森鴎外の『山椒大夫』あらすじ考察 作品から紐解く森鴎外の人間性

山椒大夫 散文のわだち
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森鴎外の小説『山椒大夫』と言えば、晩年の代表作ですよね。

「さんせう大夫」と呼ばれる説話を基に、森鴎外が物語の展開や構成を独自にリメイクして、歴史小説として書き直した作品です。

『舞姫』のような初期の作風とは異なる主題や、原作の説話を大きく作り替えた意図などを、森鴎外の生涯と照らし合わせながら考察していきます。

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『山椒大夫』の作品概要

作者森鴎外
発表時期 1915年(大正4年)
ジャンル短編小説、歴史小説、
説話のリメイク 
テーマ家族愛、社会制度の批判 

『山椒大夫』の簡単なあらすじ

父の消息を確かめるべく、家族は長い陸路を歩んでいました。姉の名前は安寿、弟の名前は厨子王と言います。

ところが道中で親切にしてくれた船乗りに騙され、子供たちと母親は別々の場所に売り飛ばされてしまいます。

幼い姉弟は山椒大夫のもとに売り飛ばされて、奴隷として重労働を課せられます。ある時には脱走の計画が、山椒大夫の側近である息子にバレ、額に焼印を入れられる夢にうなされたこともありました。夢から覚めるとお守りの小さなお地蔵様の額に十字の傷が出来ていました。まるで自分たちの身代わりになってくれているようです。

恐ろしい夢を見て以来、姉の安寿の様子がおかしくなってしまいますが、すべては弟の厨子王を逃がしてやる計画のためだったのです。姉の犠牲によって、弟の厨子王は山椒大夫の元から逃げ出すことに成功します。安寿の魂を背負って、必ず父と母を見つけ出すと決心したのでした。

やがて厨子王は役人に出世し、見事奴隷制度の撤廃を果たしました。既に姉と父は死んでいましたが、依然として母の消息は判らないままです。

ある時、厨子王が佐渡島を捜索していると、ボロを着た老婆を見かけます。老婆は自分の名前を口ずさんでおり、彼は堪らずは女の前に飛び出します。すると、老婆は「厨子王」と叫んだのでした。




『山椒大夫』の個人的考察

地蔵が家族の意思を引き継いでいた

本作で最も重要なのはお守りである地蔵の存在でしょう。

冒頭の人買いに騙され生き別れになる直前に、母親が安寿に託したお守りでした。

脱走の計画がバレる夢の場面では、地蔵が安寿の身代わりになってくれていました。原作との相違点は後ほど紹介するのですが、実際に夢だったのかという部分を考えるのであれば、地蔵が夢にしてくれたと考察するのが相応しいでしょう。つまり兄弟の計画は見張りの三郎にバレており、拷問を受けるタイミングで地蔵が安寿の身代わりになったので、結果的に夢の出来事として処理されたのだと思われます。これはつまり、母親の子供を思う意思が地蔵を通して働いたのではないでしょうか。母親が拷問から安寿を救ってくれたと考えることが出来ます。

さらに安寿の計画によって、厨子王が山椒大夫の元から脱走する場面では、姉から弟へと地蔵が引き継がれます。地蔵はその後、逃げ切った厨子王が役人として出世するためのキーアイテムになりました。つまり安寿が厨子王に託した希望が、地蔵を通して具現化された、と考えることが出来ます。

そして最後には、佐渡島で再会した盲目の母親の前に地蔵をかざすと、母親は目を開いて厨子王の存在を認識しました。つまり、子どもが母親を思う気持ちが、地蔵を通して神秘的な力として効能を示したと考えることが出来ます

このように、母親から安寿へ、安寿から厨子王へ、厨子王から母親へ、という家族愛の意思がぐるりとサイクルして、結果的に愛する母親と再会を果たすという役割を、お守りの地蔵が担っていたのでしょう。

原作との相違点

説話の『さんせう太夫』に脚色を加えて作り替えた本作は、原作とは異なる設定が多く、ほとんど森鴎外独自の物語に書換えられています。

原作からの変更点は大まかに3つあります。

①夢の中での焼印
脱走の計画が三郎にバレて罰として焼印を入れられる夢を姉弟は見ました。夢から覚めるとお守りのお地蔵様の額に十字の傷ができており、後にこのお守りが重要な役割を果たすことを暗示していました。
ところが原作では、実際に姉弟は罰として額に焼印を入れられます。

②安寿の入水自殺
いささか安寿の自殺は奇妙であり、厨子王と一緒に逃げればよかったと誰しもが考えたことでしょう。恐らく、安寿の持つお地蔵様が厨子王に引き渡されることで、彼女の意思が厨子王の中に生き続けるというドラマチックな展開を演出するために、彼女の死は不可欠だったのだと思います。
ところが原作では、安寿は山椒大夫に捕らえられ、酷い拷問を受けて死んでしまいます。

③国守になった厨子王の改革
かつて自分をこき使った山椒大夫は、厨子王の改革によって奴隷を開放することになりました。しかし奴隷解放は一時的な損失であり、山椒大夫は後に一層栄えたと記されています。何となく腑に落ちない感覚がありますよね。
ところが原作では、厨子王の復讐によって山椒大夫と三郎は処刑されます。欲深い山椒大夫には褒美として黄泉の国の領土を与えるという気の利いた痛快な殺し文句で成敗されます。しかも、息子の三郎に山椒大夫の首を斬らせるという最も残酷な方法で処刑します。

つまるところ、森鴎外は、原作の残虐な描写を徹底的に排除していることになります。

原作の説話は中世に流行った、虐げられた平民の不満を代弁した快進撃的な物語だったのです。それを森鴎外は、家族愛というテーマに重点を置いて創作し直していたのです。

なぜ家族愛に重きを置いたのか

もちろん母と厨子王の再会も感動的な結末ですが、せっかくであれば山椒大夫への痛快な復讐劇も描いて欲しかったですよね。

あえて残虐な設定を排除した理由を、森鴎外の生涯から紐解いていこうと思います。

夏目漱石と並んで明治を代表する文豪である森鴎外は、島根県の医者の息子として生を受けました。幼少の頃から非常に学力が高く、あまりにも天才過ぎた故に、2歳も年齢を胡麻化して早々に東大の医学部に合格します。さらには首席で卒業し、軍医としてエリートコースまっしぐらの負け知らずの青年でした。

当時選ばれし者だけが許された海外留学を果たし、ドイツで恋人を作った経験は『舞姫』で描かれた通りです。日本人と西洋人の恋愛物語は、当時の日本の文壇では衝撃的過ぎる設定であったため、彼の作品は日本文学の革命として評価されます。学力は天才的で、女性にモテる上に、芸術の才能まで評価されるのですから、もはや右に出る者なしです。

表向きの欠陥が見当たらない森鴎外は、その才能故に多くの敵を作ったのも事実です。

驕り高ぶった彼は、結果的に福岡県の小倉市に左遷されてしまいます。負け知らずでプライドが高かった彼にとっては、この左遷が非常に屈辱的な出来事になりました。『小倉日記』という左遷期間に書かれた随筆には当時の彼の怒りが記されています。

ただし、この左遷が森鴎外にとっての転機になります。数年間の小倉での暮らしの中で彼の高飛車な性格は徐々に変わり始めるのです。田舎の庶民の生活に触れる中で、自己の内面を見直すきっかけになったのかもしれません。

その後東京に戻ってから、家庭を持ち、軍医総監に出世した頃には非常に穏やかな性格になっていたと言われています。

そんな時に起きた乃木希典の殉死事件が、森鴎外に衝撃を与えます。交友関係が深かった鴎外には信じ難い事件だったのでしょう。森鴎外はなんと乃木希典の殉死から5日後に、友の名誉を守るために殉死をテーマにした歴史小説を発表します。

かつて出世のためなら裏切りさえ厭わなかった冷酷なエリート森鴎外が、友の名誉を守るために小説を書くだなんて、既に過去の殻を破り、一つの境地に辿り着いているように感じられます。加えて次男の死という悲劇も重なり、鴎外のマインドは自身の栄光よりも、家族や友に対する愛へとシフトしていたのかもしれません。

そんな時期に発表されたのが『山椒大夫』という小説でした。原作の残虐な設定を排除し、家族愛や、人を信じるという人間同士の結びつきをメインに描いたのは、挫折によって鴎外が真の人間らしさを手に入れたことを示唆しているのではないでしょうか。

森鴎外は、彼のような地位の人間には珍しい小さいお墓の下で眠っています。どうやら森鴎外直々の命令で建てられたお墓のようです。彼の高慢で冷酷なエリートだった人間性がそこには一切見られないのは偶然でしょうか?

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以上、森鴎外の『山椒大夫』のあらすじ考察を終了します。

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