安部公房『箱男』あらすじ解説|人間社会での存在放棄

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箱男 散文のわだち

安部公房の小説『箱男』は、最高傑作『砂の女』に次いで人気がある作品です。

覗き穴をつけた段ボール箱を被って、都市をさすらう箱男。その奇抜な設定と、読者を幻惑する実験的な作風は国内外で評価されています。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者安部公房(68歳没)
発表時期  1973年(昭和48年)  
ジャンル長編小説
実験小説
ページ数246ページ
テーマ見ること、見られること
匿名性と存在の問題
アンチ・ロマン

あらすじ

あらすじ

青年の記録
段ボール箱を被って街をさすらう「箱男」の青年が、ノートに綴った記録です。

<彼女>に「箱を5万円で売ってほしい」と言われた青年。ことの始まりは、数日前に青年が空気銃で襲撃されたことでした。その時に通りすがりの<彼女>が病院の場所を教えてくれます。青年が病院に行くと、<医者(空気銃の男)>と<看護婦(彼女)>が待ち受けていました。<彼女>に手当てされながら、青年は「箱男」の箱を5万円で売る約束をしていたのです。

約束は履行され、橋の下に居た青年のもとに5万円が投げ込まれます。なぜ5万円も支払われるのかが不可解でした。翌日、青年は海水浴場でシャワーを浴び、箱を置いて病院に向かいます。すると医者が、青年と全く同じ箱を被り<贋箱男>に扮していました。<贋箱男(医者)>は、青年に箱の所有権を譲渡するよう持ちかけます。そして青年と<彼女>の生活を、箱の中から覗かせてほしいと頼みます。覗かれることが嫌な青年は拒否します。二人の問答が続く途中で、この文章の記述が途切れます。

医者の記録
海岸に打上げられた変死体について、医者が綴った供述書の内容です。
供述書の中で、<医書>は実は偽医者であることが明かされます。彼は戦時中に上官である<軍医殿>の名義を借りて医療行為に従事していました。戦時中にある実験で重病になった<軍医殿>は、苦痛を抑えるために麻薬依存になります。そして戦後は、<軍医殿>の名義を<医者>が貰い、代わりに診療所で働き出したのです。<軍医殿>の精神状態が悪化したため、<医者>は同意の上で安楽死を決行します。モルヒネを過剰摂取させて殺し、特殊な装置で溺死に偽装し、あたかも海で溺れたように見せかけたのです。つまり、海岸に打ち上げられた変死体は<軍医殿>だったのです。その真実が明かされた段階で、この文章の記述が途切れます。

再び青年の記録
青年がこれまで綴った出来事はフィクションだったと明かされます。そして時間軸は、再び海水浴場に戻ります。青年は箱を脱ぎ病院に向かいます。すると<医者(贋箱男)>の姿はなく、<彼女>だけが居ました。<医者(贋箱男)>は箱を被って出ていってしまったようです。

それから二ヶ月ほど、青年と<彼女>は仲睦まじく暮らします。ところがある時、<彼女>が出ていったような物音が聞こえます。しかし青年は、建物中のドアや窓を釘付けしていたので、<彼女>は家の中にいるはずです。青年は<彼女>の部屋に入ります。するとそこは知らない街の路地に繋がっていました。<彼女>はこの世界のどこかにいるはずですが、青年は見つけることができないのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

実験的な構造(メタフィクション)

意味がわからない、それが正直な感想だと思います。

『箱男』のあらすじを世界一簡略化して記しましたが、それでも意味不明なのが事実です。

本作はあまりに実験的すぎるため、解釈が非常に困難です。

第一に、ぶつ切りの物語が複数挿入されており、中には大筋から独立した物語も存在するため、あらすじを追ったり、時間軸を把握するのが困難です。

第二に、メタフィクションという技法が使われているため、尽く読者の価値観を裏切ります。

メタフィクションの詳細は控えますが、簡単に言えば、登場人物が虚構の世界に居ることを自覚している状態を指します。

例えば、推理ドラマなんかで、探偵がテレビ越しに視聴者に訴えかけるような場面を目にしたことがあると思います。その探偵は、自分が物語の中の人物であり、それを現実の視聴者が見ていることを意識しているのです。ある種、物語が破綻していることを意味します。この技法は現実と虚構の境界性を曖昧にします。なぜなら、テレビ越しに訴えられた視聴者は、まるでそのドラマが現実と地続きの世界のように錯覚するからです。

以上を踏まえて『箱男』の構造を解説します。

『箱男』においては、登場人物の「手記」が物語を構成しています。つまり、『箱男』という書籍自体が手記そのものなのです。そうした設定にすることで、物語の語り手が、読者が位置する現実世界のレイヤーに入り込んできます。『箱男』という物語は、あたかも我々が生きる現実世界の出来事のように描かれているのです。これも虚構と現実の境界線を曖昧にする、メタフィクション的な技法と言えるでしょう。

ただし複雑なのが、手記の中に、またしても手記が登場する点です。作品の語り手は箱男である「青年」です。ともすれば、「『箱男』という書籍=青年がノートに綴った手記」ということになります。ところが、青年がノートに綴った手記に対して、それを俯瞰的に見て注釈を加える、別レイヤーの手記も見られます。つまり手記の中に、さらに手記が存在する構造になっています。

これは夢野久作の『ドグラマグラ』という作品と共通する構造です。手記の中に手記が存在して、その手記の中にも手記が存在する、という無限の入れ子構造になっているのです。

この無限の入れ子構造がもたらす効果は、語り手を曖昧にすることです。作中でも、「この文章を書いているのは誰なのか」という問題提起が登場します。そのミステリー的な奇怪さが、読者を幻惑させ、言いようのない不気味さを演出しているのです。

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語り手が嘘をつく?

メタフィクションの延長線になりますが、本作の語り手である青年は読者に嘘をつきます。

<贋箱男(医者)>との問答の末に、一度青年の記述は途切れます。そして再度記述が始まったかと思うと、これまでの物語は嘘で、今から綴るのが事実だと言って、再び海水浴場の場面に戻ります。

これは一般的な小説の価値観に基づくなら、ご法度の技法です。なぜなら読者は、語り手が記す文章を真実として読み進めるものであり、語り手に絶対的な信頼を置いているからです。それなのに、物語の途中で、これまでの出来事は嘘である、などと言って読者を騙せば、途端に作品自体の信憑性が損なわれます。読者は何を信じて小説を読み進めればいいのか分からなくなるのです。

ただしこの技法は、しばしばミステリー小説では採用されます。語り手である主人公が序盤から嘘をついており、終盤で主人公こそが犯人だった、というどんでん返しです。

ミステリー小説というエンタメ作品であれば、その種類の裏切りは読者を楽しませます。一方で純文学系統の作品で、読者を騙すことに、何か文学的価値があるのでしょうか。

個人的には、安部公房が意図して読者を裏切ったのには、社会的なメッセージ性が込められていると思います。

大抵の人間が、新聞やテレビなどのメディアから受け取る情報をさして疑いません。それは報道機関に対してある程度の信頼を置いているからです。あるいは、一つのメディアのみから情報を受け取る場合も、それを事実と信じ込みます。外部の情報と照らし合わせない限り、物事の真偽は判らないからです。

安部公房は、こういった「当然事実だと信じ込むことの危険性」を、作品を通じて訴えていたのではないでしょうか。小説の語り手に絶対的信頼を置いている読者が、作中で裏切られる。途端に何が事実で何が虚構かが判らなくなる。そんな状況をわざと読者に強いたのでしょう。

本作が出版された1973年は、脱工業化社会が提唱された年でもあります。これからは情報を扱う産業が割合を多く占めるだろう、という考えです。情報化社会が発展する兆しをいち早く察知した安部公房は、小説というメディアを通して、「事実と虚偽」という問題に警笛を鳴らしていたのかもしれません。

SNSという新たなメディアが普及した現在には、これら『箱男』の主題は一層意義を持つように思います。

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「箱男」は何を象徴するのか?

作品構造の考察に重点を置きすぎたので、ここからは物語を深掘りしていこうと思います。

覗き穴のついた段ボール箱を被って、街をさすらう「箱男」。彼らは何を象徴しているのでしょうか?

一見、浮浪者のようですが、作中では「箱男」と浮浪者は明確に区別されています。そして「箱男」は社会に多く存在するが、人々は彼らの存在に気づいていないようです。

「箱男」は、他者から見られることをa回避した上で、見る側にだけ回った存在なのです。

一般的に、人間は見られることに対して嫌悪感を抱きます。他者にじろじろ視線を向けられれば不快感を覚えますし、それこそ「監視社会」のような概念を本能的に忌み嫌います。

その一方で、人間は見ることに対しては興味を覚えます。周囲の人間を観察したり、盗撮という性癖があったり、あるいは野次馬的に事件に関心を抱くのも、見ることが楽しいからです。

このような「見られる不快感、見る興奮」を持っているのが、社会を生きる人間です。ところが「箱男」は、見る側にのみ徹している、社会から逸脱した存在なのです。

作中には、新宿駅の通路で死んだ浮浪者に、歩行者は誰も気づかなかった、という新聞記事が挿入されています。まさに、その場に存在しながら、存在しないように扱われる人間の象徴として「箱男」が描かれているのでしょう。

それは、ある種の匿名性の象徴とも言えます。

現代社会、とりわけ都市部において、街中を歩く人間は匿名の市民です。匿名のまま外界の事物を見ることができるのです。あるいは野次馬的な視線などは、自分の匿名性が確保され、自分に危害がない場合にのみ、言いようのない興奮を覚えるものです。

ましてやSNSが普及した現在、我々は自分の匿名性を完全に保証したまま、他者を観察したり、攻撃することが叶います。今や我々は皆、「箱男」のような存在なのです。

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「見られる側」としての女性

作中には二人の女性が登場します。看護婦<彼女>と、医師の元嫁です。

不思議なことに、この二人のみ実名が明かされます。他の人物はアルフベッドや<贋箱男>のような名称が用いられます。

これは作者の意図だと思います。

作中では、看護婦<彼女>の裸体を観察する描写が、飽きるくらい綴られます。それは女性が常に「見られる対象」に晒される、社会の価値観を表現しているのでしょう。

加えて、女性の登場人物だけ実名が記されるのは、女性の匿名性が損なわれていることのメタファーでしょう。男性は自分の匿名性を確保したまま、女性を「見る対象」として消費しているわけです。

「箱男」は、匿名社会における、匿名市民、とりわけ男性的な視線を有する人間なのです。

匿名の市民だけのための、匿名の都市(中略)そんな街のことを、一度でもいいから思い描き、夢見たことのある者だったら、他人事ではない、つねにAと同じ危険にさらされているはずなのだ。

『箱男/安部公房』

「A」は、箱男に成り果てた一人です。

つまり、我々は誰しもが「箱男」なる可能性を有しているということです。

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主人公の青年の目的とは?

通俗的な物語作品には、主人公がいかなる境遇に達すれば完結、という法則があります。

少年漫画であれば、主人公が敵を倒せば終了。恋愛小説であれば、主人公の恋が成就すれば(あるいは破局する場合も)終了。

こういった具合です。

ともすれば、『箱男』の場合は、主人公の青年がいかなる境遇に達したから完結に至ったのでしょうか。

それを知るためには、箱男と化した青年の目的を考える必要があります。

箱男の青年の目的、それは箱を脱ぐことです。

むろん箱から出るだけなら、なんでもない。なんでもないから、無理に出ようとしないだけのことである。ただ、出来ることなら、誰かに手を貸してほしいと思うのだ。

『箱男/安部公房』

青年は見る側にだけ徹する箱男に扮したものの、本心では箱から出たいと思っています。

ただし、青年は箱を脱ぐときに、昆虫が蛹から成虫に変身するように、別の世界に脱皮できることを願っています。元通りの自分のまま、元通りの社会に戻ることは望まないのです。

では、どういった条件が揃えば、とりわけ誰の手助けがあれば、彼は箱を脱皮して、成虫になれるのでしょうか。

それは、看護婦<彼女>の存在です。

トンネルの出口は、もうそこに見えている。箱が移動するトンネルなら、裸の彼女はトンネルの出口に差し込む、まばゆい光。ひたすら覗かれることを待つ姿勢。この三年間、ぼくが待ちつづけていたのはたしかにこの機会だったように思う。

『箱男/安部公房』

看護婦の<彼女>は、作中では唯一、見られることを許容する存在でした。彼女はモデルを務めており、見られることに慣れていたのです。彼女は青年の前で裸体になることに一切抵抗がありませんでしたし、彼女の裸体の描写はしつこいくらいに記されます。

その一方で、青年は見られることを極端に拒み、見ることに徹する箱男です。ともすれば、見られることを許容する彼女と、見ることに徹する青年が接触した時に、青年の脱皮が果たされるわけです。

事実、青年は彼女と出会ったことで箱を脱ぐことに成功します。

ところが、箱を脱ぐことに成功しただけでは、物語は完結しませんでした。

詳しくは次段落に続きます。

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青年の目的は果たされなかった?

看護婦<彼女>と出会ったことで、見事箱を脱ぐことに成功した青年。

病院に住まう二人は、二ヶ月ほどは裸のまま仲睦まじく暮らしたようです。ところが、事態は急変、突然に彼女が居なくなってしまいます。

しかし、青年は建物中のドアや窓に釘打ちをしていたので、彼女が外に逃げ出したはずはありません。そう睨んだ青年は、彼女の部屋に踏み入ります。すると、そこは知らない街の路地に繋がっていました。

このような唐突な展開から、彼女を見つけ出すことも叶わずに、物語は完結します。

予想しない展開に戸惑った読者も多いでしょう。この煮え切らない結末にはどんな意味が含まれているのでしょうか。

結論から言うと、青年は箱からの脱出は成功したものの、その次のステップで同様の状況に陥ったのだと思います。

青年が建物中のドアや窓に釘打ちした行為、それは再び外界を閉ざすことを意味します。つまり、箱を脱いだ代わりに、今度は建物の中に自らを閉じ込めたのです。

箱男だった頃とひとつだけ違うのは、<彼女>の存在です。彼女との間で「見る見られるの関係」を克服した青年は、今度は二人だけの匿名世界(巨大な箱の世界)を作り出そうとしたのでしょう。

ところが、青年の意に反して、彼女はいなくなってしまいます。彼女の部屋が知らない街の路地に通じていたことから、彼女は巨大な箱の世界から逃げ出し、一般社会に回帰したのだと考えられます。

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救急車のサイレンが象徴するもの

「救急車のサイレンが聞こえてきた」という最後の一文も意味深長に感じられます。

次作『密会』の冒頭が救急車のサイレンで始まることから、作品同士の数珠繋ぎのような役割だと言われています。

しかし、あえて深読みするなら・・・

救急車のサイレンは、「登録制社会」を象徴しているのではないかと考えられます。

箱男は社会に属さない、自らを証明するものを持たない存在です。その対局にあるのが、戸籍や住民登録や社会保険に代表される「登録制社会」の人々です。

ともすれば、最後のサイレンは、<彼女>が「登録制社会」に回帰したことを告げる合図だったのかもしれません。

<彼女>がどこに行ったのかはわかりません。ひとつだけ分かっているのは、青年は箱の中(家の中)に居て、その箱の内側から見える迷路のような外の世界に、彼女を見つけ出すことができなかったということです。

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