中村文則の『土の中の子供』あらすじ考察 両親から生まれないという選択

土の中の子供 散文のわだち
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中村文則の小説『土の中の子供』をご存知ですか?

2005年に発表された中編小説で、第133回芥川賞受賞作品になります。

各媒体で話題を呼んだベストセラー小説『教壇X』の作者として中村文則を記憶する方も多いと思います。本作はそれより以前に綴られた彼の3作目の小説です。過酷な社会問題に対する問題定義と、重圧を持った文章に圧巻される本作は、納得の芥川賞受賞作品と言えるでしょう。

孤児、虐待など人生を拘束する恐怖体験、そこから芽生える死への衝動と生への意欲。主人公が自らを「土の中の子供」と称したのは一体何故なのか、彼の心理描写に着目しながら考察していきます。

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『土の中の子供』の作品概要

作者中村文則
発表時期2005年(平成17年)
ジャンル小説
テーマ孤児、虐待、
恐怖依存症に拘束された人生
受賞芥川賞

『土の中の子供』の300字あらすじ

主人公は、幼少の頃に親に捨てられ、親戚夫婦に引き取られます。不幸にも、親戚夫婦から日常的に虐待を受けた挙句、山で生き埋めにされます。

27歳になった主人公は、いまだ過去の被虐経験に人生を拘束されています。彼には高所から物を落下させる癖があります。空中に放てば落下を避けられない運命のような感覚に、死への衝動を弄んでいるのです。あるいは、恐怖依存症のように自らを危険な目に合わせることで、社会との繋がりや、生への意欲を追求しようとしているのです。

そんな主人公に実の父親が会いたいと名乗り出ます。主人公は自らを「土の中の子供」と称し、親の存在を否定することで、被虐経験と決別し、恐怖の克服を試みるのでした。

『土の中の子供』のあらすじを詳しく

①集団リンチに遭う主人公の現在

鉄パイプを持った集団に囲まれた主人公。

自動販売機の前でたむろしていた連中に煙草を投げつけたことが発端となって、彼は集団リンチに遭っています。暴力という堪え難い痛みに恐怖を感じながらも、彼はこの状況の向こう側に存在する「何か」に到達出来そうな気がしています。

しかし、あまりの痛みに、彼はその「何か」に辿り着く前に気を失ってしまいます。

主人公は27歳のタクシードライバーの男です。白湯子という、過去のトラウマから不感症になった女性と同棲しています。主人公は不感症の彼女と、事務的にセックスをするだけの退廃的な生活を送っています。

生活の荒廃が、集団リンチのような恐怖体験を彼に招くのでした。むしろ自ら望んで恐怖や痛みを求めているようにも感じられます。

一体、どのような経緯で彼はここまで破滅的な人間になってしまったのでしょうか。

②過去の被虐経験

主人公は幼少の頃に両親に捨てられ、孤児になりました。その後、親戚夫婦に引き取られますが、彼らから日常的に虐待を受けます。

主人公は少なからず、親戚夫婦が自分に暴力をふるいながら喜んでくれることに救いを見出していました。彼にとっては社会との繋がりが親戚夫婦しか存在しないため、彼らが喜ぶことが自分の存在意義に繋がっていたのでしょう。しかし、そのうち暴力はエスカレートし、彼らが退屈そうな表情で殴るようになった途端、主人公は暴力に耐えられなくなります。

虐待を受け続けた主人公は、ある日山のハイキングコースで発見されます。親戚夫婦の暴力が激化し、ついに山の中で生き埋めにされていたのです。

土の中は、世界から隔離された優しい空間であり、このまま土と同化して死ねたらどんなに幸せだろうと彼は考えます。しかし一方で、「彼らの思い通りになってたまるか」という胸騒ぎがチラつき、彼は必死で土の中から逃げ出します。運良くハイキングに来た夫婦に発見され、彼は無事救出されました。当然、親戚夫婦は逮捕されました。

このような過去の恐怖体験がトラウマとなって、今もなお彼は苦しんでいます。

1週間前に、かつていた施設から、実の父親が存命で、母親は既に死んでいることを知らされました。実の父親が自分に会いたがっていることも伝えられます。その連絡を受けて以来、彼のやさぐれた生活は一層酷くなったのです。

③落下を避けられない運命

幼少の頃から大人になった今でも、主人公には高所から物を落下させる癖があります。

自分の意思によって落下させた物が、自分の手から離れた瞬間、誰かの意思とは無関係に、地面に衝突する運命が決められてしまう感覚に、一種の慰めを感じていたのです。

つまり、かつて親戚夫婦に虐待されていた自分を落下物に見出して、過去の自分に行われていた圧倒的暴力、その不自由・無抵抗感を把握し、自らの本質を確認しようとしていたのです。

その日も彼は見知らぬマンションの10階まで登り、階段の踊り場から缶コーヒーを落下させました。

この生活からの落下、この世界からの落下、自身の背丈を超えた破滅願望が、彼に踊り場から身を乗り出させます。空中で前傾姿勢になった彼の胸ポケットから煙草が次々と地上に落下していきます。彼自身も導かれるように続いて落下しそうになった次の瞬間に、彼は意識を取り戻し、元いた踊り場に倒れ込みます。無意識な自殺願望に驚きながら、それに逆らった自分は本来の意思に反しているのではないかと考えます。

落ち着くために煙草を吸おうとしますが、1本残らず全て地上に落下していました。




④施設への訪問

同棲している白湯子が怪我で入院します。保険に入っていない彼女の治療費が必要になったため、主人公は自分がかつて所属していた施設を訪問します。彼に頼れる身元は施設以外存在しないのです。

施設でお世話になったヤマネさんに事情を告白し、お金を工面してもらいます。

施設にやって来た頃の主人公は精神状態が重症だったという過去の話を、ヤマネさんから改めて聞かされます。

恐怖に感情が乱され続けたことで、恐怖が癖のように、血肉のようになって、彼の身体に染みついている。今の彼は、明らかに、恐怖を求めようとしています。恐怖が身体の一部になるほど侵食し、それに捉えられ、依存の状態にあるんです。

『土の中の子供/中村文則』

施設に来たばかりの主人公の状態を見て研修医が言った台詞です。つまり、わざと集団リンチに遭ったり、物を落下させたり、無意識な自殺願望があるのは、恐怖依存症のためだと推測されているのです。

ヤマネさんとの会話の途中で、主人公は錯乱状態に陥り、ありもしない幻聴に襲われ、そのまま意識を失ってしまいます。

そろそろ彼の精神状態は限界のようです。

⑤タクシー強盗

タクシー運転手のため、主人公は終電間近の繁華街で客が来るまで待機していました。

間も無く若い2人組の男が乗車し、告げられた行き先に向かって運転を始めます。すると後部座席の客の1人が、主人公の首元にナイフを突き付けます。どうやら現金を狙ったタクシー強盗のようです。

恐怖を感じながらも、強盗の言う通り運転を続けます。強盗のうちの片方は外国人なので、はっきりと言葉は聞き取れませんが、どうやら自分が殺されるかもしれないことがなんとなく分かります。

人気のない工事現場で駐車させられ、そのまま地面に突き倒されます。そして馬乗りに覆いかぶさった男に首を絞められます。

途端に過去の記憶が蘇ります。彼の意識の中で親戚夫婦と強盗の映像が重なり合いました。避けられない残虐な運命。主人公はこの世界のあらゆる暴力や、恐怖や、理不尽にうんざりします。

やがて彼のそこはかない意思は増幅し、自分は全ての暴力に屈服することなく、打ち勝つのだという想いが湧いてきます。

ポケットに入っていたボールペンを強盗の太腿に突き刺し、必死で逃げ出し、タクシーに乗り込むことに成功しました。

アクセルを踏み込み、凄まじく加速します。前方には急カーブがあります。主人公にはそのカーブが地面に見えます。タクシーの速度は上がり続け、主人公は地面に向かって落下を続けます。衝突によって砕け、潰れるような衝撃が全身に走り、主人公は柔らかなもので満たされるような感覚に包まれるのでした。

⑥自分が土の中の子供であるということ

急カーブのガードレールに突っ込んだ主人公は奇跡的に一命を取り止めました。

世間的には、強盗から逃げるために気が動転して事故を起こしたとされていますが、白湯子だけが真実に気づいています。

最大限まで自分を恐怖に追い込めば、それ以上は自分を襲う存在はいないという感覚。衝突するまでの時間に抱いた、自分が自分に重なっていくような感覚。

白湯子は、「あなたに力をふるった彼らはもういない」と主人公を優しく慰めるのでした。

暫くして、主人公は池袋駅の東口で、施設のヤマネさんと待ち合わせをします。

ヤマネさんの方から夕食を誘ってきたのです。しかし、本当はこれから向かう店に主人公の実の父親が待っています。実の父親がしつこく会わせろと言うので、仕方なくセッティングする羽目になっのです。

主人公はヤマネさんに対して、「自分は土の中から生まれたから親はいない」と告げます。

そして池袋駅の人混みに混ざって、1人で歩いていくのでした。

ここで物語は幕を閉じます。




『土の中の子供』の個人的考察

主人公が自ら恐怖を求めた理由

主人公が自ら恐怖を求めていたのは、恐怖依存症のためと推測されます。

幼少の主人公にとって、社会との繋がりは親戚夫婦のみでした。そのため、暴力をふるう彼らが楽しそうな表情を見せることに、少なからず救いを見出していました。自分と社会の繋がりが限定されているので、唯一の繋がりである親戚夫婦が嬉しそうにしていることが、自分の存在証明、自己肯定感だったのでしょう。

そういった過去の恐怖体験が尾を引いて、主人公は大人になっても恐怖依存症のままです。

研修医は、「主人公は恐怖に依存しており、自ら恐怖を求めている状態」と説明していました。それに対して、施設のヤマネさんは否定的な見解を主張しています。さらには主人公自身も、タクシーで急カーブに突っ込む直前に、「研修医は間違っていたのではないか」と考えます。

おそらく研修医と主人公の見解の違いは、恐怖を望んだ先に存在する「何か」の捉え方だと思われます。

研修医は、「自ら恐怖を求めることで、恐怖の中に自分の存在を見出そうとしている」というようなニュアンスで主張していました。

しかし実際は、主人公は、恐怖を望んでいたのではなく、その先に存在する「克服」を望んでいたと、終盤にはっきり記されています。

恐怖の中にしか見出せない自己の存在証明、とりわけ「暴力に服従する形式での社会との繋がり」を必要としていたわけではなかったのです。「最大限まで自分を恐怖に追い込めば、それ以上自分を襲うものはなくなる」という主人公のセリフが表すように、本質的には恐怖から解放されること、つまり克服を望んでいたのです。

彼が冒頭で集団リンチに遭っている場面で、辿り着けそうだった「何か」とは、「恐怖の中の居場所」ではなく、「恐怖の克服」だったということでしょう。

親戚夫婦による恐怖体験のせいで、長らくそのことに気づけませんでした。しかし、彼の中に眠っていた「自分は全ての暴力に屈服することなく、打ち勝つのだという強い想い」が高まったことにより、真実に辿り着くことができたのでしょう。




物を落下させる癖から読み取れる心情

主人公には高所から物を落下させる癖がありました。

物が空中に放たれた瞬間に、誰かの意思とは関係なく、重力によって地面に衝突してしまうという無抵抗感を弄んでいました。それは、彼が幼少の頃から受けてきた圧倒的な暴力を比喩しているのだと思われます。

つまり、彼にとって唯一の社会は、自分に暴力を加える存在であり、抵抗できない絶対的な存在でした。そのため「暴力に対して絶対服従することでしか存在を見出せない自分」を、「衝突を避けられない落下物」と重ね合わせていたのだと思います。

そして、落下した物体が地面との衝突で破裂するように、自分も暴力によって破滅することで本来の自分の姿になれるのではないか、という破滅衝動を抱いていたのでしょう。彼は破滅の先に「何か」を見出そうとしていたのです。

事実、彼はタクシーでガードレールに衝突する間際の心情を、「自分が自分に重なっていくような感覚」と説明しています。つまり、肉体が破滅することで本来の自分に辿り着けると思っていたのでしょう。

しかし、一命を取り止めた彼は、破滅しても本来の自分に辿り着けないことを知ります。破滅した先に「何か」は存在しないと身をもって学んだのです。そのことに気づけたからこそ、彼は本当の意味での「何か」、つまり「克服」を手に入れることができたのでしょう。

土の中から生まれたという決意

虐待によって多くの傷を背負った主人公でした。しかし、根本的には「実の親に捨てられた」という紛れもない事実が彼の背後には迫っています。彼の精神状態が悪化したのも、実の父親から会いたいという連絡を受けたことがきっかけでした。

散々悩み苦しんだ主人公が最後に選んだのは、父親には会わないことでした。つまり、自分は土の中から生まれたため、両親は存在しないと解釈し、自分を今まで苦しめてきた存在とは無関係であることを表明したのです。

主人公には両親の記憶が一切ありません。しかし彼の中には遺伝という概念が存在するため、自分がどんな人間であるかが、存在しない親に対するイメージへと繋がってしまいます。自分が醜い人間であればあるほど、親も醜い人間だったのではないかと考えてしまうわけです。こういった考えは、少なからず彼の人生を拘束していました。

自らの生き方を自らで束縛し続けてきた主人公に対して、恋人の白湯子は「あなたを傷つけた人はもういない」と主張します。その言葉通り、主人公は「自分には端から両親がいない」という人生を決意すること、初めて「存在しない両親」の呪縛から解放されたのでしょう。

「土の中から生まれた子供」とは、自分の人生を必要以上に難しくする存在との決別を意味し、自分の生き方は自分で決められるという、教訓だったように思われます。

そして最後に、主人公は「僕は今まで大事なことに目を向けていなかった」と告白します。それは、たいそれた気遣いはなくとも側にいてくれる白湯子や、施設にいた頃に1度も暴力を振るわず、むしろ彼の頭を撫でてくれたヤマネさんの存在のことでしょう。自らの恐怖体験に固執しすぎたあまり、彼は大切な存在を見落としていたのです。そのことに気づけた主人公は本当の意味で克服したのだと思います。

以上、中村文則の『土の中の子供』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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