稿では削除されてしまう。銀河鉄道の世界から目覚めたジョバンニが切符を所有しているかは明記されない。

賢治の心境にどんな変化があったのか。切符を失くしてしまうような絶望感に直面したのか。それとも別の方法で真理に到達したのか。その答えは誰にも判らない。

あるいは賢治は今もなお、「ほんとうのさいわい」を追求する銀河旅行から帰ってきていないのかも知れない。

以上が『銀河鉄道の夜』の考察である。

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ドラマ『宮沢賢治の食卓』

宮沢賢治の青春時代を描いたドラマ、『宮沢賢治の食卓』が2017年に放送された。

農学校の教師をしていた頃の、賢治の恋や、最愛の妹トシとの死別を、鈴木亮平主演で描いた感動ドラマである。(全5話)

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▼ちなみに原作は漫画(全2巻)です。

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