坂口安吾『桜の森の満開の下』あらすじ考察 鬼になった女の正体

桜の森の満開の下 散文のわだち
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坂口安吾の短編小説『桜の森の満開の下』は、傑作と称されることの多い代表作です。

その人気から、本作を原作にした映画が公開されたり、現在でも演劇の題材として扱われることが多くあります。

『桜の森の満開の下』作品概要

作者坂口安吾(48歳没)
発表時期1947年(昭和22年)
ジャンル短編小説、怪奇小説
テーマ孤独と虚無

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『桜の森の満開の下』あらすじ

あらすじ

鈴鹿峠に住む山賊は、旅人の身ぐるみを剥がし、気に入った女であれば女房にしています。山賊はこの山の全てを自分の物だと思っているのです。しかし桜の森だけは恐ろしく、満開のときに下を通れば気が狂うと信じていました。

ある日、山賊は都からの旅人を殺し、連れの美女を女房にしました。その女は威勢がよく、過去に捕まえた女房を山賊に殺させます。そして女の言いなりで、山から都に移り住むことなりました。

山賊が狩ってくる生首で、女はお人形さん遊びならぬ「首遊び」を楽しんでいます。女は次々と新しい生首を狩るよう命じますが、山賊はキリがない行為に嫌気がさします。おまけに都暮らしにも馴染めず、とうとう山に帰ることに決めます。首遊びに執着していた女も、諦めて一緒に戻ることにします。

女を背負って山に戻ると、桜の森は満開でした。女と山に戻れる幸福から、桜の森の恐怖を忘れていた山賊ですが、突然、女が鬼に変化していることに気づきます。山賊は必死で鬼を振り払い締め殺します。ところが我にかえると、元通りの女に戻っていました。泣きながら死んだ女に触れようとすると、ただの花びらになり、山賊自身も消えてしまいます。あとには花びらと虚空がはりつめているばかりでした。




『桜の森の満開の下』個人的考察

個人的考察

桜の森を恐れる理由

説話形式の物語で、その幻想的な世界観と、グロテスクな表現が特徴的です。近代文学において唯一無二の作風ですが、実際に発表当時は殆ど注目されませんでした。作者の死後に高く評価されたと言われています。

物語を通して「」が重要なキーワードになっています。山賊が桜を恐れているという導入に始まり、桜の森での奇怪な出来事によって幕を閉じます。

この「桜」を恐れるという価値観は、一体何に由来しているのでしょうか。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という有名な一文で始まる、梶井基次郎の『桜の樹の下には』という小説があります。

梶井は、桜と死を密接な関係と捉え、近代文学における桜の新たな価値観を生み出したと言われています。つまり、近代以降の我々の意識の中には、桜の美しさと死の恐怖の結びつきが養われているのです。

加えて、坂口安吾の中には、より桜と死のイメージを強く結びつける経験があったようです。

代表作『白痴』や『堕落論』を読んだ人ならご存じだと思いますが、坂口安吾は、戦時中の人間の実相や、戦後の陰鬱とした世相を論じた作家です。それ故に、戦争の風景が彼の作品を紐解く材料になりそうです。

安吾のエッセイ『桜の花ざかり』には、空襲の死者を集めて焼いた上野の山に、桜が咲いて花びらが散っていた、という情景描写が綴られています。あるいは、焼け野原で2本の桜の木が花を残したままなのが異様だった、とも記されています。

まさに、人間の死の側に、美しい桜の生命力。

戦争によって人々が死んでいく場面には、偶然なのか桜の木が存在し、安吾の中でその美と恐怖という2つのイメージが強く結びついたのだと考えられます。

そして作中では、桜の美しさは、女の美しさと重ね合わせて描かれています。

女は櫛や簪や紅や着物など、様々を着飾ることで1つの姿に完成されていく、と記されています。個として不完全で不可解な断片が集合して一つの物が完成するというのです。桜の花びらが集合して、恐怖を感じるほどの美しさが完成するのと同様です。

悪女の妖艶さと、その虜になることへの恐怖。桜はそういった魅惑な女の象徴としても描かれていたのでしょう。




「首遊び」の意味

前の女房たちを殺すよう山賊に命じる女は、かなりのサイコパスでした。都に移り住んでからも、さらに彼女の異常っぷりは増します。

山賊が夜な夜な狩って来る人間の生首を家にコレクションして、お人形遊びならぬ「首遊び」で楽しんでいたのです。

「ほれ、ホッペタを食べてやりなさい。ああおいしい。姫君の喉もたべてやりましょう。ハイ、目の玉もかじりましょう。すすってやりましょうね。ハイ、ペロペロ。アラ、おいしいね。もう、たまらないのよ、ねえ、ほら、ウンとかじりついてやれ」

『桜の森の満開の下/坂口安吾』

腐敗した生首の皮膚をえぐったり目玉を取り出して遊んでいる様子が窺えます。この残虐な行為は一体何を象徴しているのでしょうか。

安吾は『白痴』において、実存主義的な思想に触れていました。いわゆる、人間には魂など存在せず、肉体のみが存在するという考えです。空襲で焼け死んだ人間を「焼き鳥のよう」と表現する部分は有名です。さらには白痴の女に対しても、意思や魂がなく肉体のみが存在するのではないか、という疑問を抱いていました。

前述の通り安吾は、戦争下において死体が束ねられるような光景を目にしていました。 まるで人間が人間では無いように死んでしまう価値観。 その非現実的な現実は、魂など存在せず、ただ肉体のみが朽ちるのみ、という印象を与えたのかもしれません。

女が愉悦する首遊びは、『白痴』に共通する、「人間が人間でない」戦争下の価値観を象徴しているのかもしれません。

鬼になった女の正体とは

女と鬼の関係について疑問が生じます。女が鬼になったのか、鬼が女に化けていたのか。

個人的な見解は、女が鬼になったのであり、鬼とは「老い」を象徴しているのだと思います。

山賊の男は都の生活に馴染むことが出来ずにいました。山の生活と都の生活の最もな違いは、「時間の概念」ではないでしょうか。

都の生活に嫌気が差した男が、物思いに耽る場面がありました。昼から夜に変わり、夜から昼に変わる、という「無限の明暗」なるイメージを考えていたのです。そして都生まれの女の欲望は、その「無限の明暗」を一直線に飛び続ける鳥のようだと記されています。

一般的に近代以前の人々は、時間は循環するものとして捉えていました。ただし、近代化によって時間は直線的に進んでいくという価値観に変化していきます。

山と都には、近代化前後の時間感覚の違いが落とし込まれているのだと思います。

山賊の男にとっては、時間が循環する山での生活が馴染み深く、都会のように「無限の明暗」の中でキリもなく飛び続ける、直線的な時間感覚に相いれなかったのでしょう。

この循環しない時間の価値観の中にいたため、桜の森の下という、都と山の境界線に差し掛かった時に、一気に直線的な時間の進行(老い)を経験し、女が鬼のような姿に変化したのではないでしょうか。

ある意味、竜宮城から帰宅した浦島太郎の状態とも考えられます。

戦争下において死体の側に桜の木があったのを安吾は目にしていました。つまり、桜の木は、生き物が醜い姿になり、美しいものが朽ちてしまうイメージと直結していたのでしょう。それは物事が経過することに対する恐怖心だったのかもしれません。




人間が抱く孤独と虚無

あの女が俺なんだろうか? そして空を無限に直線に飛ぶ鳥が俺自身だったのだろうか? と彼は疑りました。女を殺すと、俺を殺してしまうのだろうか。俺は何を考えているのだろう?

『桜の森の満開の下』

都会でのキリがない生活に辟易した男は、その苦悩から抜け出すために女の殺害を考えます。ところが女を殺す行為が、自分の消滅と同様であるような感覚に陥ります。

自己の存在とは、他者による認識によって成立します。アイデンティティの形成には他者の存在が不可欠だということです。

例えば、失恋には喪失感が伴います。それは他者を失うと同時に、自分を自分たらしめていたアイデンティティの一部が失われるからです。山賊の男は美しい女にゾッコンでした。あるいは殆ど女の奴隷として依存している状態にも感じられます。それ故に、女を殺す行為は、自分の存在意義を消滅させる行為に直結していたのでしょう。

それにもかかわらず、桜の森の下で幻覚に迷い込んだ男は、女を殺してしまいます。途端に女の肉体は桜の花びらに変わります。これは前述のとおり、断片が集合して一つの物が完成するという、女と桜の共通点に起因する結果だと考えられます。

そして、死んだ女の体に手を伸ばそうとした男の肉体も消えます。女を失ったことで、自己の存在意義さえも消滅してしまい、あとには虚空だけが張り詰めていたのでした。

しばしば本作が、「孤独と虚無」というテーマで解釈されるのは、こういった個では形成できない存在意義の脆弱さが描かれているからではないでしょうか。

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