芥川龍之介の『河童』あらすじ考察 健常者こそ狂人だという社会批判

河童 散文のわだち
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芥川龍之介の小説『河童』をご存知ですか?

1927年に発表された中編小説で、芥川龍之介が自殺直前に執筆した作品のうちの1つです。

ある狂人が河童の国に迷い込んで、異文化に触れることで、人間社会を暗に批判するというメルヘンかつ風刺的な物語です。日本社会を痛烈に批判した内容には、自殺の動機に直結したと思われる、当時の芥川龍之介の苦悩が描かれています。

家族や遺伝にまつわる問題定義、政治や資本家に対する批判、芸術家の葛藤など、個性的な河童たちが訴える人間社会の醜さを、詳しく考察します。

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『河童』の作品概要

作者芥川龍之介
発表時期 1927年(昭和2年)
ジャンル中編小説
テーマ人間社会/日本社会の批判
自殺の動機

『河童』の300字あらすじ

ある精神病患者が経験した出来事が綴られます。

主人公はかつて登山の最中に河童を発見し、追いかけるうちに河童の国に迷い込んでしまいます。河童の国の文化は、人間社会とはまるで別物でした。出産では胎児の意見が尊重され、結婚では優生学的な試作が施されます。機械化により解雇された河童が食用肉になるなど、資本家に都合の良い法律さえ存在します。

河童の文化に触れた主人公は、人間社会のあり方を考えさせられます。人間界に戻ってからも河童の国を恋しく思い、ひいては精神病院に入院させられます。

入院してからも時々河童たちが見舞いに訪ねてきます。河童は、主人公ではなく人間社会に馴染む世間こそが狂人だと訴えるのでした。

『河童』のあらすじを詳しく

①狂人が誰にでも喋る話

出て行け!この悪党めが!貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ!この悪党めが!

『河童/芥川龍之介』

ある精神病院に入院する狂人には、誰にでも喋るお決まりの話があります。しかし、話が終わるとたちまち、彼はこんなふうに怒鳴り散らしてしまうのです。

彼のお決まりの話とは、3年前に経験した奇妙な出来事についてです。その時彼は登山の最中で、水辺の岩に腰掛けて食事をしていました。すると背後に絵に書いた通りの河童がいるのを確認します。あまりの珍しさに彼は河童を追いかけまわします。

逃げ足の早い河童にようやく追い着いたかと思うと、次の瞬間、男は深い闇の中に転げ落ちてしまいます。そのまま彼は気を失ってしまいました。

②河童の国の可笑しな文化

気がつくと男は河童の国に迷い込んでいました。

医者のチャックという河童に診察され、男はそのままチャックの家に運ばれます。

なんでも河童の国には度々人間が迷い込んでくることがあるそうです。それきり一生河童の国で生活する人間もいるくらいです。主人公の男も特別保護住民として、チャックの隣の家に住むことになりました。

文明は我々人間とさほど違いはありませんが、文化や習慣は尽く異なります。我々人間が真面目に思うことが河童には可笑しく、我々人間が可笑しがることを河童は真面目に考えるのでした。

例えば、産児制限において、人間は両親の都合ばかりが優先されますが、河童は胎児の考えを優先します。なんでも生殖器越しに胎児に話しかけて、生まれるか否かの意思を確認するのです。胎児が誕生を拒めば中絶します。

遺伝に関する考えも独特で、河童の国では悪遺伝を撲滅するために、健全な者が不健全な者と結婚することを推奨しています。つまり、劣った者同士が結婚して、劣った子供が生まれるのを回避しようとする施策です。「人間の世界にはこのような風習は無い」と主人公が言うと、「人間が身分の違う恋をしばしばするのは無意識に悪遺伝を撲滅しようとしているのだ」と河童は見解を示します。

③河童の恋愛

主人公が特に印象に残っているのは、トックという詩人の河童でした。

トックは家族制度に批判的な意見を持っているため、妻を持たず自由恋愛に徹しています。芸術家は善悪を超越した超人でなければならないとトックは考えています。そのため河童の当たり前の生活を忌み嫌い、自由な生活を送っているのです。

ところが、超人を気取るトックも、家族の晩餐の様子を目にすると羨ましく感じてしまいます。彼は芸術家として、何か振り切れない側面があるようです。

河童の恋愛は非常に風変わりです。雌の河童が雄を追いかけまわして、無理やり捕らえて、結婚へこじつけるというのです。事実、学生のラップは雌の河童に捕らえられそうになった結果、口ばしが腐ってしまいました。

哲学者のマッグが言うには、雌の役人が少ないために、雌の過剰な行動を取り締まれないようです。マッグは思想家であるため恋愛をしません。しかし、彼でも雌の河童に追いかけられたい気持ちになる時があるようです。

④クラバックの音楽会

主人公は度々トックと音楽会に行きました。

クラバックというピアノ奏者は、河童の国では前後比類のない天才のようです。ある時、クラバックが情熱のこもったピアノを弾いていると、会場に巡査が現れ「演奏中止」という声が響きました。途端に観客たちは、抗議の言葉を口にします。

河童の国では、絵画や文芸のように表現が明確な芸術は禁止されません。ところが音楽の場合は、風俗を破壊する曲だったとしても分からないため、演奏禁止が命じられるのです。

哲学者のマッグが言うには、河童の国の検閲はどこよりも進歩しているようです。その理由を説明しようとした時には、暴動の空き瓶が飛んできて、脳天に直撃しマッグは気を失ってしまいます。




⑤資本家のゲエル

ガラス会社を経営するゲエルは、資本家です。彼ほど贅沢な生活を送っている河童はいません。

河童の国では工場の設備が発展し、大量生産の弊害によって、多くの職工たちが解雇さているのが現状です。ところがストライキは一切発生しません。なぜなら職工屠殺法という法律によって、解雇された河童たちは殺害され食肉にされてしまうからです。資本家にとっては利益が追求でき、国家としては自殺や餓死の手間を省けるため、双方にとって理想的な法律なのです。

主人公が異議を唱えると、河童たちは人間の世界も同様だと主張します。貧しい娘が体を売っていることと、職工の肉を食うことにどんな違いがあるのかと言うのです。

とにかく河童の国は資本家が物を言わせます。政党を支配しているのは新聞、新聞を支配しているのは資本家、つまり労働者の見方など存在しないと言うことです。

⑥トックの死

主人公はかつて自分から万年筆を盗んだ河童を往来で発見し、巡査に逮捕するように伝えます。ところが、その泥棒河童は、子供のために万年筆を盗んだが、既に子供は死んでしまったため無実になります。つまり、かつて親だった頃に犯した罪は、子供が死に親でなくなった時点で消滅するのです。

河童の国にも死刑制度はありますが、その方法は独特です。絞罪も電気も使わず、単に罪名を聞かせるだけで神経が作用して死んでしまうのです。そのため、河童の国では言葉による殺人が横行しています。人間の世界ではそれを自殺と呼びます。

そんな談話をしていると、ピストルの音が聞こえます。なんと詩人のトックが自殺したのです。駆けつけた音楽家のクラバックは、トックの遺書からインスパイアを受け、素晴らしい曲ができるぞ、と目を輝かせて走って行きました。

哲学者のマッグは、トックの死骸を見つめながら、「河童の生活をまっとうするには、河童以外の何者かの力を信ずることだ」と宗教を示唆する台詞をつぶやきます。

⑦河童の国の宗教

河童の国には、キリスト教、仏教、イスラム教など人間と変わらない宗教が存在します。ところが最も勢力があるのは、近代教(生活教)です。神は1日で世界を作り、ついでに雌の河童を作ったという即物的な新興宗教の類です。多くの河童は熱心に信仰していますが、宗教家の長老などは表面上は信仰しても、内心では信用していません。過剰な女性上位の風潮など、間違った近代化を大衆が無言で信仰している様を表現しています。

トックが自殺したのは、彼が無神論者だったからだと長老は主張します。河童の運命を定めるのは信仰であり、それが欠落していたためにトックは自殺する羽目になったと言うのです。

トックは死後も心残りがあるようで、幽霊になって度々現れます。心霊学協会の報告によると、生前詩人だった彼は死後の自分の名声が気になっているようなのでした。

⑧帰国

様々な出来事を経験し、異色の文化に触れた主人公は、河童の国にいるのが憂鬱になり、人間の世界に帰る決意をします。

「出て行って後悔しないように」と告げられ、「後悔しない」と返事をして人間界に帰国しました。帰国直後は、人間の皮膚の匂いに閉口し、引きこもって生活をしていました。徐々に人間に慣れ始めた頃に、主人公はある事業に失敗し、河童の国に帰りたいと思うようになりました。彼は家を抜け出し、河童の国への入口を探しに行こうとしたところを巡査に捕らえられ、精神病院に入れられてしまいます。

精神病院に入院してから、夜中に河童たちが自分の元を訪ねてくることがありました。精神病院の医者に主人公は早発性痴呆症だと診断されます。しかし河童の医者であるチャックは、精神病院の医者をはじめ、世間の人間こそ早発性痴呆症だと主張します。

哲学者のマッグは、自殺したトックの詩集を届けてくれます。

椰子の花や竹の中に仏陀はとうに眠っている。道ばたに枯れた無花果と一緒に基督ももう死んだらしい。しかし我々は休まなければならぬ、たとい芝居の背景の前にも。

『河童/芥川龍之介』

裁判官だったベップは、職を失った後に、河童の国の精神病院に入れられたらしく、主人公は許されるなら見舞いに行きたいと思うのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『河童』の個人的考察

遺伝に関する問題提起

出産に際して、両親の都合を尊重するのではなく、胎児の意見を優先する場面がありました。作中では、「父親の精神病の遺伝が懸念されるので生まれたくない」と胎児が主張し、中絶されます。これは芥川龍之介が生涯抱いた強迫観念の正体です。芥川龍之介の母親は精神病を患っており、彼は幼少の頃から気が狂った母親を間近で見てきました。遺作にも「なぜ母は気が狂ったのか」という文章が綴られるくらい、彼にとって母の精神病は尾を引く闇だったのでしょう。母の遺伝によって自分もいつか気が狂うという強迫観念を持ち続けていたからこそ、本作『河童』では遺伝にまつわる問題提起が多くなされていたのです。

健全な河童が不健全な河童と結婚することで、悪遺伝を撲滅するという思想も登場しました。当時、世界では優生思想の風潮が高まりつつあり、最終的にはナチスの悲劇に繋がるわけです。劣勢の性質は子に遺伝するという考えが当然のように信じられていたからこそ、母親が精神病だった芥川龍之介は恐怖を抱いていたのでしょう。ともすれば、「父親の精神病の遺伝が懸念されるので生まれたくない」と主張した胎児は、芥川龍之介の化身であり、自分が生まれたことに対する疑念を表現していたのではないでしょうか。

家族に関する問題提起

しばしば家族制度に関する批判が綴られていました。詩人のトックが口にした「親子夫婦兄弟などというのは尽く互いに苦しめ合うことを唯一の楽しみにして暮らしている」という台詞が印象的です。

芥川龍之介の母親が精神病になった原因の1つとして推測されるのが、夫(芥川の父)が自分の妹(母親の妹)と不倫していたことでした。母の死後、母方の実家に引き取られた芥川龍之介は、父母両家のギクシャクした関係のせいで、恋が叶わなかったなど苦しい経験をしています。彼にとって家族とは、自分の幸福を阻害する要因だと感じていたのかもしれません。

晩年には、義理の兄が放火と保険金詐欺の嫌疑をかけられ自殺します。多額の借金を残しての自殺だっため、芥川龍之介は遺族を養わなければいけないという過酷な境遇に陥ります。

作中では、万年筆を子供のために盗んだ河童が、子供の死によって無罪になる場面が描かれていました。これはまさに、遺族が死者の借金を背負わなければいけない制度に対する皮肉であり、ひいては自分を苦しめ続けた家族制度に対する痛烈な批判だったのかもしれません。

労働に対する問題提起

解雇された職工が食肉にされる設定は、近現代の社会に対する痛烈な批判でした。

河童の国と同様に大量生産が促進されていた当時の日本の労働状況に、芥川龍之介は警笛を鳴らしていたのだと思います。資本家に都合のいい制度が作られ、貧しい人間、ひいては娘たちは自分の身体を売って生計を立てる状況でした。やむをえず売春婦になって男たちに身体を売る行為を、共食いに例えていたのでしょう。

政党は新聞が支配し、新聞は資本家が支配するという構図は、資本主義の末路であり、現在の日本にも当てはまる問題提起です。メディアがスポンサーに都合のいい報道をするのは周知の事実であり、酒・ギャンブル・消費者金融の広告がテレビCMを席巻していることを今更驚く人はいないでしょう。資本家のゲエルが口にした「嘘ということを誰もが知っていれば正直と変わらない」というウィットに富んだ皮肉は、資本主義社会の虚偽を訴えていたのでしょう。

あるいは、河童とカワウソの戦争の話もかなり皮肉が含まれています。河童が間違ってカワウソの飲み物に毒を入れてしまったがために戦争に発展したと作中では綴られていました。しかし、事実は明確、これは意図的に勃発させた戦争です。なぜなら資本家であるゲエルはこの戦争を利用して莫大な利益を獲得したからです。当時の世界の戦争が、いかに資本家に都合のいいように仕組まれていたか、という社会の闇を暴露するような描写だったのでしょう。




芸術に対する問題提起

本作には詩人のトックと音楽家のクラバックという2人の芸術家が登場しました。

彼らが対照的な性格であったのは、芸術至上主義に関する芥川龍之介の葛藤によるものでしょう。トックは、芸術の純粋な在り方を信じ、芸術家は善悪を超越した存在でなければならないと主張していました。まさに、芸術のためであれば何でもやってのける芸術至上主義の考え方です。ところがトックは、心のどこかでは家族制度に憧れを感じたり、俗世間の生き方に心が揺らいでいるようでした。その結果として、彼は自殺するに至ったのでしょう。

一方で、クラバックはトックの自殺に際して、彼の死を悲しむよりも作曲のインスピレーションを受けて大急ぎで駆け出していきます。つまり、クラバックは友人の死すらも自らの芸術の題材にしてしまう、本当の芸術至上主義だったのです。

自殺したという点から、芥川龍之介はおそらくトックのように、完全に善悪を超越できない蟠りがあったのだと思います。そして、トックが幽霊になって自分の死後の名声を気にしていた場面は、芥川龍之介の最後の世間に対する執着だったのだと思います。

狂人はあなただ

以上のように人間社会に対する様々な批判が描かれていました。

出て行け!この悪党めが!貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ!この悪党めが!

『河童/芥川龍之介』

単に冒頭のこの台詞を読む限りでは、狂人が発狂したように感じられます。しかし、河童の世界で様々な経験をした主人公が人間社会に対して放った言葉であることを知ったなら、別の捉え方ができますよね。

医者であるチャックは、精神病院の医者をはじめ、世間の人間こそ早発性痴呆症だと主張しました。

果たして狂人とは誰だったのか。

狂人はあなただ!!

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以上、芥川龍之介の『河童』のあらすじ考察を終了します。

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