砂川文次『ブラックボックス』あらすじ解説|芥川受賞作

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ブラックボックス 散文のわだち

砂川文次の小説『ブラックボックス』は、第166回(2022年上期)芥川賞受賞作です。

メッセンジャーという職業や、コロナ禍を舞台にした設定など、まさに2020年代に突入した日本の時流を捉えた作品と言えるでしょう。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者砂川文次
発表時期  2021年(令和3年)  
ジャンル中編小説
ページ数186ページ
テーマ抜け出せない日常のサイクル
焦燥感と孤絶感
変化を認めることの重要性
受賞第166回芥川賞

あらすじ

あらすじ

自転車便である「メッセンジャー」で生計を立てる主人公サクマの物語です。趣味の自転車を活かした学生のアルバイトや、社会人の副業、食い詰める者の受け皿など、あらゆる種類の人間が勤める中で、サクマは、なんとなく続けているだけの28歳の男です。

癇癪持ちのサクマは、あるタイミングで沸き起こる衝動を止めることができません。おかげでトラブルに発展することが多く、それが原因で職を転々としてきました。そんな彼にとっては、雇用されている感覚がなく、極力人付き合いをせずに済むメッセンジャーが楽だったわけです。されど彼は現状に対する危機感を人一倍抱いており、日々のサイクルから抜け出せない感覚に辟易しています。

同棲している円佳が妊娠し、「まともな生き方」に対する思案に囚われ始めた頃、税務官が家にやってきて、脱税の忠告をされます。税務官のひとりが笑みを浮かべたように見えたサクマは、途端に癇癪を起こし、頭突きで相手の鼻を粉砕し、駆けつけた警察官にも暴力を振るい、現行犯逮捕されます。それからは、サクマの刑務所での生活が綴られます。

ずっと遠くに行きたいと願っていたサクマ。それは日常の螺旋から抜け出すことであり、彼はゴールのない繰り返しの人生を嫌っていました。刑務所の中でもトラブルを起こし、気が狂うような独居での罰を経験します。そんなサクマが、ひとつの回答を見出すきっかけとなったのは、同部屋の囚人である向井が口にした言葉だった・・・?

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個人的考察

個人的考察-(2)

砂川文次のプロフィール

芥川賞を受賞したことで初めて顔出しをした砂川文次さん。

あまり知られていない彼の経歴とは?

砂川文次さんは、1990年生まれ、大阪府出身、最終学歴は神奈川大学卒です。

前職は陸上自衛官で、現在は区役所に勤務しながら執筆をする、現役公務員の作家です。

芥川賞受賞のインタビューでは、職業上の都合でこれまで顔出しが憚られていたことを明かし、今後も公務員の職を続けながら執筆に勤しむと公言していました。

作家としてのはキャリアはどうでしょうか?

自衛官時代に執筆した『市街戦』が、2016年に文學界新人賞を受賞したことで、めでたく作家デビューを果たします。

その後『戦場のレビヤタン』が早くも、2018年下半期の芥川賞候補に選ばれます。

続いて『小隊』が再び2020年下半期の芥川賞候補に選ばれます。

そして「群像」に掲載された『ブラックボックス』で見事、2022年上半期の芥川賞を受賞しました。

『ブラックボックス』の構想について、自分の好きなものを詰め込もうと思った、と砂川さんはインタビューで話していました。メッセンジャーという自転車便を取り扱う物語が印象的ですが、作者自身が自転車好きのようです。さらには、前職が自衛隊ということもあり、作中の主人公サクマもメッセンジャーをする前に自衛官を勤めていたという設定で描かれています。

以上、砂川文次さんの簡単な略歴でした。

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「メッセンジャー」と「コロナ」

主人公サクマが勤める「メッセンジャー」とは、自転車便のことです。宅配便とは異なり、即日配達を叶える大都市ならではの職業です。企業による原稿やフィルムなどの受け渡しの用途で利用されることが多いみたいです。

作中でも解説されますが、ウーバーイーツのような自転車配送よりも、気持ちの面でやや上位の職業に位置するみたいです。(メッセンジャーの人間が勝手に思っているだけのようです)

いずれにしても委託契約、ないしは個人事業主という形態で、社員や派遣のように雇用される感覚がないのが特徴です。あるいは定型的なシフトで働く必要もなく、歩合制という点も一般的なサラリーマンと異なります。

まさに働き方が多様化した令和の世情をリアルタイムで落とし込んだ作品です。

完全歩合性であるだけに、主人公のサクマはメッセンジャーを効率の良い仕事と考えていました。その反面、保険などの福利厚生が整っておらず、勤務中に事故を起こしても自己責任ということになります。物語もサクマが車と衝突しかけて、そのはずみで自転車をクラッシュさせる場面から始まります。

あるいは、28歳のサクマは、比較的長くメッセンジャーを続けている部類です。ところが体力的な問題から、終身の職業でないことは理解しています。

そもそもサクマはメッセンジャーを天職と思っておらず、ただなんとなく続けている、というのがこの作品を解釈する上で重要でしょう。

2016年の芥川賞作品『コンビニ人間』では、社会に異物と扱われようと、コンビニのアルバイトが天職だと感じる中年女性の様子が描かれていました。対する『ブラックボックス』は、メッセンジャーを決して天職とは感じておらず、むしろサクマは現状から抜け出したいと願っています。されど個人的な性格の問題であったり、社会システムのしがらみの中でがんじがらめになっているわけです。

あるいは本作は現実と同様、コロナパンデミックが発生した実世界が舞台になっています。

サクマにとって、コロナは恐怖ではなく、むしろ別世界の出来事というような認識です。そもそも世の中の危険を精査する余裕など自分にはないと綴られています。トランプ前大統領が感染したニュース報道を、どうでもいい、と吐き捨てる場面が印象的です。

まさに「世情と個の生活とのギャップ」という、我々が直面している現状が描かれています。いくらメディアが危険を煽っても、サクマにとっては、永久に変わらない生活と、ゴールの見えない人生と、先行き不透明な労働に勝る危機感はないわけです。

コロナ関連の話題によって、個人の問題が置き去りにされている実情が見事に落とし込まれています。

芥川賞は時流を反映させた作品が受賞する傾向にありますが、まさに『ブラックボックス』は令和初頭の社会状況を丸ごと反映させた作品です。そして、あらゆるメディアの情報だけでは取り残されてしまう、本当に個人が抱えている危機感を描いているからこそ、文学の意義を実感させてくれます。

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サクマが抱える苦悩とは

ずっと遠くに行きたかった。今も行きたいと思っている。今いる場所は、自分が離れたかったところからとんでもなく遠いようにも、一歩も動いていないようにも見えた。

『ブラックボックス/砂川文次』

文化芸術における「遠くに行きたい」という種類の主題は、これまで散々描かれ、その時代によって目的や趣旨が異なりました。

例えば、50年代のビートジェネレーションは、物質主義の拒否や精神世界の探求などを目的に、大陸を放浪する種類の「遠くに行きたい」が扱われました。60年代70年代になると、近代化の歪みの中で搾取される若者たちが、向こう側に突き抜けたいと、破滅的になっていく種類の「遠くに行きたい」が描かれました。

ともすれば本作『ブラックボックス』は、いかなる社会状況に影響された種類の「遠くに行きたい」なのでしょうか。

第一に考えられるのが、「終身雇用の崩壊」の影響でしょう。

主人公サクマは多くの職場を転々としてきました。仕事が長続きしないのは、サクマの癇癪のような性格が原因でした。しかし本質的には、螺旋のような日々に回収される感覚に耐えられないことが、全ての発端に思われます。

作中では「ゴール」という概念の不明瞭さがサクマを苦しめています。

考えてみれば、終身雇用の時代であれば、ひとつの会社を勤め上げることがゴールだったわけです。されど終身雇用が事実上崩壊した以上、企業が社員の生涯を保障してくれるわけもなく、現状に居座るままではゴールから遠ざかる可能性もおうおうにしてあり得るわけです。

こんな日々を積み重ねた先にあるものは、やっぱりゴールじゃないという気がしている。どんな日々を積み重ねたら納得できるゴールがあるのかは分からない。ひょっとすると積み重ねるという行為はゴールから遠ざかっていくことなんじゃないか、とも思える。

『ブラックボックス/砂川文次』

サクマが主張するように、我々は前時代の定型的なゴールを失ってしまったのです。ともすれば、イチ会社内の卑劣な問題に耐え忍んで勤める意味など誰が見出せるでしょうか。おそらくこの手の葛藤は誰しもが抱えている感覚でしょう。サクマは一層敏感だったために、仕事を辞めることが癖になっていたのかもしれません。とはいえ、今の螺旋から抜け出しても、再び別の螺旋に回収されるため、サクマは出口のない閉塞感に苦しんでいたのだと思います。

他にも「幸福の多様化」の問題も、「遠くへ行きたい」原因のひとつと考えられます。

メッセンジャーの同僚である横田は、円佳と同棲しているサクマはゴールが見えていると主張します。しかし、サクマにはその「ゴール」の意味が理解できませんでした。おそらく横田が言いたかったのは、結婚は人生におけるひとつのゴールだということでしょう。

確かに結婚をゴールインと呼称することがあります。それは典型的な前時代の価値観です。

終身雇用の時代、ひとつの会社で勤め上げることがゴールであったように、結婚も当然のゴール、もはや義務でした。そればかりか、マイカー、マイホームなど、人々の欲望の形は定型化されており、その通りに生きれば自ずとゴールを実感できたわけです。ところが、終身雇用が崩壊した時代に、結婚してマイカーとマイホームを手に入れることが本当の幸福、と断言できる人はそれほど居ないでしょう。

社会は「ダイバーシティ」を掲げ、あらゆる生き方を認め、幸福の多様化を許容する姿勢になりつつあります。だからこそ、個人が自分の幸福の形を創造していく必要に迫られています。サクマはこういった時代の過渡期を生きる人間だからこそ、自分にとってのゴールを見つけられないまま、同じことの繰り返しに悩み、「遠くに行きたい」と嘆いていたのでしょう。

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サクマの結論「変わることを認める」

小説の後半部分は、刑務所での交流や、サクマの回想や心情がひたすら綴られます。

ある時、同部屋の向井という男がこんな台詞を口にします。

「うまく言えないんだけどね、おれも確かにおんなじ毎日だった気がするんだよ。今もね。でもやっぱり前のときも今も、これからもちょっとずつ違ってる気がするんだよなあ」

『ブラックボックス/砂川文次』

対するサクマは、「ずっと同じだよ」と心の中で呟きます。

前述の通り、ゴールが不明瞭になった社会に閉塞感を抱くサクマは、これまでの人生は同じことの繰り返しで、何ひとつ変わらない日々だったと思っています。刑務所で決められた生活を強いられるのとさして変わらず、むしろ刑務所には出所というゴールがあるだけマシだというのです。その所以、サクマには向井の意見に共感できなかったのでしょう。

そんなサクマの考えを大きく変える出来事がありました。

ひとつは、刑務所での喧嘩が向井をかばうための行為だった、という間違った噂が流れたことです。この経験からサクマは、他者が勝手に認識する自己のイメージを認めることが、社会に順応することなのかもしれないと気づきます。

思い返せばサクマが癇癪を起こすのは、人が人に勝手なイメージ付けをする瞬間でした。メッセンジャーの社員が、元従業員を裏で噂していると、サクマは思わず毒づいてしまいます。あるいは暴行で逮捕されたのも、税務官が自分達の境遇を嘲笑していると感じたからでした。

あいつはどうせこうなる、こんな奴らだから脱税するんだ、そういうニュアンスをサクマは過剰に察知していたように思います。

要するにサクマは、他者が勝手に人のイメージを決定づけて、持ち上げたり馬鹿にしたりすることに敏感だったのです。それはサクマ自身が、周囲の目を過剰に気にしている証拠です。そんな臆病な自分を守るための最終手段が暴力だったのでしょう。

ところが、刑務所の制度(地獄のような独居での罰)によって、サクマはそういう自分と共存する余地を見出していきます。つまり他者がもたらす都合の悪い問題を、暴力で遠ざけるのではなく、認める手段を覚えるわけです。それはある種、他者にどう思われようと、いちいち過剰に反応しないメンタルを養ったことを意味しているのかもしれません。

他には、木工工場での出来事もサクマの心情に変化を与えます。

自転車をいじっていた経験から、工具の扱いで活躍する機会がありました。それ以降、サクマの技量を活かせる、より工具を扱う仕事を任されるようになります。刑務官に褒められるようなこともありました。そんな些細な変化によって、向井の例の言葉が思い返されます。

つまり、同じような日常の中にも少しずつ違う部分があるのではないか、ということに共感し始めたのです。

サクマは同じことの繰り返しで、それでいてゴールの見えない生活にうんざりしていました。されど本当は、毎日は少しずつ違っていて、例えば目覚めた時から、自転車がクラッシュすることや、警察に逮捕されることを分かっている人間なんていません。毎日、同じようで全く違う予測のつかないことが起こっているのです。

確かに刑務所には出所という明確なゴールがあります。かと言って、全てを決定づけられる刑務所の制度が外の暮らしにも適用されたら、息苦しくて仕方ないでしょう。全てを決定づけられているのは安心ですが、その一方で不愉快だとサクマは思っています。

つまり、ゴールが見えないことがいかに自由であるか、サクマは気付いたのでしょう。

都合の悪い問題を受け入れること、あるいは自分の技量を活かせる場を知ること。螺旋のような変わらない生活に嘆くよりも、自分が変わることを認めること。そうやってサクマは、この先のゴールのないゴールと向きあう決心がついたのかもしれません。

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