中村文則『土の中の子供』あらすじ解説|芥川賞受賞作

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土の中の子供 散文のわだち

中村文則の小説『土の中の子供』は、第133回芥川賞受賞作です。

深刻な社会問題を重圧のある文章で描いた本作は、納得の芥川賞作品です。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者中村文則
発表時期  2005年(平成17年)  
ジャンル中編小説
ページ数160ページ
テーマ孤児
虐待
恐怖依存症
受賞芥川賞

あらすじ

あらすじ

幼少の頃に親に捨てられた主人公は、親戚夫婦から日常的に虐待を受けて育った。そして山で生き埋めにされ、奇跡的に生還する。

27歳になった主人公は、タクシードライバーとして働いているが、いまだ過去の被虐経験に人生を拘束されている。彼には高所から物を落下させる癖がある。空中に放てば落下を避けられない運命のような感覚に、死への衝動を弄んでいるのだ。そして、恐怖依存症のように自らを危険な目に合わせることで、社会との繋がりや、生への意欲を追求しようとしている。

そんな主人公に実の父親が会いたいと名乗り出る。それ以来、主人公の精神はますます不安定になり、ある時、タクシーのアクセルを強く踏み込み、そのまま破滅を試みるが、またしても奇跡的に生還する。

結局父親と会うことをやめた主人公は、自らを「土の中の子供」と称し、親の存在を否定することで、被虐経験と決別し、恐怖の克服を試みるのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

主人公が自ら恐怖を求めた理由

主人公が自ら恐怖を求めていたのは、恐怖依存症のためと推測されます。

幼少の主人公にとって、社会との繋がりは親戚夫婦のみでした。そのため、暴力をふるう彼らが楽しそうな表情を見せることに、少なからず救いを見出していました。自分と社会の繋がりが限定されているので、唯一の繋がりである親戚夫婦が嬉しそうにしていることが、自分の存在証明、自己肯定感だったのでしょう。

そういった過去の恐怖体験が尾を引いて、主人公は大人になっても恐怖依存症のままです。

研修医は、「主人公は恐怖に依存しており、自ら恐怖を求めている状態」と説明していました。それに対して、施設のヤマネさんは否定的な見解を主張しています。さらには主人公自身も、タクシーで急カーブに突っ込む直前に、「研修医は間違っていたのではないか」と考えます。

おそらく研修医と主人公の見解の違いは、恐怖を望んだ先に存在する「何か」の捉え方だと思われます。

研修医は、「自ら恐怖を求めることで、恐怖の中に自分の存在を見出そうとしている」というようなニュアンスで主張していました。

しかし実際は、主人公は、恐怖を望んでいたのではなく、その先に存在する「克服」を望んでいたと、終盤にはっきり記されています。

恐怖の中にしか見出せない自己の存在証明、とりわけ「暴力に服従する形式での社会との繋がり」を必要としていたわけではなかったのです。「最大限まで自分を恐怖に追い込めば、それ以上自分を襲うものはなくなる」という主人公のセリフが表すように、本質的には恐怖から解放されること、つまり克服を望んでいたのです。

彼が冒頭で集団リンチに遭っている場面で、辿り着けそうだった「何か」とは、「恐怖の中の居場所」ではなく、「恐怖の克服」だったということでしょう。

親戚夫婦による恐怖体験のせいで、長らくそのことに気づけませんでした。しかし、彼の中に眠っていた「自分は全ての暴力に屈服することなく、打ち勝つのだという強い想い」が高まったことにより、真実に辿り着くことができたのでしょう。

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物を落下させる癖から読み取れる心情

主人公には高所から物を落下させる癖がありました。

物が空中に放たれた瞬間に、誰かの意思とは関係なく、重力によって地面に衝突してしまうという無抵抗感を弄んでいました。それは、彼が幼少の頃から受けてきた圧倒的な暴力を比喩しているのだと思われます。

つまり、彼にとって唯一の社会は、自分に暴力を加える存在であり、抵抗できない絶対的な存在でした。そのため「暴力に対して絶対服従することでしか存在を見出せない自分」を、「衝突を避けられない落下物」と重ね合わせていたのだと思います。

そして、落下した物体が地面との衝突で破裂するように、自分も暴力によって破滅することで本来の自分の姿になれるのではないか、という破滅衝動を抱いていたのでしょう。彼は破滅の先に「何か」を見出そうとしていたのです。

事実、彼はタクシーでガードレールに衝突する間際の心情を、「自分が自分に重なっていくような感覚」と説明しています。つまり、肉体が破滅することで本来の自分に辿り着けると思っていたのでしょう。

しかし、一命を取り止めた彼は、破滅しても本来の自分に辿り着けないことを知ります。破滅した先に「何か」は存在しないと身をもって学んだのです。そのことに気づけたからこそ、彼は本当の意味での「何か」、つまり「克服」を手に入れることができたのでしょう。

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土の中から生まれたという決意

虐待によって多くの傷を背負った主人公でした。しかし、根本的には「実の親に捨てられた」という紛れもない事実が彼の背後には迫っています。彼の精神状態が悪化したのも、実の父親から会いたいという連絡を受けたことがきっかけでした。

散々悩み苦しんだ主人公が最後に選んだのは、父親には会わないことでした。つまり、自分は土の中から生まれたため、両親は存在しないと解釈し、自分を今まで苦しめてきた存在とは無関係であることを表明したのです。

主人公には両親の記憶が一切ありません。しかし彼の中には遺伝という概念が存在するため、自分がどんな人間であるかが、存在しない親に対するイメージへと繋がってしまいます。自分が醜い人間であればあるほど、親も醜い人間だったのではないかと考えてしまうわけです。こういった考えは、少なからず彼の人生を拘束していました。

自らの生き方を自らで束縛し続けてきた主人公に対して、恋人の白湯子は「あなたを傷つけた人はもういない」と主張します。その言葉通り、主人公は「自分には端から両親がいない」という人生を決意することで、初めて「存在しない両親」の呪縛から解放されたのでしょう。

「土の中から生まれた子供」とは、自分の人生を必要以上に難しくする存在との決別を意味し、自分の生き方は自分で決められるという、教訓だったように思われます。

そして最後に、主人公は「僕は今まで大事なことに目を向けていなかった」と告白します。それは、たいそれた気遣いはなくとも側にいてくれる白湯子や、施設にいた頃に1度も暴力を振るわず、むしろ彼の頭を撫でてくれたヤマネさんの存在のことでしょう。自らの恐怖体験に固執しすぎたあまり、彼は大切な存在を見落としていたのです。そのことに気づけた主人公は本当の意味で克服したのだと思います。

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中村文則の代表作『去年の冬、きみと別れ』は2018年に映画化され、岩田剛典、山本美月、斎藤工ら、豪華俳優陣がキャストを務めた。

小説ならではの予測不能なミステリーを、見事に映像で表現し、高く評価された。

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