他人事だから笑える中原中也のクズエピソード 太宰治と犬猿の仲だった!?

tyuuya 散文のわだち
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義務教育を経て高等学校に進学した我々は、これまで多くの文学作品に触れたことでしょう。

午後の汗ばんだ教室で、まぶたに優しい澱みを感じながら、現代文の先生の声が意識の外側でチラチラと聞こえていた記憶。

時には小説だけではなく、詩を題材にする授業もあったことでしょう。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」か、谷川俊太郎の「朝のリレー」か、あるいは中原中也の「汚れちまった悲しみに」か。

詩人こそが最も文学者らしい文学者であり、やはり変わり者、破天荒な人間が多いのが事実です。学校教育の題材になるような素晴らしい文学作品を生み出す一方で、文豪たちの私生活はしっちゃかめっちゃかであるのが世の常です。彼らは、いわゆるクズ人間なのです。

女に走り、酒に逃げ、薬で狂い、大人気ない喧嘩をし、借金を踏み倒す。されど彼らは素晴らしい作品を生み出します。

多くの文豪たちは、裕福な家庭で育ち、本来ならエリートコースを進むはずでした。学のある人間は相応の教育を受けた証拠であり、家庭がある程度裕福なことを意味するからです。大地主や医師の息子、なんてこともあるわけです。

ところが彼らは、どこかの時点でドロップアウトし、社会不適合者になってしまいます。とは言え、私生活が混沌とし、破綻しているからこそ、素晴らしい文学作品が生み出されるのも事実でしょう。

今回は、まさに裕福な家庭に生まれたお坊っちゃん「中原中也」の破天荒なクズエピソードを紹介しようと思います。

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プロフィール

ペンネーム中原中也
生没1907年ー1937年
出身地山口県
職業詩人
作品の主題喪失感、哀惜、憂鬱
代表作山羊の歌、在りし日の歌

NHKのコネ面接で不採用になる

生涯定職には就かず、親の豊富な仕送りと詩の執筆によって生計を立てていた中原中也です。

そんな彼もかつて一度だけ就職面接を受けた経験があります。妻の親戚のコネで、NHKに入社できるチャンスが訪れたのです。おそらく、親族たちの口車に乗せられて半ば無理やり就職活動をさせられたのでしょうね。

ところがひねくれ者の中原中也です。履歴書の経歴欄に「詩生活」とのみ記載し、面接官に意味を尋ねられると、「それ以外の履歴が私にとって何か意味があるのですか?」と答えたようです。

「職業:詩生活」とは・・・

当然、NHKの採用試験は落第となりました。コネ面接を不採用になるのですから、わざと悪態を吐いて定職に就くのを回避したのでしょう。

15歳の頃に詩を一生の仕事にすると決めた彼の意思は、生涯揺らぐことのない確固たる生き様として体現されたわけです。




酒癖の悪さ

裕福な家庭に生まれ、成績優秀だった中原中也は、15歳の頃に詩の世界と出会い、酒や煙草なども覚え、不良になってしまいます。

生前の彼の酒癖の悪さは甚だしく、酒乱にまつわる多くの逸話が存在します。酔っぱらったら喧嘩っ早くなる中原中也ですが、決して腕っぷしが強いわけではなく、ほとんど口先だけという可愛らしい側面もあります。

器物損害で留置所へ

中原中也は仲間たちと「白痴郡」という同人雑誌を創刊する活動をしていました。

ある日、活動仲間たちと酒を飲んだ帰り道に、中原中也は酔っぱらった勢いで、沿道の家の外灯を傘で叩き壊しました。偶然その家の主人が町会議員だったために、彼らは交番へ突き出されます。

仲間たちは芸術活動とは別に教師としての定職を持っていたため、すぐに釈放されます。しかし、唯一定職に就かない中原中也は、身分が不明であることを理由に、15日間も留置されたようです。

今で言う、「職業不詳の」とか「自称詩人の」という悪意ある報道のそれですね。

バーを閉店させる

日本の有名な装丁家・美術評論家に青山二郎という男がいます。彼は小林秀雄や中原中也など多くの文学者と交流がありました。

当時、青山次郎は死別した夫人の弟にバーを出店させてやりました。彼の交流上、常連はもちろん文学者たちが大半を占めていました。

常連の1人である中原中也は、毎日のようにバーに顔を出しては、誰彼構わずダル絡みをしたり喧嘩を吹っかけたりしていたようです。

おかげでそのバーの評判は悪くなり、1年足らずで閉店してしまったようです。

坂口安吾に喧嘩をふっかける

中原中也は、先ほどの迷惑をかけまくったバーで坂口安吾と知り合いになります。

しかし、中原中也が気に入っていたバーの女給が、坂口安吾を好いていることを知り、彼は嫉妬のあまり喧嘩をふっかけます。

「やいヘゲモニー」

下劣な暴言を口にしたものの、坂口安吾が大柄な男であったため、中原中也は少し距離をとった場所で拳を振り回しているだけで、実際に殴りかかっては来ませんでした。彼の口先だけのシャドーボクシングを見て、坂口安吾は大笑いしたようです。

ちなみに坂口安吾はこの出来事を随筆で書き残しています。何でも、中原中也は本気で女に嫉妬していたわけではなく、坂口安吾と仲良くなりたいがために、わざと喧嘩をふっかけたようです。不器用な彼なりのコミュニケーションだったわけですね。

ビール瓶で殴った後に号泣

「殺すぞ」

余りにも露骨すぎる暴言を吐いた中原中也は、そのままビール瓶で作家の中村光夫をぶん殴ったことがありました。

若くして文壇の地位を獲得した中村に対して、ほとんど無名だった中原中也は、嫉妬やひがみの感情から暴行事件を起こしたようです。

あまりに愚行であったため、同席していた青山二郎は「殺すつもりなら、なぜビール瓶のふちで殴らないのだ、お前は、横っ腹でなぐったじゃないか、卑怯だぞ」と中原中也を説教します。

すると中原中也は、「俺は悲しい」と叫んで泣き伏してしまったようです。




太宰治と犬猿の仲!?

中原中也と太宰治が犬猿の仲だったことは、文学ファンであれば周知の事実でしょう。

お互いまだ無名だった頃に、太宰治は「青い花」という同人誌を創刊するにあたって、才能を見込んだ中原中也を誘いました。

「青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」

初対面の酒の席で中原中也が太宰治に対して言い放った暴言です。

その後も酔っぱらった中原中也は、「お前は何の花が好きなんだい」とダル絡みを開始し、太宰治がほとんど泣きそうな声で「桃の花」と答えると、「チエッ、だからおめえは」と散々こき下ろしたようです。

最悪な出会いになった2人でしたが、その後も中原中也は太宰治に喧嘩をふっかけたり、家に夜襲をかけたり、やりたい放題だったみたいです。

ある時、酒の席で中原中也に絡まれ、太宰治が逃げるように帰っていったことがありました。中原中也のダル絡みはしぶとく、彼は太宰治の家に夜襲をかけます。太宰の内縁の妻が、「いま眠っています」と中也を説得しても、彼は全く聞き入れず、勝手に太宰の枕元まで上がり込んでしまう始末です。

檀一雄は仲裁の立場としてその場に居合わせており、流石に見兼ねた彼は、中原中也を家の中から引っ張り出し、雪の積もる往来に投げ飛ばします。

小柄で弱っちい中原中也は、腕っぷしのある檀一雄に投げ飛ばされて一言。

わかったよ。おめえは強え

負けると分かっているくせに喧嘩をふっかける無茶苦茶な男なのでした。

散々迷惑を被った太宰治は、中原中也のことを次のように非難していました。

ナメクジみたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物じゃないよ

お互いを「青鯖が空に浮かんだような顔」「ナメクジみたいにてらてらした奴」と批判し合う彼らの独特な言葉選びは、まさに天才文学者の喧嘩の高尚さを感じさせます。

このように犬猿の仲であった2人ですが、中原中也の若すぎる死に対して、太宰治は次のように彼の才能を惜しんでいました。

死んで見ると、やっぱり中原だ、ねえ。段違いだ。




破天荒の根底にある喪失感

これまでの中原中也のエピソードを聞く限りでは、裕福な家庭に生まれ、親のスネをかじり続けた悪童といった印象が強いでしょう。

まさにその通りではあるのですが、耐えがたい喪失感や悲しみが彼を破天荒にしていたのも事実です。

医師の息子として裕福な家庭に生まれた中原中也は、両親の厳しい教育もあり、神童と呼ばれるほど優秀な子供でした。転機となったのは、8歳の頃に弟が病気で死んだことです。その時の悲しみを詩に表現したのが、彼の芸術家、ひいては破滅的な人生の発端だったようです。

高校に進学してからは、読書に没頭したり、両親に内緒で短歌会に参加したりなど、文学の道に足を突っ込み出します。おかげで学校の成績が下降します。酒、煙草、落第、そうして彼は一人前の悪童詩人になっていくわけです。

父が病気で亡くなった際には、母は世間の目を気にして、定職に就かない中也を葬儀に出席させなかったようです。弟が肺結核になると、父の死に目に遭えなかった後悔から、中也は弟の死顔を見せるよう母に懇願したようです。

初の詩集「山羊の歌」の出版にあたって出資を募ったのですが、余りにも信用と人望がなく、ほとんどお金が集まりませんでした。その頃から次第にノイローゼになり、強迫観念や幻聴に悩まされ始めます。

母のなすがままに遠縁の女性と結婚し、息子も生まれ、中原中也は一家の主人になります。しかし、詩作で生計を立てるには厳しく、母親に仕送りを続けてもらっているのが実情でした。

中原中也は息子を可愛がっていたようですが、2歳の頃に結核で死んでしまいます。彼は3日間一睡もせずに看病した末に、葬儀では息子の遺体を抱いて離さず、棺に入れさせようとしなかったみたいです。息子の死による悲しみは癒えず、幻聴が酷くなり、幼児退行したような言動が目立つようになります。

愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません

息子の死によって傷心した中原中也の作った詩の冒頭です。彼の不安定な精神状態は作品にも反映され、目に見えて衰弱していきます。

間もなく彼は体調を悪化させ、結核性の脳膜炎によってこの世を去りました。

中原中也の詩には、人生の全ての悲しみが込められているように感じられます。それは、弟の死に始まり、愛する息子を失った癒えることのない悲しみによるものなのでしょう。彼が酒を飲んで滅茶苦茶な言動をとるのは、抗えない喪失感による深い闇が関係していたようです。




参考文献

今回、中原中也のクズエピソードをしたためるにあたって、板野博行さんの『眠れないほどおもしろい やばい文豪』と、彩図社文芸部さんの『文豪たちの悪口本』いう文献を参考にさせていただきました。

この手の文献は、装飾のわりに内容が薄くてがっかりすることが多いのですが、本作は非常に情報が充実しています。この1冊で多くの文豪たちの破天荒なクズエピソードを知る事ができるので、是非手に取って読んでみてください。

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以上、中原中也のクズエピソードを紹介しました。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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