森鴎外『ヰタ・セクスアリス』あらすじ解説|発禁になった性欲の自伝

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ウィタセクスアリス 散文のわだち

森鴎外の小説『ヰタ・セクスアリス』は、自身の性欲体験を綴った異色の作品です。

大胆な性欲描写が問題となり、発刊から1か月後に発売禁止の処分を受けました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

※ヰタ・セクスアリス(ウィタ・セクスアリス)

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作品概要

作者森鴎外(60歳没)
発表時期  1909年(明治42年)  
ジャンル私小説
自叙伝
ページ数192ページ
テーマ性欲の歴史
反自然主義文学

あらすじ

あらすじ

哲学教師である金井は、昨今の潮流である自然主義文学に性欲的描写が伴うことについて疑問を感じています。自分は性欲に冷淡なのだろうかと思った彼は、自己の性欲の歴史を書いてみようと決心します。

幼少の頃には、近所の大人に春画を見せられたり、父母が夜に何をしているかを聞かされたりした経験に、無知ではあるものの異様な不快感を抱いていました。そして11歳で学校に通うようになると、上級生の男子に襲われそうになる経験をします。いわゆる、女性を好む軟派と、男性を好む硬派がいることをその時に知るのでした。どう言うわけか、金井は硬派に狙われることが多く、懐には常に短刀を忍ばせて用心していました。

やがて自慰行為を覚えた金井ですが、依然として性欲に対しては冷淡でした。友人三人と禁欲的な同盟を結んだりもします。そうして女性を知らないまま20歳になった金井は、知り合いに吉原の遊郭へ連れて行かれ、初めて女性と一夜を共にします。思い返せば、冷淡な彼もこの時は理性よりも性欲が上回っていたようです。

このような自身の性欲史を執筆したものの、世に発表するどころか、性教育の教材として息子に読ませるにも値しませんでした。彼はこの文章に「VITA SEXUALIS(性的生活)」というタイトルを付けて、誰にも読まれない文庫の中に投げ入れたのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

自然主義に対するアンチ精神

何を自分の性欲の歴史を恥じらいもなくつらつらと綴ってるんだ森鴎外は!

と一蹴する前に、どうか執筆された頃の時代背景を知ってください。

明治時代と言えば、いわゆる私小説なる文学ジャンルが登場した時期です。西洋の自然主義文学の解釈を誤って、田山花袋が自らの性欲の葛藤を綴ったことが始まりだと言われています。

女弟子との叶わぬ恋の末に夜着と蒲団の匂いを嗅ぐ『蒲団』や、電車で美女観察をしてストーカーにまで発展する『少女病』など、露骨な作品が有名です。

対する森鴎外は、反自然主義の立場でした。

つまり、本作は自然主義に対するアンチテーゼとしての作品だったのです。

ヰタ・セクスアリス』の冒頭では、主人公の金井が文学についての軽い批評を話す場面があります。例えば、夏目漱石が発表した「吾輩は猫である」を称賛した上で、それを模倣した「吾輩も猫である」や「吾輩は犬である」はつまらないと扱き下ろします。その流れで、昨今の潮流である自然主義文学についても辛辣な及をします。

金井君は自然派の小説を読む度に、その作中の人物が、行住坐臥造次顚沛、何に就けても性欲的写象を伴うのを見て、そして批評が、それを人生を写し得たものとして認めているのを見て、人生は果してそんなものであろうかと思う

ヰタ・セクスアリス/森鴎外』

実際に当時は自然主義文学や私小説が主流でしたが、森鴎外や夏目漱石は自然派とは距離を取っていました。もちろん小説には少なからず作者の実体験的な要素が含まれているものですが、それを主観的に暴露するのか、観照的に距離を保持するかの違いがあり、森鴎外は後者だったのでしょう。

鴎外の短編『追儺』では、反自然主義の表明が冒頭でなされます。「こういうものをこういう風に書くべきである」という考えを「囚われた思想」と非難します。つまり、自然派こそ正とする潮流に異議を申し立てていたのでしょう。

ともすれば本作は、自然主義文学に対する挑戦だったと言えます。彼らと同様に性欲の歴史を恥じらいもなく綴って、シニカルに小馬鹿にしている鴎外のしたり顔が浮かびます。最後には執筆した文章を発表する代物ではないと、文庫に投げ入れる展開も、自然主義文学の価値を批判しているように感じられます。

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「軟派」「硬派」に見る男色の歴史

作中において、「軟派」は春画を見て楽しんでいる青年、「硬派」は春画を見ない青年として描かれていました。

軟派は性に奔放で、硬派は禁欲的な青年を指すのかと思えば、どうやら硬派は男色であることが発覚します。しかも、主人公が通う寄宿舎には硬派がそれなりに存在しました。尻を狙われないよう懐に短剣を忍ばせるほどです。

11歳の頃に上級生の男に襲われそうになったことを父親に告白すると、大した驚きも見せず、ごくありふれた出来事として片付けられる場面が印象的でした。つまり、『ヰタ・セクスアリス』の時代背景である明治初頭は、取り立てて同性愛を珍しがるような道徳観ではなかったと言うことです。

日本の歴史において男色は珍しくなく、江戸時代には若衆歌舞伎において、青年の売春が一つの文化として存在しました。あるいは吉原を中心に遊郭が栄えたように、陰間茶屋なる男娼の商売が発展していました。信長も家康も男色を楽しんでいた事実が文献で記されています。

「異性愛/同性愛」という完全な二分化ではなく、その間にはゲージがあって、異性愛寄りの人間も男色を楽しんでいたみたいです。

ところが明治時代になると西洋の文化が流入し、キリスト教の影響で徐々に男娼がタブー視されるようになります。とは言え、明治時代においては、女に溺れるくらいなら男色の方がまし、という価値観があったみたいです。そのため『ヰタ・セクスアリス』において、異性愛である軟派はおちゃらけで、同性愛である硬派は禁欲的な印象で描かれていたのでしょう。

大正時代にはさらに西洋化が進み、ますます男色はタブー視されるようになります。病気として扱われる始末です。

個人的な推測としては、大正から昭和初期の”いけいけどんどん”な戦争の雰囲気の中で、家族制度を設けた政府ですから、子孫繁栄の機能を果たさない同性愛を意図的に排除したのではないかと考えています。そして昨今ではようやく価値観が一周して、性的マイノリティに柔軟になり始めたようです。

このように道徳的な価値観などは時代によって左右されるものです。昨日まで当然だったものが今日にはタブーになり得る人間社会です。

異なる時代の価値観を知れる意味でも、『ヰタ・セクスアリス』は歴史的文献として優れているように思います。

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刹那的な時代感が魅力

本作は小説なのか自伝なのか随筆なのか、正直曖昧です。

主人公を用意して作り物語の体で展開していくのですが、あまりに淡々とその年々の出来事が綴られるだけで、登場人物も後に続くことがなく、小説にしては呆気ない感じがします。

例えば、学生時代に親しくしていた、ませた友人がいました。悪い遊びを教え込まれることを懸念した両親は、彼との絶交を強いてきます。結局彼は退学になり絶交するまでもなく関係が途絶えます。後日談として、その友人が株式の売買をしているという情報が綴られるものの、それ以降一切登場しなくなります。

あるいは、17歳の頃に古道具屋の障子の前に立っていた少女に、おそらく性欲的な感情で固執していた主人公だったのですが、急に「つまらない話」として片づけられ、以降彼女は登場しません。

母親の勧めで見合いをする場面がありました。結婚する気がさらさらない主人公は、その女性との縁談を破断させます。そして、その女性は別の男の妻になった一年後に病死した、とだけ綴られます。

他にも様々な登場人物がいますが、一様にさらっと流され二度と登場しなくなります。読者としては主人公の心情を汲み取ろうと努力するのですが、あまりに彼らが冷淡に切り捨てられていくので、正直盛り上がりに欠けます。

あえてぶつ切りの物語に解釈を設けるとすれば、「明治」という変化に富んだ目まぐるしい時代を象徴しているのかもしれません。

あるいは、エリート街道を歩んでいた鴎外にとって、のんびり気の合う仲間と過ごす暇はなく、大人に強いられた呆気ない人間関係の中に居たのかもしれません。

あるいは結核という不治の病が蔓延していたので、簡単に人が死ぬ時代だったのでしょう。

こういった鴎外の境遇や刹那的な時代感を踏まえて再読すれば、目まぐるしい描写の速さが納得できるかもしれません。

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鴎外の立場的に発禁になった

冒頭に記しましたが、本作は発表から1ヶ月後に発売禁止になっています。

ところが、それほど露骨な性的表現があるわけでもないので、正直発禁にするほどではないように感じます。

一説によると、森鴎外が陸軍軍医という立場だった故に、過剰な対応が為されたのではないかと言われています。

そういった点では、高飛車な印象の森鴎外も肩身の狭い思いをしていたのだなと感じます。

自伝的に子供時代を綴った物語を、作中では発表できないと投げ捨てるのですから、自身の人生に対する感嘆がそこにはあったのかもしれません。エリート故の息苦しさです。

これはあくまで深読みです。

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