『ティファニーで朝食を』は、圧倒的な売り上げを記録したカポーティの代表作である。
オードリー・ヘプバーン主演で映画化され、今もなお普及の名作として多くの人に親しまれている。
ちなみに2008年には村上春樹によって翻訳され再注目された。
本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。
作品概要
作者 | トルーマン・カポーティ |
国 | アメリカ |
発表 | 1958年 |
ジャンル | 中編小説 |
ページ数 | 171ページ |
テーマ | 「女性らしさ」への批判 女性の自由 |
あらすじ

「僕」がマンハッタンのアパートに住んでいた1943年の物語である。
「僕」と同じアパートには、ホリー・ゴライトリーという18歳の女性が住んでいた。セレブな男性との交際で生計を立てる天真爛漫な女性である。また刑務所にいる謎の老人と面会をすることで金を受け取る、どこか怪しげな世界にも足を突っ込んでいた。
多くの男がホリーに夢中になり、また「僕」も少しずつ彼女に心を惹かれていく。一方でホリーが「まやかし」の存在であることも皆は認めていた。
元よりホリーは孤児で、兄と二人で浮浪していたところを、ある田舎の家庭に拾われた。以来悠々自適な生活を送っていたが、彼女はまるでカゴに収まることを嫌う野生の鳥のように家を飛び出してしまう。彼女は誰かに所有されることを嫌い、何かを所有することも拒むのであった。
「僕」とホリーが乗馬に出かけた日に事件は起きる。ホリーが面会していた刑務所の老人はマフィアで、彼女は麻薬密売のための情報屋を担わされていたのだ。呆気なく警察に逮捕されたホリーは、収容された病院から脱走し海外に逃亡する。新たな住所が決まったら「僕」に連絡すると話していたが、以来彼女から手紙が届くことはなかった・・・
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個人的考察

時代の寵児となったカポーティ
サリンジャーやメイラーと並んで、戦後のアメリカ文学を代表するカポーティ。
カポーティはスキャンダラスな作家だったことでも知られている。例えば、作家以前は「ニューヨーカー」誌でコピーボーイとして働いていたのだが、トラブルを起こし解雇されている。また大御所俳優マーロンブランドの批判記事を書いて激怒させたという逸話も有名だ。
彼がスキャンダラスだった理由は、反社会的かつ挑発的な作風に起因するだろう。そのため作家デビューを果たし注目される一方で、批評家からは反感を買うことが多かった。
しかし本作『ティファニーで朝食を』に関しては、多くの人に受け入れられた。批評家もかなり好意的だったらしい。
本作は当初、同性愛的な表現の多さから雑誌掲載を拒否されていた。しかし別の雑誌に掲載されると莫大な売り上げを記録する。3年後にはオードリー・ヘプバーン主演で映画化され、そちらの大ヒットも相まって、カポーティは一気に時代の寵児となった。
今では多くの人が原作より映画に親しみがあるだろう。だが村上春樹があとがきで記すように、原作と映画は切り分けて楽しむ方がいいと思われる。なぜならカポーティが描いた天真爛漫な女性「ホリー・ゴライトリー」は、映画版のオードリーヘプバーンといまいち整合しないからだ。言うなれば、実際のホリーはもっと破滅的なのだ。
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ホリー・ゴライトリーのモデル
物語は、名前のない語り手「僕」の一人称視点で描かれる。「僕」は作家志望の若者である。また雑誌社を解雇された背景から、語り手はカポーティ自身と考えて差し支えないだろう。
「僕」の視点で描かれるホリー・ゴライトリーは、風変わりな女性である。田舎出身の孤児であるが、身なりは派手である。それと言うのも、セレブの男と付き合うことで生活を維持しているのだ。あるいは本人は自覚していないにしろ、マフィアの麻薬密売に関与している。自由奔放とも言えるが、どこか刹那的な輝きの中で破滅に向かっているように見える。実際に作中で彼女は「まやかし」と表現されている。
一方でホリーは自分の哲学をしっかり持っており、自由や最終地点といった概念を誰よりも考えている。非常に不思議な女性である。その魅力的なキャラクター性から、多くの女性が「自分こそホリーのモデルだ」と名乗り出たと言われている。
実際にホリーには数人のモデルがいたらしい。
一人はカポーティの母親だ。彼の母親はカポーティを出産してからも、彼を親戚に預けて多くの男の元を渡り歩いていた。何の前触れもなくカポーティの前に現れては、また突然去っていくようなことを繰り返していた。今度こそ一緒に暮らすと約束してからも、カポーティを部屋に置き去りにして、生活のために男に愛を売るようなことを続けていたみたいだ。
他にもかつての友人で、娼婦まがいなことをやって生活し、その後の消息が分からなくなった女性などがモデルに挙げられる。いわば、カポーティが知る女性の人間観が、複合的にホリーのイメージを作り上げたことになる。
彼女たちに共通しているのは、自由奔放な女性ということだ。誰かに所有されることを嫌い、逆に所有することも拒み、ただ自分の人生だけを最優先している。それは一般的には人道から外れた生き方かも知れない。だが反社会的(社会に対するアンチテーゼ)を持つカポーティには描かずにはいられない女性だったのだろう。
そう、本作で描かれるホリーの自由奔放さは、当時の社会に対するアンチテーゼとして描かれていたのだ。詳しくは次章にて解説する。
型にはめられた女性像からの逸脱
ホリー・ゴライトリーの生き様が風変わりとされるのは、当時の歴史的な背景が大きく関係している。
作中でホリーの兄が戦地で死んだ出来事が描かれる通り、物語の舞台は第二次世界大戦中のニューヨークである。言うまでもなく当時の社会は封建的だ。妻は戦地から帰還した夫を癒す存在を要求され、妻や母として家庭に従事するのが当然とされていた。
つまり、女の一生は男に従事することを強いられていのだ。
そんな型にはめられた女性像への批判として、ホリーが描かれているのだろう。例えばホリーの髪色は、ブロンドの中に様々な色が混じっていた。作中でそれは「男の子みたいな髪色」と表現されている。あるいはホリーは、スクランブルエッグさえ作れない。他にも一時的に同居していたマグという女性が編み物をしている側で、ホリーはペディキュアを塗っていた。無論多くの男を手玉にするためである。
このように、ホリーは世間が要求する「女性らしさ」から大きく逸脱している。女性の幸福は、男性や家庭に尽くすことという虚偽に抗い、何にも縛られずに生きる。それがホリーの人生哲学であり、あるいはカポーティの社会に対するアンチテーゼだったのだろう。
鳥カゴと名前のない猫
作中には、型にはめられないホリーの人生哲学を象徴するものが二つ登場する。
一つはホリーが「僕」にプレゼントした鳥カゴだ。ホリーは決して鳥カゴの中に何も入れないよう忠告していた。あるいは、かつてホリーが引き取られていた家庭の父親は、野生の動物を家に連れて帰る癖があった。しかしホリーは野生の動物を人間が所有することに批判的な考えを持っていた。それは大空を自由に飛び回る鳥を自分と重ね合わせていたのだろう。つまり、他者や社会的な価値観に所有されたくないホリーの思想をメタファー的に表していたのだ。
そしてもう一つ、ホリーの家には名前のない猫が住んでいた。なぜホリーは猫に名前を付けなかったのか。それはやはり、ホリーが所有されることを拒むと同時に、他者を所有することも避けていたからだ。
私たちはお互い誰のものでもない、独立した人格なわけ。私もこの子も。
『ティファニーで朝食を/カポーティ』
あくまでホリーも猫も野生の存在であり、お互いを所有しないことが、彼女の何にも縛られない人生哲学を表していたのだと考えられる。
しかしホリーは兄の死後に精神的に壊れ始め、最後に猫を手放す場面で酷く後悔する。誰にも所有されず、何かを所有することを拒んでいたホリーが、猫を手放すことに躊躇したのだ。
それは恐らく唯一の肉親である兄の死によって、精神的な安住の地を失ったためだろう。どれだけ自由奔放に生きようとも、人間はどこかに心の置き場が無くては生きていけない。孤児であるホリーにはなおさら、心の置き場が欠落していたのだと考えられる。おそらくホリーはその欠落を埋めるために、刹那的な輝きの中で破滅の人生を歩んでいたのであり、ホリー自身もそれを認めていた。つまり、大空を彷徨うよりも、大空を見上げる生き方の方が楽だと気づいていたのだ。
だからこそ、ホリーの消息が不明になった後、「僕」はホリーに対して落ち着く場所を見つけて欲しいと願っていたのだろう。
タイトルに込められた意味
タイトルの「ティファニー」とは、もちろんジュエリーショップのことである。実際にティファニーは食事を提供しているわけではないが、高級な生活をする身分の比喩として使われているのだ。
そういった高級な生活をホリーは求めていたが、しかし単にそれだけを望むという意味でタイトルが付けられたわけではない。
作中でホリーはこんな台詞を口にする。
いつの日か目覚めて、ティファニーで朝ごはんを食べるときにも、この自分のままでいたいの。
『ティファニーで朝食を/カポーティ』
いくら裕福になり、落ち着く場所を見つけたとしても、ホリーは社会の価値観に所有されない自由奔放な自分のままでいたかったのだろう。
ともすればタイトルには、「ティファニーで朝食をとる日でも自分のままでいたい」という文脈が秘められているのだと考えられる。
映画『ティファニーで朝食を』
オードリー・ヘプバーン主演の映画『ティファニーで朝食を』は不朽の名作である。
清純派のヘプバーンが奔放なホリーを演じたことで、アメリカ人の既存の価値観をひっくり返したと言われている。
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