芥川龍之介『河童』あらすじ解説|自殺をほのめかす内容考察

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河童 散文のわだち

芥川龍之介の小説『河童』は、自殺直前に執筆された中編小説です。

ある狂人が河童の国に迷い込み、異文化に触れることで、人間社会を暗に批判するという、メルヘンかつ風刺的な物語です。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者芥川龍之介(35歳没)
発表時期   1927年(昭和2年)  
ジャンル中編小説
ページ数77ページ
テーマ人間社会/日本社会の批判、
自殺の動機

あらすじ

あらすじ

ある精神病院に入院する狂人は3年前に奇妙な経験をしました。なんと登山の最中に河童を発見し、追いかけるうちに、河童の国迷い込んでしまったのです。

河童な国に人間が迷い込むのはよくあることで、主人公はチャックという河童の国の医者の家に居候することになります。河童の国の文明は、人間社会とさほど違いませんが、文化や習慣は異なります。

・出産は胎児が拒めば中絶
→親よりも子の意見を尊重
・健全な者は不健全な者と結婚
→悪遺伝の撲滅
・女性主体の恋愛
・危険な音楽は演奏禁止
→目に見えない表現を取り締まる
・解雇された職工は食肉になる
→資本家優位の社会
・罪状が転嫁されることはない
・死刑の手法は言葉による殺人
→人間の国ではそれは自殺と呼ぶ
・近代教(生活教)を信仰

異文化に触れたのち、主人公は人間の世界に帰ります。ところが人間社会に戻れば、河童の国に帰りたくなり、失踪したところを捕えられ、精神病院に入院させられます。夜中には、時々河童たちが訪ねてくれます。

主人公は早発性痴呆症だと診断されます。しかし河童の国の医者チャックは、世間の人間こそ早発性痴呆症だと主張するのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

自殺の直前に書かれた物語

本作『河童』は芥川の晩年の作品で、一連の遺書的作品のひとつに当たります。

当時の芥川は、母親に関するトラウマ、親戚の自殺、執筆の苦悩、労働苦など、あらゆる問題に苦しめられていました。その結果、薬物中毒に陥り、最終的には自殺してしまいます。

そんな絶望的な状況の芥川が執筆した本作『河童』には、自殺の原因となった当時の苦悩が描かれています。河童の国というSF的な設定が採用されていますが、ある意味、私小説のような作品として捉えることも可能です。

本記事では、当時の芥川がどのような苦悩を抱えていたのか、物語から考察します。

遺伝に関する問題提起

出産に際して、両親の都合を尊重するのではなく、胎児の意見を優先する場面がありました。作中では、「父親の精神病の遺伝が懸念されるので生まれたくない」と胎児が主張し、中絶されます。これは芥川龍之介が生涯抱いた強迫観念の正体です。芥川龍之介の母親は精神病を患っており、彼は幼少の頃から気が狂った母親を間近で見てきました。遺作にも「なぜ母は気が狂ったのか」という文章が綴られるくらい、彼にとって母の精神病は尾を引く闇だったのでしょう。母の遺伝によって自分もいつか気が狂うという強迫観念を持ち続けていたからこそ、本作『河童』では遺伝にまつわる問題提起が多くなされていたのです。

健全な河童が不健全な河童と結婚することで、悪遺伝を撲滅するという思想も登場しました。当時、世界では優生思想の風潮が高まりつつあり、最終的にはナチスの悲劇に繋がるわけです。劣勢の性質は子に遺伝するという考えが当然のように信じられていたからこそ、母親が精神病だった芥川龍之介は恐怖を抱いていたのでしょう。ともすれば、「父親の精神病の遺伝が懸念されるので生まれたくない」と主張した胎児は、芥川龍之介の化身であり、自分が生まれたことに対する疑念を表現していたのではないでしょうか。

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家族に関する問題提起

しばしば家族制度に関する批判が綴られていました。詩人のトックが口にした「親子夫婦兄弟などというのは尽く互いに苦しめ合うことを唯一の楽しみにして暮らしている」という台詞が印象的です。

芥川龍之介の母親が精神病になった原因の1つとして推測されるのが、夫(芥川の父)が自分の妹(母親の妹)と不倫していたことでした。母の死後、母方の実家に引き取られた芥川龍之介は、父母両家のギクシャクした関係のせいで、恋が叶わなかったなど苦しい経験をしています。彼にとって家族とは、自分の幸福を阻害する要因だと感じていたのかもしれません。

晩年には、義理の兄が放火と保険金詐欺の嫌疑をかけられ自殺します。多額の借金を残しての自殺だっため、芥川龍之介は遺族を養わなければいけないという過酷な境遇に陥ります。

作中では、万年筆を子供のために盗んだ河童が、子供の死によって無罪になる場面が描かれていました。これはまさに、遺族が死者の借金を背負わなければいけない制度に対する皮肉であり、ひいては自分を苦しめ続けた家族制度に対する痛烈な批判だったのかもしれません。

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労働に対する問題提起

解雇された職工が食肉にされる設定は、近現代の社会に対する痛烈な批判でした。

河童の国と同様に大量生産が促進されていた当時の日本の労働状況に、芥川龍之介は警笛を鳴らしていたのだと思います。資本家に都合のいい制度が作られ、貧しい人間、ひいては娘たちは自分の身体を売って生計を立てる状況でした。やむをえず売春婦になって男たちに身体を売る行為を、共食いに例えていたのでしょう。

政党は新聞が支配し、新聞は資本家が支配するという構図は、資本主義の末路であり、現在の日本にも当てはまる問題提起です。メディアがスポンサーに都合のいい報道をするのは周知の事実であり、酒・ギャンブル・消費者金融の広告がテレビCMを席巻していることを今更驚く人はいないでしょう。資本家のゲエルが口にした「嘘ということを誰もが知っていれば正直と変わらない」というウィットに富んだ皮肉は、資本主義社会の虚偽を訴えていたのでしょう。

あるいは、河童とカワウソの戦争の話もかなり皮肉が含まれています。河童が間違ってカワウソの飲み物に毒を入れてしまったがために戦争に発展したと作中では綴られていました。しかし、事実は明確、これは意図的に勃発させた戦争です。なぜなら資本家であるゲエルはこの戦争を利用して莫大な利益を獲得したからです。当時の世界の戦争が、いかに資本家に都合のいいように仕組まれていたか、という社会の闇を暴露するような描写だったのでしょう。

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芸術に対する問題提起

本作には詩人のトックと音楽家のクラバックという2人の芸術家が登場しました。

彼らが対照的な性格であったのは、芸術至上主義に関する芥川龍之介の葛藤によるものでしょう。トックは、芸術の純粋な在り方を信じ、芸術家は善悪を超越した存在でなければならないと主張していました。まさに、芸術のためであれば何でもやってのける芸術至上主義の考え方です。ところがトックは、心のどこかでは家族制度に憧れを感じたり、俗世間の生き方に心が揺らいでいるようでした。その結果として、彼は自殺するに至ったのでしょう。

一方で、クラバックはトックの自殺に際して、彼の死を悲しむよりも作曲のインスピレーションを受けて大急ぎで駆け出していきます。つまり、クラバックは友人の死すらも自らの芸術の題材にしてしまう、本当の芸術至上主義者だったのです。

自殺したという点から、芥川龍之介はおそらくトックのように、完全に善悪を超越できない蟠りがあったのだと思います。そして、トックが幽霊になって自分の死後の名声を気にしていた場面は、芥川龍之介の最後の世間に対する執着だったのだと思います。

狂人はあなただ

以上のように人間社会に対する様々な批判が描かれていました。

「出て行け!この悪党めが!貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ!この悪党めが!」

『河童/芥川龍之介』

単に冒頭のこの台詞を読む限りでは、狂人が発狂したように感じられます。しかし、河童の世界で様々な経験をした主人公が人間社会に対して放った言葉であることを知ったなら、別の捉え方ができますよね。

医者であるチャックは、精神病院の医者をはじめ、世間の人間こそ早発性痴呆症だと主張しました。

果たして狂人とは誰だったのか。

狂人はあなただ!!

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