横光利一『春は馬車に乗って』あらすじ考察 妻の死を題材にした私小説

春は馬車に乗って 散文のわだち
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横光利一の短編小説『春は馬車に乗って』と言えば、死別した初妻との実体験を基に創作された代表作です。

初妻であるキミを題材にした作品は多く残されており、その中でも死際の複雑な心情を新感覚派の作風で描いたのが本作になります。

果たして横光利一は、愛する者の死の悲しみにいかなる解釈を見出したのでしょうか。

『春は馬車に乗って』作品概要

作者横光利一(49歳没)
発表時期1926年(大正15年)
ジャンル短編小説、新感覚派、私小説
テーマ生と死の視点の違い
死別の悲しみ

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『春は馬車に乗って』あらすじ

あらすじ

病床に伏している妻の言葉は、日に日に刺々しくなっていきます。夫である主人公が別室へ離れることに駄々をこねたり、他の女性と遊びたいのだと詰ったりします。耐えぬ口論を、主人公は檻の中の理論と称し、妻の居る死の領域に綱で繋がれているような気分になるのでした。

病状が悪化するにつれて妻の食欲は減り、好物の鳥の臓物にさえ振り向かなくなります。代わりに聖書の朗読を求められ、主人公は不吉な予感に打たれるのでした。

健康だった頃よりも、病床に伏した妻からの方が、主人公は幸福を与えられている気分になります。惨めな境遇に際し、この新鮮な解釈に寄りすがる他なかったのです。しかし看病による疲労で弱気になり、「俺もだんだん疲れて来た」と告げると、妻は急に静かになり、虫のような憐れな小さな声で「いつ死んでもいいわ。あたし満足よ」とこれまでの我儘を反省するのでした。主人公は不覚にも涙が出てきて、妻の腹を擦りつづけます。

医者から妻の病が絶望的なことを告げられて以来、主人公は機械のように尽くしました。妻は遺言までしたため死を受け入れているようでしたが、自分の骨の行き場を気にしてすすり泣くのでした。

ある日、主人公の元へスイートピーの花束が届けられます。「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を捲き捲きやって来たのさ」と主人公は妻に伝えます。妻は花束を胸いっぱいに抱きしめ、蒼ざめた顔を埋め、恍惚として眼を閉じるのでした。




『春は馬車に乗って』個人的考察

個人的考察

初妻との実話を題材にした私小説!?

作中のワガママな妻は、横光利一の初妻である「キミ」がモデルになっているようです。作家仲間である小島勗の妹で、関東大震災直後から二人は同棲を始めます。

ところが、兄である小島勗とは小説の作風において対立関係にあり、そのせいか兄に反対された駆け落ち同然の同居だったようです。横光利一の母にしてもキミとの結婚に反対だったようで、嫁姑関係は上手くいきませんでした。

同居して数年後にキミは結核を患い、療養生活が始まるのですが、結果的に23歳の若さで亡くなってしまいます。その療養期間の出来事を題材にしたのが、『春は場所に乗って』だということです。

キミを題材にした作品は多くは、生前の出来事を綴った三部作が有名です。

  • 慄へる薔薇
    →新婚時代を描いている。

  • →療養生活の序盤を描いている。
  • 春は馬車に乗って
    →死ぬ間際の心境を描いている。

加えて、妻の死後にその喪失感を綴った『蛾はどこにでもゐる』や、改めてキミの闘病生活を振り返った『花園の思想』なども有名です。

それだけ、横光利一はキミに対して強い愛情を抱いていたことが考えられます。

視線による妻と夫の乖離

物語は一貫して、病床に伏す妻と、それを看病する夫が居る部屋の中が描かれます。冒頭では、部屋の中から眺めた庭の景色の相違について綴られます。妻は松の葉が美しく光る様子を眺め、夫は泉水の亀の様子を眺めていました。

この夫婦の視線の違いこそが、二人が全く異なる境遇に位置し、心が乖離している様子を表現しているのだと思います。それは生死の境界による分断です。

病床に伏した妻は死に捕えられています。それを看病する夫は、仕事や食事といった生を象徴する行動をとっています。ところが夫は既に妻が助からないことを悟っています。一方で妻の方は、「いや、いや、あたし、歩きたい。起こしてよ、ね、ね」と生に対する希望的観測に縋っています。

つまり、夫は生の領域に居ながら死を眺めており、妻は死の領域に居ながら生を眺めているのです。

こういった乖離が妻を我儘にさせ、夫を深刻にしていたのでしょう。

彼は自分に向って次ぎ次ぎに来る苦痛の波を避けようと思ったことはまだなかった。このそれぞれに質を違えて襲って来る苦痛の波の原因は、自分の肉体の存在の最初に於て働いていたように思われたからである。彼は苦痛を、譬えば砂糖を甜める舌のように、あらゆる感覚の眼を光らせて吟味しながら甜め尽してやろうと決心した。

『春は馬車に乗って/横光利一』

惨めな境遇を受け入れる決心をした夫は、自身を「フラスコ」に見立てようと努めます。あらゆる方角から光を受けても均等に届く、透明なフラスコのように、夫は妻の死から目を背けず誠実に向き合おうとしていたのでしょう。




「新鮮な解釈」とは

健康だった頃よりも、病床に伏した妻からの方が、夫は幸福を与えられている気分になっていました。その直後に夫は次のような感情を露呈します。

――これは新鮮だ。俺はもうこの新鮮な解釈によりすがっているより仕方がない。
彼はこの解釈を思い出す度に、海を眺めながら、突然あはあはと大きな声で笑い出した。

『春は馬車に乗って/横光利一』

この「新鮮な解釈」とは、いわゆる視点の転換を意味するのでしょう。

前述した通り、本作は夫婦の異なる視線が解釈の鍵になっていました。夫は生の領域に居ながら死を眺めていました。それはあまりに苦しい境遇で、フラスコの透明さのように誠実に受け止める覚悟をしたものの、そこに救いを見出すことが出来ず、新たな解釈によって妻の死を克服しようと試みていたのだと思います。

「死とは何だ」ただ見えなくなるだけだ、と彼は思った。

『春は馬車に乗って/横光利一』

愛する者の死に対して新しい定義を設けることで、夫は苦しい境遇に突破口を見出そうとしたのでしょう。いわば、妻が死ぬ悲しみ耐えられず、超然とした概念で逃避を試みていたのだと思います。

檻の中の理論とは

妻の我儘に対して、夫は「檻の中の理論」という表現を用います。「檻の中の奥さん」と言うように、妻が居る場所、つまり死の領域を檻の中に見立てて表現しているのでしょう。

妻の我儘の多くは、夫が自分から離れようとすることに対する不服でした。日に三度しか部屋を訪れないことを薄情だと罵ったり、仕事のために部屋を離れようとすると「自分よりも仕事が大切なのだ」と詰ったりしました。

「俺はお前から離れたとしても、この庭をぐるぐる廻っているだけだ。俺はいつでも、お前の寝ている寝台から綱をつけられていて、その綱の画く円周の中で廻っているより仕方がない。これは憐れな状態である以外の、何物でもないではないか」

『春は馬車に乗って/横光利一』

離れることを許さない妻の我儘を、綱で繋がれている状態だと夫は表現しました。つまり、死の領域を意味する檻に繋がれて、そこから離れることが出来ない哀れない境遇を嘆いていたのでしょう。

正直に網に繋がれた自分を哀れだと口にする夫はなかなか酷い人間のように思えますし、実際に妻は自分のことを思ってくれていないと愚痴を溢し、その果てに孤独な心情を吐露します。

そうは言っても夫は妻の好物である鳥の臓物を買いに行ったりと、散々に妻に尽くしているようです。ともすれば前述した視点の違いが二人の気持ちに齟齬を生んでいるのでしょう。

夫は生の領域に居る故に、その象徴である仕事を熟し、それが結果的に生活を支えて妻に長生きしていもらう手段になり得ます。ところが妻は檻の中にいる故に、その孤独な心情に堪えられず、生の象徴である仕事よりも、自分の近くにいて欲しいと願ってしまうのだと思います。

ただし、妻の看病に疲れ切った夫は「俺もだんだん疲れて来た。もう直ぐ、俺も参るだろう。」と弱気な言葉を溢します。すると妻は途端に、自分の我儘を反省し、死を受け入れるような言葉を口にします。

妻は孤独のあまりに夫を檻の中に引きずり込みたいと願っていたのですが、いざ夫を死の領域に連れ込みそうになれば、その行為の残忍さに気づき、生の領域へと突き返したのでしょう。こういった妻の意地らしさがあるからこそ、夫は救いようのない辟易にどん詰まっていたのだと思います。

ラストでは、一足先に春の到来を告げるスイートピーの花束に顔を埋め、妻は恍惚とした表情をしていました。孤独な心情から夫を道連れにしようとしていた自身の言動を反省し、独りきりの死を受け入れたことで初めて、妻は恍惚とした表情で眼を閉じることが出来たのだと思います。初妻であるキミの事実上の死を、横光利一の回顧的な心情によって詩的に表現されていたのでしょう。




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