森鴎外の『高瀬舟』あらすじ考察 安楽死の裏に隠された政府批判

高瀬舟 散文のわだち
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森鴎外の小説『高瀬舟』をご存知ですか?

1916年に発表された短編小説で、現代では国語や道徳の教科書で親しまれる、森鴎外の晩年の代表作になります。

本作は「安楽死」という倫理的な問題がテーマになっています。森鴎外は理想主義的な立場をとる文学者であり、どちらとも判断がつかないような問題を主観的に描くスタイルを貫きました。そのため小説の客観性を重視する写実主義の文学者と衝突し、度々議論を巻き起こすことになります。

明治国家による社会主義者の弾圧や、文学者の思想・言葉の制限が激化する中で、森鴎外が検閲の目を誤魔化してまで倫理問題を追求する作品を残したのは、やはり彼の理想主義ゆえの功績でしょう。

本作『高瀬舟』は、江戸時代の随筆を元にして書かれた時代小説です。島流しの刑を受けた罪人を運ぶ船の上で、護送役と罪人の繊細な心理描写が描かれています。2人の心情に注目しながら、「安楽死」の裏に隠されたテーマを考察していこうと思います。

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『高瀬舟』の作品概要

作者森鴎外
発表時期1916年(大正5年)
ジャンル短編小説、時代小説
テーマ安楽死、知足、検閲
政治批判

『高瀬舟』の300字あらすじ

高瀬舟とは、江戸時代に罪人を島流しにする際に使われた護送用の舟です。罪人は皆一様に、船で夜通し親類の者と後悔の言葉を交わすのが常でした。護送役は、時には罪人の悲惨な境遇に胸を痛めることもありました。

ある時、喜助という罪人が弟殺しで高瀬舟に乗ります。

身寄りのない喜助は弟と2人で助け合って生きてきました。しかし弟は病気で働けなくなり、兄の負担を減らすために自ら剃刀で首を切ります。死にきれなかった弟は喜助に剃刀を抜いてくれと頼みます。喜助は苦渋の選択の末に、剃刀を抜いて弟を殺しました。

護送役の庄兵衛は喜助の話を聞いて、苦から救うために殺した行為は罪なのだろうかと、にわかに納得できないのでした。

『高瀬舟』のあらすじを詳しく

①高瀬舟とは

高瀬舟は、江戸時代に罪人を島流しにする際に使われた護送用の小舟です。とりわけ京都の罪人が乗せられる船になります。

船に乗せられる者の罪状は多種多様ですが、大抵は極悪犯というよりも、心中を図って生き延びた者など、心得違いによる罪人が多かったのが事実です。

お上の許可はありませんが、罪人は高瀬舟に1人だけ親類を乗せることが黙認されていました。

罪人と親類は夜通し船の上で後悔の言葉を交わすが常でした。そのため、護送役を勤める者は、罪人の境遇を嫌でも耳にする羽目になります。時には罪人の悲惨な境遇に、護送役は涙を禁じ得ないことさえありました。

②弟殺しの喜助

寛政の頃に、喜助という珍しい罪人が高瀬舟に乗せられました。

護送役の庄兵衛は、喜助の罪状が弟殺しであることは聞かされていました。

これまで船に乗せられた罪人は大抵気の毒な様子でした。ところが、喜助の額は晴れやかで、目には輝きさえあり、いかにも楽しそうであるため、庄兵衛は不思議でなりません。

例えば、弟が悪人だったから殺したなどの事情があったにしろ、人の情があるならここまで愉快な態度にはなれないでしょう。ともすれば、喜助は人の情など持たぬ気狂いなのでしょうか。

庄兵衛は考えれば考えるほど不思議でなりません。

③なぜ喜助は晴れやかなのか?

喜助の愉快な態度を不思議に思った庄兵衛は、我慢できずにその理由を彼に尋ねます。

何でも、世間では島流しという悲しい境遇が、喜助にとっては苦ではないようなのです。

これまでどこにいても苦しい境遇を強いられてきた喜助にとっては、身を置く場所をお上に言い渡されたことが慈悲のように感じられるのです。

さらには、貧しい喜助にとって、島流しに際して与えられた二百文というお金は、これまで一度も持ったことのない大金でした。かつては、いくら身を粉にして働いても、借金や生活の工面で苦しいばかりでした。そのため、こうしてお上に面倒を見ていただくことが有り難くて仕方ないのです。

一方、護送役の庄兵衛にしても貧しい身であるのは同じでした。しかし、庄兵衛と喜助には決定的な違いがあり、それはいわゆる「知足」というものです。人間の欲望とは尽きることがなく、ある欲求が満たされれば、さらなる欲求が芽生えるものです。ところが、喜助という人間は、欲望が足りること、踏みとどまることを知っているのです。

庄兵衛は、今更になって喜助という人間が尊い存在のように思えたのでした。




④喜助が弟を殺した理由

ついに興味を持った庄兵衛は、弟殺しの原因を喜助に尋ねます。

喜助は小さい頃に疫病で両親を亡くしたため、弟と2人で助け合って生きてきました。ところが去年の秋に、弟が病気で働けなくなってしまいました。喜助が働いて、食糧を買って帰ると、弟は申し訳なさそうにするのです。

ある日、いつものように喜助が仕事から帰ってくると、弟がベッドで血だらけになっていました。遅かれ早かれ病気で死ぬのだから、早く死んで兄の負担を減らそうと、自ら剃刀で喉を切ったのでした。しかし、それだけでは思うように死ねず、剃刀は喉に刺さったままです。

この剃刀を抜いたら死ねるだろうから手伝ってくれと、弟は喜助に懇願します。当然憚る喜助が医者を呼ぼうとすると、弟は恨めしそうな目になります。「苦しい、早く抜いてくれ」と喜助にせがむのでした。弟の目は、「早くしろ、早くしろ」と喜助に畳みかけます。

苦渋の選択の末に、喜助は剃刀を抜いて弟を楽にしてやることに決めます。彼が剃刀を引き抜くと、血が大量に溢れ出し、やがて弟の息は途絶えました。

あいにく、これらの様子を近所のおばあさんが目撃していました。喜助は役場に連れて行かれ、こうして弟殺しの罪状を突きつけられることになったのです。

⑤安楽死は殺人なのか

喜助の弟殺しの真相を聞いた庄兵衛は、果たしてこれは人殺しなのだろうか、と疑問を覚えます。

弟に頼まれた通りにした結果、弟は死んだのですから、喜助の行為は一応殺人と言えるでしょう。しかし、剃刀を抜かずとも間も無く弟は死んでいたはずです。弟が早く殺してくれと言ったのは、苦しくて堪らなかったからです。ともすれば、喜助は弟を苦しみから解放するために殺したことになります。

苦から救ってやろうと思って命を絶った。それが罪であろうか。殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救うためであったと思うと、そこに疑いが生じて、どうしても解けぬのである。

『高瀬舟/森鴎外』

庄兵衛の抱えた疑問に答えは存在せず、自分より上の身分の人間の判断を仰ぐ他なかったのでした。

沈黙の2人を乗せた高瀬舟は、夜更の水面を進んでいきます。

そして物語は幕を閉じます。




『高瀬舟』の個人的考察

安楽死のテーマはカモフラージュ!?

弟を苦しみから解放するために犯罪に身を染めた喜助でした。彼の行為は、果たして罪悪の伴う殺人だったのでしょうか?

我々は義務教育において、こういった倫理的な問題を学んできました。しかし、実際は「安楽死」というもどかしいテーマによって、本来の問題を目隠しにされていたのです。

森鴎外が、「高瀬舟」に描いた本当のテーマは、知足に関する政治批判です。

当時は第一次世界大戦の最中で、丁度日本が中国に「対華21カ条要求」を突きつけた背景がありました。小国である日本が、他国への侵略を突き進め、ぶいぶい言わせながら、中国に過剰な権益要求をふっかけたのです。これら中国への際限ない要求を猛進させる政治家を、人間の欲望は尽きることがない、という民衆の些細な生活に置き換えて批判していたのです。

ただし、冒頭にも記した通り、当時の明治政府は、社会主義者の弾圧や、文学者の思想・言論の制約を推し進めていたため、あまりにも露骨に政治批判を行うと検閲に引っかかってしまいます。そのためにカモフラージュとして、わざと安楽死という道徳テーマを挿入して、検閲の目を誤魔化したのです。

どうか、2020年代の目まぐるしい生産消費スピードに当てはめて、今一度「知足」に関するテーマを考えて欲しいものです。

人間の幸福とは?

庄兵衛の疑問の真意

弟殺しの真相を聞いた庄兵衛は、すっきりしない蟠りを抱えていました。つまり、安楽死に対する道徳的な問題に正解答を見出せなかったのです。

正解がなく、自分では判断のつかない道徳的な問題を、庄兵衛は「自分よりも上のものの判断に任すほかない」と結論づけました。

道徳のような曖昧な問題は、その時の権力者の意向によって正義にも悪にもなり得る、という滑稽な日本社会を批判していたのでしょう。

遠藤周作の「海と毒薬」という小説では、日本人には信仰する神の存在が欠落しているため、人体実験のような倫理問題を侵害する事態が起こり得ると主張していました。裏を返せば、神という超越した存在が倫理観を規定しない日本では、その時の権力者の意向が正しさであり、同調圧力によって誰しもが罪を犯す可能性があるということです。

喜助が弟を苦しみから解放するために殺した行為は罪に問われ、際限なく中国を侵略する政治家は咎められない、そんな権力者中心に倫理問題が規定される可笑しさを、庄兵衛の違和感によって表現していたのではないでしょうか。

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以上で、森鴎外の短編小説『高瀬舟』のあらすじと考察の解説を終了します。

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