フランツ・カフカの小説『変身』は、近代ドイツ文学の金字塔です。
不条理文学の傑作として、カミュの『ペスト』と並んで評価されています。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
作品概要
作者 | フランツ・カフカ(40歳没) |
国 | ドイツ |
発表時期 | 1915年 |
ジャンル | 中編小説 |
ページ数 | 136ページ |
テーマ | 人間界の追放 不条理 父子の対立 |
あらすじ
外交販売員のグレーゴルは、目覚めると巨大な害虫に変身していた。
職業柄、多忙で不摂生な生活を続けているせいで、気が動転しているのかと考える。だが夢でも幻覚でもなく、確かに彼は害虫に変身していた。その姿を見た家族は恐怖と混乱に包まれる。それ以降、自室に隔離され、唯一幼い妹だけが、食事を届けたり部屋を掃除してくれていた。
ある時、母が唐突にグレーゴルの姿を目にし、パニックで気絶する。事態を悪く捉えた父はリンゴを投げつけ、グレーゴルは大怪我を負った。その後も、良かれと思った行動が仇となり、グレーゴルは心身ともに消耗していく。
家族の方もグレーゴルの存在によって疲弊していく。痺れを切らした家族は、グレーゴルの追放を決心する。だがその頃には既に、グレーゴルは怪我と飢えによって死んでいた。
グレーゴルが死んだことで、家族は新たな生活の希望を見出すのだった。
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個人的考察
不条理文学の金字塔
本作『変身』に代表される不条理文学とは、「理解不能な不条理に本質的な原因や意味は存在しない」という実存主義の思想を発端とする文学ジャンルである。
そして、その無意味な不条理に意味を見出したり、立ち向かったり、敗北する人間の姿が描かれる。実際に『変身』では、ある朝目覚めると巨大な虫に変身していた、という圧倒的な不条理に翻弄される人間の様子が描かれる。その原因が一切解明されないのも特徴である。
代表的な不条理文学には、カミュの『ペスト』や、セリーヌの『夜の果てへの旅』などが挙げられる。
ちなみにカフカは生前にごく僅かな作品をしか発表されておらず、その多くは死後に発見された未完の原稿を友人が再編したものである。本作『変身』は生前に発表された僅かな作品の1つである。
そしてカフカ作品が世界文学の重要な位置を占めるようになったのは、死後に実存主義の見地から再評価された結果で、生前は殆ど評価されなかった。
今では20世紀の文学を代表する作家として扱われ、日本でもカフカブームが巻き起こり、『変身』は日本における海外文学の売上部数で7位にランクインしている。
2012年には映画化され話題になった。原作に忠実でかなり後味の悪い作品になっている。
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「変身」は不完全な作品?
本作『変身』はあらゆる点において不可解な作品である。
まず、主人公グレーゴルが虫に変身した理由が一切明かされない。何の因果もなく虫に変身したグレーゴルは、その不条理に抗えず、家族から阻害され衰弱していく。そしてグレーゴルの家族は、彼が虫に変身したあり得ない現象を、半ば当然のように受け入れて物語が進行する。
これはまさに「本質的な原因や意味は存在しない」という不条理文学のテーマに則しており、他のカフカ作品にも共通する構造だ。例えば、『審判』という作品では、ある日突然主人公が逮捕され、その理由は明かされないまま、ひたすら不条理な運命に翻弄される。
こうした原因不明の不条理は、滑稽でナンセンスな様相を帯びているが、しかし人生には確実に原因不明の不条理が存在する。それは例えば、病気、死、天災、愛する者との決別。それらは理由もなく突如人生に舞い込んでくる。本作『変身』は、そうした不条理を虫に変身するという設定で寓話的に描いた作品と考えることができる。
しかし、こうしたもっともらしい見解が、カフカの意図するところだったかは不明である。なぜなら彼は、本作『変身』を不完全な作品だと自己批判しているからだ。
とても読めたものではない結末、ほとんど細部にいたるまで不完全だ。出張によって妨げられなかったら、もっといいものができていたであろう。
『日記/フランツ・カフカ』
カフカはその生涯を、過酷な労働に支配され、あまり文学活動に費やすことができなかった。死後に発表された作品も未完のものが多い。そういう意味で、カフカが『変身』という作品で、どういったテーマを描きたかったのかは、あくまで推測という形になる。
ちなみにカフカは『変身』の出版に際して、扉絵に昆虫のイラストを描くことを断じて許さなかった。それはあるいは、虫に変身する現象が、単なる変身を意味しない、寓話的な物語であることを示唆しているのかも知れない。
グレーゴルの変身は現実逃避?
虫に変身する現象が何を意味するのか、これまで様々な憶測が飛び交ってきた。
有力な説の1つが、多忙な人間生活からの現実逃避だ。
グレーゴルは多忙な外交販売員だった。両親は事業で失敗して借金を背負い、妹は働くには幼いので、彼が家族を支える必要に迫られていたのだ。
そんな厳しい負担にグレーゴルは不満を抱いていた。多忙な旅暮らしの職務、少しでもサボったら嫌疑をかけられる、そんなサラリーマンの生活に飽き飽きしていたのだ。もし両親の借金さえなければとっくに辞表を出しているとさえ訴えている。
こうしたグレーゴルの境遇は、カフカの投影だと考えられる。カフカは一応ユダヤ人であり、彼らは子供の頃から大人同様に労働を強いられる運命にあった。幸いカフカの父親はユダヤ人として商売に成功した1人だったので、カフカは保健局の役人と執筆を両立しながら生活を送ることができた。それでも『変身』を執筆していた頃は、午前は保健局、午後は父親の仕事の手伝いに従事させられ、文学活動に割く暇がなく、かなり疲弊していたようだ。
そうした作者の多忙な境遇、そこから逃避したい願望が、グレーゴルの変身に関係していたのかも知れない。
異邦人カフカの疎外感が関係ある?
グレーゴルの変身に関するもう1つの説は、カフカが抱えていた民族的な疎外感である。
カフカはユダヤ人だが、正統なユダヤ教徒ではなく、西洋化されたいわゆる「西方ユダヤ人」だった。そのためユダヤ教徒でもキリスト教徒でもない、という曖昧な境遇にあった。
また父がチェコ語を母国語とするのに対し、母はドイツ語を母国語とし、カフカ本人はチェコに住みながらドイツ語を母国語とする複雑な境遇にあった。さらに当時のチェコ・プラハは、オーストリア=ハンガリー帝国領で、その複雑な支配下において、チェコ人・ドイツ人・オーストリア人、そのいずれでもないという曖昧な民族意識で育った。
一体自分は何人なのか?
そうした民族的アイデンティティの曖昧さが、虫に変身したことで社会から追放されたグレーゴルの疎外感に投影されていると考えられる。
父親との因縁も関係している?
カフカの生涯を語る上で欠かせないのが父親との不和である。
本作『変身』では、虫に変身したグレーゴルに対して、少なからず妹や母親は気にかける素振りを見せる。ところが父親は終始グレーゴルに対して敵意を示している。グレーゴルが死に至った原因は、父親が投げつけたリンゴが直撃したことだった。
あるいは父親が安楽椅子に座り、威圧的な態度を見せ、家族を屈服させる描写が多く綴られている。
同様にカフカ自身も、父親との間に軋轢があった。
彼の父親は家庭内で横暴な態度を振るい、カフカはその権威に丸め込まれて育った。母親は息子を守るよりも、父に従事することを優先した。大人になってからも労働や結婚など、あらゆる面で父親に干渉されたみたいだ。
言い換えれば、カフカは家庭内で疎外感を抱いて育ち、それが虫に変身したことで家族に阻害されるグレーゴルの境遇に投影されていたのだろう。
このように、過酷な労働、人種的なアイデンティティの欠如、家庭内での疎外感、そうした葛藤を抱えていたカフカの境遇が、虫に変身して疎外されるという寓話として描かれているのだろう。
カフカにとってそれら全てが、逃れようのない不条理だと感じていたのかも知れない。
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