村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』あらすじ解説 井戸・ねじまき鳥とは

ねじまき鳥 散文のわだち
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村上春樹の小説『ねじまき鳥クロニクル』は、『ノルウェイの森』に次いで執筆された8作目の長編小説です。

初めて戦争や暴力といったテーマが扱われ、村上春樹のキャリアで転換期になった作品と言われています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

さらに村上春樹原作の映画を無料で鑑賞する方法もお伝えします!

『ねじまき鳥クロニクル』作品概要

作者村上春樹
発表時期 1994-1995(平成6年-7年) 
ジャンル長編小説
テーマ人間の無意識世界
権威主義という悪の遺伝子
受賞読売文学賞
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『ねじまき鳥クロニクル』あらすじ

あらすじ

法律事務所を辞めたばかりの「僕」は、編集社で働く妻クミコと平穏な結婚生活を送っていた。しかし飼い猫の失踪を機に、徐々に日常のバランスが崩れ、ある日クミコは一切の理由も告げずに出て行ってしまう。

クミコは自分の浮気を理由に失踪したようだが、しかし本当の原因には彼女の兄「綿谷ノボル」が関係していた。権力者の家系である綿谷家には、ある種の遺伝によって「悪」が引き継がれており、その暴力的な遺伝によって綿谷ノボルはクミコを支配していたのだ。

綿谷家に支配されたクミコを救い出すため、「僕」は近所の枯れた井戸に潜り、こちら側とあちら側の世界を行き来する。あちら側の世界で「綿谷ノボル」を倒すことができれば、失踪したクミコを連れ戻すことができるかもしれないのだ・・・

▼合わせて読みたい情報!

村上春樹原作の映画がおすすめ

村上春樹の小説は多数映画化されています。

・『風の歌を聴け』1981年
・『トニー滝谷』
2004年
・『ノルウェイの森』
2010年
・『ハナレイベイ』
2018年
・『バーニング(納屋を焼く)』
2018年
・『ドライブ・マイ・カー』
2021年

中でも『ドライブマイカー』は、カンヌで三部門、アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞し話題になった。

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『ねじまき鳥クロニクル』個人的考察

個人的考察

無意識世界から妻を救い出す物語

村上春樹の作品では、現実世界と精神世界を往復する構造が頻繁に採用される。その目的の多くは「喪失した何かを取り戻すため」である。そして二つの世界を繋ぐ装置として「井戸」「深い森」などが役割を担っている。

本作『ねじまき鳥クロニクル』では、失踪した妻クミコを取り戻すために、主人公は近所の屋敷の庭に掘られた井戸に潜り込む。井戸の底で瞑想状態に陥った主人公は、気がつくと現実とは異なる世界(208号室)に移動している。そして「208号室」で顔の見えない謎の女性と遭遇する。どうやら彼女はあちらの世界でのクミコらしく、彼女を現実世界に連れ戻すことが主人公に課せられた試練のようだ。

井戸の底から通じる無意識世界

この井戸の底から通じる「208号室」の世界は、現実世界に対する精神世界と呼べるが、より正確な言葉で表現するなら、意識的な世界に対する「無意識の世界」だろう。

主人公は頻繁に「夢のようなもの」を見る。その「夢のようなもの」も、「208号室」の世界と繋がっている。そもそも「夢」とは、人間の無意識下の思考を脳内で映像化したものである。それは人間の深層心理とも呼べる。

心理学者のユングは、全ての人間は共通の深層心理を共有していると説き、それを集合的無意識と呼んだ。つまり井戸には水流があり、その水流を辿れば他の井戸と繋がっている理論に則り、主人公は深層心理の世界を通じてクミコの内面に辿り着こうとしていたのだ。

だが主人公が潜った井戸は水が枯れていた。水流が絶たれているとは、クミコが完全に心を閉ざしている状態を意味し、だから彼女の深層心理になかなか到達できなかったのだろう。

最終的には「208号室」で謎の男(綿谷ノボル)を殺したことで、井戸に水が吹き返す。綿谷家の支配によって深い闇に落ちたクミコが、現実世界に回帰したのだと考えられる。

ちなみに「井戸」は、前作『ノルウェイの森』でも登場する。精神的な問題を患った直子は、井戸に落ちた人間は二度と這い上がれない、と語っていた。まさに深層心理の奥の方に沈んでしまった人間が、精神的に消耗し塞ぎ込んでしまう様を「井戸」というメタファーで表現しているのだろう。

そして『ノルウェイの森』の主人公は、井戸に落ちた直子を救えなかった。だからこそ、次いで執筆した『ねじまき鳥クロニクル』では、井戸に落ちた妻を救い出す奮闘の物語を描いたのではないだろうか。

深層心理は操られている?

前述した通り、クミコの真相心理は綿谷ノボルに操られて(汚されて)いた。だから主人公は深層心理の世界で綿谷ノボルを殺し、クミコを彼の支配から解放する必要があったのだ。

このことから分かる通り、人間の深層心理は良くも悪くも他者に操られる恐れがある。

簡単な例だと、人間の購買意欲は企業の広告洗脳によって操られている。作中でカツラ会社のアルバイトをする笠原メイは、一度カツラを使い始めた人は永久に買い替えなければいけないので企業は滅茶苦茶に儲かる、という仕組みを熟知していた。まさに資本主義社会がもたらす「ハゲは恥ずかしい」という印象操作だ。

このように深層心理は外部の影響を強く受け、自分の意思とは無関係に操作されている。最も強い力を持つのがメディアだ。

彼らは僕の言うことを信じないだろう。彼らはテレビの言うことをそのまま信じているのだ。

『ねじまき鳥クロニクル/村上春樹』

このような潜在意識の操作を、作中ではスピリチュアルな能力として、ファンタジー的に描いている。特別な能力を持った人間だけが、他者の無意識をコントロールできるのだ。

1人は加納マルタだ。彼女は主人公の夢を意図的に操って、暗示的なメッセージを与えることができた。このスピリチュアルな能力は場合によっては悪用もできるが、マルタの場合は他者の救済を実践する善の心の持ち主だったため、主人公に悪影響を及ぼさず、むしろヒントを与える存在として機能していた。

問題は「綿谷ノボル」もその能力を持っていることだ。しかもマルタが光の存在だとしたら、綿谷ノボルは闇の存在である。

綿谷ノボルの場合は他者の深層心理に、悪や暴力といった働きかけをしていたのだ。

例えば、加納クレタが綿谷ノボルに「精神的に汚された」という出来事は、彼に深層心理を支配されたことを意味するのだろう。さらに綿谷ノボルの姉や、妹のクミコも同様に、彼に精神的に汚された1人であった。

この「精神的に汚される」とは、実際的な性行為というよりは、性行為を通して人間の凶暴性(悪)を引き出す行為だと考えられる。

痛みに敏感だった加納クレタは、綿谷ノボルに精神的に汚されて以降、痛みを全く感じなくなった。それはつまり、悪に支配された心が、痛みなどの人間的な感情を失ってしまうことを意味しているのだろう。悪に支配された人間は、精神が深い場所に沈んでしまい、多くの場合は耐えられなくなってしまう。その例として綿谷ノボルの姉は、彼に精神的に汚された結果自殺してしまった。

一方で加納クレタの場合は、姉のマルタの力によって元の心を取り戻し、死を免れた。そしてクミコは今まさに深い部分に落ちているため、いち早く彼女を死の危機から救い出す必要があった。その手段として、深層心理の世界(208号室)で、ナイフを持った謎の男(綿谷ノボル)を殺さなければならなかったのだろう。

綿谷家に引き継がれる邪悪な遺伝

綿谷ノボルに支配された人間の共通点は、過去に辛い経験をしたことだ。心に闇を持つ人間は、悪に取り憑かれやすいということだろう。

ではクミコが抱える闇とは何なのか?

クミコが抱える闇の正体

三人兄弟の末っ子であるクミコは複雑な家庭環境で育った。母と祖母の確執から、一時的にクミコは祖母の家に預けられていた。自分は捨てられたという感覚を抱いたクミコは、その後両親の元に戻っても心を開くことはなかった。しばらくして姉が自殺すると、両親は姉の習い事だったピアノをクミコに習わせる。

両親にとって末っ子はさほど重要ではなく、しかし姉が死んだ途端に、これまで姉が背負わされていた期待をクミコに押しつけたのだろう。

この歪んだ教育から分かる通り、官僚である親は、権威主義・競争主義という邪悪な思想によって子供達を支配していたのだ。

両親は綿谷ノボルに対しても過剰な競争主義の教育を与え、常に1番であることを強いた。そういう点では綿谷ノボルもクミコも同じ闇を抱えていたと言える。だが綿谷ノボルの場合は、自ら進んで邪悪な思想(ある種の遺伝)を受け入れ、その結果彼も政治の道に進出し、悪の権化に成り果てた。

一方でクミコの場合は、主人公と結婚することで、綿谷家の邪悪な遺伝から一時的に逃れた。彼女にとっては、主人公だけが自分を光の世界に連れ出してくれる救世主だったのだろう。

だがクミコは再び深い闇に連れ戻され、主人公の元を離れて、綿谷家に帰ってしまう。そのきっかけとなったのが妊娠だった。

妊娠が原因でクミコは闇に落ちた

綿谷家に引き継がれる邪悪な思想は性欲というメタファーで描かれている。性欲が引き金でクミコは深い闇に落ちたのだ。

クミコはずっと性欲を無理に押し隠していた。夫である主人公が初体験で、さらに主人公との性生活で快楽を感じることはなかった。それは自分の性欲が一度露見すれば、それが引き金となって綿谷家の邪悪な遺伝が出現すると気づいていたからだろう。

そんな葛藤の最中にクミコは妊娠する。だが彼女は中絶を選ぶ。自分が所有する綿谷家の邪悪な思想が、子供に遺伝することを恐れたからだろう。だが結果的に中絶が原因でクミコの精神はバランスを崩し、そのタイミングで浮気をしてしまい、留めていた性欲が一気に爆発する。この性欲の爆発によって、クミコは綿谷家の邪悪な遺伝を発症してしまったのだ。

危険な状態に陥ったクミコは、何度も主人公にSOSを送っていた。それは主人公の元にかかってくる謎の女からの電話だ。彼女は「208号室」の世界のクミコであることが後に判明する。彼女は自分の性欲を訴えるような内容を電話で話し、主人公と分かり合うことを要求していた。だが主人公は毎回電話を切ってしまう。主人公はクミコのSOSから目を背け続け、その結果彼女は綿谷家の邪悪な支配に取り込まれ深い闇に落ちてしまったのだろう。

綿谷家の邪悪な遺伝は、綿谷ノボルやクミコ、そして彼らの両親に留まるものではない。実は彼らの先祖には、ノモンハン事件で指揮をとった将校がいた。そういった背景から、ノモンハン事件が物語に大きく関与してくるのである。

ノモンハン事件

ノモンハン事件とは、第二次世界大戦中、日本が支配していた満州と、ソ連が支配していたモンゴルとの間で実際に起きた戦争である。その戦場で間宮中尉と本田さんは出会い、残虐な暴力を目の当たりにする。

蒙古兵に捕まった間宮中尉は、仲間が生きたまま皮膚を剥がれる拷問を目撃し、自分は井戸の中に突き落とされる。その暗闇の中で死を待つ状況だったが、本田さんによって引き上げられ奇跡的に助かる。

そもそも本田さんは間宮中尉に対して、あなたは生きて日本に帰れると予知していた。本田さんもまた、加納マルタと同様に、人間の深層心理に働きかけ、その人を井戸から救い出す不思議な力を有していたのだろう。あるいは後に主人公とクミコの結婚を取り纏めたのも本田さんだった。綿谷家の邪悪な思想に支配されたクミコを救えるのは主人公だけだと、本田さんは予知していたのだと考えられる。

本田さんに助けられた間宮中尉は、シベリアの炭鉱に行ってからも強烈な体験をする。かつて仲間の皮膚を剥いだ蒙古兵と再会し、彼の恐怖政治に丸め込まれてしまうのだ。間宮中尉は、こんな悪の権化を生かしてはならないと、蒙古兵を射殺しようと企むが、結果的に殺すことはできなかった。

この一連の事件は、現代でクミコたちが経験した葛藤と重ねて描かれている。戦争とはまさに人々の集合的無意識を悪と暴力によってコントロールする行為である。それは政界に進出した綿谷ノボルの権威的な能力に引き継がれている。その能力に支配されたクミコは深い闇から脱出できなくなった。だからこそ、間宮中尉が果たせなかった悪の駆逐を、現代では綿谷ノボルの駆逐という手段で果たす必要があったのだろう。

一つ興味深いのは、権威主義という邪悪な思想が必ずしも人間の精神を破滅させるわけではないということだ。例えば、日本の歴史で最も自殺者が少ないのは昭和18年、太平洋戦争の最中である。国家総力戦で国内が盛り上がる状況では自殺者が減るというデータが存在するのだ。

邪悪な遺伝子を引き継ぐ綿谷ノボルが、他者の精神を汚す行為は、ある面では痛みを感じない冷血な人間を生み出し、その無感覚によって人間を救済する可能性を孕んでいるのだ。

そういう意味では、スピリチュアルな力(善の思想)と、権威主義による支配(悪の思想)、そのいずれが人間を救えるのか、という戦いが描かれていたとも言える。

最終的に「208号室」の世界では、主人公が綿谷ノボルを殺す。その結果、現実世界での綿谷ノボルは昏睡状態に陥る。それは権威主義の敗北であり、暴力や絶対悪によって人間を支配することへの反抗、人間の意識(無意識)は自分だけのものだという強いメッセージが込められていたのかもしれない。

ねじまき鳥の正体

タイトルに使われる「ねじまき鳥」は、正体は見えないが、ねじを巻くような鳴き声を響かせる、何か象徴的な存在である。それは世界のねじを巻く存在として描かれている。

作中には「滞留」を象徴するものが多く登場する。例えば、主人公が住む家は、入り口と出口がない路地に沿って立ってられていた。入り口と出口が存在しないため、流れが滞留する場所なのだ。あるいは近所の曰く付きの屋敷は、住めば不幸になるという迷信から放置されたままだった。それもまた不幸に陥った人間の深層心理がその場所に滞留し続けているのだ。そして水が枯れた井戸も、水流が絶たれているという意味で滞留していた。

つまりこれらは、邪悪な思想に取り込まれた人間の意識は、そこで時間の流れが止まり、深い闇から抜け出せなくなってしまうことを象徴しているのだろう。その意識の滞留は、間宮中尉が経験した全体主義的な戦争の時代から、長く日本人の心を束縛し、今もなお我々は権威によって支配されているのかもしれない。

それはある意味、「諦め」とも言える。どうせ何も変わらないという諦めから、日本人の意識は滞留したままなのだ。

日本人を支配する権威主義的な精神、あるいは諦めの精神を刷新するには、世界のねじを巻き直す「ねじまき鳥」の存在が不可欠だ。社会のねじが緩み、邪悪なシステムに取り込まれた時にこそ、世界のねじを巻き直し、社会を正しい方向へ導く必要があるのだろう。

主人公が「ねじまき鳥」を名乗った通り、それは人間に与えらた使命なのだと考えられる。人間の意識を変え、邪悪なシステムを破壊することは、全ての人間に与えられた役割なのだ。

作中では、大衆が自分の目で物事を見れない事態を風刺的に描いている。もし自分の目で世界を見渡すことができれば、きっと「ねじまき鳥」の鳴き声が聞こえるはずである。「風の歌を聴く」ように、我々は「ねじまき鳥」の鳴き声に耳を傾けるべきなのだろう。

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