志賀直哉『和解』あらすじ解説|父親との和解を綴った私小説

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和解 散文のわだち

志賀直哉の小説『和解』は、実際に不和だった父親との和解を描いた物語です。

父親との和解が気持ちよく成立し、その喜びと興奮とで一気に書き上げたようです。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者志賀直哉(88歳没)
発表時期  1917年(大正6年)  
ジャンル私小説
ページ数176ページ
テーマ父との和解
拗れた求愛

あらすじ

あらすじ

主人公である順吉が、1年前に死んだ赤ちゃんの墓参りのために上京する場面からはじまります。ただし順吉と父親には、顔を合わせることも出来ないような確執があるようです。それは本人たちの心の問題であり、周りの人間たちは、腫れ物に触るように、おろおろするしかなす術がない雰囲気でした。

順吉は締め切りに追われる職業作家です。父との不和を作品の題材にしようと考えるものの、どこか後ろめたさのような感覚があり、スランプに陥っていました。

順吉の最初の赤ちゃんが死んだのは、赤ちゃんを列車で東京に連れて行ったせいでした。父子の不和を解消するために、周囲の人間が赤ちゃんの存在を利用してようと目論んでいたのです。この一件により父子の確執は一層深まるばかりでした。父も父で、まわりの迷惑を顧みずに、意固地になって威圧的な態度を強めていきます。そんな二人が「和解」をするまでの物語が綴られているのでした。

作中に登場する謎の人物

Y柳宗悦(思想家)
K子さん柳宗悦の妻
M  武者小路実篤(小説家)  
或る親しい友園池公致(小説家)
K君木下検二(学習院の後輩)
SK九里四郎(画家)
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個人的考察

個人的考察-(2)

実際の確執の原因

本作『和解』が、志賀直哉の実体験を基に創作された私小説であることは有名です。つまり、志賀直哉は父親との確執を長い間抱えていたということです。

明治生まれ、上流家庭、父親が政界出身。このような共通点を持った作家は、志賀直哉の他には、永井荷風や有島武郎などが存在し、いずれも父親の影響を大いに受けた人物です。明治時代の父子には考えの相違があったのか、父親との関係がひとつのキーワードになっています。

志賀直哉と父親の不和の原因には、「足尾銅山鉱毒事件」が関係しています。

志賀直哉は内村鑑三に師事していました。ある時、「足尾銅山鉱毒事件」を批判する内村鑑三の演説を聞き、衝撃を受けた志賀直哉は被害者の視察に行こうとします。ところが彼の祖父がかつて足尾銅山の共同経営者だったため、父親に反対されて激しく対立することになります。

それが発端となり、以降あらゆる出来事において父子の確執は深まっていきます。

  • 足尾銅山鉱毒事件
  • 父が贔屓する洋服店で大学制服をこしらえた(不和にもかかわらず)
  • 実家のお手伝いさんと結婚騒ぎ
  • 関西旅行の旅費をめぐって
  • 大学の転科をめぐって
  • 単行本の出版費用をめぐって
  • 父の反対を退けて康子と結婚
  • 長女の死後、墓地問題をめぐって

こういった度重なる父親との対立が、最終的に和解に至るまでを描いたのが、本作『和解』なのです。

『和解』から3年後に発表された『或る男、其姉の死』では、改めて父親との不和の原因を振り返っています。

そこには次のような文章が綴られています。

兄には何か祖母だけでは満たされない気持がありました。そしてそれを兄は矢張り亡き母の幻影に求めて居たのです。(中略)結局兄はそれを父にまで求めてゐたのが本当だつたと思ひます。然し兄はそれをはつきりとは意識してゐなかつたやうです。

『或る男、其姉の死/志賀直哉』

志賀直哉は実母に育てられていません。長男が赤子のうちに死んだことを咎められた実母は、志賀直哉が生まれると、祖母に取り上げられてしまいます。そして33歳の頃に悪性のつわりで亡くなっています。

実母の愛情が不足して育った志賀直哉は、根本的な部分に満たされない気持ちがあり、その代償を父親に求めていたようなのです。そう考えると、足尾銅山の件以降の志賀直哉の反抗的な言動は、父親にかまってほしい故の最後の求愛だったのかもしれません。

絶対的な思想衝突ではなく、志賀直哉の拗れた求愛が原因だっために、和解は為すべくして至った結果と言えるでしょう。

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和解後に一気に書き上げた『和解』

私小説である故に、作中の主人公である順吉は小説を執筆しています。彼は父親との不和を題材にした物語を創作しようとして、まるでスランプに陥っているようでした。

その原因は次のように綴られています。

自分は口でそれを話す時は比較的簡単な気持ちで露骨に父を悪くいった。然し書く場合何故かそれが出来なかった。自分は自分の仕事の上で父に私怨を晴らすやうな事はしたくないと考へてゐた。それは父にも気の毒だし、 尚それ以上に自分の仕事がそれで機されるのが恐しかった。

『和解/志賀直哉』

私生活ではいくら父親に歯向かっても、それを小説に書くことは躊躇しているようでした。父親を気遣う様子が記されていますし、あるいは、不和の原因を公平に判断するだけの技量が無いために書けないとも主張しています。

これが志賀直哉の弱さと人間らしさでしょう。

前述した通り、不和の根本には父親に対する拗れた求愛が潜んでいました。端から父親を非難したいとは考えていなかったのでしょう。仮に徹底的に父親と対立していたならば、作品内で扱き下ろしても後ろめたさは無いはずです。それをいちいち公平な判断だの、気の毒などと理由を並べて執筆を中断するあたりが、本当はいち早く和解を望んでいることの表れのように感じます。

当時の志賀直哉は実際に、父親との不和を題材にした『時任謙作』の執筆に失敗しています。ただし、急遽父親との和解が成立した途端に、本作『和解』を一気に書き上げたそうです。

失敗に終わっていた『時任謙作』は、長編傑作『暗夜行路』として生まれ変わります。

私生活においても、小説の題材においても、端から父親との和解を望んでおり、それが叶った途端に彼の創作活動は軌道に乗ったのかもしれません。

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あえて不和の原因を描かない理由

本作を語る上で必ず取り上げられるのが、「不和の原因の不在」です。

この記事では既に志賀直哉と父親の確執の原因を解説しました。しかし実際に本作『和解』の中では、その原因が一切語られません。

何かしらの理由で不和であることを前提に物語が展開するのです。

一般的に考えれば、不和の原因を詳細に記した方が、読者は作品に感情移入できますし、和解に到るクライマックスの感動も一層増すことでしょう。

されど志賀直哉はあえて原因を記しませんでした。その理由は下記の通りでしょう。

自分の気持ちは複雑だった。それを書き出して見て其複雑さが段々知れた。経験を正確に見て、公平に判断しようとすると自分の力はそれに充分でない事が解った。

『和解/志賀直哉』

散々記した通り、絶対的な嫌悪で父親を憎んでいない志賀直哉は、小説で父親を扱き下ろすことに躊躇していました。

仮に不和の原因を記したとすれば、読者はいずれかの肩を持ち、いずれかを非難することになるでしょう。志賀直哉はそれを避けるためにあえて原因を記さなかったのだと思います。原因が判らない以上、どちらかの肩を持つことは不可能で、あくまで中立的な視点で物語を読み進めることが叶います。

「不和の原因の不在」には、読者に善悪の推測をさせない意図があったのかもしれません。

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赤子が象徴する不和と和解

『和解』の印象的な場面と言えば、長女である慧子が死ぬ場面、そして次女である留女子の出産場面でしょう。

順吉の娘二人は、父子の不和における象徴的な存在として位置付けられています。

慧子は、順吉と父親の和解に利用されていました。赤子の存在を利用して、どうにか父子の和解が叶わないかと周囲が企んでいたのです。

我孫子から東京まで列車に乗って、慧子を実家に連れて行くことになります。しかし、生後間もなく列車で忙しく移動させたことが災いとなり、慧子は死んでしまいます。その結果、慧子は父子の不和の犠牲になったという感覚が主人公に芽生え、一層確執は深まるばかりでした。

この我孫子と東京の往復は、いわゆる父子のコミュニケーションを象徴しており、その媒介となる慧子の死は、コミュニケーションの断絶、失敗を意味しているのでしょう。

めでたく和解が成立すると、今度は父親が生まれたばかりの次女・留女子の顔を見るために、東京から我孫子にやって来ます。この時、留女子は父子のコミュニケーションの媒介として、和解成立を象徴する存在としての役割を果たしているようです。

以上のように、「不和」と「和解」が、「慧子の死」と「留女子の誕生」に準える形で描かれているのです。

父子の和解という単純な物語ではありますが、その背後に生命の死、とりわけ肉体的描写を鮮明に綴った死が描かれているため、壮絶な主題として読者を魅了するのかもしれません。

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