ボリス・ヴィアン『墓に唾をかけろ』あらすじ解説|発禁処分の問題作

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墓 フランス文学

ボリス・ヴィアンの『墓に唾をかけろ』は、黒人差別への憎悪を描いたデビュー作です。

あまりに過激な内容から発禁処分になり、ヴィアンは100,000フラン(約1,500万円)もの罰金を課せられました。

2018年に『お前らの墓につばを吐いてやる』という邦題で再翻訳されました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者 ボリス・ヴィアン(39歳没) 
フランス
発表1946年
ジャンル長編小説
ページ数261ページ
テーマ黒人差別への批判
差別への激しい憎悪

あらすじ

あらすじ

主人公のリーは、知人の紹介でバックトンという田舎町にやって来た。本屋に勤めて金を稼ぎながら、町の少女たち相手に毎日淫らな生活を送っていた。

ある夜、リーは富裕層の姉妹ジーンとルーに出会い、二人をものにしようと考える。姉のジーンは難なく手に入れ、しかし妹のルーはつっけんどんで手強そうだった。

後日姉妹の家に招待されたリーは、姉のジーンを完全に虜にした。妹のルーも徐々に気持ちが動き始める。最終的にリーは姉妹両方に一緒になる約束をするのだった。

これら全てはリーの計画の一環だった。一見肌の白いリーには黒人の血が流れている。それだけの理由で弟は白人に殺された。復讐のために、リーは白人の象徴とも呼べる富裕層の姉妹を殺そうと企んでいたのだ。しかも自分に惚れさせた上で殺す、という最も残酷な方法で。

順番に姉妹を惨殺したリーは、警察に追い回される。最終的には逃げ込んだ小屋を包囲され、リーは腰を撃たれ息絶えた。既に死体になったリーは、黒人という理由で、村の連中に縄で吊し上げられるのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

ヴィアンではなくサリヴァンの小説?

本作『墓に唾をかけろ(お前らの墓につばを吐いてやる)』は、ボリス・ヴィアンの実質的なデビュー作である。

しかし当初は別名義で発表されたややこしい作品でもある。それというのも、実はヴィアンには作家として二つの顔があったのだ。

一つは『日々の泡(うたかたの日々)』などの傑作で知られる本人名義での作家活動である。

そしてもう一つは、脱走兵である黒人作家ヴァーノン・サリヴァンという設定での作家活動である。いわば架空の黒人作家を演じて作品を発表していたのだ。

本作から分かる通り、サリヴァン名義の作品は、かなり暴力的である。本作を合わせて計4つの作品が発表されており、現在では全集で読むことができる。

サリヴァン名義で本作を発表した理由は、ある種の世間に対する嘲りだ。そんなヴィアンの悪ふざけに出版社が協力して、架空の黒人作家の作品にでっち上げたのだ。

元々翻訳の仕事も行っていたヴィアンは、英語の原文をヴィアンがフランス語に翻訳したという体裁で世間を騙そうと企んだ。加えて本作の序文にはわざわざヴィアンが寄稿して、あたかも別人である風を繕っている。

当初は殆ど話題にならなかった本作は、その過激な内容が徐々に批評家の目に留まり、ヴィアンの作品ではないかと疑われ始める。しかしヴィアンはあくまで自分の作品ではないと否定を続ける。加えてヴィアンはこの一人芝居を楽しんでいた。最終的には自分の作品だと認めるのだが、その際も、サリヴァンの名誉を守るために自分が犠牲になるのだ、完全には認めない姿勢を貫いていた。いわば、悪ふざけによってマスコミを挑発していたのだ。

このように、ヴィアンの人柄は非常に挑発的で皮肉屋だった。しかしその根底には、差別や戦争に対する反抗があり、ただ単に過激な作風で世間を挑発していたわけではない。

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発禁処分と死の呪い

一部の批評家に目をつけられた本作は、次いで右翼団体の批判対象になり、作品の暴力性や性描写について告訴される。しかしヴィアンは自分の著書ではないと否定していたため、一度目の起訴は見送られた。

ところが幸か不幸か、脱走兵である黒人が差別に対する復讐の物語を執筆した、というセンセーショナルな設定が大衆から支持され、結果的にベストセラーを記録することになった。また売春婦が虐殺された現場に本作が置かれていた事件も相まって、とうとう本作は発禁処分になってしまう。

ヴィアンは罰金刑になり、100,000フラン(約1,500万円)を支払う義務を迫られた。それが原因で妻と離婚することになった。

その後も本作はある種の呪いとしてヴィアンを破滅させることになる。

1959年に本作は映画化された。映画の脚本はヴィアン本人が務める予定だったが、プロデューサーの意に沿わず、最終的には別の脚本に差し替えられた。ヴィアンは文句を溢しながらも映画の試写会に参加した。するとなんと試写会の途中にヴィアンは突然心臓発作に襲われ、そのまま39歳の若さで亡くなってしまった。

試写会中に心臓発作を起こしたのは偶然だが、まるで本作の呪いを彷彿とさせられる。

反抗的なキャラクターで世間を嘲り、しかし自分の作品の呪いによって若死にしたヴィアン。まるでドラマティックな人生と言えよう。

人種差別に対する憎悪

本作で描かれる、差別に対する憎悪、白人に対する復讐は、当時の歴史的背景(KKKによる白人至上主義)が関係している。

あらゆる公共施設が白人と黒人でセパレートされ、不条理な虐殺事件が多発するなど、徹底的に黒人は差別されてきた。

60年代に入ると、ようやく黒人解放を掲げた公民権運動が展開され、風刺的な文化作品も多く生み出される。しかし本作『墓に唾をかけろ』が発表されたのは、戦後間も無くの1946年であり、風刺作品のはしりと言える。

以上の背景を踏まえて、物語を考察していく。

本作の主人公リーは、白い肌の持ち主でありながら、実際は黒人の血が流れていた。そんな彼は意図的に白人社会に溶け込み、白人の象徴とも呼べる富裕層の姉妹を惨殺することで復讐を果たす。

リーの復讐の背景には弟の存在が関係していた。詳しくは語られないが、弟はかつて白人の女性と結婚するにあたって、その女性の父や兄に徹底的に詮索され、黒人である事実が暴露されたみたいだ。そして既に弟は墓の中にいる。死の原因は明かされないが、実質的に白人が弟を殺したのだとリーは語っていた。

リーの白人に対する憎悪は、タイトルから分かる通り、墓に唾をかけて、死後ですら冒涜しなけらば気が済まないほど強力であった。実際にリーは、姉妹を自分の虜にした上で撲殺するという最も残酷な手段で復讐を果たす。そのあまりに過激な内容は、差別風刺を超えて、単なる暴力小説と世間に捉えられ、発禁処分になったわけだ。

しかしリーの残虐な復讐は白人社会の写し鏡と言える。実際に当時の白人至上主義者たちは、黒人という理由だけで無条件に惨殺を行っていた。しかもそれが正当化され、罪に問われないこともしばしばあった。それどころか現在でも白人の警察官が、個人的な感情で黒人を殺すような事件は後を絶たない。

作中では妹のルーは、リーが黒人だと分かった途端に、拳銃で彼を撃ち殺そうとする。それが黒人差別のリアルなのだ。

だからと言って復讐を正当化するべきとは思わないが、しかし本作の最大の意図は、リーの残虐行為を写し鏡にして、白人の愚行を炙り出すことだったのではないかと考えられる。

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黒人音楽を愛したヴィアン

ヴィアンが黒人差別に反抗した理由の一つに、彼が黒人文化であるジャズの愛好家だったことが挙げられる。

ヴィアン自身、小説家だけでなく、ジャズトランペット奏者の活動を行っていたのだ。とりわけ黒人のジャズこそが本物だと考える傾向にあったらしく、その思いは本作『墓に唾をかけろ』の中でも描かれている。

アメリカの音楽は全部彼ら<黒人>から出たんだ。(中略)白人たちは黒人たちの発見を食いものにするのにずっといい立場にいるからな

『墓に唾をかけろ/ボリス・ヴィアン』

主人公リー(ヴィアン)の主張はある意味真理と言える。いわゆる若者文化として支持される音楽は往々にして黒人発祥である。奴隷労働者の黒人がその悲しみを歌ったのがブルースの始まりだ。ブルースはやがて、一方ではジャズに発展し、一方ではソウルミュージック(R&B)に発展する。そこに白人が接近し、ロックンロールと呼ばれるジャンルが確立された。長らくロックは若者文化を席巻していたが、現在ではヒップホップが主流になった。もちろんヒップホップも黒人発祥の音楽である。

つまり「アメリカの音楽は全部黒人から出た」というリーの主張はあながち間違いではない。

それにも関わらず、当時の黒人ミュージシャンたちは、白人の資本家たちに搾取され不当な扱いを受けていた。(搾取に抵抗したソウルシンガーが陰謀めいた死に方をした例もある。)直接的な差別に限らず、文化面でも黒人は徹底的に食い物にされてきたのだ。あるいは当時の音楽チャートは白人と黒人で切り離され、正当に評価されることはなかった。

ジャズを愛してやまないヴィアンにとっては、文化面における横暴な白人至上主義も、軽蔑の対象だったのかもしれない。

リーが死体性愛だった意味

本作『墓に唾をかけろ』で最も衝撃なのは、主人公リーが死体性愛の傾向にあることだろう。

白人の姉妹を殴り殺す最中、リーは姉妹の陰部を愛撫し、その行為によって射精する。明らかな異常性癖である。

あるいは最終的に射殺され、縄で吊し上げられたリーの陰部は勃起状態だった。なぜヴィアンは単なる白人への復讐だけでなく、死体性愛を思わせる描写を取り入れたのか。

おそらくヴィアンは、死体性愛を通して、生死の対称性を描いていたのだと考えられる。欲情や勃起はある意味「生の実感」の象徴と言える。つまり死にゆく白人と、生を実感する黒人、という対照的な関係性を表現したかったのだろう。

白人の死体に欲情し陵辱するのは、まさにタイトル通りの「白人の墓に唾を吐く」行為だと言える。死体性愛によって白人を死後まで冒涜することが、主人公リーの復讐だったのだろう。

そして最終的に射殺され縄で吊し上げられたリーの陰部が勃起していたのは、死してもなお生を体現する、復讐成功の喜びを表していたのではないだろうか。

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