川上未映子の小説『黄色い家』あらすじ解説|人はなぜ金に狂うのか

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黄色い家 散文のわだち

川上未映子の長編『黄色い家』は、著者10作目のノワール小説である。

金に狂い、犯罪に手を染める、孤独な少女の凄まじい葛藤が描かれる。

刊行前から話題になり、「読書メーター」読みたい本ランキング1位、海外からの翻訳も殺到した。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。

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作品概要

作者川上未映子
発表時期  2023年(令和5年)  
ジャンル長編小説
ノワール小説
ページ数608ページ
テーマなぜ人は金に狂うのか
理想の居場所を求めて

あらすじ

あらすじ

惣菜屋に勤める花は、ある日ネット記事で黄美子さんの名前を発見する。60歳になった黄美子さんは、若い女性を監禁し傷害を負わせた罪に問われていた。その記事をきっかけに、花は20年前の記憶を思い出す・・・

父は不在、母はスナック勤め、孤独な家庭で育った花は、17歳の夏、母の元恋人に大金を盗まれた怒りと悲しみから、実家を出て黄美子さんとスナック「れもん」を経営する。黄美子さんは母の知人で、母が不在のある時期に一緒に暮らした40代の女性だった。

黄美子さんの旧友で、裏の筋の韓国人・映水よんすさんや、銀座のクラブで働く琴美さんの手助けもあり、「れもん」の経営は順調だった。さらには花と同世代で、彼氏に暴力を振るわれる蘭、毒親に苦しむ桃子も従業員になり、4人での共同生活が始まる。

共同生活と「れもん」の経営は、青春とも呼べる日々で、孤独な花にとっては初めての居場所でもあった。その一方で同じ水商売の世界の人間と出会い、人生の不安について強く意識するようになる。
そんな矢先に「れもん」が思わぬトラブルに巻き込まれ営業停止になる。必死に働いても金は無情に奪われる。全ての責任を1人で抱え込み、病的に金に取り憑かれた花は、やがて偽造カードで他人の金を盗むシノギに手を染める・・・

なぜ人は金に狂い、犯罪に手を染めるのか。人生とは、金とは、一体なんなのか?

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ネタバレ考察

個人的考察-(2)

今世紀最大のクライム・サスペンス

2020年に『夏物語』が米TIME誌ベスト10に選出され、次いで2022年に『ヘブン』がブッカー国際賞の最終候補に残り、世界中で期待が高まる中、満を持して発表されたのが、本作『黄色い家』である。

読売新聞の連載時点で話題になり、単行本発売前から「読書メーター」読みたい本ランキング1位、さらに世界中から翻訳依頼が殺到した。

そんな本作『黄色い家』は、金に狂い、犯罪に手を染める少女の、凄まじい人生を描いた、クライム・サスペンス、ノワール小説である。

孤独な家庭で育った花は、17歳で実家を出て、黄美子さんとスナック「れもん」を経営し、蘭や桃子を含む4人での共同生活を始める。彼女のラッキーカラーは黄色。幸運と金運をもたらす色。そして危険信号の色、狂気の色。「まともな人生」の入場券を持たぬ花は、数多の災難と人生の不安から金に狂い、犯罪に手を出す。その先には仲間との軋轢や、大切な人間の死など、壮絶な悲劇が待ち受けていた・・・

なぜ人生とはこんなにも不安と苦悩に満ちているのか。金がなければ生きていけないが、どうして金はここまで人を狂わせてしまうのか。

本記事では、花は一体何から逃れ、何を追い求め、そしてどうして金に狂ってしまったのか、詳しく考察していく。

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理想の「家」を追い求めて

まず初めに花の生い立ちについて。

花の実家は古くて小さな文化住宅で、同級生と比較すると異常な環境だった。貧しさという点でもそうだが、それ以上に生活が荒んでいた。父は不在で、母は夜にスナックで働き、店のホステスや見知らぬ大人が家に出入りする。同級生の親は花の家庭環境を良く思わず、「ちゃんとした家じゃないから行ったらダメ」と子供に禁止していた。

「もっと『普通の家』に住めばいいのに」花はそう考えていた。しかし水商売という職業柄、眠るとき以外は居座らず、服や酒や男に散財する母は、「家」に対する執着が殆どなかった。

同級生に疎外感を抱き、夜に働く母とはすれ違いの日々。そして、いざ母と二人きりになれば緊張してしまう。孤独な少女、花。

そんな花にとって、ある日実家に現れた黄美子さんは、初めて知る「家」の温もりだったのだろう。目覚めて黄美子さんが隣にいると安心する。夏休みが終われば突然姿を消したが、冷蔵庫にはたくさんの食材を補充してくれていた。(冷蔵庫の中には「黄色い光」が灯っていた)自分を優しく受け入れてくれる存在を知ったからこそ、別れは悲しかった。

高校生になるとアルバイトに励み、卒業すれば実家を出ようと計画した。「家」の温もりを知った花は、孤独な実家を出て、居場所(黄色い光)を求めずにはいられなかったのだろう。それは黄美子さんの渇望であり、実際に2年ぶりに再会を果たし、一緒に住むようになる。

「家」に執着しない母に対して、花は「家」に強く執着した。黄美子さん、蘭、桃子との共同生活。それは彼女が初めて手に入れた「理想の家」だったのだろう。その居場所をいつまでも維持し、守り抜くことが、花にとっての(強迫観念とも言える)絶対的な使命になった。

この時点で、花と他の人間の間には大きな乖離が生まれている。花にとって共同の家を失うことは、元の孤独な人生への回帰を意味する。だからスナック「れもん」が火災で営業停止なると、誰よりも生計の問題を真剣に考え、全ての責任を1人で背負おうとした。一方で黄美子さんや、蘭や、桃子は、花ほど共同の家に執着していないように見える。彼女たちは共同の家を、絶対的な居場所というより、人生のある時期の居場所くらいにしか考えていなかったのかも知れない。この「家」に対する執着度合いの乖離が、花と仲間達の齟齬を生み出す。

そう、花は「理想の家」を守るために、カードの出し子という犯罪に手を染め、異常に金に執着するようになる。その時点で幸運の色を意味する「黄色い家」は、危険信号の色を意味する「黄色い家」に変わってしまったのだ・・・

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人はなぜ金に狂うのか?

花にとって「金」は、居場所を維持するために不可欠な、絶対的な価値を意味した。その一方で、「金」が無情に損なわれることを、誰よりも痛感していた。

高校を卒業したら実家を出るために、花は生活の大半をアルバイトに費やし、一年半かけて72万円ほど貯金した。その金を母の元恋人のトロスケに盗まれてしまう。それは花にとって、金の儚さを痛感させられ、同時に異常な執着を芽生えさせる、ある種のトラウマ体験となった。

さらには実家を出て、スナック「れもん」が軌道に乗ってからも、「金」は無情にも花の元を離れていく。母が悪徳ビジネスに騙され、巨額の借金を背負い、その肩代わりをしたのだ。

こんな風に金の儚さを痛感する花にとって、「れもん」と同じビルで定食屋を営む、エンさんの言葉は、強力な印象をもたらした。

水商売ってのは惨めだね。若いときはいいよ。でも生きてたらみんな年とるからね。

『黄色い家/川上未映子』

年金も貯金も家族もなく体を壊したら終わり。だから若いうちに金を貯めておく必要がある。そう話すエンさんの酷くくたびれた姿は、花に金や将来に対する不安を植え付けた。

エンさんの言葉に衝撃を受けた花は、長い人生を生き抜くため、自分の居場所である「理想の家」をずっと維持するために、もっともっともっと金が必要なのだと、自分で自分を脅迫するようになる。その強迫観念が、花を犯罪の道へと押し出したのだろう。

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心の親友から共犯者へ

ヴィヴィさんという裏の筋の女性を通じて、花はカードの出し子(偽造カードを使って金持ちの口座から金を引き出す犯罪)に手を出す。

スナック「れもん」を再開する資金が必要だったから。しかしそれは建前に過ぎなかったように思う。本当に花が守りたかったのは、自分の居場所「理想の家」であり、黄美子さんや、蘭や、桃子との共同生活だ。

そう、花にとっては、彼女たちを失うことは、自分の居場所を失うことと同義だった。その欲求が複雑にねじれ、彼女たちを束縛する結果になった。みんなのために自分は危ない橋を渡っているのに、彼女たちは金や将来に対して鈍感で、呑気に過ごしている。そんな暗い感情が生まれてしまう。

善意とは時に醜いものである。他人のための行動の背後には、自分の利が潜んでいる。だから押し付けがましくなる。そして他人が思い通りにならなくなれば、暗い感情が芽生え、攻撃的になる。

そう、花は無意識的にみんなを支配するようになるのだ。初めはみんな花に感謝し、従事していた。だがやがて彼女たちは鬱憤を抑えられなくなる。

あんた(花)はひとりで、なんにもなくて、だから人を金で支配してまわりに置いとこうとしてんだよ、いいかげん、自分のやばさに気づいたほうがいいよ

『黄色い家/川上未映子』

この桃子の言葉は、ある面では花の真意を突いている。

花は本心では彼女たちを支配したいとは思っていないだろう。ただ理想の居場所である彼女たちを失いたくないのだ。そのためには金が必要である。本来10代そこらの人間関係に、金は殆ど重要ではない。しかし彼女たちは早熟にも社会生活者である。四人の関係を維持するには、どうしても金が不可欠なのだ。その複雑な状況が、花を金に狂わせた。友情がエゴに変わり、彼女たちをシノギの共犯者に抑え込んで離れないようにし、支配してしまう。

タイトルの『黄色い家』には、『SISTERS IN YELLOW』という英訳がつけられている。「SISTER」には、姉妹・女の親友という意味がある一方で、同志・会員という意味もある。心の親友であったはずの彼女たちは、いつしか組織の会員のように、官僚的な支配の元で繋がる荒んだ関係になってしまったのだろう。

この時点で花が望んだ「理想の家」は崩壊している。しかし花はそのことには気づかず、自分の居場所を失う不安と恐怖から、彼女たちをエゴで支配し続ける。

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琴美さんの死が与えたもの

琴美さんの死、それは共同生活の終わりを意味していた。

琴美さんは黄美子さんの古い友人で、銀座のクラブで働く、美しい女性である。若い頃は客の受け持ち次第で給料が変わるやり手のホステスだったが、その過酷な競争に疲れ、今は最も位の低い、時給で働くヘルプに落ち着いている。黄美子さんとよしみなので、スナック「れもん」には、大体月に1度クラブのホステスを連れて来て、売上に大きく貢献していた。

一見華やかに見える琴美さんだが、しかし彼女も水商売の世界を生きる人間、本来の生活はかなり荒んでいた。決して裕福なわけではなく、ヤクザの男と交際し、酷い暴力を受けていた。そんな琴美さんのことを最も気にかけていたのは、実は花だった。

ヴィヴィさんのシノギに琴美さんも参加することになり、久しぶりに再会した彼女は酷く見窄らしい姿になっていた。その矢先に彼女は、交際するヤクザの覚醒剤のトラブルに巻き込まれ死んでしまう。

琴美さんのことを思うと、誰を思うのとも違う不思議な気持ちになった。それは最初からそうだった。最初から悲しくて、最初から切なくて、淋しそうで、会わなくても大切に感じる人だった。なぜなのかはわからない。わたしは琴美さんにしあわせでいてほしかった。

『黄色い家/川上未映子』

琴美さんが死んで以来、花は精神的に壊れてしまう。その背景には、自分のせいで彼女が死んだ、という罪の意識が実はあったのだが、それ以上に花は、琴美さんに対してある種、人生の希望を託していたのかも知れない。

前述した通り、定食屋のエンさんの言葉に感化された花は、金や将来に激しい不安を感じていた。スナック「れもん」が営業停止になったのは、エンさんの店から出火したのが原因だったが、密かに水商売の人生に疲れたエンさんが自ら火をつけた、という疑惑が浮上していた。

そう、花は水商売の世界に生きる人間が、次々に不幸に苛まれ、人生に疲れ、転落していく姿を見過ぎていた。元を辿れば、スナックで働く母の荒んだ生活が、根底にあった。母は酒を飲むと必ず泣いていた。そして花自身もまた、彼らと同じ水商売の世界を生きる1人だった。

この不安な人生から抜け出すことはできない。貧困な家庭に生まれ、身分証すら持たない彼女には、世間でいう「まともの人生」が閉ざされていたのだ。

そういう人たちがまともなしごとについてまともな金を稼いでいることは知っている。でもわたしがわからなかったのは、その人たちがいったいどうやって、そのまともな世界でまともに生きていく資格のようなものを手に入れたのかということだった。どうやってそっちの世界の人間になれたのかということだった。

『黄色い家/川上未映子』

「まともな世界」の入場券を持っていない。それでも幸せになりたい。花はその想いを琴美さんに託していたのではないだろうか。水商売の世界を生きる人間でも幸せになれることを、琴美さんに証明して欲しかったのだと思う。

だけど琴美さんは死んだ。

琴美さんの死は、花の人生の活路を閉ざしてしまったのだと思う。もちろん彼女の死そのものの悲しみは凄まじく、途轍もない罪悪感に苦しめられた。だが同時に、花が追い求めた「理想の家」の先には希望などないと、そう突きつけられたのかも知れない。

実際的には、蘭や桃子との仲違いが原因で共同生活は崩壊した。しかし花が自ら「理想の家」を去ったのは、琴美さんの死によるところが大きいと考えられる。

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懐かしい色「黄色」

黄色は温かい色。自分を優しく迎え入れてくれる色。15歳の夏休み、黄美子さんは冷蔵庫にたくさんの食材を補充してくれた。冷蔵庫の中には黄色い光が灯っていた。それは花にとって、初めての温もり、居場所を与えてくれた。

黄色は希望の色。金運をもたらすラッキーな色。その色にちなんで、スナックに「れもん」という名前をつけ、共同の家の一角には「黄色コーナー」を作った。そして花にはたくさんの幸福が舞い込んだ。自分の居場所、共に笑い合える仲間、その青春のような日々。

黄色は危険信号の色。人間を金に狂わせ、全てを損なわせる狂気の色。将来の不安に支配され、犯罪に手を染め、仲間を縛り付け、全ての幸福は花の手から離れて行った。

そして花は、全てのいざこざを放棄して、「黄色い家」から逃げ出した。

20年を経て、花はネットニュースで黄美子さんの存在を思い出し、彼女に会いにいく。花の心には全てをやり直したい思いがあった。不安で悲しくて、それでも笑っていた日々。花ちゃん、花、ねえ花ちゃん、花、多くの人が自分の名前を呼んでくれた日々。

しかしそれらは全て過ぎ去った過去の年月であった。黄美子さんに会った帰り道に見た夕焼けは、思い出すこともなかったはずの懐かしい色に輝いていた。

黄色は懐かし色。二度と戻れない郷愁の色。苦しくて切なくて不安で、それでも確かに幸福だった20年前の記憶。そして目の前には、ただ今だけが横たわっている。

これからも花の人生は続いていく。彼女の未来には、どんな色が塗られているのだろう?

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