最も美しい未完の物語 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』あらすじ考察 徹底解説

銀河鉄道の夜 散文のわだち




宮沢賢治の小説『銀河鉄道の夜』をご存知ですか?

1924年頃に執筆された、彼の代表的な中編小説です。

アニメーションや楽曲など、本作から派生した創作物が多く存在するため、日本人の我々には聞き馴染みのあるタイトルだと思います。

しかし、『銀河鉄道の夜』は宮沢賢治の代表作でありながら、完成しなかった小説としても有名です。

1924年頃の初稿から、晩年の1931年頃まで推敲が繰り返されました。そして彼の死後に、下書き原稿の状態のまま出版されたのが、我々の知る物語です。

そもそも完成形が存在しないため、発表後も改稿が繰り返され、その都度物語は変化しています。第1稿から第4稿の間に、追加された内容、削除された設定が多く存在するのです。

また、未完であるが故に、咀嚼しづらい場面や、収拾し切らない設定もあります。

しかし、文中に登場する「ほんとうのさいわい」という言葉が、一貫した物語のメインテーマであることは間違いありません。そのあたりに注目しながら考察していこうと思います。

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『銀河鉄道の夜』の作品概要

作者宮沢賢治
発表時期初稿:1934年(昭和9年)
ジャンル中編小説、童話作品
テーマ本当の幸、他人のために生きる

『銀河鉄道の夜』の300字あらすじ

ジョパンニは孤独な少年です。父は不在、母は病気、友達からは馬鹿にされています。

銀河のお祭りの日、いつものように友達に冷やかされたジョパンニは、独りで町外れの丘に行きます。すると急にアナウンスが流れ、気がつくと銀河鉄道の車内にいました。友達のカンパネルラも一緒です。

2人は銀河鉄道の旅の中で多くの人と出会い、「ほんとうのさいわい」の意味を学びます。

突然車内からカンパネルラが消え、悲しみにくれたジョパンニは、気がつくと元の丘にいました。
丘を下ると、川辺に人だかりができています。カンパネルラが友達を助けて、川に流され死んだようです。

胸がいっぱいになったジョパンニは、母親のもとに急いで帰るのでした。

『銀河鉄道の夜』のあらすじを詳しく

①孤独なジョパンニ少年

貧しいジョパンニは、朝と夕方の仕事が辛く、学校では元気がありません。

授業には集中できず、同級生とも遊ばず、唯一仲良しのカンパネルラともほとんど口を利くことがなくなりました。

カンパネルラはジョパンニを気の毒に思って、些細に気遣ってくれます。ジョパンニはその気遣いを受ける度に、自分もカンパネルラも哀れだと感じるのでした。

学校終わりに、ジョパンニは活版所で仕事をします。稼いだ銀貨で、病気の母親のために食べ物を買って帰るのです。

それと言うのも、ジョパンニの父親が不在だからです。漁に出ているため帰ってこないのだと彼は信じていますが、実際はどこで何をしているのか音沙汰がありません。父はジョパンニのためにラッコの上着を獲ってくると約束したっきり帰ってこないのです。

学校のクラスメートからは、「ラッコの上着」の話を馬鹿にされ、しつこく冷やかされています。そんな時もカンパネルラだけは、気の毒そうに口をつぐんでいるのでした。

病気の母と、帰ってこない父と、意地悪な同級生と、ぎこちないカンパネルラと、過酷な労働を背負ったジョパンニは本当に孤独なのでした。

ところで、今日は銀河のお祭りです。配達漏れの牛乳を取りに行くついでに、ジョパンニは川辺でお祭りの様子を見に行くつもりです。

②銀河のお祭り

牛乳を取りに行く途中、同級生のザネリと遭遇します。

すれ違いざまにザネリは、「ラッコの上着」のことを冷やかしてきます。

何もしていないのに、どうしてザネリが自分の悪口を言うのか分からず、ジョパンニはさらに孤独な気持ちになるのでした。

牛乳屋に着くと、今は従業員がいないので、後ほど訪ねるように告げられます。

牛乳屋を後にしたジョパンニが河原を歩いていると、数人の同級生が前からやって来ます。彼らは口を揃えて「ラッコの上着」のことを冷やかして来ます。

集団の中にはカンパネルラもいて、彼だけ気の毒そうな顔でジョパンニを見つめています。

ジョパンニはカンパネルラの視線から目を逸らし、走って丘の方へ逃げ出しました。

孤独なジョパンニは、丘の頂上の草むらに寝転びました。星でできた空の白い帯、銀河を見上げています。

突然「銀河ステーション、銀河ステーション」というアナウンスが聞こえて来ます。

やがて白い光に包まれたと思うと、ジョパンニは銀河鉄道の車内にいました。

前の席にはカンパネルラも座っています。

2人を乗せた銀河鉄道の不思議な旅が始まるのです。

③銀河鉄道の旅

おっかさんは、ぼくを許してくださるだろうか。

突然、銀河鉄道の車内でカンパネルラがそう口にします。そして彼は、母親にとっての本当の幸せとは何なのかを考えています。

やがて、カンパネルラは何か決心するような表情を見せるのでした。

白鳥の停車場で下車した2人が再び車内に戻ると、「鳥を取る人」に話しかけられます。彼は宇宙で捕まえた鳥を売って生活しているようです。彼が捕まえた銀河の鳥はまるでお菓子のようでした。

間も無く、車掌さんが切符を確認しにやって来ます。覚えのないジョパンニは慌てて上着のポケットを探します。心当たりのない紙切れが入っていたので、いちかばちか車掌さんに突き出しました。するとその紙切れが、どこへでもいける特別な通行券だったことが判明します。車内ではジョパンニしかその切符を持っていません。

「鳥取り」がジョパンニの通行券を大袈裟に褒めたりするので、ジョパンニは恥ずかしくなって窓の外に視線を向けて話を逸らします。

気がつくと、「鳥取り」はいなくなっていました。

ジョパンニは、会話を紛らわすために、わざと「鳥取り」に冷酷な態度を取ったことを後悔します。

それどころか、内心「鳥取り」のことを邪魔だとさえ思っていたので、そのことが気の毒で辛くなるのでした。

④乗客たちとの出会いから学ぶ

「鳥取り」がいなくなった車内には、新しく男の子と女の子と青年の3人が乗り込んできます。

彼らはタイタニック号の乗客だったようです。

氷山に衝突した船から逃れる際に、全員は乗り込めないボートを他の乗客に譲って、3人は海に飲み込まれました。そして気づいたら銀河鉄道にやって来たそうです。

彼らの話を聞いたジョパンニとカンパネルラは、忘れていた沢山のことを思い出して目が熱くなります。

さらにジョパンニは、他人の幸のために尽くしたいと思う一方で、自分は具体的に何をすればいいのか分からなくなり、気分を塞ぎ込んでしまいます。

あるいは、カンパネルラと他の乗客が親しくする様子を見ても、ジョパンニは嫉妬で不機嫌になってしまいます。

心持ちを綺麗に大きく持たなければいけないと理解しているのですが、孤独なジョパンニはどうしても悲しいのです。

カンパネルラが気を遣って話しかけて来ても、ジョパンニの気持ちは治りません。一度気を塞ぎ込んだ彼は、どうしても寂しいままなのです。その様子を見たカンパネルラも、寂しそうに「星めぐりの口笛」を吹いていました。




⑤さそりの話

タイタニック号の乗客だった女の子が、さそりについての話を聞かせてくれます。

ある日、イタチに見つかったさそりは必死に逃げて、井戸の中に落ちてしまいます。さそりは井戸で溺れながら、自分は今まで散々多くの命を殺して来たのに、自分が襲われたら必死で逃げたことを後悔します。こんなふうに無意味に死ぬのなら、いたちの食糧になるべきだったと反省しているのです。「次はみんなの幸のために私の体をお使いください」とさそりは神に祈ります。そのさそりの体は今も宇宙で燃えている、そういうお話です。

やがて、銀河鉄道は南十字星に到着して、タイタニック号にいた3人は下車の準備を始めます。

男の子は酷くごねます。ジョパンニも「このまま自分と一緒に旅を続ければいいのに」と説得します。しかし、3人は天上に行くために惜しみながら下車していきます。

ジョパンニは泣きたい気持ちを堪えながら、3人に別れを告げました。

⑥「ほんとうのさいわい」

再びカンパネルラと2人ぼっちになったジョパンニは、「このままどこまでも一緒に行こう」と約束を持ちかけます。

そして、「自分もさそりのように、みんなの幸のために体が燃えても構わない」と話します。

やがて暗黒星雲に遭遇します。ジョパンニは、「大きな闇だって怖くない」と主張します。

そして、「『ほんとうのさいわい』を探すために、どこまでも行こう」とカンパネルラに語りかけます。

しかし、振り返るとカンパネルラは車内からいなくなっていました。

途端にジョパンニは精一杯に泣き出します。

⑥胸がいっぱいになったジョパンニ

気がつくと、ジョパンニは元の丘にいました。

胸はおかしく火照り、頬には冷たい涙が流れています。

ジョパンニは走って丘を下ります。そして牛乳屋に立ち寄り、配達漏れの牛乳を受け取ります。

大通りを歩き、十字路に差し掛かったところで、人だかりができていることに気がつきます。

なぜか、ジョパンニは胸が冷たくなるのを感じました。近くにいる人に何があったのかを尋ねると、子供が川に落ちたようです。カンパネルラが同級生のザネリを助けて川に流されたのです。

カンパネルラの父親が、「もうダメだ」とついに諦めの言葉を漏らしました。

ジョパンニが近寄ると、カンパネルラの父親は、丁寧に挨拶の言葉を口にします。そして、ジョパンニの父親が今日あたり帰ってくるという情報を教えてくれます。

ジョパンニはいろんなことで胸がいっぱいになって走り出します。

カンパネルラの死、父親の帰宅、それらに胸をぐちゃぐちゃにされながら、早く牛乳をお母さんに届けようと必死に走っていたのです。

そして物語は幕を閉じます。




『銀河鉄道の夜』の個人的考察

「ほんとうのさいわい」とは何か?

作中にジョパンニが「ほんとうのさいわい」と何度も口にします。終盤では、「ほんとうのさいわい」を探すために、どこまでも一緒に行こうとカンパネルラに語りかけます。

おそらく、宮沢賢治が訴えていた「ほんとうのさいわい」とは、自分を犠牲にしてでも他人に尽くす行為を意味します。

ジョパンニはその真意を、銀河鉄道の中で出会う人々から学びました。

まずジョパンニは、必要以上に話しかけてくる「鳥取り」に対して、軽薄な態度を取ってしまいます。しかし、無愛想な態度をとってすぐに、ジョパンニは「鳥取り」に対して気の毒な気持ちになります。とは言え、同情をおもむろに表に出すのもきまりが悪くて、気持ちを上手く言葉にすることができません。

そうこうしているうちに「鳥取り」はいなくなってしまいました。ジョパンニは、会話を避けたことや、内心では邪魔だと思っていたことを酷く後悔します。

要するに、ジョパンニは「他人が望むことをしてあげたい」という気持ちがあるのに、それを上手く言葉や行動で示せない自分にもどかしさを感じているのです。

ただ、この段階では今までに感じたことのない気持ちであるため、本人も「へんてこな気もち」と表現しています。

その後、タイタニック号で他人の命を救うために自分を犠牲にした青年たちと出会うことで、ジョパンニは他人のために尽くす行為を学びます。

あるいは、女の子から聞いた「さそりの話」も同様です。

ジョパンニは、他人に対して気の毒ですまいない気持ちを頻繁に感じながら、その人たちの幸のために自分が何をするべきなのかをずっと考えています。

銀河鉄道の旅を通して、ジョパンニが「他人の幸福のために尽くす」という行為を、乗客たちから学び、成長していくのが本作の重要なテーマなのだと思います。

カンパネルラの死は必然的!?

現実世界でカンパネルラが死んでしまう結末に驚いた方も多いのではないでしょうか。

実際には、鉄道に乗り込んで間も無く、カンパネルラの死を匂わせる描写が綴られています。

カンパネルラは「母親の1番の幸福とは何なのか」を考えています。そして、「本当にいいことをすれば幸だから、お母さんも僕を許してくれるだろう」と話し、決心したような表情を見せます。

要するに「本当にいいこと」とは「ほんとうのさいわい」であり、他人のために尽くす行為を意味します。

おそらく、カンパネルラは他人を助けて自分が犠牲になる行為が、母親にとって本当に幸せなのかと葛藤していたのだと思います。

決心したカンパネルラは、ザネリを救うかわりに、川に流され死んでしまいます。

鉄道の中でカンパネルラが見せた泣きそうな表情は、友人を救って死ぬ自分を許してほしいと、母への謝罪の意が込められていたのでしょう。また決心の表情は、ザネリを救って自分が死ぬことに対する決意だったのだと思います。

おそらく、ジョパンニだけではなく、カンパネルラも人一倍他人に尽くす行為に葛藤していたのだと思います。

なぜなら彼は、同級生にからかわれるジョパンニを、ずっと見て見ぬふりをしてきたからです。

気の毒なジョパンニのために行動できない罪悪感が、常に彼に付きまとっていたのではないでしょうか。だからこそ、最期は他人の身代わりになる行為によって、自分の命を費やしたのでしょう。

銀河鉄道は天国への列車

そもそも、銀河鉄道に乗り込んだ人々は死後の世界に向かっていたのだと思われます。

最後に出会った青年たちも、タイタニック号で他人の身代わりになって海に飲み込まれた結果、鉄道内にやって来ました。

あるいは、タイタニック号の男の子と女の子の母親は、既に死んでいると記されています。そして彼らが天上へ行くために下車する場面では、「天上に母も行っている」と女の子が口にします。

銀河鉄道は、「ほんとうのさいわい」を実行して死んだ人々が天上へ行くための乗り物だったのでしょう。

ただ例外として、ジョパンニだけが最後まで生き残りました。他の乗客たちとジョパンニには違いがありました。それは切符の種類です。

ジョパンニだけがどこへでも行ける特別な乗車券を持っていたのです。

一方、カンパネルラは通常の鼠色の小さな切符を車掌さんに見せていました。つまり、カンパネルラは特別な切符を持っていないため、他の乗客と同様、死後の世界へ向かう存在だったということが暗示されていたのでしょう。

第1稿から第4稿までの間の変化点

本記事の序盤に記した通り、『銀河鉄道の夜』は未完の作品です。そして、第1稿から第4稿の間に多くの変更が加えられています。

まず、初期と最終盤の大きな違いは、銀河鉄道の旅が意図的か、幻影かという設定の種類です。

今回紹介した最終稿ヴァージョンでは、丘で見た幻影の経験が、ジョパンニを成長させるという展開でした。

しかし、初期のバージョンでは、「ブルカニロ博士」というキャストが登場し、彼の実験によってジョパンニが夢の中で銀河鉄道の旅をするという設定になっています。

そして、実験の後にブルカニロ博士が、「夢の中で見たとおり幸せをさがしてまっすぐに進むがよい」と告げて物語がエンディングへ向かいます。

ブルカニロ博士の存在を完全に排除した最終稿は、神秘的な世界観が強調されて、不思議な魅力を残したまま銀河鉄道の旅が終了します。

また、最終稿ではジョパンニの父の不在の理由が曖昧でした。特に背景が描かれることはなく、「刑務所に入っているわけがない」というジョパンニの一方的な思いだけが綴られています。そして、最終的には父親は帰ってくる兆しを残して物語は終わります。

しかし、初期の原稿では、ジョパンニの父親は密漁師のうえ、暴行により刑務所に入っている設定です。尚且つ、父親が帰ってくる展開もありません。

その他にも、序盤の学校の描写や、ジョパンニが活版所で働いている設定、カンパネルラが死ぬ展開などは、第4稿で追加された内容になります。

読書感想文

小説とは、大人になってから読むべき芸術作品だと思います。あるいは、「大人になってからもう1度読むべき芸術作品」と表現する方が相応しいかもしれません。

宮沢賢治に対して童話作家のイメージを持つのは、小学校の教科書に掲載されている印象が大きいからでしょう。しかし、小学生や中学生に宮沢賢治の自然科学や独自の宇宙観を理解するには、難解過ぎる気がします。

事実、幼い頃に『銀河鉄道の夜』を読んだ私は、ジョパンニやカンパネルラの気持ちを理解することができませんでした。2人が何を追求しているのか、あるいは一体なぜジョパンニは、カンパネルラを目の前にしても孤独感を持ち続けているのか。それらを理解するには、傷つく経験が私に不足していたのでしょう。

やがて、他人に見下され、除け者にされ、気遣いを覚え、気後れを感じ、愛情を受け入れ、再び拒絶し、独りになった時に、私は自然と『銀河鉄道の夜』を本棚から取り出していました。

やはり今でも難解なままです。しかし、かつてよりはジョパンニの孤独感や、カンパネルラの窒息しそうな気遣い、そして2人が追い求めた「ほんとうのさいわい」の輪郭が浮き彫りになったように思われます。それが勘違いだとしても、立て続けに缶ビールを3本も飲んだ後に、こんな胡散臭い文章を綴れるようにはなりました。

最後に私は、この作品が未完成であることに感謝します。いくら専門家が議論を重ねようが、未完成である以上、僕自身がジョパンニであり続けることに誰も口出しできないからです。「ほんとうのさいわい」というやつを探しに出かけて、未完成のまま終わる。まるで君みたいじゃないか。そうさ、これは自分だけの物語だ。誰一人例外なく。

以上、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。

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