ツルゲーネフの小説『初恋(はつ恋)』は、作者の恋愛体験を綴った半自伝的小説です。
ドストエフスキーやトルストイと並んで、19世紀ロシア文学の傑作とされています。
ツルゲーネフ本人が生涯で最も愛した小説とも言われています。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。
作品概要
作者 | イワン・ツルゲーネフ |
国 | ロシア |
発表 | 1860年 |
ジャンル | 中編小説 半自伝的小説 |
ページ数 | 137ページ |
テーマ | 真実の恋とは 自己犠牲の美学 |
あらすじ
モスクワで暮らす少年ウラジーミルの家の隣に、ジナイーダという娘が引っ越して来る。彼女は美人で高飛車で、なおかつ数人の青年を弄ぶ悪女だった。そんな彼女の魅惑にウラジーミルはとりこになる。
ウラジーミルはジナイーダの家を訪ねては、多くの青年たちと共に乱痴気騒ぎをして、その幸福感に酔いしれる。一方でジナイーダは、自分の行動次第で青年たちが喜んだり憂う様子を楽しんでいるのであった。
しかし突如ジナイーダに異変が起こる。恋煩いによって厭世的になってしまったのだ。一体彼女は誰に恋をしているのか。あまりのショックに何も手がつかなくなったウラジーミルは、こっそり彼女を監視するようになる。するとなんと、自分の父親が彼女と関係を持っていたのだった。やがて不貞の事実は露わになり、ウラジーミルの家族は引っ越しを余儀なくされる。
数年後に再会のきっかけが訪れる。だがウラジーミルが訪問した頃には、ジナイーダは出産によって命を落としていた。彼女の死を知ったウラジーミルは、深い憂愁に陥る。一切が過ぎ去ったことを実感し、後に残るのは懐かしさだけであった。
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個人的考察
半自伝的小説
ドストエフスキーやトルストイと並ぶ、19世紀ロシアの文豪ツルゲーネフ。
現在ではドストエフスキーと比較すると知名度はやや劣るが、かつての日本では、いち早く翻訳されたため、「ロシア文学=ツルゲーネフ」くらいの認識だったようだ。
そんなツルゲーネフは、生涯ドストエフスキーと不仲だったことでも有名だ。神経過敏で自意識過剰なドストエフスキーに対して、貴族の御曹司であるツルゲーネフは優雅な色男だった。こういった人間性の違いや、あるいは思想の相違によって二人は対立することになる。
また二人の決定的な違いは作風であろう。ドストエフスキー小説の魅力は、芸術性よりも強烈な思想力にある。一方でツルゲーネフの小説はとても詩的で、その芸術性が評価されている。
そんな詩的で芸術性の高いツルゲーネフの最高傑作が、本作『初恋』なのだ。ツルゲーネフ本人も最も愛した自分の作品だと評価している。
作者自身が評価する理由は、本作『初恋』が自伝的要素を含んでいるからかもしれない。
主人公ウラジーミルの家庭は荒んでいる。父が外で情事を繰り返し、家庭を顧みない冷酷なタイプであるため、母は嫉妬と怒りで気鬱になっていた。これはツルゲーネフ本人の家庭事情がそのまま反映されている。ツルゲーネフの母は莫大な遺産を相続した大地主であった。父はその金目当てに母と結婚した。元より愛のない結婚であるゆえに家庭内は荒んでいたし、実際に父は外で情事を繰り返していた。その家庭外での父の情事の一つが、本作『初恋』で語られているわけだ。
あるいは本作は、高年のウラジーミルが、若き日の初恋を告白する形式で綴られている。ウラジーミルは高年になっても独身という設定だ。実際に作者ツルゲーネフは生涯独身を貫いた。ともすれば若き日の痛ましい初恋の経験が、生涯ツルゲーネフにとってある種の呪縛になっていたのかもしれない。
以上を踏まえた上で、物語を解説していく。
ジナイーダが恋煩う相手は父だった
本作『初恋』を読了した人は、おそらく終盤に明かされる真相に衝撃を覚えただろう。そう、ジナイーダは、なんとウラジーミルの父と関係を持っていたのだ。
父は終盤まで影を潜めているため、予想外としか言いようがない。しかし作中では、所々にヒントが散りばめられている。
そもそも初めて父とジナイーダが対面した時点で、ジナイーダの様子に違和感があった。庭で読書をしていたジナイーダは、不意にウラジーミルの父に挨拶される。その時のジナイーダは驚いた表情になり、いつまでも父が去る姿を目で追っていた。
翌日ジナイーダは、ウラジーミルの家に招待される。なぜかジナイーダは父に対して敵意のような眼差しを向けていた。昨夜の出会いから父を意識しているため、わざと不自然な態度を取っていたのだろう。
あるいは父がジナイーダの家に1時間ほど訪問した出来事があった。その後にウラジーミルがジナイーダを訪問すると、彼女の髪は乱れており、表情は物思わしげだった。既に肉体関係を結んだのだろう。
間も無くジナイーダに厭世的な時期が到来する。愛するジナイーダの異変に気に掛けるウラジーミルに対して、不意に彼女は「まるで同じ眼だもの」という意味深長な言葉を口にする。つまり、父とウラジーミルは親子だから同じ目をしている、という意味であり、明らかに彼女が父に恋をしていることが見て取れる。
当然父は既婚者であるため、ジナイーダの恋煩いは、叶わない恋に対する苦悩である。だからこそ彼女は酷く塞ぎ込んでいた。一方でウラジーミルは頻りに彼女を気にかけるが、それすらも彼女には苦悩であったろう。なぜならウラジーミルには、恋煩いの原因である父の面影が感じられるからだ。ジナイーダはウラジーミルを慕っていた。しかしそれはウラジーミルの面影(つまり父)を愛していたのである。
そう思うと、ジナイーダの苦悩以上に、ウラジーミルの哀れな境遇に同情してしまう・・・。
ルーシンはずっと忠告していた?
ジナイーダの元に集う青年たちの中に、ルーシンという医者がいた。実はルーシンは、いち早く父とジナイーダの関係に気づいていた。そして、その真相をウラジミールにほのめかす役割を担っていた。
ジナイーダが厭世的になって間もなく、ルーシンはウラジーミルにある忠告をする。
「自分たちは独身だからここに来ても問題ないが、君に取っては毒だ」
『初恋/ツルゲーネフ』
ウラジーミルがジナイーダの家に来ることを良く思っていなかったのだ。ところがウラジーミルにはその意味が全く理解できていなかった。そのためルーシンはさらに忠告を加える。
「ただ一つ、僕が不思議でならんのは、君のような頭のいい人が、自分のすぐそばで起こっていることに、どうして気がつかないんだろうな?」
『はつ恋/ツルゲーネフ』
自分のすぐそばで起こっていること。つまり、自分の父親がジナイーダと関係を持っている事実になぜ気づかないのだ、とルーシンは訴えていたのだ。
ウラジーミルと公園を散歩する場面では、ルーシンは「自分を犠牲にすることが楽しい連中もいるみたいだ」と意味深長なことを話す。ウラジーミルが意味を尋ねると、ルーシンは適当に誤魔化してしまう。
要するにルーシンは、既婚者である故に行く末が悲劇だと知りながら、それでも関係を持つ父とジナイーダのことを「自己犠牲を楽しむ連中」と揶揄していたのだろう。
自己犠牲、つまり自分の身を危険に晒してでも止められぬ恋心。それこそが本作の重要なテーマになっている。詳しくは次章で解説する。
恋とは自己犠牲の美学である
ウラジーミルは、父とジナイーダの不貞から学びを得た。「自分を犠牲にして人を愛する」という学びであった。
既婚者の父が不貞を働けば、世間に咎められる結果は目に見えている。実際にウラジーミル家は引っ越しを余儀なくされた。一方でジナイーダも、既婚者と関係を持ったことで、その後の人生において結婚に苦労したようだ。このように、自分の将来が危うくなると知りならが、それでも心と体を差し出してしまう、それが恋なのだとウラジーミルは学んだのだろう。
実際にウラジーミルは、愛するジナイーダを奪った父を恨む気になれなかった。それほどの覚悟で熱烈に愛し合っていた二人を前に、畏敬のようなものを感じ、もはや怒りどころか関心さえしていたのだろう。
その後ウラジーミルは一度だけ、父とジナイーダの密会を目撃する。その時の2人は言い争っていた。おそらく、これきり関係を終わりにしようと告げる父に対して、ジナイーダはごねていたのだろう。やがて父は、乗馬の鞭でジナイーダの腕を打つ。ジナイーダは痛みに体を震わせるが、無言で鞭の跡にキスをする。その場面を目撃したウラジーミルは、恋をすると鞭で打たれても平気なのだ、と知る。これもまた、恋愛が持つ自己犠牲の美学として、彼の心に刻まれたのであった。
ウラジーミルが見せた自己犠牲
父とジナイーダの自己犠牲の美学を見せられたウラジーミルは、自分の初恋はあまりに未熟なものだったと気づく。
だがウラジーミルも、一度だけ愛ゆえの自己犠牲を実行したことがあった。それは遠征的になったジナイーダを気にかける場面である。その時のウラジーミルは高さ4メールほどの塀の上に座っていた。するとジナイーダはこんな台詞を口にする。
「あなたはいつも、わたしを愛しているとおっしゃるわね。そんならここまで、この道まで、飛び降りてごらんなさい。もし、本当にわたしを愛しているのなら」
『はつ恋/ツルゲーネフ』
この台詞を言い終わらないうちに、ウラジーミルは飛び降りてしまう。あまりの高さに彼は上手く着地できずに倒れてしまう。だがその時の彼は、まるで向こうみずに実行していた。彼もまた、愛ゆえに自らの犠牲など気にせずに行為を実行したのだった。少なからずこの行為は、ジナイーダに衝撃を与えた。
このように本作では、不倫という倫理問題は別として、自己犠牲を美しく描いている。
だが問題は、自己犠牲を実行した3人ともが幸福にはなれなかった点だ。父とジナイーダは若くして亡くなり、ウラジーミルの心には空白が残った。だからこそウラジーミルは、最後の場面でジナイーダと父と自分とを重ね合わせて、祈りを行ったのかもしれない。
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