ツルゲーネフの『初恋』あらすじ考察 自己犠牲を厭わぬ初恋の美学

初恋 散文のわだち
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ツルゲーネフの小説『初恋』をご存知ですか?

1860年に発表された中編小説です。自らが体験した歪な恋愛を、半自伝的に綴った作品で、作者本人が生涯きって愛した最高傑作と言われています。

ツルゲーネフは、かのドストエフスキーと並んで、19世期のロシア文学を代表する文豪です。ドストエフスキーが「罪人や虐げられた存在に対する同情の念」を訴えたのだとすれば、ツルゲーネフは「人間に対する愛を叙情的に描いた」名手でしょう。

みなさんにとって「初恋」とは何を示唆するものですか?

青春の余韻として、懐かしむだけの人生の短い場面。病的で衝動的で、それでいてナイーブな20日間。声すらかけられないのに、生涯の愛を誓う身勝手さ。そして、いずれも叶わずに時間の底に沈んでしまう、切ない恋愛体験。

ツルゲーネフの初恋は、夢中で恋をした女性が父親の情婦であった、という不道徳な経験でした。その歪な体験をもとに描かれた、本作のあらすじを考察していきます。

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『はつ恋』の作品概要

作者イワン・ツルゲーネフ  
(ロシア)
発表時期 1860年
ジャンル中編小説、自叙伝
テーマ真実の恋とは

『初恋』の300字あらすじ

ヴラジーミルは、隣人の女性ジナイーダに恋をします。

ジナイーダ宅には、多くの男が出入りしています。彼女は男を翻弄することに喜びを感じており、ヴラジーミルもその1人だったのです。

しかし、ある時からジナイーダは本気で誰かに恋をしている様子を見せます。それはなんと、ヴラジーミルの父だったのです。

父の不貞が暴露され、引越しを余儀なくされた後も、父とジナイーダは密会を続けます。ヴラジーミルは2人の様子を垣間見、自分を犠牲にしてでも人を愛する、本当の恋を学びます。

4年後、ジナイーダと再会の機会がありました。しかし、ヴラジーミルが訪問した時には、彼女は既に出産が原因で死んでおり、彼の青春は儚く幕を閉じます。

『初恋』のあらすじを詳しく

①ジナイーダとの出会い

16歳のヴラジーミルは、両親とともにモスクワで暮らしています。

彼の父は冷酷で好色な、家庭を顧みないタイプです。そのため、母は嫉妬で気の毒な生活を送っています。

ある日、ヴラジーミルの家の隣に、公爵夫人とその娘が引っ越して来ます。娘の名前は、ジナイーダです。

ヴラジーミルは、ジナイーダの魅惑的で、高飛車で、可愛らしい様子に惹かれます。あるいは、彼女が数人の青年たちを弄んでいる場面を見かけ、強く興味を持ちます。寝ても覚めても、彼女と知り合いになりたいと考えるのでした。

偶然にも、母の使いで公爵夫人宅に訪問する機会が訪れます。

使いに出掛けたヴラジーミルは、ジナイーダに誘われて彼女の部屋に招かれます。艶やかな彼女を目の前にして、舌をもつれさせるヴラジーミルですが、彼女と交友関係を築くことでき、迸る幸福感に包まれます。

その時、1人の男がジナイーダの家を訪ねて来ます。ジナイーダに弄ばれていた男の1人が、彼女のために子猫を捕まえて来たのです。彼女はお礼にその男の手にキスをします。

ヴラジーミルは家に帰ってからも、あの男が妬ましくて、酷く悲しくなります。

②男たちを弄ぶ女

ジナイーダから誘いを受け、ヴラジーミルは再び彼女の家を訪ねます。客間にはジナイーダの他に、5人の男の姿がありました。

彼らは、「くじで当たりを引いた者だけがジナイーダの手にキスをできる」という不思議な遊びをしていました。生真面目な教育を受けて来たヴラジーミルは、こうした乱痴気騒ぎな浮かれ気分を経験したことがありません。そのため、すっかり幸福に酔いしれていました。彼は疲労と幸福でヘトヘトになります。

それからというもの、ヴラジーミルの彼女に対する情熱は勢いを増し、何事も手につかなくなります。明けても暮れても彼女のことばかり考えてしまうのです。彼女はヴラジーミルの情熱を面白がって、からかったり、甘やかしたり、いじめたりします。彼は最大の喜びと、底知れぬ悲しみの連続によって、ますます彼女に夢中になります。

ジナイーダに夢中なのはヴラジーミルだけではありません。彼女の家に来る男は全員同じ心境です。ジナイーダは彼らの心を鎖で繋ぎ、自分の些細な行動で皆が困惑する様子を楽しんでいます。また、男たちも望んで彼女の言いなりになっているのです。

③ジナイーダの様子がおかしい

散々男を弄んでも、醜さを感じさせないのがジナイーダの魅力です。「悪い女ほどいい女はいない」とは言ったもので、彼女の高飛車な様子は奇しくも美しすぎるのです。

ところが、ある時から彼女の態度が急変します。いっそ世界の果てに行ってしまいたい、そんな厭世的な言葉を口にして、酷く悩んでいる様子なのです。

ヴラジーミルには、彼女が誰かに恋をしているという考えがよぎります。ヴラジーミルの本当の責め苦が始まります。彼女は一体誰に恋をしているのか、そのことばかりが頭の中を侵食し、何も手がつかなくなります。

ある時は、涙で顔を濡らした彼女を目撃します。ある時は、彼女の挑発に応じて、高い塀の上から勇敢に飛び降りると、彼女はヴラジーミルの顔中にキスを浴びせるのでした。いずれにしても、彼女の様子は不自然なままです。

それからしばく経って、常連の男たちがジナイーダの家に集いました。皆は作り話を披露して楽しんでいます。ジナイーダの作り話は非常に象徴的でした。つまり、彼女の今の恋心を的確に表現していたのです。豪華な舞踏会を開催した女王は、大勢のお客に恋心を抱かれています。しかし、女王はお客たちには目もくれず、屋敷の外でたたずむ誰も知らない人物に恋をしているという物語でした。

つまり、ジナイーダは家に集う常連たちではない、他の誰かに恋をしているのです。

ヴラジーミルは彼女の作り話が本当に何かを案じているのだろうか、とその晩はなかなか寝付くことができませんでした。無性に腹が立つ一方で、「屋敷の外の人物」になるためならどんな犠牲も払えると考えるのでした。




④恋の真実と悲しい別れ

ヴラジーミルは、常連の1人からそそのかされて、ジナイーダの様子を監視することを決意します。

それと言うのも、ヴラジーミルは夜中に何度か、ジナイーダであろう影を庭で認めたことがあったのです。彼の復讐心は燃え上がります。ポケットにナイフを忍ばせて、夜中に見張りを決行します。

1時間ほど身を潜めても何も起こらず、見張りの熱意が冷め始めた頃に、戸の開く音が聞こえます。ポケットからナイフを取り出し、緊張と興奮の最中、彼が目にしたのは自分の父親でした。思いがけない人物の登場に、彼は困惑します。しかし、父がジナイーダの家から出て来たのは、決して偶然ではないようです。

ある日、父と母が酷く喧嘩をします。家に送られてきた差出人不明の手紙が原因のようです。父とジナイーダの不貞行為を告発する内容が綴られていたのです。それが原因で、ヴラジーミルたちは、モスクワから引っ越しすることになります。

ヴラジーミルは、父を恨めしいとは思いませんでした。自分の力の及ばない問題のような気がしたからです。ただ、なぜジナイーダは男に事足りた立場でありながら、婚約者である自分の父と行為に至ったのかが納得できませんでした。その時に彼は、初めて「恋」と言うものを知ります。すべてを台無しにする恐怖を差し置いてでも、身も心も捧げ尽くす行為こそが恋だったのです。

ヴラジーミルは最後にジナイーダの元を訪ねます。彼女はヴラジーミルが自分のことを悪く思っているだろうと話します。それに対して、ヴラジーミルはこう答えるのでした。

ジナイーダ・アレクサンドロヴナ、あなたがたとえ、どんなことをなさろうと、たとえどんなに僕がいじめられたろうと、僕は一生涯あなたを愛します、崇拝します

『はつ恋/ツルゲーネフ』

彼女の熱いキスを最後に、別れを告げるのでした。

⑤ジナイーダとの再会

モスクワを引き上げてから、1度だけジナイーダを目撃する機会がありました。

父は毎日馬に乗って遠くへ出かけていました。ある日、ヴラジーミルは父の乗馬に付き合う機会がありました。ところが出先で父はヴラジーミルを待たせて、どこかへ消えてしまいます。あまりに待ち焦がれたヴラジーミルが様子を見に行くと、父とジナイーダが密会していました。

2人は何か口論じみたことをしています。言い合いの末に父は取り乱し、馬の鞭でジナイーダの手を打ち付けます。ジナイーダは痛みに体を震わせますが、無言で鞭の跡にキスをするのでした。

帰り道、ヴラジーミルは、恋をすると鞭で打たれても平気なのだ、と知ります。そして、自分の恋がちっぽけな子供じみたものに感じられました。

ヴラジーミルが大学に入学して間もなく、父は病気で亡くなります。死の直前、父はモスクワから1通の手紙を受け取ります。そして泣きながら母に何かを頼み込んでいました。

父が亡くなった後、母はかなりまとまった金額をモスクワに送っていました。

⑥青春の終幕

これらの出来事から4年が経過したある日、ヴラジーミルは、ジナイーダが近くに来ていることを知ります。

彼女は既に結婚しており、外国に発つためにこの街へやって来ているようです。ヴラジーミルは彼女が宿泊するホテルを訪問するつもりでした。しかし用事が立て込んでおり、会えないまま2週間が過ぎてしまいます。

ようやく彼が訪問した頃には、ジナイーダは亡くなっていました。出産によって命を落としたのです。

彼女の死を知ったヴラジーミルは、深い憂愁に陥ります。青春の記憶、希望、その一切が実現することなく過ぎ去ったのです。後に残るのは、懐かしさだけでした。

数日後に、彼はとある老婆の臨終に立ち会いました。苦しみながら死んでいく老婆の姿を前に、彼はジナイーダの身に置き換えて想像し、恐ろしい気持ちになります。ヴラジーミルは、ジナイーダのためにも、父のためにも、自分のためにも、しみじみ祈りたくなったのです。

そして物語が幕を閉じます。




『はつ恋』の個人的考察

至る所に父の怪しい行動が!?

ヴラジーミルの父親は、非常に軽薄で、家庭の問題に無関心です。息子に対しても放任主義のため、日常的にヴラジーミルと接する場面がほとんど描かれません。そのため、一字一句逃さずに読破しないと、終盤まで父親の存在が薄く、いつの間にジナイーダと関係を持ったのかを見落としてしまいます。

父とジナイーダが面識を持ったのは、ヴラジーミルが母の使いで初めて彼女の家を訪問した日の夜です。夕食の後、ヴラジーミルが庭を散歩していると、読書をするジナイーダを発見します。偶然そこに父がやって来て、ジナイーダに挨拶をしに行きます。彼女は驚いたような顔色で、父の去り姿を目で追っており、多少なりとも父に対して関心を持ったことがこの時点で窺えます。

翌日、夫人と令嬢を夕食に招待する場面では、父が隣の席のジナイーダの相手をします。ジナイーダは父に対して、不思議と敵意のような眼差しを向けます。おそらく、昨夜の出会いから父を意識しているため、わざと不自然な態度を取っているのでしょう。

ジナイーダたちとの乱痴気騒ぎに浮かれていたヴラジーミルは、彼女の魅力を父親に伝えます。すると父は何か考え込む様子を見せた後に、彼女の家を訪問し1時間くらい出てきませんでした。その日の夕方、ヴラジーミルが彼女を訪問すると、無造作な髪と、もの思わしげな顔つきで、ドアを閉ざしてしまいます。昼間の父親の訪問によって、彼女は心ここにあらずといった状態だったのでしょう。あるいは、既に肉体関係を結んでいたのかもしれません。

それからジナイーダの厭世的な時期が到来します。彼女はヴラジーミルに対して「まるで同じ眼だもの」という意味深な言葉を口にします。つまり「父とヴラジーミルは親子だから同じ眼をしている」というニュアンスであり、彼女は確実に父のことで恋患っているのです。

後日、彼女と父が肩を並べて馬に乗っている場面を目撃します。あいにくその現場には常連の男もいたため、ヴラジーミルは、ジナイーダと父の関係を疑うには至りませんでした。

大方はヴラジーミルとジナイーダの様子が叙情的に描かれるため、こうした父の言動は影を薄めています。しかし、ヴラジーミルが初めてジナイーダの魅力に気付いた頃とほとんど同時期に、父とジナイーダの恋は芽生えていたのです。

ヴラジーミルの主観的な意見として、「父が家庭を顧みないのは、ある別のものを愛していたからだ」と明記されています。もとより父は浮気性なので、美しいジナイーダと不倫関係になるのは必然的だったのかもしれません。

ルーシンは全て気付いていた!?

ジナイーダの元に集う男たちの中に、ルーシンという医者がいます。彼は、作中において、重要なキーワードを残す役割を担っています。

ジナイーダが厭世的になって間もなく、ルーシンはヴラジーミルにある忠告をします。それは、「自分たちは独身だからここに来ても問題ないが、君に取っては毒だ」という台詞です。この時点で、ジナイーダが既婚者であるヴラジーミルの父に恋をしていることを彼は見抜いていたのでしょう。

さらには次のような台詞も口にします。

「ただ一つ、僕が不思議でならんのは、君のような頭のいい人が、自分のすぐそばで起こっていることに、どうして気がつかないんだろうな?」

『はつ恋/ツルゲーネフ』

自分のすぐそばで起こっていること、つまり自分の父親が彼女と関係を持っていることを君は気付いていない、と忠告していたのです。しかし、ルーシンが真実を打ち明ける前にジナイーダがやって来るため、ヴラジーミルは相変わらず何も知らないままなのです。

またある時、ヴラジーミルとルーシンは公園を散歩していました。ルーシンは「自分を犠牲にすることが楽しい連中もいるみたいだ」と話します。ヴラジーミルがどういう意味かを尋ねると、彼は「君には話したくない」と口をつぐんでしまいます。

要するに、既婚の身でありながら他に関係を持つ父、あるいは既婚者だと知りながら関係を持つジナイーダのことを示唆しているのです。自分たちの行く末が悲劇だと知りながら関係を持つ2人を、「自己犠牲を楽しむ連中」と揶揄していたのでしょう。

ヴラジーミルにとっての初恋とは?

情熱と絶望の繰り返しで、ヴラジーミルの恋心は日に日に膨らんでいきました。しかし、自分の父親が彼女と関係を持っている真実を知り、あっけなく彼の初恋は幕を閉じます。

ヴラジーミルにとっての初恋は、自分が未熟であること、あるいは真実の恋の在り方を知るきっかけだったのでしょう。ジナイーダの家に集っていた男たちは皆、恋に恋しているだけで、真実の恋を知らない存在だったのです。

ヴラジーミルが、父とジナイーダの関係から学んだのは、ルーシンの言葉にある「自分を犠牲にしてでも人を愛する」ことでした。既婚者の立場で不貞行為をすれば、世間に咎められることは重々承知です。実際ジナイーダ自身も、既婚者と関係を持ったことで、その後の結婚にかなり苦労したと記されています。自分の将来が危うくなることを知っていても、心と体を差し出すことができる、それが本当の恋愛だとヴラジーミルは学んだようです。

モスクワを去った後には、父とジナイーダがこっそり会っている様子を目撃します。2人は言い争いをしており、突然父は馬の鞭で彼女の腕を打ちます。しかし、ジナイーダはその傷跡を愛でるようにキスをします。本当に人を愛した時には、相手につけられた傷さえ(それは少し観念的な例えかもしれませんが)許してしまうことを彼は知ったのです。

ヴラジーミルは2人の様子から、真実の恋とは何なのかを学びました。それこそが、彼にとっての「初恋」の意義だったのかもしれません。

ただ、未熟なヴラジーミルも1度だけ、ジナイーダの寵愛を受けたことがありました。それは、彼女の挑発に応じて、高い崖から飛び降りた時です。飛び降りた衝撃でヴラジーミルは体を痛めます。彼が愛する人のために自分の身を犠牲にしたため、ジナイーダは堪らず彼の顔中にキスをしたのかもしれません。

以上、ツルゲーネフの『はつ恋』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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