寺山修司の『青少年のための自殺学入門』あらすじ考察 君には自殺する資格すらない

自殺学入門 散文のわだち
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寺山修司のエッセイ『青少年のための自殺学入門』をご存知ですか?

1979年に発表された作品で、いわゆる自殺をするためのマニュアル本です。

みなさんが新たに趣味を始める時、マニュアルに目を通すことも少なくないでしょう。例えば、釣りを始めるとして、必要な道具は何か、適した場所はどこか、事前にリサーチすると思います。

同様に、自殺においても事前のリサーチは必要不可欠です。当然失敗したくはありません。あるいは、死んでから後悔はできないため、理想通りに完遂したいものです。

冗談ではありません。

本作には、自殺機械の作り方や、遺書の書き方自殺場所の選定まで、徹底的にマニュアル化された情報が記されています。

巻末には、一部表現に対して、作者の生きた時代を考慮するため、「こころしてお読みいただくよう、お願いいたします」と、クレーム多き昨今に向けて、注意書きさえ綴られています。

寺山修司は劇作家としての印象が強く、アングラなカルチャーの担い手として有名です。膨大な量の文芸作品を創作したため、彼のエッセイや評論を愛読した方も多いと思います。その中でも、本作のカルト臭には少し抵抗感を抱くかもしれません。

念のため先に言っておきます。

これは自殺マニュアルであると同時に、生のマニュアルでもあります。

矛盾した表現ではありますが、このマニュアルを読み終えたあなたは、きっと自殺願望がすっかり消え失せているはずです。その真意を解説していきます。

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『青少年のための自殺学入門』の作品概要

作者寺山修司
発表時期1979年(昭和54年)
ジャンルエッセイ、随筆、マニュアル
テーマ自殺のすすめ、生のすすめ

『青少年のための自殺学入門』の内容を詳しく

①自殺機械の作り方

人間の歴史は「道具の歴史」です。道具によって人間は進化してきました。

やがて長い年月を経て、道具は機械へと発展しました。その発展がもたらしたのは、「人間が扱うもの」から「人間を扱うもの」への変化です。機械が主導権を握り、人間は使われる存在になったのです。

人類は道具とともに発展してきて、機械とともに滅亡してゆくだろう

つまり「人間の死」と「機械」は、切っても切り離せない関係だということです。

ただし勘違いしてはいけないのが、世の中には「他殺機」は溢れていても、「自殺機械」は尊重されていない現状です。

自動車も電車も、公害煙突も汚染水も、他の目的で生み出されたものですが、結果的に人を殺す発明になったわけです。それは「他殺機」に過ぎません。

人間がいかに死ぬかを考える時、殺されるという受け身の死は排除しなければいけません。

死ぬ自由くらい自分自身で創造したい!!!

二羽のニワトリ式自殺機、上海リル型浴槽自殺機、ねじ式自殺樽、脱穀機型脳天振動自殺機、首まきつきオルガン自殺機、四〇年型心臓破裂発動機、これらは全て寺山修司が発明した自殺機械です。

我々は、君は、一体どんな自殺機械を発明するというのだろうか。どうか、オリジナリティとユーモアを忘れずに。

②上手な遺書の書き方

自殺すると決めたら、遺書の書き方を勉強する必要があります。

遺書には2つの役割があります。1つは、死を修辞し、相手に気持ちを伝えることです。もう1つは、遺産の分割などの事務処理のためです。自分の胸中と、死後の世間の混乱を整理するためにも、遺書は書くようにしましょう

遺書を書く上で、下記点に注意しましょう。

遺書の言葉遣いは、普段自分が口にする形式で構いません。死ぬからといって改まる必要はありません。

遺書は自筆に限ります。自殺の楽しみの半分は遺書を書くことにあるため、代筆などは避けましょう。

遺書の字は丁寧に越したことはありませんしかし、あえて少し崩すと人々の印象に残りやすいです。

遺書は、書き終わったら推敲・確認しましょう。死んだら書き直しができません。

遺書に原稿用紙は避けましょう。いわゆる小説のように虚構の文章と勘違いされる恐れがあるからです。

葉書に遺書を記すと、多くの人に送付できます。しかし、作者の生きた時代の概念であるため、現代ではソーシャルネットワークサービスを活用すると、より多くの人に周知できると思います。

しかし、結局は遺書に形式は問いません。

自分の死を自分らしく表現できれば、どんな方法で遺書を残そうと、それが最善なのです。

③動機も必要だ

自殺の準備が整ったら、自殺の動機は必ず考えておきましょう。

なぜなら、「きれいな花を見ていたら死にたくなった」とか、「一寸死んでみたかった」という心情を、世間は絶対に理解してくれないからです。

頭の悪い連中にも理解できるように、わかりやすい自殺動機を用意しておくべきです。あるいは、馬鹿な専門家たちに勝手な理由づけされることを避けるためにも、自殺動機は必要です。

例えば、女子高生が商業施設の屋上から飛び降りれば、やれ家庭環境だの、学校内のいじめだの、SNSの危険性だの、相談できる大人の不在だの、適当な原因がメディア中を飛び交います。馬鹿な彼らに好き勝手言わせるくらいなら、虚構でもいいので、自殺の動機を残しましょう。

ちなみに、中小企業の経営者の倒産による自殺は、自殺ではなく他殺です。資本主義社会の歪みから出てくる自殺は、全て他殺なので問題外です。本マニュアルに該当いたしません。

④自殺にふさわしい場所を選ぼう

自殺場所は、劇における舞台装置と同じくらい重要です。

川で飛び込み自殺をしようと考える者は、そのために自分で川を作るくらいの気持ちが必要です。

要するに、自分の死を彩るための舞台装置を、自分で準備することが重要なのです。

赤い花1輪などは、ありきたりだし、死を感傷的にする効果しかないので避けましょう。とある自殺の例では、死体の横に笑い袋があったらしく、「死と笑い」という場違い感が人々の記憶に深い爪痕を残したようです。

死には耽美とユーモアを!!!

ちなみに、死ぬための音楽の準備も忘れないようにしましょう。寺山修司曰く、自分で作曲すると、自殺に対して手作りの良さが反映されるためお勧めのようです。




⑤自殺のライセンス

これまで、散々自殺の準備について綴られてきましたが、ここで残念なお知らせです。

自動車を運転するには免許証が必要なように、自殺にもライセンスが必要になります。

つまり、事故死でも他殺でも病死でもない、純粋な自殺以外は認められないということです。

ノイローゼによる自殺は病死、生活苦による自殺は政治的他殺、失恋は他殺ないしは病死です。「何かが足りない感覚」による自殺はもっての外です。満たされれば必然性がなくなる死など、自殺とは無縁です。あまり純粋な自殺を見縊らないでください。

そんな君の死など、自殺の値打ちもないわ!!!

とかく、下記に当てはまる人間に自殺のライセンスはございません。

  • 早漏・性器短小に悩んでいる男
  • 大学受験に失敗した男
  • ローリング・ストーンズをきいても何も感じない男
  • イボ痔になやむ男
  • 何となく人生がいやになった男
  • パチンコをやりすぎて叱られてばかりいる男
  • 周りくどい問い詰めばかりしている男
  • 童貞・処女
  • 低所得労働者
  • まだフカヒレスープを飲んでみたことのない男
  • 女の子に「愛してるわ」といわれたことのない男
  • 高倉健の映画に羨ましがる男
  • 倒産、生活苦などをかかえた男
  • 水虫治療中の男

生きる自由と死ぬ自由を同価にするためにも、ライセンスの規約は必要不可欠なのです。

⑥心中のすすめ

「人間は1人では生きられないが、死ぬときは1人である」

そんな馬鹿げた話はないでしょう。

1人で死ぬよりも2人で死ぬ方が、贅沢で良いに決まっています。

パートナーと共に自殺する行為は、2人で同じ夢を見ることを意味するからです。

あるいは、1人での自殺は簡素な場合が多いですが、2人となると、先に説明した、遺書や舞台装置などの工夫が凝らされる傾向にあります。それに地獄旅行は、1人で行くよりも仲間がいた方が楽しいものです。

ぜひ、自殺をする際には、パートナーを忘れないように。あくまでライセンスがあればの話ですが。

以上で、青少年向けの自殺マニュアルは幕を閉じます。




『青少年のための自殺学入門』の個人的考察

純粋な自殺とはいかに!?

本エッセイの中で重要視されているのは、他殺と自殺の切り分けです。

世間ではその切り分けがされないまま、漠然とした自殺の概念が蔓延っています。一方で、寺山修司は、他殺を排除した純粋な自殺に焦点を当てて、マニュアル化しています。

とかく、人の世のほとんどは他殺であるということです。

虐待やいじめが原因であれば、それは親やクラスメイトに殺されただけのことです。働き口が見つからないとか、事業に失敗したとか、リストラされたことが原因であれば、それは政治的に他殺されたに過ぎません。

では一体、純粋な自殺とはどんな概念なのでしょうか?

家庭は幸福で、経済的にも充足しており、天気も晴朗で、小鳥もさえずっている。何一つ不自由がないのに、突然死ぬ気になる。・・・事物の充足や価値の代替では避けられない不条理な死、というのが、自殺なのであり・・・

『青少年のための自殺学入門/寺山修司』

自殺は贅沢なものであるという事実を知らない限りは、「何者かに殺される」ことを自殺と履き違えたままになります。

死後の世界を魅力的なものだと認識し、幸福な生活からさらに幸福へと向かう意識で果たされるものが自殺なのです。

決して「生の苦しみから自由になる」目的で死ぬのではなく、「死に向かって自由になる」目的で死ぬことが絶対条件です。解脱とか離脱とか、そういった目的がある場合は、自殺に該当しません。

幸福な人間が、より幸福を望んだ先に存在するのが純粋な自殺なのです。

つまり、君のそれは他殺ですよ。

君たちに死ぬ資格はないということ

他殺と自殺の違いを認識した上で、自殺のライセンス問題が引き合いに出されます。

本当に幸福な人間が、その先の贅沢を望んだ結果以外の自殺は、自殺とみなされません。

つまり、少しでも蟠りや悩みや不幸を抱えている人間には、自殺をする資格がないということです。

自殺する資格がない人間の特徴として、早漏や童貞や低所得者や貧困などが挙げられていました。寺山修司が綴ったこれらの具体例は、具体的でありながら、とても抽象的で包括的です。

要するに、大抵の人間は自己のコンプレックスとか、一時的な不幸の境遇によって、自殺を図ろうとするのです。結果的にそれらに共通するのは、「自分には何かが足りない」という欠陥意識です。

寺山修司は、こういった「何かが足りない感覚による死」は、全て自殺のライセンスの対象外だと明記しています

なぜなら、足りない感覚は満たされた途端に、死の必然性を失ってしまうからです。

足りないから死ぬのではなく、満たされているから死ぬという贅沢こそが、自殺ライセンスの絶対条件です。

ともすれば、大抵の人間に自殺をする資格なんてないんですよ。「不幸な人間が死ねば幸福になれる」という考えは大間違いです。

不幸な人間は、まず生活の中で幸福になることを怠るな、本当に幸福になってから自殺を考えろ、それが本マニュアルの教訓であります。




読書感想文

私は、「青少年のための自殺学入門」を読み、寺山修司はなんて優しい人間なんだろうと考えました。

「自殺学入門」というタイトルをつけておきながら、一切入門させてくれないからです。悪く言えば、タイトル落ちする、意地悪なエッセイです。しかし、それは寺山修司の優しさでしょう。彼のユーモアに負かされた我々は、「なーんだ」とため息をつきながらも、その裏切りに心地よい安心を感じているはずです。

「君たちに自殺する資格はない」

この世で最も優しい言葉だと思いませんか。我々が自殺のライセンスを獲得するためには、これ以上ない幸福な生活を手に入れなければいけません。完全に満たされて初めて、自殺の入門が認められるわけです。ともすれば、我々は一生ライセンスを獲得することができないのではないでしょうか。死ぬまで生活の幸福を追求し続け、最後まで自殺のライセンスは獲得できない、人間の一生とはそういう優しいカラクリでできているのだと思います。

女の子に「愛してるわ」といわれたことのない男

これはきっと私のことであり、つまり私には自殺する資格がないということです。そして、これは生に対する教訓にもなり得るわけです。

人を褒めるなら生きているうちに、恋をするのなら生きているうちに。

死んでから遺書の内容を後悔できないように、我々はまだまだ後悔する余地が必要なのです。だから多分明日も生きているのでしょう。

以上、寺山修司の『青少年のための自殺学入門』の考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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