中村文則『遮光』あらすじ考察 虚言癖の青年の心のうち

遮光 散文のわだち
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中村文則の『遮光』は、野間文芸新人賞を受賞した2作目の小説です。

自身の文学の中核をなす作品のようで、作者の思い入れが深いようです。

ピースの又吉さんが推薦している作品としても有名です。

『遮光』作品概要

作者中村文則
発表時期2004年(平成16年)
ジャンル中編小説
テーマ虚言癖
自己消滅
不条理への抵抗
受賞第26回野間文芸新人賞

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『遮光』あらすじ

あらすじ

虚言癖の主人公は、黒いビニールに包んだ瓶を大切に持ち歩いています。瓶の中には恋人・美紀の小指がホルマリン漬けになっています。

デリバリーの風俗嬢だった美紀は、訪ねる部屋を間違えたことで主人公と出会います。それを機に二人は交際に発展しました。ところが美紀は旅行の最中に交通事故で死にます。霊安室で死体を見た主人公は、彼女に対する激しい渇望から、小指を持ち帰って瓶の中で保管することになりました。

友人たちには、美紀はアメリカ留学をしていると嘘をついています。それはまるで彼女の死を受け入れられない自分に対する虚言・妄想でした。ところが先輩に虚言癖の特徴を見抜かれたあたりから主人公の精神は壊れ始め、行きずりの女に手を出したり、友人に悪態を吐くようになります。

その果てに親しい女友達の家に押しかけ、セックスをしようとしますが、吐き気に襲われ踏みとどまります。そして自分は小指が欲しかったのではなく美紀そのものが欲しかったのだと気づき、とうとう彼女が死んだことを女友達に打ち明けます。そのタイミングで女友達の彼氏が家にやって来て、いざこざになるのですが、主人公はなぜかその男が美紀を殺したような錯覚に陥り、花瓶で男を殴りつけ、何度も何度も蹴り続けました。男を殺した理由を考えなければいけない主人公は、頭上の蛍光灯の光が鬱陶しく感じ、電気を消します。その暗闇の中で、主人公は今こそ美紀と一体になれる気がしたのでした。

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『遮光』個人的考察

個人的考察

虚言癖の原因は?

本作は「虚言癖」の青年の心のうちを描いた作品です。

メーターの問題で乗車を拒むタクシーの運転手に、「子供が生まれそう」と嘘をつく場面に始まる主人公の虚言癖。便利のための些細な嘘かと思いきや、それは病的な癖でした。

何かを演じてみたかったような、そんな気分だった。(中略)これは私の、以前からの癖というか、病気のようなものだった。本心がどうであったとしても、時折、殆ど発作的に何かの振りをしたくなることがあった。

『遮光/中村文則』

この言葉通り、主人公は本心にもない台詞や、不可解な行動が目立ちます。周囲の人間は彼に違和感を抱いており、とりわけシンジさんだけが敏感に察知していました。主人公の言葉は中身が空っぽで、本人と話している感じがしない。他人に怒るときもまるで「怒る演技」をしているみたいだ、というのです。

シンジさんの考察通り、主人公は別の何者かを演じる癖として虚言を口にするのでした。

主人公の虚言癖の最もたるは、事故で死んだ美紀を生きているように友人たちに話す点でしょう。まるで周囲に吹聴することで、美紀が死んだ事実に抗っているようです。

一般的な虚言は、虚栄心や劣等感が関係していると言われていますが、ひどい場合は、統合失調症のように、妄想と現実の区別が困難になるようです。

主人公の場合は自分の嘘を理解しているため、統合失調症とまでは言えませんが、妄想を信じようとする側面があります。美紀の死を受け入れられず、虚言を口にすることで現実逃避を図り、自己防衛に努めているようです。

そもそも主人公が虚言癖になった原因は、里親にありました。孤児の主人公に対して里親は、「不幸を乗り越えたふり」をすることの大切さを説きました。自己暗示による克服です。その手の演技を覚えた主人公は、確かに次の里親には気に入られます。「演じる行為」は確実に主人公の人生に良い効果をもたらしました。

ところが美紀の死が原因で、「克服のための虚言」は「現実逃避のための虚言」になってしまいます。

その結果、恋人の死を克服することはなく、完全に光が閉ざされた「遮光」の世界に自分を追いやることになったのでしょう。




文学の系譜としての「瓶」

物語では「瓶」という外部の物質が重要な役割を担っています。

「何かを持ち歩く」という構造は前作の『銃』にも共通しています。外部の物質が主人公に感情的な影響をもたらしているのです。

作者は、この「持ち歩く」行為は自分の内面に起因すると述べています。小さい頃から自己の内面に「陰鬱なものを持ち歩いている感覚」があり、それが作品の中で「銃」や「小指の入った瓶」に具現化されているようです。

また、外部のものが主人公に影響を与える構造は、文学におけるひとつの系譜だ、と作者は話していました。

例えば、太宰治の『トカトントン』という作品では、「トカトントン」という音を聞くと主人公が無気力になる、という構造で描かれています。あるいは三島由紀夫の『金閣寺』では、主人公に何かが起きたときに金閣寺が浮かぶ、という構造で描かれています。それら伝統的技法を本作『遮光』にも取り入れ、「瓶」の存在が主人公の心情に良くも悪くも影響を与えるという構造にしたようです。

「瓶」が象徴するものとは?

主人公が常に持ち歩いていた「瓶」は、手に触れることで気持ちを安定させたり高揚させる効果がありました。

果たして「瓶」は主人公にとって何を象徴しているのか?

おそらく死に対する抵抗を象徴しています。

彼は幼少の頃に親の死を経験しています。そのときには親の髪や爪を箱の中に保管して持ち歩いていました。しかし里親と出会ったことで、この保管癖を克服できたように見えました。里親が髪や爪を処分し、前述した自己暗示による克服を説いたからです。

ところが美紀の死によって、再び保管癖が発症します。死体から小指を切り取り瓶に保管することで、美紀が死んだ現実から目を背けようとしたのです。死者の一部を所有することで、存在が消滅することに抵抗していたのでしょう。

もし仮に、かつての里親のような存在と巡り合えれば、両親が死んだ時のように、主人公は自己暗示による克服を実践したかもしれません。ともすれば、救いようのない結末に至ったのは、主人公を光のさす方へ導く存在が圧倒的に欠落していたからではないでしょうか。

ちなみ1作目の『銃』2作目の『遮光』は、同様に悲劇的な結末です。しかし芥川賞を受賞した3作目『土の中の子供』からは、徐々に克服の要素を取り入れた作風に変化していきます。そちらもぜひ読んでみてください。

なぜ主人公は男を殺したのか

郁美の彼氏を花瓶で殴り殺した主人公。「こいつが美紀を殺したのだ」という虚偽を思い浮かべていました。しかし実際は全くもって無関係な人間を殺めてしまったのです。

私は、これから考えなければならなかった。この男を殺した理由を、私は今から、考えなければならなかった。

『遮光/中村文則』

なぜ郁美の彼氏を殺したのか、主人公には明確な理由が存在しませんでした。

これは一体どういう言動なのでしょうか?

主人公は他人に絡まれたりすると、突然暴力を振るうことがありました。その様子を客観的に見るシンジさんは、まるで怒っている演技で暴力を振るい、何度も蹴るうちに本当に怒り出すような感じだったと説明していました。

つまり、感情よりも行為が先行しており、行為後に自分の中で動機の理由づけをしているようなのです。

一般的:怒りという感情→暴力という行為
主人公:暴力という行為→怒りという感情

ともすれば、主人公が郁美の彼氏を殺したことに理由などなかったということです。

ただし個人的には、主人公の殺人はある種の破滅願望の結果だと考えています。

主人公の虚言癖による言動は度を越していました。喫茶店で近くの客の鞄に火のついた煙草を投げ入れたり、喧嘩で相手を殺しかけたり。自らを社会的に破滅しかねない行為を平然と実行していたのです

では、なぜ自分を破滅に追い込む行為を実行していたのか。

そもそも虚言癖自体が現実逃避の表れでした。別存在を演じることで自己を消滅させる効果があったように思います。そういった破滅願望の最終形態には自殺か他殺があり、主人公は偶然他殺を選んでしまったのかもしれません。

前作『銃』でも、孤児という過去に引きずられた主人公は、他人を射殺することで陰鬱とした自己からの解放を試みようとしました。『遮光』の主人公も同様に、「身近な人間が死ぬ」という不条理な絶望から、他者を殺めることで解放されようとしたのではないでしょうか。




なぜ美紀と一体化できたのか?

郁美の彼氏を殺した主人公は、電気を消した暗闇の中で、初めて美紀と一体化できたような気分になりました。いかにして主人公はそういった充足的な心情に至ったのでしょうか。

作者の中村文則は、「男を殺さなければ瓶と共にいる世界に行くことができなかった」と述べています。抽象的なので、その真意を理解するには独自の解釈が必要になるでしょう。

個人的には、やはり「遮光」というタイトルにその真実が込められているのではないかと考えています。

主人公は瓶を黒いビニールで包んでいました。瓶の中を遮光状態にしていたのです。その中には美紀の死に抗う虚言的な空間が存在するわけです。ところが主人公はあくまでその瓶の所有者で、瓶の内側に存在するわけではありません。主人公と美紀は黒いビニールで隔てられているのです。

ともすれば主人公は光の差し込む現実世界を生きているわけであり、現実を生きる限り美紀の死を克服する可能性が残っています。それが友人か里親か分かりませんが、他者との関わりによって克服する未来が存在したのです。

ところが主人公は他人を殺めました。その時点で彼は社会から断絶され、彼を光のさす方へ導く存在は断たれてしまったのです。

つまり、彼は暗闇の中に自ら足を踏み込んだのです。そしてその暗闇とは、瓶の中の暗闇と共通する空間です。主人公は自らに差し込む全ての光を遮断することによって、初めて瓶の中に入ることが叶ったのではないでしょうか。

こういった意味で、主人公にとって瓶と共にいる世界に行くためには、男を殺して自らを社会的に破滅させることが不可欠だったのかもしれません。

完全な暗闇を主人公は選び、美紀の死を克服しないことで、虚言の世界に身を据えたのでしょう。彼にとってはもはや虚言こそが現実になりつつあったのです。妄想と現実の区別が困難になる統合失調症のレベルまで、主人公の虚言癖が進行したのかもしれません。

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