宇佐見りん『くるまの娘』あらすじ考察 芥川賞第一作にして最高傑作

くるまの娘 散文のわだち
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宇佐見りんの小説『くるまの娘』は、芥川賞受賞後、一作目に発表された作品です。

家族の問題を扱った過去二作品の集大成として、新進気鋭の宇佐見文学が最高傑作を放つ。

『くるまの娘』作品概要

作者宇佐見りん
発表2022年(令和4年)
ジャンル中編小説
テーマ自分の痛みと同列の家族の痛み
死ななかっただけの生

読書が苦手、時短したい・・・

『くるまの娘』あらすじ

あらすじ

兄と弟が別居するため、かんこは、母と父と三人で暮らしています。

母は脳梗塞で入院して以来、体と記憶に障害が残り、それが原因で精神的に病み、酒を飲んで発狂することがあります。父は祖母の愛に飢えて育ち、癇癪的に子供達に暴力を振るいます。そんな両親をかんこは独りで背負っており、いつしか鬱病が発症して、学校生活もままならぬ状況です。

物語は、父方の祖母の葬儀に向かう道中によって展開されます。それぞれ痛みを抱える家族を乗せた車内には、始終不穏な空気が充満しています。祖母の家に到着し、久しぶりに兄弟に再会しますが、彼らは明らかに両親を避けています。しかし、かんこはかつての家族に戻りたいという複雑な思いに駆られているのでした。

帰りの車内での不穏な空気はピークに達し、激しく衝突します。発狂、暴力、心中未遂。それもやがてなかったこととして扱われ、かんこはそれが苦しくて堪らないのでした。自分を傷つける相手からは逃げろ、と豪語する社会の中で、かんこにとっては、地獄のような家族を見捨てることは、自分のことと同列な痛みを伴うのです。「依存」という言葉で簡単に切り捨てるこの世界で、かんこはいつまでもこの車に乗って、駆け抜けていきたいと思うのです・・・。

『くるまの娘』個人的考察

個人的考察

芥川賞第一作にして集大成

雑誌「文藝」に掲載された時点から、かなり評判が良かった本作。

作家は三作目が勝負、という言葉をよく耳にします。村上龍は三作目に『コインロッカーベイビーズ』を、村上春樹は『羊をめぐる冒険』を発表し、確固たる立場を築きました。

そして宇佐見りん氏の三作目である『くるまの娘』は、彼女の作家としての才能を決定づける最高傑作と言っても過言ではないでしょう。

衝撃的なデビュー作『かか』は、母と娘の肉体的一体化という凄まじいテーマを描きました。続く芥川賞受賞作『推し、燃』は、昨今の推し文化を描きつつ、その背景には家族の問題がありました。

そして三作目『くるまの娘』は、これまでの集大成のように、過去作品以上に家族の問題に真っ向から取り組んだ問題作です。

過去二作品に共通していたのは、ネットやSNSという仮想現実の世界に、主人公がある種の逃避場所を見出していたことです。しかし、『くるまの娘』にはネットもSNSも登場しません。主人公のかんこは、実生活、しかも車内という社会から断絶された空間で、家族の地獄のような痛みと対峙しているのです。その緊張感と痛々しさは、正直読んでいて苦しくなります。

『かか』『推し、燃ゆ』と続き、宇佐見りん氏の「空恐ろしさ」を十二分に知ったつもりになっていた読者は、彼女のポテンシャルを侮ったいたことに気づくでしょう。もう底に突き当たったと思った部分からさらに奥に掘り進め、その底なしの文筆力は読者にトラウマを与えかねません・・・。

独特な三人称による世界の広がり

過去二作品と違い、本作は三人称で綴られます。ところが、かなり主人公かんこに傾倒した形の三人称で、場合によっては一人称の独白形式に勘違いしかねない、不思議な文章です。

なぜあえて独特な三人称を用いたのか。個人的な印象としては、デビュー作『かか』のような、主人公の独白がもたらす痛々しさに加え、それを取り巻く世界の冷酷さを描きたかったのではないかと思います。

本作の特徴は、車窓から見える風景描写の多さでしょう。風景たちは、かんこの息苦しさや、あるいは痛みを伴う郷愁を映し出す一方で、時に彼女を突き放すような印象も与えます。良くも悪くも三人称であるため、かんこの痛みに対して、どこか他人事なのです。

印象的な場面として、葬儀の帰りに家族で訪れた遊園地があります。かつて家族で撮ったメリーゴーランドに乗る写真を、母は過去に縋る思いからもう一度撮影したいという願望がありました。ところがその日はメリーゴーランドは休止していました。精神的に不安定な母はひどく取り乱し、遊園地のスタッフに対して嘆き始めます。家族の痛みを背負ったかんこは、周囲の目を憚らず、柵を乗り越えメリーゴーランドに跨り、家族の名前を必死で叫びます。しかし、家族はかんこに便乗することなく、冷ややかな目を向けるだけでした。

この痛々しい場面を読んでいる時、急に三人称の冷酷な印象が滲み出るのを個人的に感じました。引きのカメラワークになったように、惨めなかんこを傍観する視線に切り替わる印象を覚えたのです。

独りで家族の痛みを背負うかんこを、世界はただ外部から憐れみ、同情するだけで、歩み寄ることも完全に見捨てることもしない。付かず離れずの距離感を保っているのです。そのあまりにも現実的な世界の在り方が、本作の作品構造の鍵となっているのではないかと思います。

三人称なだけに、過去作品に比べて、本作で描かれる世界は格段に広がりを見せます。それはあまりに強固で殺伐とした、不条理な世界の広がりです。『かか』のように、主人公一人称で描かれる、どうにもならない世界でどうにかなりたいという個人的な期待は排除され、ただ、どうにもならない現実世界の痛みだけが淡々と描かれるのです。

本来三人称という俯瞰的な目線の手法が、逆に主人公のどうしようもない痛みを拡張させるのですから、これは宇佐見りん氏の新しい発明と言っても過言ではないでしょう。




「依存」で切り捨てる社会からの脱却

たったひとりで、逃げ出さなくてはいけないのか、とかんこは何度も思った。自分の健康のために。自分の命のために? このどうしようもない状況のまま家の者を置きざりにすることが、自分のこととまったく同列に痛いのだということが、大人には伝わらないのだろうか。

『くるまの娘/宇佐見りん』

本作の主題は、作中に綴られるこの文章に集約されているでしょう。

世間の人々も、専門の団体も、ニュース番組のコメンテーターも、自分を一番大切にしなさい、例え家族であっても危害を加える毒親からは逃げなさい、そういう言葉で社会を正しい方向へ導こうとします。

もちろん彼らの主張は重要な啓蒙なのですが、果たして、逃げることが、当事者の子供にとって、本当の意味での救いなのか、その文脈は切り取られています。

愛されなかった人間、傷ついた人間の、そばにいたかった。背負って、ともに地獄から抜け出したかった。

『くるまの娘/宇佐見りん』

例えば、施設に保護された虐待児が自ら親の元に戻る選択をすることは、珍しくないと言います。その結果を、「依存」という言葉で切り捨てる社会は、本当に人々を救うために機能しているのでしょうか。

もつれ合いながら脱しようともがくさまを「依存」の一語で切り捨ててしまえる大人たちが、数多自立しているこの世をこそ、かんこは捨てたかった。

『くるまの娘/宇佐見りん』

かんこは両親のを背負うことと、両親から逃げ出すことを、同列の痛みだと感じています。背負うのも痛い、逃げ出すのも痛い。

デビュー作『かか』で描かれたように、親と自分を肉体的に同一な存在として捉えているのでしょう。両親が痛みを抱えていれば、自分も同じだけ痛みを感じてしまう。だから、かんこは自分だけではなく、両親と一緒に地獄から抜け出したいと願ったのでしょう。

かんこはいつまでも車に乗っていたいと思っていました。車内で巻き起こる不穏な空気や、窒息しそうな衝突、それらを抱えたまま車を走らせ、共に地獄から脱出したかったのです。傷ついた家族を置いて、自分だけ車から降りることはできなかったのです。

かんこにとって車内とは、かつて家族全員で車中泊をした思い出の空間でした。だからこそ、車を通して、また元通りの家族に戻れると信じていたのでしょう。「依存」で切り捨てる社会を、加速する車が突き抜けると信じ、その先に本当の救いを見出したかったのではないでしょうか。

たまたま死ななかっただけの命

生きているということは、死ななかった結果でしかない。みな、昨日の地獄を忘れて、今日の地獄を生きた。

『くるまの娘/宇佐見りん』

世界は無情である、というのはあまりに陳腐な表現かもしれません。しかし、世界は起こった悲劇には敏感でも、「死ななかった結果の生」には見向きもしません。

誰かが突っ込まなかった交差点、飛び込めなかった線路、首を吊れなかった杉の木、街の至る所にはそういうものがあって、世界はそれを平和と呼ぶ、と作中に綴られます。死という結果に至らなかった痛みは、平和という言葉に集約されて、誰にも気づかれずに痛み続ける。

生きることを選んだのではなく、死ななかった結果として、ただ生があるだけなのです。

かんこは同級生に、「お前んち、仲、いいな」と言われたことがありました。彼はきっと世界の写鏡で、死という結果に至らなかった痛みを、平和と呼んでしまう存在なのでしょう。

かんこは確かに痛みを抱えている。仮に父親がアクセルを踏み、横断歩道に突っ込めば、かんこや家族の痛みは、初めて社会に悲劇として認知される。しかし、父親はアクセルを踏まない。そんなことがあってはいけない。だからかんこの痛みは、いつまでも平和という言葉に集約される。

それが今の社会なのだと思います。世界は無情である、それはやはり紛れもない事実です。

宇佐見りん氏の作品を読むと、いつも私は思うことがある。どうか今度こそは主人公が救われますように。そうして私はいつも深い悲しみに囚われてしまう。だけど彼女の作品を読むと、文学があってよかったと切に思う。制度や大人たちの一般論だけでは浮き彫りにならない、かんこの痛みが確かにこの世界にあることを知れるからである。文学でしか知る由のない痛みが、世の中には確実に存在する。




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