安部公房の小説『R62号の発明』は、SF調の短編作品です。
作品集の表題作になるなど、安部公房の代表的な短編小説でもあります。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
作品概要
作者 | 安部公房(68歳没) |
発表時期 | 1953年(昭和28年) |
ジャンル | 短編小説 SF小説 |
ページ数 | 52ページ |
テーマ | テクノロジーによる支配 人間の尊厳の侵食 |
あらすじ

失業し、運河で投身自殺をしようとしていた機械技師は、学生に声をかけられ、死体を売ってほしいと頼まれます。それも死んだ死体ではなく、生きた状態で死体として提供してほしいと言うのです。理解に窮しながら、謎の事務所に向かった機械技師は、ベッドに拘束され、脳の手術をされて人間ロボット・R62号になりました。
ビルの地下のホールで開催された国際Rクラブで、R62号がお披露目されました。所長は、「人間の果たすべき役割は機械のよきしもべとなることである」と演説し、将来は大多数の人間をロボット化することを発表しました。
R62号は経営不振の高水製作所に貸与され、職務を担うことになりました。その製作所は、なんとかつて機械技師が解雇された会社でした。
やがて、R62号が職場で発明した新式工作機械の試運転が行なわれることになり、高水製作所に関係者が集まりました。工作機械の始動スイッチが押されると、高水社長が機械に抱き込まれ、次々と指が切断され、最後には惨殺されます。残された所長はR62号に対して、「何を作るつもりだったんだ!」と何度も問いかけるのでした。
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個人的考察

テクノロジーによる人間支配
本作が発表された1953年という時代背景を考えると、作品の主題が見えてきます。
戦後復興を遂げた日本社会に、急激にアメリカ産業が流入し、高度経済成長期へと突入する直前の時期が舞台です。つまり、先進的な欧米のテクノロジーによって、人間の尊厳が損なわれる危険性が、作品の重要な主題になっているのです。
主人公の機械技師は、失業が原因で自殺を図ろうとしていました。彼の失業はまさに、テクノロジーの導入によって人間の労働力が軽視された末路と言えるでしょう。
その結果、機械技師は脳の手術によって人間ロボットに生まれ変わります。この突飛な展開こそ、安部公房の先見の明に富んだ洞察力の産物と言えるでしょう。1953年当時において、産業機械が単に労働力を加速させるのみならず、いずれ自ら考え選択する頭脳を備えることを、安部公房は見据えていたのです。つまり、現代では珍しくない人工知能「AI」時代を予言していたことになります。
「将来AIに仕事を奪われる」といった文句を耳にタコができるくらい聞かされた現代人にとって、本作は近未来のSF物語ではなく、今現在起こっている社会問題なのです。
特に興味深いのは、人間自身がロボットに生まれ変わるという設定です。あらゆる天然資源の中で人間が最も安価であるため、人間から人間以上の能力を引き出すことが、一番合理的であると記されています。もっとも倫理的な問題から、このような非人道的な行為が実現するとは考えにくいのですが、安価な人件費という皮肉は否定できないでしょう。
あるいは、人工知能に奪われない能力を追い求めて切磋する文明人は、既に人間本来の尊厳を損ない、ロボットのように社会に従属するだけの存在と言えるかもしれません。
心の豊かさよりも、デジタル時代に取り残されないよう従順で神経質になる現代人。
誰しもがR62号の片鱗を持っていると思いませんか?
R62号を発明した理由
人間ロボット「R62号」を発明した理由は、前述した通り、合理主義の果てに人間から人間以上の能力を引き出すことでした。
しかし作中では、もう一つ重要な目的が描かれています。それは、労働運動の排斥です。
「アメリカに売るな!」というストライキの声から分かるように、テクノロジー支配によって人間の労働価値が損なわれた結果、労働者たちが組合を結成して反対運動を起こしています。この運動を作中では「動物的退化」と記しています。つまりテクノロジーの導入に反対する労働者たちは、国家や資本家にとっては、技術発展を阻害する不穏分子なわけです。
そんな不穏分子を排斥する最も簡単な方法、それは組合の人間たちを従順なロボットにしてしまうことです。
R62号への変身手術を受ける前の機械技師は、喚いて抵抗していました。生きたまま死人(ロボット)にされるくらいなら、本当に死んだ方がましだと主張するのです。ところが手術を終えた機械技師は、頭に三センチのアンテナが設置されている問題に対して、「帽子をかぶってもいいし」と妙に素直になっていました。
1950年代といえば、精神病患者に対するロボトミー手術が国際的に問題視され始めた時期です。おそらく安部公房はこういった社会問題の影響から、人間を従順なロボットに作り替えて、反対勢力を排斥するという着想を得たのだと考えられます。
社長が惨殺された理由
高水製作所に貸与されることになったR62号は、妙なマシーンを発明します。社長はそのマシーンに捕らえられ、順番に指を切断された果てに惨殺されます。
ひとえにこれはテクノロジーによる人間への報復と考えられます。自ら考え選択する知能を持ったテクノロジーが、資本家の不要性という、ある種、皮肉的な合理性によって社長を排斥してしまったのでしょう。あるいは、真の合理性を考えた時、地球上に人間は不要だと考えたのかもしれません。
「人間対AI」という設定ならありふれていますが、あえて、機械になった人間が機械を発明して人間に復讐するという展開が、安部公房らしい込み入ったシナリオと言えるでしょう。
あるいは労働運動を鬱陶しく思っていた社長が、マシーンに指を切断されていく最中、ストライキによって工場の配電盤が破壊されることを強く願う展開も、かなりシニカルです。資本家の身勝手さなのか。それとも人工知能が支配する社会において、正義というものが一転二転する滑稽さを訴えているのか。
最終場面で所長は「何を作る機械だったんだ」とR62号に問いかけ続けます。ところがその答えは明かされないまま物語は幕を閉じます。人間以上の知能を有するテクノロジーを生み出した結果、もはや人間には「何を作る機械だったのか」理解できなくなってしまった、という皮肉的な結末だったのでしょう。
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