芥川龍之介『偸盗』あらすじ考察 作者も認める1番の駄作 

偸盗 散文のわだち
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芥川龍之介の小説『偸盗』は、作者本人が「一番の駄作」だと認めた作品です。

とは言え、私が『偸盗』を読んだ限り、あえて駄作と非難するほど酷い作品ではないように感じられました。むしろ素直に面白いと思います。

そのため、今回は「どこが駄作だったのか?」という視点で考察していきます。

『偸盗』の作品概要

作者芥川龍之介
発表時期1917年(大正6年)
ジャンル中長編小説
テーマ兄弟愛、メロドラマ

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『偸盗』の簡単なあらすじ

兄弟である太郎と次郎は、沙金という美しい娘率いる盗賊集団に属しています。沙金は淫乱なため、兄弟の両方と関係を持っています。故に兄弟の間には軋轢が生じています。

太郎は他の男は許せても、次郎に沙金を奪われるのは苦痛でした。なぜなら、太郎にとって沙金を失うことは、同時に弟を失うことでもあるからです。実際に沙金の気持ちは次郎に傾き始めています。次郎にしても、自分が沙金と恋仲になったせいで、兄との関係が悪くなったことに罪悪感を抱いています。

沙金は、盗みに入る家に事前に情報を漏らして太郎を意図的に死に追いやる作戦を次郎に持ち掛けます。当然次郎は葛藤しましたが、恋敵の件もあり、複雑な心境の中、沙金の悪巧みに加担してしまうのでした。

例の作戦の日、 太郎だけではなく次郎も危機的状況に直面します。途端に次郎は、沙金は兄のみならず自分のことも殺そうと企んでいるのではないかという疑惑を覚えます。次郎は「自分は犬に噛み殺されても仕方ない」と兄を思いながら涙を流すのでした。

生き延びていた太郎は、瀕死状態の次郎と遭遇しますが、一度は弟を見捨てます。ところが、彼の中で肉親としての「弟」の存在が溢れ出し、太郎は弟を馬の上に乗せ強く抱き合うのでした。

翌日、兄弟によって殺された沙金の死体が発見されます。

それから10年。ある貴人に仕える侍の中に兄弟がいましたが、それが太郎と次郎かは知る由もありません。




『偸盗』の個人的考察

個人的考察

長編小説に対する芥川の葛藤

「今昔物語」から題材を得て執筆された本作は、芥川にしてはページ数の多い作品です。

ところが、作者曰く駄作のようです。

そもそも、芥川龍之介は長編小説をほとんど世に残していません。

『羅生門』『鼻』『蜘蛛の糸』など、誰もが知る名作を思い返すと、確かにいずれも短い物語ですよね。

今回紹介する『偸盗』の文量でさえ珍しいくらいなのです。 それと言うのも、芥川は長編の執筆に葛藤していたことで有名です。少なからず自殺の原因にもなっていると言われています。

本作『偸盗』を支離滅裂だと自嘲するように、文量が増えれば物語に一貫性が失われてしまうことに芥川は苦心していたようです。

では、本作のどこが支離滅裂なのか、順を追って説明していきます。

駄作の理由① 時系列がややこしい

1人の女を2人の男が奪い合うメロドラマ的な要素がありましたね。最終的には悪女の企みに目を覚まし、太郎と次郎が兄弟愛を取り戻す感動的な展開でした。

あるいは、『偸盗』の魅力は情景描写にあると言っても過言ではありません。荒廃した京都の街の中に、蛇や人の死骸を生々しく描くことで、終始不快感が立ち込めています。それらの描写が、兄弟の蟠りに程よい緊迫感をもたらしており、読者としてはおどろおどろしい世界観に引き込まれます。

しかし、正直読みづらい小説ではあります。

本ブログに記したあらすじは、かなり時系列を調整して説明しています。

それと言うのも、各登場人物の心情が順番に組み合わさって描かれていくのですが、その順序があまり心地よくないです。微妙なところで太郎と次郎の視点が入れ替わったりして、物事の経緯を理解するのに時間がかかります。

例えば、彼らが盗人であることや、どのようにして沙金として出会ったのかが長らく綴られないので、序盤の太郎と老婆が話している内容がさっぱり分かりません。




駄作の理由② 登場人物の無駄遣い

時系列に加えて、登場人物の無駄遣い感も否めません。

兄弟が沙金を取り合ってギクシャクしていましたが、最後には兄弟愛を思い出し熱く抱擁します。その辺りはメロドラマからの少年ジャンプっぽくて素晴らしいと思います。

一方で、猪熊の爺や婆や阿漕など、他の登場人物に中途半端にスポットを当てて、結局彼らの心情がどうだったのかは蔑ろにしたまま終わらせた印象が強いです。それぞれが特徴的なキャラクターを持っているので、もう少し着地させる展開があったのではないのかと思わざるを得ませんね。阿漕が次郎を好きだった、阿漕の子供は爺の子供だった、婆は爺を本当に愛していた、こういう設定を無理やり詰め込んで上手く回収できていないのは事実です。そして肝心の沙金については何も語られません。

『羅生門』や『鼻』や『芋粥』などに通ずる、芥川龍之介特有の人間の根底にあるエゴイズムを期待して読むと、少し物足りないかもしれません。長編に対するコンプレックスを抱いていた彼の、挑戦的な一面として捉えれば、駄作すらも愛おしく感じられますが。

月9的メロドラマの走り!?

本作が駄作と言われながらも、今では作品集の巻頭を飾っているのは何故でしょうか。

それは現代のメロドラマの走りに違いないからです。いわゆる「全員が片思いをしていて、誰も救われない」という、もどかしい月9のそれです。

太郎は沙金に恋をしていましたが、沙金の気持ちが自分にないことに気付き、弟である次郎に奪われることを懸念していました。しかし、結局は次郎も沙金の罠にハメられていました。兄弟2人ともが片思いのまま、沙金に弄ばれていたのです。

あるいは、腹に子を宿した阿漕は次郎に恋をしていました。阿漕は腹の子を次郎の子供であると強く信じています。しかし、ラストでは次郎は阿漕を置いて去っていきます。10年経っても、噂ばかりの太郎らしき人物は目にしても、次郎とは再会できていないようです。阿漕の恋も叶わなかったわけです

さらには、猪熊の爺は若かりし頃の婆に恋をしていました。若い頃の婆の面影が、娘の沙金にそっくりなため、娘と肉体関係を持っていました。つまり、爺は存在しない過去の女に恋い焦がれており、彼の恋が叶うことはなかったのです。

最後に、猪熊の婆は本気で爺に恋をしているようでした。その証拠に、爺が敵の侍に囲まれた際に、婆は命を惜しまず助けに来ます。その結果婆は帰らぬ人となりました。死ぬ直前に彼女は爺の名を呼ぶのですが、既に逃げ出している爺にその声が届くことはありませんでした。爺は過去の婆を愛し、婆は今の爺を愛しているというすれ違いによっていずれの恋も報われなかったのです。




各人物のエゴイズムを考察

芥川龍之介が本作を「支離滅裂」と自嘲したのは、各人物の心情が曖昧にしか描かれていなかったからでしょう。だからこそ、あえて登場人物のエゴイズムに焦点を当てて考察してみようと思います。

まず兄弟についてですが、彼らには恋敵という葛藤がありました。兄の太郎は自分の恋心を成就させるために、弟の死を望んでいました。自分の手を下さずに殺すことができれば好都合だとさえ考えていたのです。一方で弟の次郎は、兄を殺すための沙金の企みに加担します。自分が直接的に殺さずとも、自然に死んでくれる作戦に惹かれたのでしょう。つまり、彼らは自分の恋を成就させたいというエゴに囚われ、兄弟の命すらも犠牲にしようと考えていたのです。しかし、最終的には兄弟愛によって、お互いエゴから回帰することが出来ました。

次に猪熊の爺についてですが、彼は娘の沙金のみならず、阿漕にまで手を出していました。作中で阿漕に中絶薬を飲ませようとする場面があります。そして、最後には阿漕から生まれた赤子を自分の子供であると告白します。欲望のままに阿漕を犯した結果妊娠してしまったので、証拠を隠滅するために中絶させようとしたのでしょう。しかし、生まれた子の姿を見た爺の表情には、喜びの感情が吹き出していました。つまり、子供の命すら容赦しないエゴに囚われた爺も、実際に生まれた子と接触することで人間らしさを取り戻したようです。「親子愛」によるエゴからの回帰が描かれています。

このように各人物の「エゴからの回帰」を読み取ることができます。

しかし前述した通り、沙金の心情だけが一切描かれていません。彼女が兄弟を陥れた理由や、両親すら犠牲にした理由、そこにはもちろん彼女のエゴがあったのでしょう。しかし、彼女だけはエゴから回帰することなく絶対的な悪のまま殺されてしまいます。家族に対する愛情を持たない故にエゴからの回帰を果たしません。唯一、虐められていた阿漕を沙金が助けたという人間らしいエピソードが描かれています。しかし、最後までその伏線が回収されることはありませんでした。

肉親の愛だけが人をエゴから解放する

「人間が犬に食い殺されるのを見るのは我慢できない」と次郎が主張する場面があります。それに対して猪熊の婆は「人間が人間を殺すのは平気なくせに」と非難します。

このセリフには本作の根底にある人間のエゴが集約されているように思われます。つまり、見知らぬ乞食が犬に食い殺される様子には胸が痛むくせに、恋敵として兄を殺すことには平気で加担する、人間の利己的な醜さです。道徳などは、人間のエゴの前では簡単に手放してしまえるということでしょう。

このように考察すれば、太郎が吐き捨てた「どうせみんな畜生だ」というセリフに深みが増すように感じられます。ただし、皆が畜生でありましたが、最終的には皆が家族愛によってエゴから回帰したのも事実です。(沙金を除いて)

人間はエゴの塊だ、しかし肉親の愛だけが人をエゴから解放する、そんなメッセージが本作には含まれているように感じました。




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