町田康『きれぎれ』あらすじ考察 芥川賞史上最も賛否が分かれた作品

きれぎれ 散文のわだち
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町田康の小説『きれぎれ』と言えば、芥川賞史上、最も賛否が大きく分かれた作品です。

独特の文体と思弁的な心象表現が特徴で、はっきり好き嫌いが別れる作風でしょう。とりわけ本作『きれぎれ』は、一見支離滅裂に感じられ、実は巧みな手法が用いられています。

審査員を悩ませた芥川賞作品。その賛否両論ある芸術性と作品主題を考察します。

『きれぎれ』作品概要

作者町田康
発表時期2000年(平成12年)
ジャンル中編小説
テーマ大衆批判
月並みな価値観の欺瞞
思弁家の敗北
受賞芥川賞(2000年上半期)

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『きれぎれ』簡単なあらすじ

老舗の陶器店の息子である主人公は、放蕩無頼な性格で、ぼんやりと画家を目指しながらも絵すら描かない生活を送っています。

母親の手配によって資産家令嬢の新田富子とお見合いをさせられても、食事の席で滅茶苦茶に振る舞い、わざと破談させるなど、いい歳して手に負えない男です。挙句に、ランパブの店員であるサトエと結婚して、母親をうんざりさせるのでした。専業主婦となったサトエは次第に醜く肥り、家中は散らかり、会話さえ殆ど成立しなくなります。

主人公とは対照的に、小学校時代からの知り合いである吉原は画家として成功し、一躍時の人となります。吉原が結婚したのは、なんとかつての見合い相手である新田富子でした。見合いをした時には不細工だった彼女が、今になって美人だと知り、主人公は甲斐なく彼女に惚れてしまいます。

自分の方が吉原より絵の才能があると過信する主人公は、画材を買って有名になって新田富子を奪おうと企みます。ところが母親が死に、親戚の取り計らいで遺産が残らなかったため、絵具を買う金すらありません。友人たちの元を訪ねて金を借りようとするのですが、誰も彼もが貧乏で、結局吉原に金を借りることになります。

ようやく絵の創作に取り掛かるのですが、いつしか思考の世界、心象風景の中を彷徨い始め、ようやく現実に戻ったと思うと、主人公は妻のサトエと吉原の展覧会に足を運んでいるのでした。階段ホールの入り口前で振り返ると、背後には青空がきれぎれになって腐敗していたのでした。




『きれぎれ』個人的考察

芥川賞における選票

芥川賞史上最も賛否が分かれた町田康の『きれぎれ』です。

独特の世界観、しかも取っ付きづらく、解釈に苦しむ作風を、当時の選考委員たちはどのように評価したのでしょうか。

選考委員10人のうち、積極的に受賞を反対したのは4人です。

宮本輝「「きれぎれ」くらい賛否がまっぷたつに分かれた候補作品も珍しいのではと思われる。」「私は終始否定に廻って、受賞を強く推す委員の意見に耳を傾けたが、ついに納得することはできなかった。」「読み初めてから読み終わるまで、ただただ不快感だけがせりあがってきて、途中で投げ捨てたくなる衝動と戦わなければならなかった。

村上龍「魅力を感じなかった。」「『きれぎれ』の文体は、作者の「ちょっとした工夫」「ちょっとした思いつき」のレベルにとどまっている。そういったレベルの文体のアレンジは文脈の揺らぎを生むことがない。」

河野多恵子「文章のスタイルとか語り口に特色があると見られている人のようである。」「駄じゃれとしても、低調の部類だろう。泰然と構えて、言葉の機能の奥深さを知り、洗練されねばならないのに、作者はこれまでの特色にひたすら勤勉であって、痛ましい気がする。」

三浦哲郎「私は所詮この人のいい読者ではなく、常にも増してエネルギッシュだということのほかは正直いってこの作品のよさがわからなかった。町田氏は、作家として当然のことながら今後も言葉にこだわりつづける由で、それには私も大いに賛成だが、そのこだわりがただの言葉遊びの駄洒落や語呂合わせに終わることのないようにと祈らずにはいられない。」

町田康の独特な文体や作風を、それほど洗練された手法ではないと考える側の意見です。総じて4人ともが、大阪出身である故のユニークな言葉遊びやギャグセンスを低調だと指摘しているようです。

残りの選考委員は中立的な立場か、最終的には賛成したという場合が多く、強く賛成を推したのは石原慎太郎のみでした。

町田康は『きれぎれ』以前に、2度、芥川賞候補に選出されています。1度目が処女作の『くっすん大黒』で、2度目が『屈辱ポンチ』併録の『けものがれ、 俺らの猿と』です。

かつて積極的ではなかった石原慎太郎は、3度目にして強く評価するに至りました。

石原慎太郎「今日の社会の様態を表象するような作品がそろそろ現れていい頃と思っていた。その意味で町田氏の受賞はきわめて妥当といえる。」「最初に目にした「くっすん大黒」に私が覚えた違和感と共感半々の印象は決して的はずれのものではなかった。」

『きれぎれ』のあとがきに記されていましたが、3度目にしてようやく選考員が町田康の独特の文体に慣れたことが受賞の要因ではないかとのことです。とは言え、宮本輝は一貫して扱き下ろしていますが・・・。

現実と思考の融合に成功した作品

『きれぎれ』のレビューサイトを覗くと、理解に窮するというコメントが溢れています。

その最もたる原因は、ストーリーや文体どうのこうのより、現実世界の描写と頭の中の描写が入り混じって描かれているからでしょう。

母の葬儀の場面が分かりやすいと思います。

とにかく長男がそんなだからあの人も大変だったんだろうよ。死んじゃって。どうするんだろうねこの店。という目で俺を見るから、そら俺だって腐る、ええええそうですとも。(中略)しかし席が席だし、向こうだって口にして云ったわけではなく、そういう目をしているだけなので、俺も言い返すことができない・・・

『きれぎれ/町田康』

相手が実際に言ったわけでもない台詞をいちいち綴って、それに対してああだこうだと考える、主人公の頭の中の描写が頻繁に描かれます。そのため思考と現実世界の境界線が曖昧になり、段々と理解が窮してくるのでしょう。

それだけならまだしも、頭の中の印象を基調に現実世界が描かれるため、「ぬらぬら」と表現される人間が現れたりします。あるいは吉原の表彰イベントでは、訳の判らない「鶴と亀」についての詩の朗読と太鼓の乱打が繰り広げられます。実際に「鶴と亀」の詩が読み上げられたとは限りません。あくまで主人公の頭の中で変換された、意味の判らない出来事として描かれていると考えられます。

これがヒートアップしていくと、妻に逃げられたパン屋の友人に食べさせられたパンに、「毛を綺麗に剃っていない得体の知れない肉」が入っている、などといささか理解し難い狂気的な表現になっていきます。

その最終形として、40体近い主人公の曼荼羅が登場して、自分の意思とは異なるバラバラの動きをします。要するに、あれやこれやと考えあぐねる複雑な思考、40通りもの交わらない思考が好き勝手に暴れて、精神が狂っていく様子を表現していたのでしょう。

そのまま主人公は空港のはずれや、大鳥居のある森へと彷徨っていきます。既に現実の世界ではなく、完全な思考の世界の風景が描かれているのです。

その証拠として、「こんな嘘の神社に拘泥していてもしようがない。行くぜ。行こう。人間の世界へ。」と記され後に、現実世界でサトエといる場面に切り替わります。彼女が焼きそばを食べていたことから、冒頭の不可解な描写が、ラストの吉原の展覧会に行く場面へと繋がっていたことが分かります。

一見支離滅裂に思えますが、暗喩的な心象表現を駆使した、実はかなり手の込んだ構造です。少しも破綻せずに描かれています。

このギリギリ破綻しない感覚が、人によって好き嫌いが分かれる部分なのでしょう。




大衆批判という主題

文体や作風はともかく、町田康は作品を通して何を訴えていたのでしょうか。

大衆批判、とりわけ未だに中流意識を根強く持つ日本人に対するシニカルな風刺だと言えるかも知れません。

やはりこの王国の現実の民草というものは大多数が愚民で、口当たりのよい言説はなんでもこれを食らい、紋切り型のロマン、月並みのファンタジーに酔い痴れる馬鹿豚が多く、あの船が馬鹿馬鹿しい、と思う人は実は少なくて、そういうことを云っていると偏屈と嘲られ嗤われ、孤独と絶望のなかで窮死するかも知らんのだ

『きれぎれ/町田康』

これはお見合いの時に新田富子に対して抱いた感情です。作中では新田富子が、本質的な価値観の見識を持たない哀れな大衆の象徴として描かれていたのです。

つまり、大衆批判の具体的な内容は、物事の価値、とりわけ芸術的な価値観の欺瞞にあるように思います。その最もたる象徴が、吉原の芸術が世間に囃し立てられている現状でしょう。

デビュー作である『くっすん大黒』では、芸術的な美的感覚が近代化によって拘束され、ホンモノとニセモノの違いなど判らなくなった、という皮肉が描かれていました。これはやはり町田康が抱き続けている主題で、後の作品にも繰り返し描かれます。

それでいて、町田康の作品から説教臭さが感じられないのはなぜか。大衆を批判している主人公が、他人をとやかく言ってる余裕がないほど窮していて、時に月並みな考えに囚われてしまう弱さが垣間見えるからでしょう。

主人公は、吉原のニセ芸術家ぶりを皮肉っていましたが、当の本人は絵具も手に入らない状況で過信しているのです。

あるいは、新田富子が滑稽な大衆の象徴であるにもかかわらず、主人公は彼女に惚れてしまいます。つまり、一度は月並みな人生に唾を吐いたものの、最終的には求めてしまう人間的な弱さが表現されていたのだと思います。

青空をきれぎれに腐敗させる飛行機。主人公の思考の世界でも飛行機は登場します。新田富子から貰ったハムが、心象の中の飛行機に汚辱を擦りつけようとします。月並みな考えから抜け出せない燻った逃避行が、純粋な価値さえもきれぎれに腐敗させる。そして黒い穴という月並みな世界に入っていく主人公の姿は、外見上「うまく歩いている」ように見えるのです。

大衆を皮肉った主人公も、結局は大衆に帰属してしまう、という敗北が描かれていたのではないでしょうか。ラストの考察は、殆ど個人個人に委ねられたものだと思うので、幾通り解釈があってもいいと思います。私には大衆に敗北した思弁家の姿が見えました。




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