吉本ばななの小説『とかげ』は、7作目の中編小説です。
1993年に発表され、2006年に「ひとかげ」というタイトルでリメイクされ発表されました。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
さらに映画作品の鑑賞方法も紹介します!
作品概要
作者 | 吉本ばなな |
発表時期 | 1993年 2006年(ひとかげ) |
ジャンル | 中編小説 |
ページ数 | 126ページ |
テーマ | 幼少のトラウマ 辛い者同士の親和 |
300文字あらすじ
主人公が「とかげ」と出会ったのは、スポーツクラブでした。当初の変な女性という印象は興味に変わり、交際に発展します。
ある時、主人公がとかげにプロポーズすると、「自分には秘密がある」と言って、返事を有耶無耶にされます。彼女は幼少の頃、母がナイフで刺される事件を目撃したショックで、暫く視力が失われていたのです。それどころか、犯人の死を願い続けた結果、本当に犯人は自殺します。とかげは自分が殺したという強迫観念を抱えて生きてきました。
主人公にも、父の弟に母が強姦された時にできた子供だという暗い過去があります。苦しみを背負った2人は、一緒にいることによって、生きることに対する希望を見出そうとするのでした。
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あらすじを詳しく
①「とかげ」という女性
主人公は、交際する女性を心の中で「とかげ」と呼んでいます。
彼女の内腿にとかげのタトゥーが入っているからではありません。爬虫類のような冷酷な目、小さな冷たい生き物ような存在感が、「とかげ」という愛称を想起させたのです。
夜遅くに仕事から帰ってきたとかげは、主人公に顔を押し付けながら、突然妙な告白をします。彼女は幼少の頃、目が見えない時期があったと言うのです。家庭内で起きたある事件によるショックが原因だったようです。しかし、それがどんな事件だったのか彼女は詳細に語ろうとはしません。
胸に顔を押し付けたとかげを抱いたまま、主人公は衝動的にプロポーズします。すると、彼女は「秘密がある」と言って、プロポーズの返事を有耶無耶するのでした。
②とかげとの出会い
主人公がとかげと出会ったのは、スポーツクラブでした。彼女はエアロビクスのインストラクターをやっており、スタジオで講師をしている様子を主人公は何気なく見ていたのです。
当初は変な女という印象でしたが、なぜか日毎に彼女の様子を見るのが好きなっていきました。とかげに対して、欲情より少し手前の淡い恋心を抱き始めていたのです。
まるで中学生のようなときめきで、主人公はとかげを食事に誘います。食事の最中に、彼女からインストラクターを辞めるつもりだと聞かされます。彼女は鍼や灸や気功を学んで治療院を開くつもりなのです。体を動かし続けるよりも、体の中にあるものを外に出すことによって、自らを満たそうと考えた結果の人生選択なのでした。
帰り際、主人公はどうしてもとかげに触れたくなり、彼女の手を掴んで、また会って欲しいと伝えます。こうした歪な出会いによって、2人は交際に発展したのでした。
③とかげの治療院
半年間台湾に留学したとかげは、帰国後に小さな治療院を開きます。
歩けない状態の患者が松葉杖を置いて帰ったり、腹を抱えた患者が背筋を伸ばして帰ったり、目が見えない患者の視力が回復したり、ほとんど奇跡のような体験が彼女の手によって施されます。
しかし、主人公には彼女が日々命を削っているように感じられます。
主人公がとかげを心配して忠告したことが、言い合いに発展することもありました。彼女の一生懸命さが主人公には怖く感じられたのです。このままでは彼女は破滅的な運命へ行き着くような気がしていました。
他の健全な女性との結婚が自分に最善の策であることは理解しています。しかし、とかげと堕ちていく感覚に、主人公は安らぎを感じるのでした。
④とかげの秘密
とかげにプロポーズを有耶無耶にされてから数日後の夜に、彼女から連絡があり、8時に家に行くと伝えられます。しかし、8時半になっても彼女はやって来ません。
主人公はほとんど諦めていました。とかげのことだから、こういう音沙汰のない形で関係を終わらせることも予想できたからです。ところが11時を過ぎた頃に、彼女は突然やって来ます。
彼女はプロポーズのこと、言い合いになったこと、それらを相当悩んでいたようです。
そして、ようやく彼女は、自分の秘密について告白し始めます。
子供の頃に、近所の不審者が家に入って来て母親をナイフで刺した場面を、彼女は目撃したのでした。さいわい、母親は命に別状はなかったのですが、とかげはショックのため目が見えなくなってしまいます。
事件以来、母は気がおかしくなり、父は戸締りに神経質になり、とかげは目が見えなくなり、家族は崩壊寸前になります。
もう1つ、とかげには秘密がありました。母親を刺した犯人をとかげが死ぬように願い続けた結果、本当に犯人は死んでしまったと言うのです。
彼女はずっと自分が殺したという強迫観念を抱えて生きて来ました。今でも、死んだ犯人が夢に出て来て、「自分は母を殺していないのにお前は俺を殺した」と彼女に訴えるのでした。
⑤主人公の秘密
自分には人を殺す恐れがある、という強迫観念を抱えたとかげは、愛を育むことはできないと話します。つまり、控え目に結婚はできないと訴えているのです。
主人公は唐突に2人で出かけることを提案します。もう2人は終わるかもしれない、と主人公は空気で察知しています。
とかげの提案で、成田山の旅館に急遽宿泊することになりました。
目的地に向かう途中、今度は主人公が過去の秘密を告白します。主人公は、父親ではなく、父親の弟が母を強姦した時に出来た子供だったのです。数日後に父の弟は頭が可笑しくなり、灯油を被って自殺をしました。母親はショックで精神的に可笑しくなり自殺しました。(『ひとかげ』では精神薬の副作用で体調を崩して病気で死んだことになっている)
同じように暗い過去を背負った2人が引き付けられるのは必然的だったのです。
唐突に、とかげはある小説の夫婦を引き合いに出して、そういうのならいいかもしれない、と呟きます。主人公はプロポーズの返事なのだと理解し、胸が熱くなります。とかげにかかれば、主人公はいつも思春期の少年のようになってしまうのでした。
⑥成田山の旅館で
成田山の旅館で2人は寄り添っていました。
とかげは、自分たちのように生きていくだけで辛くて悲しい子供が少しでもいなくなればいいのに、と悲しい祈りを呟きました。
主人公は、明日の朝、成田山の街が人が溢れかえる様子を想像して、2人で楽しもうと決心します。その思いを明日とかげに伝えようと決めます。生きている限り、言えることも言えないことも、明日言うことができる、それが希望なのだと考えます。
とかげはほとんど眠りに落ちかけた状態で、「自分はきっと地獄に落ちるだろう」と呟きます。主人公は彼女を諭すような言葉を仕切にかけるのですが、とかげは「地獄の方が患者さんが多いからいいの」と言って眠ってしまいます。
主人公は2人の子供時代のために数分間泣きました。
そして物語は幕を閉じます。
個人的考察
とかげが抱える強迫観念
主人公のプロポーズに対して、とかげは過去の隠し事を引き合いに出して返事を有耶無耶にします。
彼女の隠し事は、子供の頃に経験した、母親が不審者に襲われた事件でした。その出来事がトラウマとなり、とかげは暫くの間視力を失います。ところが、とかげがプロポーズを有耶無耶にした理由は別にありました。母親を襲った犯人が死ぬように願い続けた結果、本当に死んでしまったという出来事です。彼女は自分が殺したという強迫観念を抱えて生きて来たのです。
とかげは他人の病気を治療する不思議な力を備えていると同時に、激しい憎悪によって他人を殺す力も持っているようなのです。いささかオカルト的で、事実なのかは分かりませんが、少なからず彼女自身は自分自身の恐ろしい力を自覚しています。
愛する人を呪い殺してしまう恐れがあるため、自分には愛を育むことはできない、と彼女は結婚を恐れていたのです。
とかげがほとんど人間と口を聞かないのは、そう言った自分の危険性を把握しているからでしょう。
あるいは、治療院を開いて患者をケアし続けるのは、一種の罪滅ぼしなのかもしれません。
とかげはエアロビクスの仕事を辞めて治療院を開く理由を、「自分を罰しながら人を助ける仕事をするため」と口にします。その言葉通り、彼女が患者を治療する様子は、まるで自らを犠牲にしているように見えました。「人を殺した」という罪の意識が彼女の背後に迫り、ほとんど破滅願望に近い形で他人の治療に固執し、報われようとしていたのかもしれません。
不幸な者同士の親和
とかげのみならず、主人公も過去のトラウマを抱えていました。
ふたりが惹かれ合うのは当然だと、主人はとかげの秘密を知った際に納得します。あるいは、主人公は自閉症児専門のクリニックに勤めています。
要するに、過去のトラウマを背負った人間は、同じような人間と親和を抱き、自分のような不幸な人間を救いたいと思うのでしょう。
主人公は他の健康的な女性との結婚を想像し、その素晴らしさに思いを馳せるのですが、やはりとかげの存在を求めてしまいます。
冒頭には、「とかげの瞳は自分の慈しみを反射させる」と綴られています。同じ傷を背負った人間だからこそ、自分の存在を他人と重ね合わすことができ、傷つけないように気遣えるということなのでしょう。それは決して、相手を直接救いたいという征服心ではなく、無口な慈しみ、無干渉の慈しみだって存在する、ということだと思います。
健康的な女性なら涙を流して手を握ってくれる場面でも、とかげは決してそんな俗っぽい行為はしません。しかし彼女からは敬意のようなものが感じられます。知らん振りしていてもずっと側にいてくれる、そんな形の慈しみがある、同じように傷を背負った人間同士だからこそ、お互いに与え合える無口な愛情があるのでしょう。
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