芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』をご存知ですか?
1918年頃に執筆された短編小説で、芥川龍之介のキャリアでは中期の作品になります。
小学校の教科書に掲載されているように、本作は児童向けの小説になります。とは言え、人間の利己的な醜さが巧みに表現されているため、文学作品としても名高い一作です。
恐らく、幼少の頃に『蜘蛛の糸』を読んで違和感を抱いた方も多いのではないでしょうか。いわゆる、「蜘蛛の糸が切れない方法はあったのか?」という疑問です。今回はその辺りに焦点を当てて考察していこうと思います。
ちなみに、ドイツの哲学者ポールケラースの作品「カルマ」の物語から着想を得て、芥川龍之介は『蜘蛛の糸』を執筆したと言われています。厳密には着想を得たどころか、ほとんど物語が同じです。そのため、哲学者の思想を、児童向けに噛み砕いて自分の物語に変換した、と考えるのが相応しいかもしれません。
目次
『蜘蛛の糸』の作品概要
作者 | 芥川龍之介 |
発表時期 | 1918年(大正7年) |
ジャンル | 短編小説、児童文学 |
テーマ | 因果、人間のエゴ |
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もちろん『蜘蛛の糸』もございます!
『蜘蛛の糸』の300字あらすじ

お釈迦様は蓮池越しに、地獄の様子を覗き込みました。すると、犍陀多(カンダタ)という罪人が目に入ります。
犍陀多は生前に殺人や放火など、散々悪事を働いてきました。しかし、一度だけ蜘蛛の命を助けたことがあります。その報いとして、お釈迦様は犍陀多を地獄から助けることにしました。蓮池から地獄に向けて蜘蛛の糸を垂らします。
蜘蛛の糸に気づいた犍陀多は、この糸を使えば極楽へ行けると確信し、必死で上り始めます。すると、多くの罪人が犍陀多の後を追って、糸を上ってきます。誰もが地獄から抜け出そうと必死なのです。
犍陀多が罪人たちに、「糸から下りろ」と喚いた途端に、蜘蛛の糸はぷつりと切れるのでした。
『蜘蛛の糸』のあらすじを詳しく
①極楽の蓮の池
ある朝、お釈迦様は極楽の蓮池の周りを散歩していました。蓮の花の純白さと美しい香りが、あたり一面に広がっています。
蓮池の下は丁度地獄へと繋がっています。
お釈迦様は何気なく蓮池を覗き込み、地獄の様子を眺めていました。すると、犍陀多という罪人が目に止まります。
犍陀多は、生前に人殺しや放火など散々悪事を働いてきました。しかし、一度だけ善い行いをしたことがあります。かつて、蜘蛛の命を助けたのです。犍陀多が林を歩いている際に、1匹の蜘蛛が道端を這っていました。踏み殺そうと思った次の瞬間、犍陀多は命の尊さについて考えます。つまり、蜘蛛1匹でも命を粗末にするべきではないと思ったのです。そのため、犍陀多は蜘蛛を殺さずに助けました。
お釈迦様は、犍陀多が生前に蜘蛛を助けた出来事を思い出しました。そして、善い行いをした報いとして、彼のことを地獄から救い出してやろうと考えます。
丁度、蓮の花の上に蜘蛛がいたので、その蜘蛛の糸を極楽から地獄まで垂らして、彼を助けようとします。
②犍陀多のエゴイズム
地獄内は静まり返っています。
物音と言えば、たまに罪人のため息が聞こえてくる程度です。罪人たちは地獄の責め苦に疲れ果てて、泣き出す気力さえ残っていないのです。
犍陀多が何気なく血の池でできた空を眺めていると、蜘蛛の糸が彼の上に垂れてきます。途端に犍陀多は喜びました。この糸を上れば、地獄から抜け出せる、それどころか極楽にだって行けると確信したからです。
犍陀多は蜘蛛の糸を掴み、何万里先の極楽に向かって登り始めます。
途中、休憩がてらに、犍陀多はかつて自分がいた地獄の底を見下ろしました。
すると、他の罪人たちが蟻の行列のように、犍陀多の後を追って上ってきています。
犍陀多は驚きと恐怖に襲われます。自分1人でも切れてしまいそうな蜘蛛の糸に、これだけ大勢の人間がぶら下がっていては、確実に糸は切れてしまうからです。
咄嗟に犍陀多は、罪人たちに罵声を浴びせます。これは自分の糸だから、今すぐ降りるよう怒鳴りつけたのです。
次の瞬間、犍陀多がぶら下がっていた辺りで、蜘蛛の糸はぷつりと切れてしまいます。
当然、犍陀多は地獄の底に落ちてしまいました。
③悲しむお釈迦様
お釈迦様は、蓮池越しに地獄の一部始終を見ていました。
犍陀多が落下する様子を目にして、悲しい表情を浮かべます。
自分だけが地獄から抜け出そうという利己的な考えが生まれたばかりに、蜘蛛の糸は切れてしまったようです。
犍陀多の無慈悲な心に対する罰が、彼を再び地獄に戻らせたという結果です。
一方で、極楽には相変わらず、蓮の花の純白さと美しい香りがあたり一面に広がっています。極楽には昼が近づいているようです。
ここで物語は幕を閉じます。
『蜘蛛の糸』の個人的考察

蓮の花と罪人の対比が美しい
本作のテーマはさておき、『蜘蛛の糸』の魅力のほとんどは、蓮の花と罪人の対比にあると言っても過言ではありません。
幼児向けの作品でもあり、非常に短い短編小説になっています。文庫本だと5ページ程度の文量です。それにも関わらず、蓮の花の情景描写は合計1ページ近くを占めています。
蓮の花と罪人の対比が、人間の純粋さと醜さの対照的な構造を表現するのに必要不可欠だったのでしょう。
罪人は当然醜い存在として描かれています。生前の悪事や、蜘蛛の糸に群がる様子、自分だけが助かろうとするエゴイズムなどです。
それに比べて、蓮の花は情景がありありと思い浮かぶほど、美しい言葉で綴られています。犍陀多の浅ましさに対して、蓮の花は頓着することもなく、最初から最後まで美しいままです。
要するに、蓮の花の美しさとは「純粋であることの美」を表現しているのだと思います。
人間の利己的な欲望に対して、蓮の花の無垢な様子は純粋さを想起させます。その対比が、極楽の幸福な世界観を助長する役目を果たしています。あるいは蓮の花の純粋さを引き合いに出すことで、人間の醜さが一層下品に感じる効果もあります。
このように、極楽と地獄の断絶感は、蓮の花と罪人の対比によって巧みに表現されています。
そして、蜘蛛の糸だけがその断絶された世界を繋ぎ止める唯一の接点だったのです。どれほど醜い人間でも、1つくらいは純粋さとの接点を持ち合わせているということなのかもしれません。
犍陀多は端から助からない運命だった!?
幼少の頃に『蜘蛛の糸』のストーリーを聞かされて、「自分のことばかり考えていたから、犍陀多は地獄から抜け出せなかったんだ」と周囲の大人に教育された経験はありませんか?
その道徳的な教育を漠然と受け入れつつ、実は胸の隅で疑問を抱いていませんでしたか?
「犍陀多が助かる方法はあったのか? 」という疑問です。
もちろん、「自分だけが助かろうとしたから蜘蛛の糸が切れた」という仕組みは納得できます。
しかし、果たして何千もの罪人が上ってくるのを犍陀多が受け入れていたなら、蜘蛛の糸は切れなかったのでしょうか。にわかに信じ難い仮定ですね。「自分1人でも切れてしまいそうな糸である」と文中には綴られています。遅かれ早かれ糸は切れていたことが想像できます。
あるいは、後を追って上って来た罪人たちを許容すれば、蜘蛛の糸は切れなかったと仮定します。
その結果、何千もの罪人が全員極楽にやって来たら、それこそ死後の世界の秩序は滅茶苦茶ですよね。
そもそも、犍陀多が蜘蛛の命を助けた程度で、お釈迦様に救われる対象に選ばれたのも違和感があります。これは決して蜘蛛の命を蔑ろにした意見ではありません。
ただ、家に火をつけたり、殺人をしていたくせに、蜘蛛に対しては命の尊さを感じる犍陀多が、ほとんどサイコパスではないかと思ってしまうのです。
犍陀多に救いの手を差し伸ばしたお釈迦様も、散歩の途中で偶然地獄の様子を目にしたからその気になっただけです。お釈迦様も気まぐれすぎますよね。
ともすれば、おそらく犍陀多は始めから地獄から救われる運命ではなかったのでしょう。
そこには「生前と死後の因果関係」が問題になっています。
まず、犍陀多が地獄から救われる対象に選ばれた要因は、生前に蜘蛛の命を助けたことです。そこには、蜘蛛の命を助けたから、蜘蛛の糸によって救い出されるという因果関係があります。
では、生前にもっと善い行いをしていればどうだったのでしょうか。もちろん罪人にならないほど善人であったならば、端から地獄には落ちていないでしょう。ただ、悪事を働いて地獄に落ちる運命だったとしても、蜘蛛だけではなく別の存在も助けていたら、犍陀多の末路は変わっていたかもしれません。
鳥を助ければ翼が、友人を助ければ友人が、家族を助ければ家族が、彼を地獄から救い出す因果が生まれたことでしょう。
つまり、犍陀多は、蜘蛛の命を助けた程度では、地獄から抜け出せないレベルの罪を背負っていたということではないでしょうか。
事実、人の命を奪っていた罪人が蜘蛛の命を助けたことを理由に救われたら、死後の世界の秩序が狂ってしまう気がします。
もちろん、自分だけが助かろうとする精神を正す意味で、本作を使って子供に教育するの重要なことだと思います。
しかし、端から善い行いをしろという精神を培う方が大切だと思います。
地獄で他人のことを考えても意味がありません。人を褒めるなら、人を愛するなら、人を救うなら、生きているうちにするべきだと、本作から私は学びました。
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