サマセット・モーム『雨』あらすじ解説|なぜ牧師は死んだのか?

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雨 イギリス文学

サマセット・モームの小説『』は、世界短編史上の傑作と言われる作品です。

『月と六ペンス』の次に発表された短編集『木の葉のそよぎ』に収録され、現在では表題の短編集として刊行されています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者 サマセット・モーム(91歳没) 
イギリス
発表1921年
ジャンル短編小説
ページ数103ページ
テーマ白人による文化支配
信仰と性欲

あらすじ

あらすじ

南海の小島に降り立った二組の夫婦に起きた奇妙な物語である。

マクフェイル博士は、船の中で出会った宣教師デイヴィドソンと同じ宿に泊まることになる。デイヴィドソンは、未開の土地で布教活動を行っては、現地の野蛮で原始的な文化を矯正し、白人の文明を根付かせようと粉骨砕身している。

小島に降り立ってからは雨季の影響で二週間は船を出せない状況だった。そんな陰鬱した雰囲気の中、トムソンという女性が同じ宿にやって来る。彼女は売春婦で、駐屯軍を相手に商売をしていたのだ。その事実を知っていたデイヴィドソンは、信仰の名の下に彼女を島から追い出そうとする。マクフェイル博士は、デイヴィドソンの横暴なやり方に違和感を覚え何度か説得するが、彼はまるで聞き耳を持たなかった。

デイヴィドソンは毎晩のようにトムソンの部屋に訪れては、説教と祈りを唱え続ける。その甲斐あってか、トムソンは改心して島を出ていく気になっていた。ところがある夜、マクフェイル博士は宿の主人に連れられて海岸に行く。すると、なんとデイヴィドソンが喉を切り裂いて自殺していた。宿に戻るとトムソンが、「男なんて皆んな豚だ!」と喚いているのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

世界短編小説史上の傑作

『月と六ペンス』や『人間の絆』など、数多くの傑作を残したイギリスの作家モーム。

他にも彼は生涯で117篇の短編小説を発表している。その中で最も人気があり、世界短編史上の傑作とも称されるのが本作『雨』である。

モームはストーリーテラーとしての評価が高く、ゆえに世間的には通俗作家の印象が強い。逆に言えば、短編小説であろうと読者をあっと言わせる面白い物語が展開される。モーム自身、物語性の希薄な短編小説に懐疑的で、短編小説こそストーリーテリングに富むべきという信念を持っていた。

つまり何が言いたいかというと、本作『雨』は物語としてすこぶる面白いのだ。特徴的な登場人物、所々に散りばめられたシニカルさ、意外性に満ちた(読者に推測を委ねる)結末。どこを取っても完璧である。

もし『雨』を読んで短編小説としてのモームの魅力に惹かれたなら、作品集『ジゴロとジゴレット』をお薦めする。収録される8遍全てが、ユーモラスかつシニカルな”おもしろい物語”であることを保証する。

話が脱線したが、次章では『雨』の謎多き物語を考察する。

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白人による独善的な文化支配

最も気になる牧師デイヴィドソンの自殺原因を考察する前に、彼の人物像に触れておきたい。

デイヴィドソンはキリスト教の牧師で、妻と共に未開の土地を訪問しては、布教活動を行っていた。その活動内容はかなり横暴だった。民族的なダンスや、胸をさらけ出した衣服や、宗教倫理を欠いた性行為など、彼らの原始的な文化を否定し、西洋の文明的な価値観を植え付けようとしていたのだ。しかも罰金制度を設けることで、半ば強引に彼らの風習を剥奪していた。

デイヴィドソンにとって、これらは「善行」だった。原始的な風習を捨てさせることは、人間的・文化的な発展だと信じているからだ。あくまで彼は、現地人の幸福のために刻苦していたのである。

一方で現地の人間からすれば、文化を捨てることが本当の幸福とは限らない。しばしば歴史上では、先進国が途上国に介入し、発展援助という大義名分で侵略した出来事が見受けられる。しかし、正義感を他者に押し付けることは本当に正義とは限らないのだ。

デイヴィドソンは自分の正義感を一切疑わなかった。独善的な性格が強く、何がなんでも西洋文明を強要しなければ気が済まず、それこそが現地人にとっての幸福だと狂信しているのだ。

こういったエゴイズムは誰もが所有する。例えば恋愛や友情においても、相手を救いたいという願望が、やがて支配欲と分別できなくなり、自分の思い通りに相手を言い包めないと気が済まなくなることがある。それが過剰になると、思い通りにならない相手に憎悪を感じたり、横暴な手段に出る場合もある。

とりわけデイヴィドソンの正義感は過剰だった。だからこそ、売春婦のトムソンを何がなんでも改心させ、徹底的に追い込まなければ気が済まなかったのだろう。それが結果的に悲劇を招くことになったのだが・・・。

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デイヴィドソンの自殺の原因

デイヴィドソンは毎晩のようにトムソンの部屋に訪れ、説教と祈りに刻苦していた。その結果トムソンは一時的に改心し、売春をやめて、サンフランシスコに戻って刑罰を受ける気になっていた。それにもかかわらず、最終的にデイヴィドソンは自殺してしまう。

なぜデイヴィドソンは自殺したのか、それが本作最大の謎だ。

デイヴィドソンの死後に、トムソンは「男など汚らわしい豚だ」と侮辱していた。このことから、デイヴィドソンとトムソンの間に性的な行為が交わされていたと推測できる。

おそらくトムソンは、身体を使ってデイヴィドソンを懐柔しようと企んでいたのだろう。つまり肉体を差し出す代わりに、島からの追放を白紙にしてもらおうと考えたのだ。だとして、厳格な牧師であるデイヴィドソンはなぜ彼女の甘い誘惑に乗ってしまったのか?

考えられる理由としては、トムソンを救うための行為、と腹を括ったからではないだろうか。

トムソンは罪と向き合う恐怖への慰めという名目で、デイヴィドソンに愛の行為を迫ったのではないだろうか。そして独善性の強いデイヴィドソンは、彼女を救うためなら致し方ない、と割り切ったのかもしれない。

もちろん不倫は宗教上NGである。だからデイヴィドソンは彼女の部屋から帰ると、一人で長い間お祈りをしていた。それは懺悔だったのだろう。なおかつ彼は日に日にやつれているように見えた。トムソンを救う行為と、自分が罪を犯している事実との狭間で精神的に疲弊していたのだろう。

ところが最終的には、二人の間で齟齬が生じたのだと思う。トムソンは肉体を委ねたことで、島からの追放を免れると思っていた。一方でデイヴィドソンは、姦通の罪を犯してでもトムソンに寄り添ったのだから、彼女が本当に改心し自ら島を去ってくれると思い込んでいた。こういった齟齬で対立した結果、トムソンは姦通の事実を世間に告発するとデイヴィッドソンを脅迫したのかもしれない。

厳格な牧師であるデイヴィドソンが、不浄な行為をしていたと知れ渡れば、彼の名誉は転落する。その恐怖に耐えきれず、デイヴィドソンは自殺を決行したのだと考えられる。

そしてトムソンにとっては、救済を名目に自分の肉体を貪っていた醜い男という印象が残り、「男など汚らわしい豚だ」と毒づいていたのではないだろうか。

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「雨」が意味するもの

タイトルが示す通り、本作の舞台である小島では雨が降り続けている。雨のせいで船の出向の目処が立たず、人々は隔絶状態にあった。そのため人々は部屋の中で陰鬱とした雰囲気に苛まれていた。

陰鬱な部屋の中で、デイヴィドソンを含む夫婦たちは、出向の目処を静かに待ち続けていた。一方でトムソンの部屋からは、レコードが鳴り響き、性的な快楽が繰り広げられていた。ゆえに夫婦たちはトムソンを目の敵にしなければ気が済まなかった。

つまり雨とは、禁欲と快楽の葛藤を強調させる陰鬱な舞台装置として働いているわけだ。

雨によって隔絶された諸島では、誰もが一触即発の状態にあった。おまけにトムソンの部屋からは放蕩の気配がむんむんと漂ってくる。その誘惑に耐えられなかったのは、無論デイヴィドソンである。あくまでデイヴィドソンはトムソンを救済する名目で姦通に手を汚したようだが、しかし実際はトムソンの言うように、単なる汚れた豚だったのかもしれない。

果たして宗教倫理とは何なのか。信仰が完全に人間の魂を束縛するのは不可能なのか。

デイヴィドソンの人間性を嘲笑する以上に、宗教の存在意義について深く考えさせられる物語だと言える。

モームのシニカルな作風がふんだんに表れていて、やはり面白い。

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