葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』あらすじ解説 教科書掲載のプロレタリア文学

セメント樽 散文のわだち

葉山嘉樹の『セメント樽の中の手紙』は、プロレタリア文学の名作のひとつです。

教科書に掲載された唯一のプロレタリア文学としても有名です。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

プロレタリア文学のおすすめ代表作も紹介します。

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『セメント樽の中の手紙』作品概要

作者葉山嘉樹(51歳没)
発表時期  1926年(大正15年)  
ジャンル短編小説
プロレタリア文学
テーマ労働者の嘆き
抜け出せない”生活”
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『セメント樽の中の手紙』あらすじ

あらすじ

貧しい労働者である松戸与三は、休む間もなくセメントを混ぜています。ある時、作業中のセメント樽から謎の小箱が見つかります。終業後に小箱を開けると、中にはボロ布に包まれた手紙が入っていました。差出人は見知らぬ女工でした。

手紙には女工の恋人について綴られていました。なんと恋人は、セメントを作るために石を砕くクラッシャーに飲み込まれ、石と共に砕かれ、セメントになってしまったのです。つまり、主人公が混ぜていたセメントには、手紙の差し出し人の恋人の血肉が含まれていたわけです。女工は、恋人の血肉が混じったセメントが一体何に使われるのかを知りたい、と返事を求めていました。

「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」

手紙を読み終えた与三がそう呟くと、妻から「酔って暴れられたら困る」と叱られます。与三は妻の大きな腹の中に、七人目の子どもを見るのでした。

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『セメント樽の中の手紙』個人的考察

個人的考察

葉山嘉樹の簡単なプロフィール

葉山嘉樹は、小林多喜二と並んでプロレタリア文学の旗手とされる作家です。初期プロレタリア文学の礎を築いた人物と言っても過言ではありません。

士族の生まれで比較的裕福な葉山嘉樹は、早稲田大学に進学しましたが、学費未納で中退になります。その後は貨物線やセメント工場など職を転々とします。労働組合立ち上げ失敗の経験など、労働運動に従事する傍ら、その実体験を題材に執筆活動を行います。

既存のプロレタリア文学が図式的・事実解説的であったのに対し、葉山嘉樹は人間の感情をのびのびと描きました。芸術的な完成度も高かったため、文壇の新進作家として評価されるようになります。

1923年には「名古屋共産党事件」を起こして投獄されています。

ところが思想統制が強まると、プロレタリア文学から転向し、翼賛体制への指示を強めます。植民地開拓にも積極的で満洲に移住しますが、敗戦後の帰国途中に脳溢血で死亡します。

芸術性が優れている

プロレタリア文学は、リアリズムの手法で過酷な労働環境を描くのが特徴でした。代表作の『蟹工船』を読んだ人なら判ると思いますが、叙情的な要素が薄く、事実をいかに誇張して事実たらしめる表現で描くか、という要素が強いです。それと言うのも、共産主義思想の啓蒙の手段としての小説でもあったからです。

一方で葉山嘉樹の作品は、普遍的な文学に通づる叙情表現や、奇抜な題材といった芸術的側面を否めません。つまり、プロレタリア文学が肌に合わない人が読んでも胸を掴まれる文学作品に仕上がっているということです。

「偶然見つけた小箱の中に手紙が入っている」という設定は、大衆的な起承転結の「起」に順ずるロマンスが溢れています。

その手紙に、「クラッシャーで砕かれて人間がセメントになる」というあまりに奇抜な展開が記されているのですから、この時点で完全に心を鷲掴みにされます。

そして、手紙を読み終えた与三の心情が直接は語られず、あえて日常の描写を用いることで、結末に解釈の余地が与えられます。

大衆的に惹かれる導入
  ↓
奇抜な展開
  ↓
想像の余地を与える結末

まさに小説の鉄板の構造が、短い文章で秀逸に実現されているのですから、プロレタリア文学云々の評価ではなく、包括的に素晴らしい作品だと言えるでしょう。

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女工と主人公の心情

私は私の恋人が、劇場の廊下になったり、大きな邸宅の塀になったりするのを見るに忍びません。(中略)あなたが、若し労働者だったら、此セメントを、そんな処に使わないで下さい。

セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹』

いいえ、ようございます、どんな処にでも使って下さい。私の恋人は、どんな処に埋められても、その処々によってきっといい事をします。

セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹』

恋人の血肉がセメントとして全国にばら撒かれ、どことも知らない建物の一部になってしまう。そんな取り返しのつかない、途方もない女工の嘆きが痛々しいのですが、すぐに彼女はある種の諦めのように、死んだ恋人がセメントとして役に立つことを願う文章を記します。

赤々しい反逆心や、資本家批判のような作風がイメージされるプロレタリア文学ですが、本作は非常にセンチメンタルです。小林多喜二とは違って、人間の心情が繊細に描かれています。

恋人がセメントになってばら撒かれるのを阻止したい気持ちと、いっそばら撒かれるなら役に立ってほしいという誇りに似た気持ち、その相反する心情が描かれているのですから文学的ですよね。何かを裁いたり、どちらと決めつけたり出来ない底の深い心理を描くのが文学の核心だと思います。

一方で主人公の心情は一切描かれません。これも文学的な想像の余地を与えて非常に優秀ですよね。女工の手紙を読んだ主人公は、自身の心情によってではなく、家で騒ぐ子供たちの声によって現実に引き戻されます。そして一言。

へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ

セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹』

この力任せな言葉が、象徴的です。

ある面では、惨めな女工(ひいてはその恋人)の境遇と自分の過酷な労働を重ね合わせて、すべてを壊して楽になりたいと願う心情が想起されます。

またある面では、女工の手紙はまるで遠い場所で起きた自分に無関係な事件で、自分は自分の生活で手一杯だ、という利己的な心情とも解釈できます。

その嘆きを妻に叱られる、というユーモア溢れるエンディングまで含めて、完璧な作品だと感じます。

最後の一文に秘められた輪廻の苦しみ

恋人がセメントになったという衝撃的な女工の手紙の一方で、主人公の新しく生まれてくる子供についても印象的に描かれていました。

新しく生まれてくる子供は7人目です。その子供の多さによって主人公の安月給の大半が費やされ、結果的に酒を満足に飲むことさえ許されない状況に陥っていました。つまり、生まれてくる子供こそが主人公の生活を逼迫する原因なわけです。

彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。

『セメント樽の中の手紙/葉山嘉樹』

女工の恋人が死んで、主人公の子供が生まれる。この生命の循環と、永久に貧しい境遇をサイクルする負のスパイラルが、一種の輪廻のように描かれているのではないでしょうか。

「何もかも打ち壊して見てえなあ」という主人公の台詞は、永久に抜け出せない搾取される貧困な境遇、それも一生涯に留まらない、その親の元に生まれた時点で生涯の貧しさが決定づけられるような悪循環を、破壊したいと考えていたのかもしれません。

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