太宰治の『走れメロス』あらすじ考察 メロスは友のために走っていない!?

走れメロス 散文のわだち
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太宰治の小説『走れメロス』をご存知でしょうか? 

愚問、おそらく皆さんは太宰治の作品であれば『人間失格』よりも『走れメロス』の方が馴染み深いと思います。後者は教科書に掲載されているため、義務教育を受けた我々は一様に目を通しているはずだからです。

以前紹介した通り、『人間失格』は日本の文学史上、上位3位を競うほどの歴代ベストセラー小説です。しかし、内容があまりにも過激なため、教科書には掲載されていません。一方、『走れメロス』は純文学の観点でも、道徳的な観点でも、非常にコンパクトにまとまっています。悪く言えば、教科書に掲載しても差し障りがない程度に健全な作品だということです。

それと言うのも、太宰治が『走れメロス』を執筆した時期は、比較的に彼の精神が安定していたのです。結婚し、作家としての原稿依頼も増え、生活が順調だったみたいです。

とは言え、太宰治が生涯追求し続けた「人間」にまつわるテーマが描かれた作品であることには違いありません。もし太宰治に挑戦したい方は、破滅的な独白が控え目で、物語志向が強い本作を読み直すところから始めるのも良いかもしれません。

では、今回もあらすじを紹介しつつ、個人的な見解も説明していこうと思います。

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『走れメロス』の作品概要

作者太宰治
発表時期1940年(昭和15年)
ジャンル短編小説
テーマ信頼の尊さ、友情の美しさ

『走れメロス』の300字あらすじ

メロスは激怒します。人間不信に陥った王が、無差別に人を殺しているからです。

王の愚行を非難したメロスは死刑を宣告されます。妹の結婚式を控えているため、死刑まで3日の猶予を貰い、その間は親友セリヌンティウスが人質になります。メロスが戻らなければ親友が処刑されるのです。

妹の結婚式を終えたメロスは、親友の元へ向かいます。道中多くの災難が彼の行手を阻み、一度は諦めかけます。それでも親友のために走り続け、死に物狂いで約束を果たしました。

再会したメロスと親友は、お互いに一度だけ信用を裏切りそうになったことを謝罪し、熱く抱擁を交わします。その様子を見ていた王は、自らの悪心を顧み、信じる心を取り戻すのでした。

『走れメロス』のあらすじを詳しく

①メロスが激怒した理由

メロスは激怒した。

この馴染み深い一節で物語は幕を切ります。

村の牧人であるメロスは頭が悪く、政治のことは分かりません。しかし、正義感が強いため、悪に対しては人一倍敏感な性格のようです。そんなメロスが激怒した理由とは一体何なのでしょうか。

両親も妻もいないメロスは、妹と二人で暮らしています。その妹が近々結婚するため、メロスは必要なものを街に買いに来ていました。また、街には親友であるセリヌンティウスが住んでいるため、買い物ついでに彼を訪ねるつもりです。親友とは久しく顔を合わしていないので、メロスは再会を楽しみにしています。

しかし、メロスはどこか不自然な街の様子に違和感を覚えます。かつて活気があった街は、妙にひっそりとしていて寂しい雰囲気が漂っているのです。道行く人に事情を尋ねてみますが、彼らは首を振って答えようとしません。そのためメロスは老人にしつこく原因を尋ねます。すると老人は、「王様が人を殺している」と周囲をはばかりながら告白します。

なんでも王様は、人を信用できなくなったあまり、周囲の人間や街の住人を処刑しているそうなのです。

王様の暴君を知ったメロスは、冒頭に綴られた通り、激怒したのでした。

②暴君ディオニスの心情

正義感が強いメロスは感情のまま王城に侵入します。直接王に会って異議を唱えるつもりのようですが、当然見張りに捕らえられてしまいます。さらに、取り調べでメロスの懐から短剣が見つかったため、城の中で大問題になります。

メロスは王の前に引出されました。

暴君ディオニスは、短剣で何をするつもりだったのかをメロスに問い詰めます。するとメロスは正直に、「暴君から街を救うのだ」と答えます。さらに人を信用できなくなった王に対して、「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ」と非難します。しかし王の心には一切響きません。

どうやら王が人を信用できなくなったのは、私利私欲で生きる街の人間たちが原因のようです。人間は私欲のために平気で他人を裏切るので、信用するに値しないと、彼はほとんど人間不信に陥っています。

曇りのない正義感を貫くメロスに対しては、「所詮お前も口だけだ」と非難し、磔の刑を命じます。

③暴君ディオニスとの賭け

メロスは命乞いなどせず、磔の刑を素直に受け入れます。しかし、妹に結婚式を挙げさせたいので、3日間だけ待って欲しいと条件を提示します。

当然、人を信用できない暴君は、3日の間にメロスは逃げ出すに決まっていると、条件を受け入れようとしません。

そのため、メロスは街に住む親友セリヌンティウスを人質として置いていくという条件を加えます。もし自分が3日以内に帰ってこなければ友人を処刑しても構わないと言うのです。

すると暴君はメロスの条件を喜んで受け入れます。もしメロスが帰ってこなければ、人間は私欲のために友さえ裏切ることが証明できるからです。その証明をもって、綺麗事を口にする正直者共に見せつけようと企んでいます。

つまり、王はメロスが友を裏切り逃げ出すと確信しているのです。

王城に召集されたセリヌンティウスに、メロスは事情を説明します。すると友人は無言で頷き、全てを受け入れるようにメロスを抱きしめたのでした。

メロスは、友との約束を果たすために、怒涛の3日間を駆け抜けます。

④妹の結婚式から旅立ち

翌日の朝、村に戻ったメロスは、結婚式を明日開催するように、妹と花婿を説得します。そして予定通り翌日の昼間に結婚式は開催されました。

メロスは祝宴の雰囲気に、しばらく王との約束を忘れていました。それどころか、一生この村で暮らしていきたいと感傷的にすらなっています。しかし自分の身体は、もう自分のものではないことを思い出し、友との約束を果たすために旅立ちを決意します。

3日目の朝、メロスは王城に向けて出発します。約束を果たし、王に対して、人間の誠実さを見せつけてやると心に誓います。

雨の中をメロスは正義のために走ります。

とは言え、メロスは今夜自分が殺されることを想像すると、やはり辛くなります。結果的には殺されるために走っているのだから当然です。正義の決心は強靭であれど、村や妹のことを思うと恋しくて堪らないのでした。




⑤数々の災難

途中、幾度となく災難がメロスを襲います。

まず初めの災難は自然の悪戯でした。前方の川が氾濫し、向こう岸へ渡るための橋が破壊されていたのです。メロスは川岸にうずくまり、一時は弱音を吐きます。しかし約束を果たさねば友が殺されることを思い出し、メロスは激しい川の流れに飛び込みます。大蛇のように荒れ狂う波にも屈せず、体ひとつで向こう岸まで渡り切ってしまいました。

その次に訪れた災難は、山賊との遭遇です。どうやら王の命令でメロスの足取りを邪魔しに来たようです。ところがどっこい、メロスは山賊たちに一撃を喰らわし、難なく敵を倒してしまいます。度重なる災難にも、メロスは決して挫けません。

しかし、メロスにも限界が訪れます。

雨上がりの灼熱の太陽が照りつける下で、峠を走り抜けたメロスは流石に疲労してしまいます。氾濫した川を泳いで渡ったことや、山賊との戦いも併せて、彼の体力を蝕んでいたのです。

目眩を感じながらも、何とか足を動かそうとしますが、にメロスは膝から崩れ落ちてしまいました。

⑥メロスの心の葛藤

精魂尽きたメロスに、凄まじい葛藤が押し寄せます。

友は自分を信じたばかりに今夜殺されてしまう。そうなれば自分は友の信用を踏みにじった裏切り者だ。このままでは王の思う壺である。そう自分に言い聞かせるのですが、体は思うように動いてくれません。

次第に悪い考えが過ります。

これだけ努力をしたのだし、約束を破るつもりも無かったのだから、自分は裏切り者なんかでない。しかし、愛する友のことを思えば苦しくて堪らない。どうやっても間に合わないのだから、友が殺されたら自分も死んでしまおう。いや、いっそ裏切り者として生き延びてやろうか。

ついにメロスの中に私欲の念が現れます。

正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。

『走れメロス/太宰治』

身体の疲労により、精神まで悪い考えに囚われたメロス。そのまま体を地上に投げ出し、ウトウトまどろんでいました。

すると突然、水の流れる音が聞こえてきます。音の発生元を探すと、岩の裂け目から精水が湧き出していました。メロスは精水を手で救い、一口飲みました。すると先程までの悪い気は消え去り、夢から覚めたように覚醒します。正気を取り戻したメロスは再び走り始めるのでした。

「日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。」

『走れメロス/太宰治』

再び走り出すことができたメロスは、自らを真の勇者と鼓舞します。そして、自分が正義の士として死ねることに誇りを感じます。詫びるために死ぬのではなく、メロスは正直者であり続けるために死を受け入れるのでした。

⑦それでもメロスは走り続ける

傍若無人に駆け抜けるメロス。そのすれ違いざまに不吉な会話を耳にします。

いまごろ、あの男も、磔にかかっているよ。

メロスはほとんど全裸になって、呼吸もできず、口から血を噴き出しても、満身創痍に走り続けます。友を死なせてはならぬ一心で、沈みゆく太陽の10倍も早く駆け抜けるのでした。

途中、フィロストラトスという男に声をかけられます。彼は親友セリヌンティウスの弟子のようです。彼が言うには、もうセリヌンティウスを助けることは出来ないから、走るのはやめろとのことです。それでもメロスは諦めません。日が完全に沈むまでにはまだ少し時間があります。

フィロストラトスは、セリヌンティウスはメロスのことを最後まで信用していた事実を伝えます。親友は刑場に引出されても、王に散々からかわれても、「メロスは来ます」と強い信念を持っていたようです。

それを聞いたメロスは、こう答えるのでした。

「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」

『走れメロス/太宰治』

メロスは最後の死力を尽くし、ついに刑場に辿り着くことができました。メロスは群衆に向かって自分の存在を訴え、磔台に上って、吊り上げられていく親友にかじりつきます。何とか親友の縄は解かれました。

⑧親友との約束を果たしたメロス

間一髪、約束を果たしたメロスは目に涙を溜めて、親友の名前を口にします、そして、自分のことを殴るように言いつけます。刑場へ来る途中、一度悪い考えが過ったことを正直に自白したのです。するとセリヌンティウスはメロスを力一杯殴ります。

そして、親友もまたメロスに自分を殴れと言いつけます。彼も同じように、メロスは戻ってこないのではないかと、一度疑ってしまったと言うのです。すると、メロスは親友を力一杯殴ります。それから2人はひしと抱き合い、嬉し泣きをするのでした。

2人の様子を見ていた王は、顔を赤らめながら自分の敗北を認めます。そして、人間同士の信用とは決して空虚な妄想ではなかったと、これまでの考えを悔い改めるのでした。

こうして、メロスは暴君から街を救い出したのです。それだけではなく、人間不信に陥った王の心さえも救ったのです。

そして最後は、お決まりの展開ですね。

1人の少女がメロスにマントを差し出します。親友はメロスに真っ裸であることを教えてあげます。

勇者は、ひどく赤面したのでした。

これにて、物語の幕は閉じられます。




『走れメロス』の個人的考察

メロスと暴君は同一の存在!?

当ブログの筆者は、初めて『走れメロス』を読んだ時に、なぜか納得できませんでした。学校の先生も、小説好きの友人も、インターネットも、『走れメロス』は「友情」「信じる心の尊さ」を訴えた物語だと豪語します。しかし、私には本作がどうしても少年ジャンプ的な感動の物語とは思えないのです。

そもそも、道中メロスは一体何と葛藤していたのでしょうか?

もちろん、それは人間の潔白さです。人間という生き物が信用に値する存在だと言うことをメロスは強く信じていました。

この類のテーマは、もはや太宰治の代名詞と言って問題ないでしょう。太宰治といえば、「人間の信念」を生涯追求し続けた苦悩の人です。

以前紹介した「人間失格」においても、他人を信用して本当にいいことなんてあるのか、というテーマが色濃く描かれていました。太宰治本人が、ほとんど人間不信のような男でした。いくら当時の精神状態が健康だったからといって、単に「友情」の物語を書くなんて、にわかに信じ難いわけです。

つまり、『走れメロス』は決して人間の潔白さや、友情の素晴らしさだけを描いているわけではなく、その奥に存在する人格の二重性を表現しているように思われます。

正義感を具現化したメロスと、人間不信になった暴君ディオニス。彼らは対極の位置にいるように見えますが、実は同一の存在でもあるのです。

暴君ディオニスが「本当は自分も平和を望んでいる」と口にする場面があります。しかし、周囲の人間が私欲のために他人を裏切るので、王は人間不信に陥ってしまいました。

つまり、ディオニスは決して始めから人間を疑っていたわけではなく、他人を強く信じたからこそ、裏切りに過敏になってしまったのです。ましてやメロスのような村の牧人とは異なり、街を治める王です。人間の醜い部分を目にするきっかけはメロスよりも極めて多いはずです。

メロスもディオニスも信念に対して非常に敏感な、同じ類の人間なのです。ただ、生活環境や周囲の人間の種類が違うだけで、彼らの過敏な信念は正義にも悪にもなり得るということでしょう。

その証拠として、メロスとセリヌンティウスの友情に魅せられた王は改心し、人間同士の信用が空虚な妄想ではないことを認めます。決して自分の価値観を覆されたのではなく、心の底では肯定したいと思っている信念を、ようやく具現化してくれる存在が現れたと、王はその瞬間を待ちわびていたように思えるのです。

メロスにおいても同様です。刑場に向かう途中、精魂尽き果てたメロスは、投げやりな気持ちになります。それどころか、正義や信実や愛を、くだらないと罵りさえするのです。メロスにも、状況次第で、暴君になり得る可能性があったように思いませんか。

メロスは友のために走っていない!?

満身創痍で走り続けるメロスは、ほとんど友人よりも自らの問題に囚われています。

私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。

まるで、裏切られた友人の惨めさを思ってではなく、自分が潔白であり続けるために走っているようなのです。

あるいは、友を裏切れば自分や家族が笑い者にされることや、不名誉であることなど、社会的な視線ばかり気にしている描写もあります。ともすれば、友が処刑されたら自分も死ぬという決意は、「不名誉を背負って生きていくのは辛いから死んでしまう」という意味に聞こえてなりません。

つまり、ラストの心温まる抱擁のシーンなど結果論に過ぎません。メロスは、「友を裏切らない」ということを私欲のために果たそうと必死になっていたのです。

これこそが、太宰治が生涯苦しんだ、人間不信と自己嫌悪の相反する煩わしさではないでしょうか。永遠に抜け出せい、地獄のようなサイクルであります。

何かを強く信じている人間は、状況が変われば、正義にも悪にもなり得る。そして、悪に染まるのも私欲、正義を追求するのも私欲。

本作にはそんな、奥深い人間のテーマが記されているように思います。




作者は友を人質に逃亡、メロスは幻想

本作が訴えるように、太宰治は人間同士の信用について深いテーマを持っていました。

しかし、私生活においては平気で友達を裏切るクズ人間でした。

ある時、太宰治は熱海の旅館に篭って執筆活動に励んでいました。しかし、宿泊費が払えなくなった太宰治は、妻に連絡して、友人である作家檀一雄に金を届けてもらいます。

しかし、檀一雄が熱海にやって来ると、太宰治は執筆もほどほどに、2人で大酒を飲んでまたしてもお金を浪費してしまいます。せっかく妻に頼んだ金もすっからぴんです。

再び宿泊費が払えなくなった太宰治は、友人の菊池寛にお金を借りて来ると言って、檀一雄を旅館の人質にし、1人で東京に帰っていきます。

檀一雄は太宰治の言葉を信じ、人質として熱海の旅館で待っていましたが、一向に音沙汰がありません。

ついに痺れを切らした檀一雄は、旅館の番頭を説き伏せ、自分も東京に戻ります。すると太宰治は、のんびり将棋などを指していました。

あまりの腹立たしさに、檀一雄が怒鳴り散らすと、太宰治はこう言ったのでした。

待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね

全く意味が判りません。

メロスとセリヌンティウスの熱い抱擁は幻想、実際はセリヌンティウスは磔で処刑される運命だったようです。

以上で、太宰治の短編小説『走れメロス』のあらすじと考察の解説を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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