芥川龍之介『歯車』あらすじ解説|自殺前の心境を綴った作品

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歯車 (3) 散文のわだち

芥川龍之介の小説『歯車』は、自殺直前に書かれた晩年の代表作である。

物語性は排除され、芥川が抱えていた精神苦や幻覚や虚妄の描写がひたすら綴られている。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。

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作品概要

作者芥川龍之介(35歳没)
発表時期  1927年(昭和2年)  
ジャンル短編小説
ページ数50ページ
テーマ自殺の予兆
作者が生涯抱えた苦悩
関連妄想

あらすじ

あらすじ

知人の結婚式に向かうタクシーの中で、偶然乗り合わせた男から「レインコートの幽霊」の怪談を聞く。それ以降、駅のホームやホテルのロビーなど至る所でレインコート姿の人間を目撃し、主人公は段々と不気味になる。その暗示が的中するかのように、姉の夫がレインコート姿で自殺した知らせが届く。

レインコートに限らず、主人公は街中の物や他人の会話から、頻繁に死を連想する。そんな強迫観念に侵された主人公は、時おり視界に半透明の歯車が浮かび上がり、頭痛に襲われるのだった。

精神的に危険な状態に陥った主人公は、知人の神父を訪ね慰みを乞う。だが主人公には宗教さえ信用できず、「光のないやみ」を彷徨っているのであった。やがて東京に耐えられなくなった主人公は、実家へ戻って安静に過ごす。だが不意に飛行機が上空を通過する様子を見て、イカロスの物語を想起させられる。

誰かに狙れている強迫観念と、歯車の幻覚に消耗した主人公は、実家の二階で横になる。すると妻が慌てた様子で階段を上がってくる。夫が死ぬ予感を覚えたらしい。妻が去った後に主人公は、眠っている間に誰かに絞め殺されたいと願うのであった・・・

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個人的考察

個人的考察-(2)

自殺の直前に執筆された作品

芥川龍之介は1927年7月24日に服毒自殺によってこの世を去った。そして本作『歯車』は、同年の4月頃に執筆されたため、殆ど自殺直前の作品である。第1章以外は遺稿として死後に発表された。

同時期に執筆された『河童』『或阿呆の一生』『蜃気楼』などと同様に、本作は自殺直前の心境が反映された、私小説要素の強い作品となっている。その内容はかなり破滅的だ。物語らしい物語が排除され、ひたすら死を想起させる関連妄想や幻覚の描写が綴られている。

『羅生門』『鼻』など秀逸な短編で時代の寵児となった芥川が、なぜたった35年で自ら生涯に幕を閉じる羽目になったのか・・・。

本記事では、作中で触れられる下記トピックに注目し、当時の芥川の苦悩を考察する。

・姉の夫の自殺(レインコートの幽霊)
・女性問題
・執筆の苦悩
・精神病の母親
・キリスト教
・飛行機(人工物の翼)
・歯車の正体

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姉の夫の自殺(レインコートの幽霊)

タクシーの中で聞いた怪談「レインコートの幽霊」は、その後主人公の関連妄想に発展する。駅のホームやホテルのロビーなど、あらゆる場所でレインコートを着た人間を目撃するのだ。最終的には、姉の夫がレインコート姿で自殺した知らせが届く。

これは実際に芥川の身に置きた事件である。

事の発端は芥川の姉が嫁いだ西川家で発生した火事だ。家に保険金がかけられていたため、姉の夫が自ら放火したのではないかと疑われた。放火と保険金詐欺の容疑をかけられた姉の夫は、線路に身を投げ鉄道自殺を決行した。

この事件は決して芥川と無関係ではなかった。姉の夫が残した借金や、遺族の経済援助を、芥川が担う必要を迫られたのだ。売れっ子作家とはいえ、当時は他の職業と掛け持ちでなんとか生活できるのが小説家の現実だった。実際に芥川は教師の仕事の傍らで執筆を行なっていた。その経済的なプレッシャーは、少なからず芥川の精神的負担になっていたと考えられる。

このような悲劇から、『歯車』の主人公(芥川)は、レインコートのみならず、あらゆる事物から死を連想するようになる。

例えば、姉夫婦の家が火事になる前から、主人公は帰京の道中で頻繁に火事を目撃していたことを思い出す。他にも、突然かかって来た電話の向こうから「Mole(モグラ)」という言葉が聞こえ、それが「la mort(死)」という言葉を連想させる。

これらの関連妄想によって、主人公は自分に死が迫っていると感じる。姉の夫は自殺の直前に幽霊を目撃したらしく、まさにレインコートの幽霊を目撃した主人公は、次は自分の番だと考えずにはいられなかったのだろう。

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芥川が苦しめられた女性問題

作中では、主人公が女性に対して恐れを感じている描写がいくつか綴られる。

ホテルの部屋で、彫刻家の知人と談笑する場面がある。その知人は絶えず女性の話を口にしていた。すると不意に主人公は、「僕は罪を犯した為に地獄に堕ちた一人に違いなかった」と意味深長な考えを抱く。それ以降、知人が自分の秘密を詮索しているとしか思えなくなる。

他にも、バーでウィスキーを飲もうと思い立った場面では、店内に一人の女性を発見し、引き返してわざわざ別のバーに赴く。

なぜ彼は女性を避けていたのか。あるいは彼が詮索されたくない秘密とは?

実は当時の芥川は、文豪にはありがちだが、女性問題に悩まされていた。とりわけ「しげ子」という不倫相手が芥川を酷く苦しめていた。しげ子は他の作品でも「気狂いの女」という名称で度々登場する。しげ子は、現在で言うメンヘラだったのだろうか、「あなたの子供ができた」と言って妻子持ちの芥川をしつこく追いかけ回していた。

自業自得と言えばそうなのだが、当時は姦通罪なる法律が存在したため、世間にバレれば死活問題だった。実際に北原白秋が姦通罪で告訴されバッシングを受けていたこともあり、芥川はしげ子の脅迫をかなり怯えていたようだ。危機的状況に陥った芥川は、なんと一時的に中国へ逃亡して身を隠していた。

これらの経緯から、『歯車』の主人公は、女性の話ばかりする知人が自分を詮索していると感じたのだろう。あるいは、バーの店内に女性を発見し引き返したのは、その女性に「しげ子」の面影を見出したからかも知れない。

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長編小説に対する執筆の苦悩

時代の寵児である芥川が、執筆に苦悩していた事実を知らない人も多いだろう。

『鼻』という短編作品を夏目漱石に評価されたことで、芥川は一気に文壇の地位を獲得した。その後も秀逸な短編を発表し続けるが、同時に芥川は長編小説が書けない苦悩を抱えていた。一度は『偸盗』という作品で長編に取り組むが、結果的に自ら駄作と認め、生前は作品集に収録されることがなかった。

『歯車』の作中では、往来でファンに声をかけられる場面がある。だがファンに「先生」と呼ばれ、主人公は嘲笑されていると感じていた。あるいはバーに居合わせた客がフランス語で「大変悪い、悪魔は死んだ」と話すのを聞き、主人公は自分の噂をしているのだと感じる。

これらは、長編小説を書けない葛藤を抱えた芥川が、いつ世間にこき下ろされるか怯える心境を描いているのだろう。

また作中では、主人公が「寿陵余子じゅりょうよし」という言葉を自身になぞらえる場面がある。「寿陵余子」とは、中国の田舎の若者が、都会に行って洗練された歩き方を取得しようとしたが、結果的に身に付けることが出来ず、それどころか元の歩き方すら忘れてしまう、という説話に由来する言葉である。

長編小説に敗北し、それどころか優れた短編小説さえ書けなくなったと、芥川は自身の技量に思い詰めていたのかもしれない。

だが結局は、芥川は過剰評価に苦しめられていたのだと考えられる。夏目漱石に見出され一気に時代の寵児になった彼は、あまりに世間に囃し立てられたせいで、益々執筆のプレッシャーに苦しめられたのではないだろうか。

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精神病の母親

芥川の精神を蝕んでいた1番のトラウマは、精神病の母親の存在だと考えられる。

芥川が物心ついた頃には、母親は精神に異常を来していた。原因は不明だが、長女が7歳で死んだことや、夫が不倫相手と子供を作ったことなどが挙げられがちだ。そして芥川が11歳の頃に母親は亡くなっている。

『歯車』の主人公も、なぜ自分の母親は気が狂ったのかと苦悩している。あるいはカフェで親しげに話す親子の姿を見て、「親和力」というものを感じる。この親和力とは、伝染や遺伝といった概念と結びついている。例えば、目が充血した友人と話していると、主人公も充血してしまう現象について、「親和力」という言葉が用いられていた。つまり、芥川はいずれ自分も母親のように気が狂うという強迫観念に苦しめられていたのだろう。

それと言うのも、当時は優勢学の思想が強く、精神病は遺伝すると考えられていた。「精神病院に入院するのは死を意味する」と主人公は考えていたが、それはつまり精神病になって死んだ母の轍を自分も追っている恐怖心の仕業だったのだろう。

キリストにさえ救われなかった

「しかし光のないやみもあるでしょう」

『歯車/芥川龍之介』

これは、知人の神父が口にした慰みに対して、主人公が返した台詞である。言い換えれば、彼はキリストの救いさえ届かぬ、暗闇の中を彷徨っていたのだ。

実際に晩年の芥川は、キリスト教に救済を求めたが、その思想を理解することができず苦しんでいた。自殺の直前には「西方の人」「続西方の人」という、キリスト教に対する疑念を綴った文章を残している。そして芥川が服毒自殺をした枕元には聖書が置かれていたようだ。

なぜ芥川はキリスト教を解することができなかったのか。

『歯車』の主人公は、自分のあらゆる苦悩を神父に告白したいと思っていた。これはキリスト教の文化である「告解」に由来する。自分の罪を告白することで赦されようとする宗教儀式だ。ところが主人公は、どうしても自分の罪や苦悩を告白することができなかった。なぜなら自分の告白が人づてに妻子に伝わることを懸念していたからだ。精神異常と見なされ病院に入れられることを恐れていたのだ。

これはある意味、世間体や社会の目が厳しい日本では、告白の形式を持つキリスト教が受け入れられにくい問題を呈しているように見える。

そんなキリスト教に疑心暗鬼な主人公は、あらゆる文学作品にキリストの存在を見つけて苦しむことになる。例えばドストエフスキーの『罪と罰』は、殺人の罪を犯した主人公が、キリスト教の信仰に救いを見出し、自分の罪を告白するという物語だ。だが「告白」に恐怖を抱く主人公には、どうしても納得できなかった。

また作中では「人口の翼」が重要なキーワードを成している。それは蝋で固めた人口の翼で空を飛ぶイカロスが、太陽に近づきすぎたせいで、蝋が溶け落下死するギリシャ神話から連想されたものだ。この神話はテクノロジー批判や、人間の傲慢さが自らの破滅を招く戒めを訴えている。

主人公の場合は、宗教を解せないために、太陽(神)に到達できず墜落する、自らの運命と重ねていたのかも知れない。

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歯車の正体とは

主人公は、視界に半透明の歯車が浮かび上がり、頭痛が起こる現象に苦しめられていた。

実はこの不可思議な症状は、実際に芥川が悩まされていた病気だった。中枢性光視症と呼ばれる病気で、脳の血管異常によって、視界に幾何学模様が映り、偏頭痛を招くみたいだ。

この症状をあえてタイトルに用いたのには、やはりそれなりの文学的なコンテキストが秘められているからだろう。

前述した通り、芥川はあらゆる苦悩を抱えていた。経済的負担、執筆の葛藤、女性問題、精神病の母親・・・それらに追い詰められた芥川は歯車のように苦悩のサイクルに取り込まれ、そこから身動きが取れなくなっていたのだろう。あるいはそこから逃げ出そうとすれば、歯車のピースが欠けて、妻子や遺族や読者を裏切ることになる。

だから主人公は最後に、眠っている間に誰かに絞め殺されたいと願ったのではないだろうか。自ら歯車のピースを欠けさせることに罪悪感を抱えているため、いっそ自分の気づかないうちに他者に殺されたいと願ったのかも知れない。

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