鴨長明『方丈記』あらすじ考察 現代語訳版を紹介 作者の挫折と隠居

方丈記 散文のわだち
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鴨長明の『方丈記』は、日本三大随筆として有名な古典文学です。

無常感を訴えたその文学は、息苦しい現代社会を生きる我々にも共感をもたらします。

変化が激しく、災害が多い現代社会において、我々が求める答えがここにある・・・?

『方丈記』作品概要

作者鴨長明
作成時期1212年(建暦2年)
▶︎鎌倉時代
ジャンル随筆
テーマ無常感
個人の幸福とは
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『方丈記』あらすじ

あらすじ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

『方丈記/鴨長明』

世の無常感を川の流れに喩える美しい冒頭。

下鴨神社の後継だったはずの鴨長明は、後継者争いに敗れ、その後も絶えず暗い人生を送ることになります。とりわけ度重なる災害は、彼に良くも悪くも衝撃を与えました。

大火事によって都の家々は燃え上がり、大竜巻によって吹き飛ばされ、そして大地震によって土地が崩壊。その他にも、都の遷都によって人々は慌てふためき、飢饉によって多くの人々が死に、驕り高ぶる貴族たちでさえ没落していく様を見てきました。鴨長明が冒頭で唱える無常感とは、それまでの豊かな生活が、崩壊していく様子を訴えていたのです。

無常感を悟った鴨長明は隠居生活を始めます。各地を転々とし、最終的には、京都の伏見に、方丈庵と呼ばれる9平方メートルの質素な住まいを築き、安住します。自然の美しさや、信仰、芸術などを自分だけのために堪能し、無常の世界で人間の本当の幸福を追求するのでした。

『方丈記』個人的考察

個人的考察

日本三大随筆のひとつ

誰しもが学校教育で耳にする『方丈記』。

兼好法師の『徒然草』、清少納言の『枕草子』と併せて、日本三大随筆の一つに位置付けられています。

随筆とは、現代で言うところのエッセイを指します。小説のように物語を描くものでも、評論のように物事を論ずるものでもなく、いわば日常の出来事や、その時の感情を記す最も自由な文章です。

では鴨長明は、『方丈記』でどんなエッセイを書いたのか。一言で表すなら、「鎌倉時代の災害と、自分の隠居生活」です。

至極退屈そうな内容だと思った人のために、もう少し咀嚼して説明すると、挫折ばかりの人生に、どえらい災害が頻発し、その結果、無職のまま自分の好きな趣味に没頭し、最低限の生活の中で幸福を追求した男の記録です。

かなり現代的な価値感、しかも最先端のミニマリスト的な生き方だと思いませんか。昨今の郊外移住ブームにも通づる部分があります。

「無常感の文学」と称される『方丈記』には、目まぐるしく変化する世の中、それを象徴する歴史的な事件が綴られます。その上で、安息できない社会に振り回されて苦しむくらいなら、好きなことに没頭して、個人の幸福を重んじませんか、という悟りの境地を訴えています。

なぜ鴨長明は、800年以上前に、こんな最先端の価値観に到達したのか。それを解明するには、彼のあまりに惨めな生涯を知る必要があります。

鴨長明の惨めな生涯

鴨長明は、誰もが知る京都の下鴨神社禰宜ねぎ(神事を統率する役職)の家系、いわば高貴な身分の生まれです。若い時分から、父の後を継いで下鴨神社の禰宜ねぎになることを半ば約束されていた、エリート街道まっしぐらのお坊ちゃんだったわけです。

ところが、事態は一変します。父の死後、後ろ盾を失った鴨長明は、なんと禰宜ねぎの後継者争いに敗北します。その結果、祖母の家に追いやられ、穀潰しの生活を強いられます。これが最初の挫折でした。

没落人生に放り出された彼に追い討ちをかけるように襲ったのは、歴史的大災害でした。

安元の大火」と呼ばれる大火事が都を襲い、一晩で焼け野原、数百人の死者を出したと言われています。その3年後には、「治承の竜巻」と呼ばれる大竜巻が襲い、都中の建物や家財が崩壊しました。さらに5年後、「元暦の地震」と呼ばれる大地震が発生し、甚大な被害を被り、これが最も恐ろしい災害だったと記されています。(南海トラフ巨大地震の説あり)

立て続けに起こる大災害。しかも大地震の直前には、鴨長明は祖母の家も追い出され、都の端の小さな家に移り住むことになりました。ぼんやり鴨川を眺めるだけの毎日だったそうです。

しかし、悲劇ばかりの彼にも、一度だけ転機が訪れます。

なんと、時の権力者・後鳥羽上皇が、鴨長明の歌人としての才能を認め、深く寵愛するようになったのです。その結果、河合社ただすのやしろという、かつて父が下鴨神社以前に務めた神社の禰宜に推薦されます。鴨長明は泣いて喜んだみたいです。

ようやく報われたと思った鴨長明。しかし、やはり彼の人生は悲劇の連続でした。

かつて後継者争いをした相手が、鴨長明の挽回を目障りに思い、なんと河合社ただすのやしろの禰宜のポストに自分の息子を推薦し、またしても鴨長明を締め出したのです。

慈悲深い後鳥羽上皇は、代わりに別の神社の禰宜を格上げし、そちらを鴨長明に薦めます。そんなことは異例で、どれだけ彼が寵愛を受けていたかが分かります。しかし、父の系譜である河合社ただすのやしろ でなければ意味がなく、鴨長明は悲哀の思いで推薦を断ってしまうのでした。

一度も報われることがなかった鴨長明は、遂に出家し、隠居生活を始めるのでした。

人間社会に振り回されて苦しくなるくらいなら、個人の幸福を重んじるべきだ、という悟りは、こういった悲劇の連続の果てに辿り着いたのでした。




無常感の正体とは

「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。」という冒頭が表す通り、『方丈記』は世の無常感を著した文学です。

この有名な冒頭には、「世の中にある人とすみかと、またかくの如し。」という文章が続きます。「すみか」つまり「住居」もまた、絶え間なく移り変わると言うのです。

住居が目まぐるしく移り変わる、その原因は、立て続けに起こった大災害にあります。

いくら立派な家を構え、豪華な家財を揃えても、火事や竜巻や地震によって、いとも容易く損なわれてしまう・・・。

さらに作中では、災害以外にも、「福原遷都」という史実が記されます。

時の権力者・平清盛が、急に都を兵庫県の福原に移したのです。その結果、多くの貴族たちは、京都の住居を捨て、福原に新たな家を建てる必要を迫られました。財産の乏しい貴族はそれが叶わず京都に取り残されました。しかもこの福原遷都はすぐに取やめになり、間も無く都は京都に戻されます。権力者の身勝手によって、民衆は混乱に陥りました。

「古京はすでに荒て、新都はいまだならず」の状況だったわけです。

この身勝手な行いについて鴨長明は、かつての権力者たちは民衆のことを考え「仁をもって国を治めていた」と嘆いています。

さらに民衆を混乱させる出来事が発生します。「養和の飢饉」です。

日照りによって飢饉が起こり、農作物の価格が高騰し、死者は42,300人余に達したと言われています。この飢饉によって、貴族と農家の立場が逆転します。食物が乏しい時期に、高価な家財などは何の役にも立たず、猛威を奮っていた貴族たちは次々に没落していったのです。

災害による都の崩壊、権力者による民衆の混乱、飢饉による立場の逆転。このように既存の価値観がたった一瞬で変化してしまう様を目の当たりにした鴨長明は、人間社会の「無常感」を感じずにはいられなかったのでしょう。(あるいは自身の没落もあって)

今自分が背負っているものが明日には損なわれ、無価値になるかもしれない。それならいっそ最低限の住居と好きなものだけを持って、ひっそり穏やかに暮らそう。そんな考えに行き着くのも不思議ではありません。

隠居生活で見出した幸福とは

権勢のある者は欲深くて、心が満たされるということがない。誰とも関わらない孤独な者は、後ろ盾がないことから軽んじられる。財産があれば心配が多くなるし、貧乏なら悔しさや恨みの気持ちが去らない。人を頼りにすれば、その人の言いなりになってしまう。人を養い育てると、自分の心が愛情に振り回されてしまう。

『方丈記(光文社版現代語訳)』

このように鴨長明は、豊かであれば失う恐怖に苛まれ、されど貧しいのは辛い、という典型的な葛藤に苦しめられていました。

一体どんな場所に身を置いて、どんな生き方をすれば、この葛藤から解放されるのか・・・。

散々考えあぐねた結果、人間社会から離れれば、全てから解放されるのではないか、という結論に鴨長明は辿り着きます。そうして彼の隠居生活が開始されるのでした。

世間に近く住むことがどういうことか、どうなるか、すでに知っているから、もう何かを望むこともないし、あくせくすることもない。ただ、静かに暮らすことだけを考え、余計な心配のないことそのものを楽しんでいる。

『方丈記(光文社版現代語訳)』

「出家」「隠居」と聞けば、どこか厳粛な雰囲気が想像されます。しかし、鴨長明の隠居は、かなりお気楽でスマートなものでした。

なんと僅か3平方メートルばかりの折りたたみ式住居を構え、仮に災害があっても持ち運んで移動できる、滅茶苦茶スマートな生活を基盤にします。これが表題の「方丈の庵」です。

方丈の庵は3つのエリアに分かれています。

  • 一つは簡易な寝床。
  • 一つは、仏教の間。
    ▶︎修行はせず念仏だけを唱え、面倒な日はさぼる。
  • 一つは芸術の間。
    ▶︎誰のためでもなく自分のためだけに琵琶や琴を奏でる。

修行をせずに念仏だけを唱えるのは、鎌倉時代に台頭した新仏教の影響です。浄土宗、浄土真宗、日蓮宗など、飢饉に喘ぐ民衆を救うために、修行を要しない仏教が普及したのです。

なおかつ鴨長明は、面倒な日はさぼる、というかなり気楽なスタンスで出家しているのがおもしろいです。

春は藤の花、夏はうぐいすの囀り、秋はひぐらしの鳴き声、冬は降り積もる雪。元もと芸術肌の鴨長明ですから、自然の美しさに心酔し、豊かな生活を実現できたのでしょう。

俗塵の中を走り回る人々が気の毒だ、と鴨長明は言います。世の中の動向に敏感になって、安心のために財を蓄えたはいいものの、今度は失うことに不安を覚えてしまう。個人の意思ではなく世間の在り方に振り回される生き方は本当に幸福なのだろうか?

現代の我々だって、無常の世界を生きている点では同様です。音楽や映像や言葉は無形化し、テレビは生活から消え、世間が囃し立てた流行は翌年にはオワコンと呼ばれ、DXを異常に要求され、十年後にその職業は無くなっていると脅され、果ては大地震に怯える。

世界そのものが躁鬱病な現代において、『方丈記』は、個人の幸福とは何なのかを諭してくれます。別に鴨長明は人々に隠居生活を強要しているわけではありません。ただ、余計な物を抱え込み、世間的な欲望に流され、自分が本当に好きなものが分からなくなった人々にひと言、もっと楽に生きていいんだよ、と優しい声をかけてくれるのでした。




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