森鴎外『高瀬舟』あらすじ解説|教科書では教えない裏テーマ

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高瀬舟1 散文のわだち

森鴎外の小説『高瀬舟』は、教科書にも掲載される有名な文学作品です。

江戸時代に実在した、罪人を護送する高瀬舟を舞台に、安楽死・知足の倫理問題が描かれています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者森鴎外(60歳没)
発表時期  1916年(大正5年)  
ジャンル短編小説
時代小説
ページ数15ページ
テーマ安楽死
知足
政府批判

あらすじ

あらすじ

江戸時代には罪人を高瀬舟に乗せて島流しにする慣習があった。罪人の多くは凶悪犯ではなく、やむをえず罪を犯した者が多い。そのため護送人は、時には罪人の悲惨な境遇に胸を痛めることもあった。

ある時、喜助という男が弟殺しの罪で高瀬舟に乗せられる。だが喜助は自らの境遇を悔恨するどころか、むしろ愉快な調子であった。不審に思った護送人の庄兵衛は我慢できず、なぜそんなに愉快な調子なのかを尋ねた。すると喜助は、これまで散々貧困に苦しんだ身であるため、囚人とは言えど、お上に生活の場を与えて貰えたことを感謝しているのだと打ち明けた。

弟殺しにも特別な理由があった。身寄りがない貧しい境遇の喜助は、弟と二人で助け合って暮らしていた。だが弟は病に臥してしまう。自分の存在が兄の負担になっていると感じた弟は、ある時、剃刀で首を切って自殺を試みた。だが上手く死ねなかった。死にきれずに苦しむ弟は、どうせ死ぬのだから、喉に刺さった剃刀を一息に抜いて早く楽にしてくれ、と喜助に頼んだ。喜助は苦渋の決断の末に、剃刀を引き抜いて弟を殺したのだった。

喜助の話を聞いた庄兵衛は、苦痛から救うための人殺しは罪なのだろうか、と腑に落ちないのであった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

丸くなった晩年の森鴎外の傑作

森鴎外に「嫌なやつ」という印象を抱くのは、教科書で習う『舞姫』の影響だろう。ドイツ留学中に現地で恋人を作り、子供を孕ませた上で捨てて日本に帰国する。さすがにどこまで実体験かは不明だが、愛よりも立身出世を優先する点においては冷血な印象を抱かざるを得ない。

それはいわゆる、エリートの人間に対する嫌悪感だろう。

そもそも明治時代に海外留学を経験できる時点で、彼が選ばれしエリートだったことが判る。神童と呼ばれた鴎外は、東京大学医学部を卒業し、陸軍省に入省して陸軍病院に勤務した。最終的にはトップの地位まで上り詰める。また海外の情報が乏しい時代に留学経験を小説で発表し、芸術の分野でも賞賛された。まさに負け知らずのスーパーエリートである。

一方で鴎外はその勝ち気な性格から敵を作ることも多く、一時は福岡の小倉という田舎に左遷されていた。負け知らずの鴎外には屈辱だったに違いない。だが結果的にこの経験は鴎外の人格に大きな影響を与える。小倉で庶民と交流したことで、徐々に角が取れ、人情味を取り戻したと言われているのだ。

再び東京に戻った鴎外は、政治色の強い作品を発表するようになる。また親しい関係であった乃木希典が殉死し、その時代錯誤的な行為について批判の声も多かった中で、友の名誉を守るために、殉死を描いた歴史小説を発表する。冷血に見えた鴎外が、人情的な作品を発表したのだから、彼の中に何か人格的な変化があったのだと推測できる。

それ以降、鴎外は歴史小説の形式でメッセージ性の強い作品を発表するようになり、その1つが『高瀬舟』というわけだ。

「嫌なやつ」の印象が強い鴎外が、挫折や友の殉死を経験し、人情味を取り戻した末に発表した作品。こういった経緯を踏まえた上で、『高瀬舟』の物語に込められた倫理的なメッセージを考察していく。

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江戸時代の京都に実在した高瀬舟

作品の冒頭に記される通り、高瀬舟とは、江戸時代に罪人を島流しにする際に用いられた護送用の船である。この事実は、江戸時代の随筆「翁草」に記されている。

森鴎外は校訂された「翁草」を読み、その中に記された弟殺しの罪で高瀬舟に乗せられた男の物語に興味を持ち、本作『高瀬舟』を執筆したようだ。

当時の罪人には、島流しに際して、お上から二百文の財産が与えられる慣習があった。二百文とは、当時の相場で米が三升買える程度のはした金であるが、これまで貧困に苦しんできた男は二百文を大いに喜んだ。また弟殺しの内情は、自殺に失敗した弟に早く楽にしてくれと頼まれ、やむなく実行したものだった。

はした金に満足する男。弟を楽にするために犯した殺人・・・

森鴎外はこの物語から、「知足」「安楽死」という二つのテーマを見出し、問題の是非を社会に問う意図で作品を発表したのだろう。

安楽死は悪なのだろうか?

まずは安楽死のテーマについて考察していく。

貧しい喜助は、弟と助け合って暮らしていた。だが弟は病を患い働けなくなる。弟は自分の存在が兄の経済負担になっていると感じ、剃刀で首を切って自殺を試みるが、上手く死にきれず血まみれで苦しんでいた。喜助はすぐさま医者を呼びに行こうとするが、弟に引き留めらる。どうせ助からないから早く楽にして欲しい、というのが弟の言い分だった。

この時に喜助は、苦しみながら死にゆく弟を見守るか、いっそ自分の手で楽にしてあげるか、という究極の選択に迫られていた。

まさに「安楽死」の是非を問う状況である。

もちろん人間が人間の命に手を下す行為は倫理的に許されない。西洋的な価値観で言えば、神が創り出した人間の命を人間が操るというのは、神に対する冒涜に他ならないのだ。こういった宗教倫理は、死刑制度や人工中絶や戦争の問題とも密接に関わっている。

だが文明が発達するにつれて、宗教倫理の不完全さを否めなくなった。状況次第では、安楽死が肯定される可能性もあり得るからだ。

ともあれ現在の日本では変わらず安楽死は違法であり、基本的に延命が推奨されている。仮に延命治療を拒否する場合は、患者が苦しみながら自然に死ぬのを待つことになる。本人の意思であろうと安楽死は許されないのだ。だが脳死の場合は、肉体が生命活動を維持していても臓器提供が許される、という例外が存在する。あるいは欧州の方では安楽死を合法化する国も増えつつある。

いわく安楽死は、倫理を優先すればNGであるし、本人や家族の感情を優先すれば検討の余地がある、簡単に結論を出せない問題なのだ。

森鴎外は、決して安楽死が善とも悪とも唱えていない。そもそも文学とは、肯定否定の立場を主張するのではなく、問題そのものを社会に提言する役割を持つ。『高瀬舟』を読み終えた時、我々は答えのない問題に直面する。結論が重要なのではない。思案することに意味があるのだ。最も罪悪なのは問題から目を背けることだろう。

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知足の問題に隠された裏テーマ

安楽死が最重要テーマに思われがちだが、実は森鴎外は「知足」の方を強く主張していたという解釈も存在する。

「知足」とは文字通り、足ることを知る、という意味である。

高瀬舟に乗せられた喜助は、たった二百文の金を喜んでいた。あるいは貧困ゆえに落ち着く場所がなかった喜助は、島流しと言えど、与えられた場所で一生懸命働こうと考えていた。まさに喜助は、足ることを知る人間だったのだ。

そんな喜助の心持ちを知った護送人の庄兵衛は次のようなことを考える。

人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、少しでも蓄があったらと思う。蓄があっても、又その蓄がもっと多かったらと思う。かの如くに先から先へと考て見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。

『高瀬舟/森鴎外』

要するに、人間の欲には終わりがない、ということだ。それにも関わらず、喜助のように自分の境遇に満足できる者がいることを知って、庄兵衛は感心していたのだ。

この人間の飽くなき欲望には、実は当時の政府に対する風刺が隠されている。

当時は第一次世界大戦の最中で、日本は中国に「対華21カ条要求」という不平等条約を突きつけた。日本が他国へ侵略を突き進め、中国に過剰な権益要求をふっかけたのだ。まさに国家権力という際限ない指導者の欲望を象徴する出来事である。

森鴎外は「知足」を覚えない当時の日本政府に疑問を抱き、喜助の境遇を通して、早く満足を知ることを訴えていたのだろう。直接的な表現を避けたのは、当時の明治政府が社会主義者の弾圧や、文学者の思想・言論の制約を推し進めていたからである。露骨な政府批判だと検閲に引っかかるため、わざと曖昧な表現や、あるいは安楽死という別テーマを挿入して、検閲の目を誤魔化そうとしたのだろう。

今も変わらず、世界は指導者の飽くなき欲望とプライドによって争いが絶えない。未だ足ることを知らない21世紀の社会に、どうか森鴎外のメッセージが届くことを願うばかりである。

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