筒井康隆『最後の喫煙者』あらすじ解説|世にも奇妙な物語になった名作

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最後の喫煙者 散文のわだち

筒井康隆の『最後の喫煙者』は、健康ファシズムの社会を描いたSF短編小説である。

全体主義的な嫌煙運動を風刺した物語で、筒井いわく「オーウェル『1984』の煙草版」。

「世にも奇妙な物語」でテレビドラマ化されたことでも有名だ。

2002年に新潮文庫から出版された「自選ドタバタ傑作集1」で表題作となった。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。

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作品概要

作者筒井康隆
発表時期  1987年(昭和62年)  
ジャンル短編小説
SF小説
ページ数21ページ
テーマ社会風刺
健康ファシズム
収録『自選ドタバタ傑作集1』
全9編収録

あらすじ

あらすじ

世は健康ファシズムの時代。最後の喫煙者となった彼は、国会議事堂の頂きまで追い詰められた。

十五年ほど前から始まった禁煙運動は、瞬く間に喫煙者への過度な弾圧へと発展した。流行作家の彼は職業柄ずっと家で執筆しているので、世間の嫌煙ムードとは無縁に生きていた。それがある日、喫煙をめぐって編集者の女性と仲違いし、その女性が各雑誌に彼の悪口を投稿したことで、脅迫まがいの嫌がらせを受けるようになる。

世間の圧力に屈さず喫煙を貫く彼だが、いよいよ喫煙者差別は激化する。KEK団という思想結社が煙草屋を放火して回り、喫煙者が惨殺されることも珍しくなかった。

そして遂に彼の自宅も襲撃される。数少ない喫煙仲間が集う隠れ家に逃げ込むが、すぐに仲間はやられてしまい、彼は最後の喫煙者となった。

国会議事堂の頂きまで追い詰められた彼の頭上にはヘリが飛び回り、地上では彼が殺される瞬間を群衆が待ち侘びている。ところが一転、今度は「喫煙者保護団体」が発足し、最後の喫煙者を保護する動きになる。それを聞いた彼は、「新たないじめが始まった」と嘆くのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

全体主義の嫌煙ディストピア

本作『最後の喫煙者』は、作者が「オーウェル『1984』の煙草版」と言及する通り、嫌煙運動をめぐる全体主義社会を描いたディストピア小説である。

政府やメディアが後押しする形で、喫煙者差別が魔女狩りレベルまで激化し、白人至上主義団体「KKK団」をもじった、「KEK団」まで登場する。筒井らしいブラックユーモアだが、必ずしも完全空想の物語とは言えない。人類の歴史を振り返れば、黒人だから、ユダヤ人だから、ハンセン病だから、売春婦だから、マスクを着けていないから・・・様々な大義名分で残虐行為が肯定されてきた。喫煙者という理由で差別される日が来ても驚くことではない。

差別を先導するのが指導者なら、差別を助長するのは大衆である。作中では「不和雷同」という言葉が使われるが、特に日本は同調圧力の激しい国だからその傾向に陥り易い。

日本人は、偉い人のいうこと、世の中の風潮、体制に対して、右へならえが激しいですからね。(中略)日本人のほうが徒党を組みやすく、マスコミやおかみの言うことは信じるんだから

『愛煙家通信』インタビューより引用

集団原理として全体の六割の人間は自分の主義がなく、世の中の風潮次第で右へ左へ翻る。言い換えれば半数以上の国民は、社会が残虐行為を肯定すれば、それを正義・善と見紛い、少数派の人間を排除することを厭わない。

物語のテーマが喫煙であるだけに、どこかナンセンスな印象を免れないが、しかしこれらは人類が今でも日常的に(無意識に)実行する差別の寓話と言える。

こうした大衆の無意識的な差別は、スケープゴートの役割を果たしていると筒井は言及する。

例えば、煙草に比べてアルコールの方が刑事事件に繋がる可能性が高い。酔っ払った人間が暴力を振るったり、強姦したり、飲酒運転で通行人を轢き殺したり。それでも日本が世界に例を見ない飲酒大国なのは、アルコール飲料会社がメディアの巨大なスポンサーだからだ。酒・消費者金融・博打が人間を堕落させる代表格であることは周知の事実だが、それらのCMが異常に多いのは、やはりスポンサー力である。こうしたスポンサーひいきの資本主義社会で、スケープゴートの役割を果たすのが煙草だと筒井は言及する。しらみつぶしに禁煙を推し進め、真っ先に煙草税を上げるのは、民衆の鬱憤をそちらに向けてガス抜きをするようなものだ。

我々が信念もなく他者を排除するとき、そこには巨大な利権やスケープゴートの意図が絡んでいる。そして信念がない時ほど、人間は善意を盾に暴力性を解放するから恐ろしい。

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〇〇主義者の欺瞞

主人公の作家が世間から嫌がらせを受けるようになったのは、編集者の女性との仲違いが原因だった。彼女は嫌煙権運動の旗頭で、作家が愛煙家だと知りながらわざわざ嫌煙の意思を記した名刺を渡し、作家が仕事の依頼を断ると、その鬱憤を各雑誌に書き散らした。

滑稽なのは彼女が雑誌に掲載した文章がまるで的を得ていないことだ。

いわくこの作家の小説を読むと喫煙者と化すおそれがあるから読んではならない。いわくすべての喫煙者は馬鹿である。いわくすべての喫煙者は気ちがいである。

『最後の喫煙者/筒井康隆』

彼女の主張には建設性が欠如している。とにかく作家を追放することが目的で、ひいては個人的な因縁を喫煙者全体にまで拡大している。この傾向はあらゆる主義者に当てはまる。

あらゆる主義には二種類の傾向がある。例えばナショナリズムとパトリオティズムだ。どちらも愛国主義のニュアンスを孕んでいるが、パトリオティズムが祖国愛や愛郷的な意味合いなのに対し、ナショナリズムは自国優位のために他者を排斥する邪の意味合いが強い。他の主義に当てはめれば分かりやすい。環境活動家が美術品にトマトスープをぶっかけたり、ビーガンが屠殺場に嫌がらせをしたり、フェミニストがいかなるセンテンスにも突っかかったり・・・

決して彼らの思想が間違いとか正解とか言っている訳ではない。だが彼ら排他的な主義者は、自らの言動で社会を良くすることよりも、自らの主義を強引に他者に認めさせること、それによって自尊心を得ることが目的なので傲慢だ。そしてこういう種類の人間は、強固な固定観念に支配されているので、相手の意見を一切受け入れず、議論が成り立たない。

ただのアホなら許せるけれども、嫌煙権論者はヒステリックでしょう。彼らと公開で論争するなんていう、そんなバカなことをするのは実に無駄なことでね。まあ、そういう時はむこうにギャーギャーわめかせておいて、こちらは悠然とタバコを燻らせていればいい(笑)。

『愛煙家通信』インタビューより引用

この筒井のインタビュー内容は少しシニカル過ぎるが、彼の言う通り、建設的な意図もなく、相手を論破することだけが目的のエセ主義者と話すのは無駄である。

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大衆の正義感の滑稽さ

人類の歴史をふり返れば、愚行が私刑とか集団殺人とかいう極端の一種に走った例は数限りなく存在する。(中略)宗教とか正義とか善とかいう大義名分がある時ほど人間の残虐行為がエスカレートする時はないのだ。

『最後の喫煙者/筒井康隆』

編集者の女性との一件以来、脅迫の電話や手紙が多発し、自宅に石が投げ込まれ、不審火が発生し、差別的な落書きがやまなかった。KEK団は夜な夜な煙草屋を焼き討ちし、愛煙家を惨殺して回った。

大衆がこれほどまでに暴徒と化すのか。それは愚問である。現代におけるSNSの誹謗中傷だって少しも変わらない。人々の不始末を丁寧にまとめるアカウントが多く存在し、リプ欄は私的裁判の法廷だ。誰に頼まれたわけでも、金になるわけでもないのに、彼らは進んで正義の暴力を振りかざす。これだけは確かだが、例えどんな悪人でも、人が人を個人的に裁くのは正義ではない。彼らは法治国家を履き違えている。彼らは法ではない。

最も皮肉なのが、物語の最後に「喫煙者保護協会」が緊急発足する。最後の喫煙者となった主人公は希少な存在で、世間のムードが保護すべきという動きに変わったのだ。その瞬間に、彼が殺されるのを今か今かと待ち侘び叫んでいた大衆は一気に静まり返る。ほんの少し前には彼を殺すことが正義だったのに、今や彼を保護することが正義になった。大衆の言動はたちまち翻るから面白い。

不始末を起こした芸能人に鉄槌を喰らわし、彼に不幸があれば一転して擁護する。我々の正義とは甚だ滑稽で空っぽで愚かである。

弾圧するも虐め、保護するも虐め、無思想な大衆から必要以上に干渉される者は、愚かな善意のおかずとして消費される。大衆が罪の意識を抱くことはない。彼らは無知ゆえにいつだって世論という正義の中心に属しているのだから。

とまあ、こんな文章を煙草の煙を燻らせながら書く私も、正義の鉄槌を喰らわぬよう警戒しなければならない・・・

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筒井康隆おすすめ短編集3選

■日本以外全部沈没

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■笑うな

タイム・マシンを発明して、直前に起った出来事を眺めるというユニークな発想の『笑うな』。夫の目前で妻を強姦する制服警官のニューロイックな心理『傷ついたのは誰の心』。スラップスティックでブラックな味のショート・ショート34編。
※「Amazon」より引用

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