小説『限りなく透明に近いブルー』は、芥川賞を受賞した村上龍のデビュー作である。
今もなお、芥川賞史上、歴代1位の売り上げを記録し、不動の人気を誇る。
米軍基地の街で、若者がドラッグ、セックス、ロックに溺れる物語は、前例のない作品として文芸界に衝撃を与え、芥川賞の選考会では賛否が分かれ、2時間にわたる論戦が起こった。
その衝撃的な物語は、村上龍が20代に東京の福生市で過ごした体験が題材になっている。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。
作品概要
作者 | 村上龍 |
発表時期 | 1976年(昭和51年) |
ジャンル | 中編小説 |
ページ数 | 176ページ |
テーマ | 退廃的な青春 ドラッグ・セックス・ロック 近代化に伴う喪失感 |
受賞 | 群像新人文学賞 芥川賞 |
あらすじ
東京の米軍住宅で、リュウは仲間たちと荒廃的な生活を送っている。
ロックンロールのレコードを流しながら、ドラッグや乱行パーティーに明け暮れる毎日。だが彼らの刹那的な快楽の背後には、言い知れない抑圧感が潜んでいる。
いつしか仲間たちの苛立ちは蓄積され、喧嘩や自殺未遂が勃発する。そしてリュウの部屋から仲間たちの姿が消えていく。
恋人のリリーと二人きりになったリュウは、ドラッグと憂鬱によって錯乱状態に陥る。彼の目には、自分を抑圧する巨大な鳥の存在が映り込んでいた。
「あの鳥を殺さなければ自分が殺される」
そう発狂したリュウは、走って部屋を飛び出し、草むらにぶっ倒れる。ポケットの中には割れたグラスの破片が入っていた。その破片に反射した夜明けの澄んだ光を見て、自分は限りなく透明に近いブルーになりたいと思うのだった・・・
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個人的考察
妄想都市の正体
主人公リュウが自らの頭の中で作り上げていた妄想都市。これは物語の中で一体何を表現していたのでしょうか。
恐らく、自分の内側に陶酔を求める生活から、逃避したいと願うリュウの理想のイメージなのだと思われます。
現実世界においては、希望に満ちた人生に更生する手段が見つけられずにいました。つまり若くして、理想的な人生を選択することが叶わなくなっている状況です。そのため、頭の中で自分の思い通りに街を組み立てる行為が、一種の現実逃避として癖になっているのだと思われます。無意味な生活から逃避したいと願う一方で、自分の頭の中に理想を見出してしまう矛盾が、リュウをより一層内向的にしているのでしょう。
リュウはリリーとドライブをした際に、「頭の中の都市に飛行場を加えるのを忘れていた」と口にします。内向的な世界から飛び立つ滑走路を用意し、現実世界に理想的な人生を見出したいと暗に願う、リュウの抵抗がここに描かれているように思われます。
また、作者である村上龍は、後に本作のテーマを「近代化の達成後に残る喪失感」と述べています。執筆された時期は丁度、高度経済成長期の直後です。経済の豊さと心の豊さが必ずしも共通するわけではありません。経済成長を追求し過ぎたことによる現実世界の歪みが、若者の荒廃した青春時代によって表現されていたのでしょう。
事実、テレビの中に映る男と、電源を消した後に反射するリュウの顔を対比する場面が描かれています。メディアが訴える世の中のイメージと、自分の心の中の鬱屈とした感情とのギャップにリュウは違和感を抱いていたのかもしれません。
太宰治の小説「斜陽」には、時代が移り変わる瞬間の、旧式の概念に囚われ苦しむ人間が描かれていました。いわゆる、時代の過渡期の犠牲者です。村上龍が本作を執筆した高度経済成長期直後の日本も、時代の過渡期として、若者に漠然とした人生の不安を与えていたのかもしれません。
巨大な黒い鳥の正体
巨大な黒い鳥という抽象的な存在が、リュウのことを抑圧しています。その巨大な存在とは一体何を指しているのでしょうか?
一次的には、ドラッグやセックスに溺れた荒廃的な生活から抜け出せない、日常の閉塞感を表現しているように思われます。
より深掘りするのであれば、「米軍」という存在が関係してくるでしょう。リュウやその仲間たちは米軍基地に近い福生という街で生活しています。日常生活において米軍の存在を肌で感じていたリュウは、潜在的に日本がアメリカに支配されているという感覚を抱いていたのかもしれません。ないしは、彼らの日常を荒廃させる元凶のドラッグは、米軍から横流しされて入手したものです。日常的に行われるセックスパーティーには当然黒人の存在が関与しています。短絡的に堕落した若者ではなく、米軍基地の付近という生活環境だからこそ、ドラッグやセックスが彼らの生活を拘束していたのです。
本作では度々、蛾やゴギブリなど虫の存在が描かれています。それをリュウが殺した時に溢れる体液まで生々しく綴られています。一方で、リュウたちは米軍横流しのドラッグに溺れ、黒人たちとセックスをし、汗やよだれや精液など、様々な体液を放出します。要するに、虫と若者が対比的に同一の存在として捉えられているのです。
「この部屋の外で、あの窓の向こうで、黒い巨大な鳥が飛んでいるのかも知れない。黒い夜そのもののような巨大な鳥・・・ただあまり巨大なため、嘴にあいた穴が洞窟のように窓の向こう側で見えるだけで、その全体を見ることはできないのだろう。僕に殺された蛾は僕の全体に気づくことなく死んでいったに違いない。」
『限りなく透明に近いブルー/村上龍』
支配者と被支配者の関係。つまりリュウにとっての米軍や、高度経済成長期直後の現実の歪みなど、若者を支配する存在はあまりに巨大(あるいは漠然)であるため、自分を支配する存在に気づかないまま押し潰されてしまうということを訴えているように思われます。
ラストには、「パイナップルを与えた自分の影が、寄って来た鳥を包むだろう」と綴られています。要するに、経済成長や米軍基地など、国民の生活を安全で豊かにする建前は、必ず国民を巨大な陰で覆ってしまうことを意味しているのではないでしょうか。巨大な黒い鳥とは、甘い言葉で日常に溶け込む支配者の陰を意味しているのだと思います。
「限りなく透明に近いブルー」とは
リュウはブランデーグラスの割れた破片を朝日に透かした様子を、「限りなく透明に近いブルー」と表現します。そして、自分もそのような存在になりたいと願います。
「・・・このガラスみたいになりたいと思った。そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたいと思った。僕自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。」
『限りなく透明に近いブルー/村上龍』
「白い起伏」とは、影のように映る「町の起伏」を指しています。そしてリュウは「自分を包み込む街の起伏」を反射させるような存在になりたいと願ってます。それは一体どんな存在なのでしょうか。
恐らく、頭の中の妄想都市を映し出す存在でしょう。
終始フラットな目線であり続けるリュウは、頭の中で物事を組み立てるのが癖になっている内向的な青年です。頭の中に作り上げた世界を、自分というガラスのような存在を使って、外の世界に映し出したいという願望が表現されているのではないでしょうか。つまり、自分の内側に陶酔するのではなく、外部に表現することで、鬱屈とした青春時代から脱却しようと考えているのかもしれません。
事実、リリーとドライブをする場面で、リュウは「自分の頭の中を表現した映画があれば見てみたい」と話します。自分の内側を作品によって表現し、昇華することを望んでいる様子が読み取れます。
結果的にリュウは、小説というジャンルで自分の内面を外の世界に映し出すことが叶ったわけです。自分の内面を映し出す存在としての透明度、あるいは鬱屈とした青春時代からの脱却という意味での色調の薄れ。「限りなく透明に近いブルー」は完全な透明ではありません。それはラストのリリーへの手紙に記されたように、青春時代に心残りが多少あるからなのでしょうか。それとも、100パーセントそのまま映し出すのではなく、自分を形成したブルーなフィルターを通して表現する、芸術に対する独創性の意思表明だったのでしょうか。一つだけ言えるのは、後の村上龍の作品に透明度100パーセントの小説など一つも存在しないということです。
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