カフカの『変身』あらすじ考察 逃避と疎外によるメタモルフォーゼ

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フランツ・カフカの小説『変身』をご存知ですか?

1915年に発表された中編小説で、近代のドイツ文学における金字塔とされています。

カフカは、20世紀の文学を代表するプラハ出身のユダヤ人作家です。ユダヤの民であるためか、どこか異邦人的な孤独を感じさせる作風が特徴的です。その中でも代表作『変身』は、カミュの『ペスト』と並んで、不条理文学の傑作とされています。

ある日突然、巨大な虫に変身するという、個人を襲うユーモラスな不条理。恐らく、童話的な変身よりも、観念的な意味でのメタモルフォーゼが描かれているように感じられます。果たして、カフカは、人間が虫に変身するという不条理の中に、一体どんなメッセージを込めたのでしょうか。そのあたりに注目しながら考察していきます。

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『変身』の作品概要

作者フランツ・カフカ
(チェコ、ドイツ)
発表時期1915年
ジャンル中編小説、実存主義、
不条理文学
テーマ人間界の追放、父子の対立、
不条理

『変身』の300文字あらすじ

主人公「グレーゴル」は、目覚めると巨大な害虫に変身していました。

突然の出来事に、家族は驚愕し、変身した彼の姿を極端に恐れます。

ある時、母が唐突にグレーゴルの姿を目にしたことで、パニックになり気絶します。事態を悪く捉えた父は、息子にリンゴを投げつけます。リンゴはグレーゴルの背中に減り込み、大怪我を負いました。

その後も、彼の存在によってトラブルが生じ、家庭は逼迫していきます。痺れを切らした家族は、グレーゴルを追放することに決めます。しかし、その頃には既に、グレーゴルは怪我と飢えによって死んでいました。

グレーゴルが死んだことで、家族は新たな生活の希望を見出すのでした。

『変身』のあらすじを詳しく

①目覚めたら害虫に変身

ある朝、主人公のグレーゴルが目を覚ますと、自分が巨大な虫に変身していることに気がつきます。

外交販売員であるグレーゴルは、職業柄、年中各地を行き来しています。不摂生な生活習慣が、起き抜けの自分の意識をかき乱している、つまり、虫に変身するなど思い違いだと考えます。しかし、いくら気を正しても、自分が虫であることに変わりはありません。夢でも幻覚でもなく、現実なのです。

それよりも、グレーゴルは仕事に寝坊していることが気がかりです。端から仕事に対する熱意はありませんが、両親が借金をしているため、家族のために自分が働かなければいけないのです。ともすれば、この遅刻は大失態で、社長や支配人の雷を避けることは不可能です。彼は必死でベッドから抜け出そうとしますが、裏返しにされた虫同様、仰向けでは上手に身動きがとれません。

遂に支配人が家を訪ねて来ます。グレーゴルは体を揺り動かして、なんとかベッドから抜け出すことに成功しました。支配人は、部屋から出てこないグレーゴルに辛辣な言葉を浴びせます。扉越しにグレーゴルは必死で弁解の言葉を口にしますが、どうやら周囲の人間には虫になった自分の言葉が通じないようです。

グレーゴルはドアにすり寄って、垂直の姿勢をとり、口で鍵を開けます。

ドアが開いた途端、母は床に座り込み、父は不安げな表情の末に泣き出し、支配人は後退りをして玄関へ逃げ出します家中が恐怖と混乱に包まれました。

母が発狂する最中、父はステッキを振り回して、グレーゴルを追い払おうとします。身の危険を感じたグレーゴルは仕方なく方向転換し、自分の部屋に戻ります。そして、扉は閉ざされました。

②グレーゴルに対する家族の扱い

家庭内の大混乱があって以来、グレーゴルは自室でひっそり暮らす生活を送っています。

両親はほとんど彼の部屋を訪れることはありません。

唯一、妹だけが気を遣って、グレーゴルに食事を届けたり、部屋の掃除をしてくれます。
とは言え、変わり果てた兄の姿に、さすがに妹も嫌悪感を抱いています。グレーゴルは妹を脅かさないように、彼女が部屋に来る際は寝椅子の下に隠れることを徹底します。

妹は変身した兄の嗜好を探るために、あらゆる種類の食事を運んできます。グレーゴルは以前とは異なり、腐った野菜やチーズなどを好むようになりました。

グレーゴルは家計の問題を気にしていました。体の悪い両親や、ほとんど子供である妹だけでは、とても生活を繋ぐことは不可能だからです。しかし、わずかな蓄えがある為、1年程度は暮らしていけるという家族の会話が聞こえて来て、彼は多少なりとも安心します。

③リンゴが直撃

巨大な虫に変身して1ヶ月が経ち、グレーゴルは新しい体に慣れ始めています。

虫本来の特性を活かして、壁によじ登ったり、天井に張り付いたりするのが気晴らしになりました。それどころか虫の本能的に、床よりも心地よく感じるのです。

妹は兄の習性を察知し、彼ができるだけ広く這い回れるように、不要な家具を撤去しようとします。元より息子のことを内心気にかけていた母親は、家具を移動させる妹の手伝いをします。

母は家具を全て撤去することを躊躇します。元の人間の生活を息子から奪うことは、息子が人間に戻ることを諦めることを意味すると感じたからです。

母の思いを知ったグレーゴルは正気に戻り、人間らしい生活感を守るために、壁にかかった額縁の上に覆いかぶさります。言葉が通じない彼にとって、額縁を運ばないで欲しいという意思表示だったのです。しかし、母親は唐突に巨大な害虫を目にしたため、パニックに陥り、気絶してしまいます。

丁度仕事から帰宅した父親は、この事態を悪く捉え、憤慨します。果物皿からリンゴを手に取り、息子に向かって投げつけます。リンゴはグレーゴルの背中に減り込みます。グレーゴルはあまりの衝撃に、そのまま気を失ってしまいました。




④グレーゴルの負傷と家族の変化

父親のリンゴ襲撃により負傷したグレーゴルは、かなり重症のため1ヶ月以上苦しみます。移動するのも困難で、壁や天井を這い回るなど以ての外です。

一方、家族3人はそれぞれ仕事を見つけて働き始めます。そのため、妹は以前のようにグレーゴルの世話をする暇がなくなり、飯の準備や掃除がなおざりになっています。

やがて、グレーゴルの部屋は、別室の不要になったものを押し付ける物置のような役割になります。彼の部屋が物置化したのは、生活費を稼ぐために家の1部屋を下宿人に貸すことになったからです。

下宿人たちは気難しく、いくら客人と言えど、高飛車過ぎる態度で家族を圧迫します。

ある日、下宿人は妹を茶の間に呼びつけて、バイオリンを弾かせます。グレーゴルは自室で、妹の奏でる音楽の美しさに陶酔します。しかし、下宿人は無愛想な態度で妹の演奏を侮辱します。彼らの失礼な態度に痺れを切らしたグレーゴルは、自分の醜い姿を武器に、下宿人を懲らしめてやろうと考えます。

しかし、彼の作戦は結果的に下宿人の機嫌を損ねる羽目になりました。下宿人はこれまでの家賃を一切支払わないと宣言し、家族は困り果てます。

⑤グレーゴルの追放と死

下宿人とのトラブルで、遂に妹が痺れを切らします。

変身した兄が家にいることで、家族の生活は逼迫しており、我慢の限界だったのです。家族はグレーゴルを家から追放することを決心します。

グレーゴルの意図は家族に伝わらず、どんな行動をしても家族に不信感を抱かせてしまいます。精神的にも肉体的にも衰弱したグレーゴルは、ゆっくり床を這って自室に戻りました。

翌朝、手伝い女が部屋にやって来た時には、グレーゴルは死んでいました。リンゴ襲撃による怪我と、ろくに飯を食っていなかったことによる飢えが原因でした。

その日、家族3人は仕事を休み、久しぶりの休息を堪能します。グレーゴルが死んだことで、家族の生活に希望の兆しが現れたのです。

両親は、そろそろ娘の結婚相手を探さなければいけないと、新しい生活に向けた希望を確保するのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『変身』の個人的考察

「変身」は不完全な作品!?

巨大な害虫に変身するというユーモラスな理不尽が印象的な本作。しかし、実際は物語のほとんどが謎に包まれた奇妙な作品です。

まず、主人公グレーゴルが虫に変身した理由が一切明かされません。

目覚めると虫になっていた」という唐突な展開以外、確固たる理由どころか、暗示のようなものすら描かれません。「不条理文学」と称されるだけあって、まさに何の因果もなく虫になってしまうという、恐ろしい不条理のみが綴られているのです。

あるいは、周囲の人間がグレーゴルの変身に対して、それほど不審に思わない点も奇妙です。もちろん、巨大な害虫という容姿に対する嫌悪感は散々綴られますが、グレーゴルが虫になったことに対しては、ほとんど当然のように受け入れて物語が進行します。

これらの違和感に対して作者は次のように述べています。

とても読めたものではない結末、ほとんど細部にいたるまで不完全だ。出張によって妨げられなかったら、もっといいものができていたであろう。

『日記/フランツ・カフカ』

実際に、カフカが『変身』を執筆していた頃は、過酷な労働に時間を割かれ、あまり文学に費やすことができなかったようです。そのため、細部において解決しない部分、蟠りを残したままの部分が多く含まれているのです。

また、カフカは『変身』の出版に際して、扉絵に昆虫のイラストを描くことを断じて許さなかったそうです。この点から考えると、害虫に変身するというユーモラスは、単に童話的な変身ではなく、一種の観念的なメタモルフォーゼを意味しているのではないかと推測されます。




グレーゴルの変身は現実逃避!?

変身した理由が明かされないため、これまで様々な憶測が飛び交ってきました。

その中で有力なのが、現実逃避による人間生活の離脱です。

グレーゴルは外交販売員として、あくせく働いていました。それと言うのも、両親が事業で失敗し借金を背負ったため、自分が働かなくてはいけなかったのです。

しかし、グレーゴルは自らの職務に対して不満を抱いていました。過酷な労働を強いられ、人間関係を築く前に各地へ飛ばされ、少しでもサボったら嫌疑をかけられる、そんなサラリーマンの生活に飽き飽きしていたのです。もし両親の借金さえなければとっくに辞表を出しているとさえ綴られています。

主人公グレーゴルの境遇は、作者カフカと重なる部分があります。カフカはユダヤ人であるために、世間に歓迎されない民族というアイデンティティを幼少の頃から持っていました。そして、ユダヤ人という阻害された種族は、子供の頃から大人同様に労働を強いられる運命にあったのです。

カフカの父親はユダヤ人として商売に成功した一人だったので、カフカ自身も保健局の役人と執筆を両立しながら生活を送ります。それでも、『変身』を執筆していた頃は、午前は保健局、午後は父親の仕事の手伝いによって、文学に時間を割く暇がなく、かなり葛藤していたようです。

ひいては、当時のカフカの多忙、ないしはユダヤ人の過酷な労働を強いられる運命が本作のテーマであると考えられます。そしてグレーゴルの変身は、そういった過酷な運命から逃れるための、一種の現実逃避の意味合いが含まれていたのではないでしょうか。

変身したのは父親との因縁から!?

変身したグレーゴルに対する疎外を象徴するのは、やはり父親の存在でしょう。

少なからず妹や母親はグレーゴルを気にかけていました。しかし父親は終始グレーゴルに対して敵意を示しています。実際に、グレーゴルが死に至った原因は、父親によるリンゴ襲撃でした。

他には、安楽椅子に座り込んだ頑固な父親が、母や妹を屈服させるような描写が必要以上に綴られています。

作者であるカフカ自身も、実の父親と対立していたようです。

横暴な父親に対して、母親は息子を守るよりも、父に従事することを優先したため、カフカは自然と父親の権威に丸め込まれて育つことになりました。あるいは、幼少の頃から両親とほとんど時間を共有することがなかったことも相まって、カフカは内向的な性格の人間へと形成されます。

つまり、家庭内における疎外感をカフカは感じていたのでしょう。もう一歩踏み込むと、ユダヤ人であることの疎外感も彼の内側に存在したと思われます。

ともすれば、グレーゴルが害虫に変身したことの真意とは、自らが感じた家族や社会における疎外感だったのではないでしょうか。

それは自らに原因があるわけではなく、偶然その家庭に生まれたから、偶然ユダヤ人として生を受けたから、という理不尽な境遇なのです。グレーゴルがある日目覚めると、理由もなく巨大な害虫に変身するのと同様に、カフカにとっては多くの疎外感が不条理そのものだったのでしょう。

以上、フランツ・カフカの『変身』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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