綿矢りさ『夢を与える』あらすじ解説|国民的アイドルの苦悩

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夢を与える 散文のわだち

綿矢りさの小説『夢を与える』は、芥川賞第1作で発表された、初の長編作品です。

チャイルドモデルから国民的アイドルになった少女の、成長と葛藤と転落が描かれます。

2015年には、小松菜奈主演でテレビドラマ化されました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者綿矢りさ
発表時期  2006年(平成18年)  
ジャンル長編小説
ページ数325ページ
テーマ国民的アイドルの葛藤
要求される自分と本当の自分
関連2006年にテレビドラマ化
(小松菜奈主演)

あらすじ

あらすじ

日本人の母とフランス人の父の間に生まれた夕子は、母の意向でチャイルドモデルになり、チーズのCMに出演したことがきっかけで有名になる。夕子の芸能活動に熱中する母に対し、父は自分の娘が世間に晒されることを良く思っていなかった。

高校の入学式にはマスコミが大勢押しかけ、夕子は国民的アイドルに上り詰める。インタビューではいつも事務所の指示通り「夢を与える存在になりたい」と語るが、夕子は自分の発言に違和感を抱いていた。それは言葉を着飾るほど世間に自然体だと評価される違和感だった。

偽りの自分を評価される違和感や、両親の不和や、自分以上に芸能活動に熱心な母との衝突で、夕子は心身ともに疲弊していく。それでも仕事は上手くこなし、人気が衰えることはなかった。

大学受験の時期に、夕子は売れないダンサーの正晃まさあきにひと目惚れするが、人気商売であるため、母にも事務所にも交際を止められる。それでも密会を繰り返し、いつしか受験勉強を放り出して、正晃が連れてくるガラの悪い仲間と関係を持つようになる。そして彼と性行為をしている動画がネットに流出し、夕子の芸能人生は転落の一途を辿る・・・

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個人的考察

個人的考察-(2)

芥川賞第1作の長編大作

17歳で新人賞デビューし、最年少19歳で芥川賞を受賞した綿矢りさ。

本作『夢を与える』は、芥川賞受賞作『蹴りたい背中』から4年ぶりに発表された初の長編作品であり、大学を卒業して専業作家になって初めての作品でもある。

約1年半かけて執筆され、前作からの間には中断した作品がいくつもあったらしい。一人称に限界を感じて三人称に変えたことや、新たな文体に挑戦するのに時間がかかったみたいだ。

三人称に変えた理由としては、前作『蹴りたい背中』に対する、「世界が狭い」という感想が影響しているようだ。三人称の文体で登場人物と適度に距離を置くことで、より広い世界の物語を意識したと言われている。

子供の頃からチャイドルモデルとして有名になる主人公の夕子は、著者自身がモデルではないかという見解がなされたが、本人は完全に否定している。ただし、自信が17歳でデビューし、最年少19歳で芥川賞を受賞したことから、そういった雰囲気を感じる機会があったので、小説に生かしたみたいだ。

執筆に際しては、芸能プロダクションの関係者に話を聞いたり、テレビスタジオ閲覧に応募して取材を行なっている。

文庫本の解説では、映画監督の犬童一心が映像化したい意思を言及しており、その言葉通り2015年にはWOWOWでテレビドラマ化され、小松菜奈が主演を務めた。

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夕子が抱える自己存在の違和感

母親の意向で、幼い頃からチャイルドモデルをしている夕子。

中学入学と同時に大手の芸能事務所に所属し、テレビ番組の出演が増え、着実にブレイクの道を駆け登っていく。

そんな夕子は、将来どんなふうになりたいか、というインタビュアーの質問にいつも詰まってしまう。見兼ねたマネージャーは、「夢を与える人間になりたい」と答えるよう指示する。

彼女は指示通りのテンプレを答えるようになるが、しかし自分の言葉に違和感を抱いていた。

「夢を与える」とは?

夢を与えるって、どういう意味なの?

『夢を与える/綿矢りさ』

夕子の質問にマネージャーは、例えば夕子がスチュワーデスの役を演じることで、視聴者にスチュワーデスになりたいと思わせることだ、と答える。現実のスチュワーデスは、労働である以上過酷な側面もある。しかし夕子が演じるドラマティックなスチュワーデスだからこそ、視聴者に夢を与えることができる。

こうした考えに対して夕子は、じゃあ自分は嘘を与えていることになる、と納得でなかった。

それでもインタビューを繰り返すうちに、夕子は言葉を飾る癖が身についた。そして飾れば飾るほど、世間から自然体だと評価された。

まず、その問いに対して自分がどう思っているか、ではなく、どういうことを言えば人にどう思われるか、を考える。

『夢を与える/綿矢りさ』

人がよく思う無難な言葉を選ぶたびに、夕子は自分がとんでもない嘘つきだと感じた。幼い夕子にはまだ、本来の自分と世間向きの自分、本音と建前、を使い分けられなかったのだろう。

おまけに夕子の芸能活動は、私生活と切り離せない状況にあった。

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国民全体で育てるアイドル

夕子は幼い頃からチャイルドモデルとしてチーズのCMに出演している。

それは永久契約の仕事で、CMの中で夕子の成長を追っていく内容になっている。国民全体で夕子を育てていく、というコンセプトで売り出されていたのだ。

それはつまり、世間が夕子に対して、芸能活動以上に、いち女の子として成長していく過程を求めていた。例えば高校受験では、芸能課のある学校ではなく、一般の学校をちゃんと受験してパスする、努力の過程を世間は求めていた。その経過はドキュメンタリで撮影され、入学式には多くの記者が集まった。

このように夕子は、芸能活動だけでなく、私生活さえも世間の要求に翻弄され、常に求められる生き方を選択する必要があった。

そのせいで夕子は、本来の意思や感情が分からなくなっていたのだろう。自分がどう思っているか、を口にできる場所がなく、常にどう思われるか、という虚構の人生の中にいたのだ。

周囲の大人に対する違和感

常に本心を押し殺す必要がある夕子には、信頼できる人間がなく、孤独の中を彷徨っていた。

なぜなら世間と同じく身近な大人も、夕子を商品としか考えていないからだ。

例えば、母親は夕子に過干渉気味だが、それは芸能人・夕子を導く存在でしかなかった。

仕事が評価されると夕子の倍喜ぶ母の顔、あれは愛情と呼べるのだろうか、名誉欲が満たされただけなんじゃないだろうか。(中略)世間の人の目にどう映るかばかり気にして、うまくいくと親戚じゅうに自慢するくせに、不名誉なことは必死で隠そうとする。

『夢を与える/綿矢りさ』

母親は確かに夕子を1番に考えているが、それは芸能人としての夕子に固執しているだけだ。だから夕子には、本来の自分を愛されているという感覚を持てなかった。

同じように仕事場には、夕子の人気商売に便乗する、職業上の大人しかいない。同世代の人間がいる学校には上手く馴染めない。

こんな風に素の居場所がないからこそ、夕子は別の居場所を渇望した。それは「国民的アイドル夕子」ではなく、本来の女の子として受け入れているくれる居場所だ。

居場所を求める夕子、そして転落

夕子は本当の自分を受け入れてくれる居場所を求めた。

中学時代は多摩という男子が居場所として機能していた。CMに出演する夕子を、同級生が悪意的に揶揄う中、多摩だけは不思議と夕子の心を開かせ、寄り添ってくれた。家に居場所がなく、仕事にも行きたくない夕子に、うちに来れば、と誘ってくれたのが多摩だったのだ。

卒業以来、多摩とは音信不通になり、それを気にする暇もないほど仕事が忙しくなった。慌ただしい日々に翻弄され、やがて大学受験の時期が訪れる。仕事に専念するために大学に行かない選択肢もあった。あるいは公募推薦でもよかった。ところが世間は大学受験に奮闘する夕子の成長を求めており、夕子もそれを自覚しているため、受験勉強に専念する。

そんな疲弊した時期に出会ったのが、ダンサーの正晃だ。夕子にとって彼は多摩の再来、芸能人の自分を色眼鏡で見ない特別な存在だった。だからこそ夕子は正晃に依存していく。

清純なイメージの夕子にスキャンダルは禁物。

母親にも事務所にも、正晃と別れるよう命令される。ところが夕子は反対を押し切って密会を続ける。ようやく見つけた居場所を失いたくなかったのだろう。そうした執着が、肉体ばかり貪る正晃を許容する弱さに繋がり、ハメ撮り動画を受け入れる心の隙を生み出してしまう。

ハメ撮り動画が流出し、芸能人生を転落してもなお、夕子は正晃のことを信じようとした。それくらい彼女には居場所が必要で、やっと手に入れた居場所を喪失することに恐怖を感じたのだろう。それを失えば、本来の自分を受け入れてくれる居場所がまたなくなってしまう。

そんな夕子の内心を理解する人間はいない。

母親は事実を隠蔽することに、父親は流出犯を訴えることに固執する。それは夕子を見方する振る舞いだし、実際に芸能界の大人が態度を変える中、最後までそばに居てくれたのは両親だけだった。

それでも両親には、夕子がなぜ、自分を傷つけた正晃に執着するのか、理解できない。夕子の居場所の問題について、両親はまるで気づいていないのだ。

夕子はどこまでいっても、誰にも理解されない独りきりの世界を彷徨っていた。

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転落の果てに見た景色とは

私は自分の人生を生きたことで多くの人を裏切ったのだ。

『夢を与える/綿矢りさ』

夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない。恋をして夢をみた私は初めて自分の人生をむさぼり、テレビの向こう側の人たちと十二年間繋ぎ続けてきた信頼の手を離してしまった。一度離したその手は、もう二度と戻ってこないだろう。

『夢を与える/綿矢りさ』

周囲の要求通りに生きてきた夕子にとって、正晃との恋愛は、初めて自分の意思で選んだ本当の人生だった。そしてそれを望んだことで、彼女は世間の信頼を裏切ることになった。

周囲の人間は一気に態度を翻す。事務所はクビをほのめかし、永久契約のチーズのCMは音信不通になり、スポンサーはクレームを入れ、これまで夕子を囃し立ててきた記者は憶測だけの杜撰な記事をしたためる。

母親は必死で、「ハメ撮り動画は偽物、本人ではない」と事実を隠蔽する。しかし夕子には、一度離した信頼の手は二度と戻らない、と理解しており、記者に真相を告白する。そして芸能界復帰は無理だと自分で認め、「もう何もいらない」と力無く溢す。

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望んだものは離れていく

「何もいらない」という夕子の台詞は、転落の果てに見た景色、強く望んだものはいつか離れていく、という悟りだった。それは物語の序盤からずっと張られていた伏線でもある。

かつて夕子の母親は、避妊具を細工して無理に父親を手に入れた。そして無理に手に入れた父親は、やがて別の女の所へ去っていった。その様を見て育った夕子には、母親のようになりたくない、という思いがあった。何かを強く望むことでそれを失う惨めさを知っていたのだ。

だから夕子は強く望むことをしなかった。芸能界の仕事においても、周囲に求められる通りにだけ生きてきた。自分の願望を押し殺し、周囲の要求通りに生きる限りは、誰も自分から離れていかない。

ところが夕子は、自分の願望を押し殺す生き方に疲弊し、本当の自分の居場所を求めた。それが正晃との恋愛だった。夕子は初めて、周囲の要求通りの生き方を無視して、自分の意思で何かを手に入れたいと願ってしまったのだ。

強く望んだものはいつか離れていく。

その悟り通り、全てのものが夕子から離れていった。仕事も、世間も、そして正晃でさえ。

芸能界を転落した夕子は、既に求められる存在ではなくなった。復帰するには、信用を取り戻す努力をしなければならない。だが手に入れることを望めば、また一切は離れていくだろう。

だから夕子は復帰は不可能だと自覚したのだ。そしてこれ以上何かを失わないために、「もう何もいらない」と望むことをやめたのだろう。

幼い頃から周囲の大人に翻弄され、利用され、そして転落した夕子。

次は何が彼女に、偽りの生き方を要求するだろうか。「人間の水面下から生えている、欲望にのみ動かされる手」でないことを願いたい。

なぜ子ども時代にもてはやされた人が不幸になって「やっぱり」と思われるのか、それはわからないです。

 『e-honによる著者インタビューより』
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ドラマ『夢を与える』おすすめ

『夢を与える』は、2015年にはWOWOWでテレビドラマ化され、小松菜奈が主演を務めた。

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