川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』あらすじ解説|究極の恋愛小説

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真夜中の恋人たち1 散文のわだち

川上未映子の小説『すべて真夜中の恋人たち』は4作目に発表された著者初の恋愛小説です。

2023年には世界で最も権威のある全米批評家協会賞にノミネートされ話題になりました。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者川上未映子
発表時期  2011年(平成23年)  
ジャンル長編小説
ページ数350ページ
テーマ幸福な生き方とは
自己完結の人生
他者を引用した人生
ノミネート全米批評家協会賞
→受賞なし

あらすじ

あらすじ

小さな出版社で校閲を行う冬子は、職場の人間関係に馴染めず、フリーの校閲者になる。その後押しをしてくれたのは、同業他社で大手の出版社に勤める石川聖だった。

聖は容姿端麗、恋愛豊富、意見をはっきり主張できる、自我の強い女性である。一方で冬子は、人間関係が不得手で、恋愛経験は殆どなく、自分の意思で行動したことがない、自我の薄い女性である。対照的な性格であるゆえに、二人はささやかな親和を築いている。

殻に籠って生きてきた冬子は、聖と出会ったことで自他の人生を比較するようになり、初めて外の世界に向かって行動を起こす。それが結果的に三束との出会いに繋がり、定期的に喫茶店で会うようになる。高校で物理を教える三束は、光やクラシック音楽など、様々な話を聞かせてくれる。次第に冬子は恋心を抱くようになるが、お酒の力を借りなければ上手く会話が出来ず、会うときはいつも酔っ払っていた。

自分の意志で行動した経験がない冬子は、三束に対する想いを消化できず、精神的に消耗していく。そこには、社会に要求される生き方と、自分らしい生き方の矛盾の中で、自己確立に苦しむ葛藤があった・・・

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個人的考察

個人的考察-(2)

著者初の渾身の恋愛小説

本作『すべて真夜中の恋人たち』は、世間を騒がせた問題作『ヘブン』に次いで2年ぶりに発表された、著者渾身の恋愛長編小説である。

2021年に発表された『夏物語』が、「米TIME誌ベスト10」に選出され、世界的に注目される川上未映子だが、本作『すべて真夜中の恋人たち』も、2023年に世界で最も権威のある全米批評家協会賞にノミネートされ、受賞は逃したものの世界中で高く評価された。

そんな風に再評価を重ねる本作は、著者初の恋愛小説である。著者本人が「恋愛はずっと書きたかったテーマ」だと言及している。

とはいえ本作は、紋切り型の青春物語でも、儚い失恋物語でも、俗っぽい不倫物語でもない。確かに恋愛をテーマにした作品だが、一概に恋愛小説と呼べないのが最大の特徴だ。著者自身「恋愛のみならず書きたかった要素が色々入っている作品」と解説している。

著者は本作の執筆において、何の特権もない主人公を意識したようだ。多くの小説は(小説であるゆえに)主人公が特別な要素や、特殊な経歴や権利を持っている傾向にある。だが世の中の大半は静かな層であり、だからこそ小説は世間の感情を取りこぼす、と著者は述べている。そういった思いから本作では、何か特別な物を持たない冬子という主人公の、淡々とした日常を丁寧に描くことに力を入れたようだ。

人間関係が不得手で、恋愛経験が殆どない冬子は、正反対な性格の聖と、恋慕う三束との交流の中で、自らの意思や存在や生き方に葛藤し、深い部分まで消耗していく。

果たして冬子は何に葛藤していたのか、次章より詳しく考察していく。

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他人を引用した生き方

わたしはいつもよくわからなかったのだ。何をどう楽しんでいいのか。断りたい仕事があっても、それをどんな風に断るのが正しいのか。考えれば考えるほど、最後にはいつも自分の気持ちのようなものがわからなくなって、それで行動を起こせないままにやってきただけだった。

『すべて真夜中の恋人たち/川上未映子』

冬子は子供の頃から人間関係が不得手で、普通の会話さえ上手く出来ず、ずっと殻に閉じこもって生きてきた。それは本作の最重要テーマである、「意思の欠如」が大きく関係している。

彼女は自分の意思で何かを選んだ経験がない。

出版社を退職してフリーの校閲者に転身したのも、建前上は職場の人間関係に消耗したのが理由だが、実際は聖に強く勧められてその気になったのが引き金だった。仮に聖の後押しがなければ、職場の疎外感を我慢し続けただろう。

悪く言えば、社会や他者に翻弄される無個性な人間である。だが一方で、友好関係や恋愛を自ら望まない彼女は、社会的な欲望とは無縁な、自己完結の人生を歩んでいるとも言える。

そんな冬子と対照的なのが聖だ。彼女は容姿端麗で、恋愛豊富、所構わず自分の意見を主張する人間である。自己決定や自由意志こそが自己を確立すると考えているのだ。それは一方で、自分の常識が通用しない他者を殊更に排除したがる高慢な生き方でもある。

聖と交流する中で(少なからず聖に感化され)冬子は自他の人生を比較し、殻に篭った孤独な自分を哀れだと思い始める。そしていつしか聖の人生を模倣するかのように、例えばこれまで全く飲まなかったお酒に手を出す。

この模倣こそ冬子のその後を左右する要因で、作中では「引用」という言葉が使われる。

感情とか気持ちとか気分とか––––そういったもの全部が、どこからが自分のものでどこからが誰かのものなのか、わからなくなるときがよくあるの

『すべて真夜中の恋人たち/川上未映子』

しょせん何かからの引用じゃないか、自前のものなんて、何もないんじゃないのか

『すべて真夜中の恋人たち/川上未映子』

これは聖が口にした台詞なのだが、要するに、個人的な欲望とは、社会的な欲望に感化されて生まれたものに過ぎない、という人間欲求の根源を指摘した内容だろう。

例えば結婚や出産を考えても、「女性として普通の生き方」という社会観念が蔓延しているゆえに、多くの人間は望まずにいられない。むしろそれを望まない者は奇異な目で見られる。そういう意味で多くの人間は、本質的な自分の意思ではなく、社会や他者の欲求を引用した生き方を歩んでいるに過ぎないのだ。

冬子は社会観念に染まっていなかった。自分の意志を持たないゆえに、その根源にある社会的な欲求とも距離があったのだ。

そんな彼女が社会観念に染まり出すことで、物語は急速に転換する。

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社会観念に染まり出す冬子

殻に篭っていた冬子が、外部の世界に向かって動き出し、社会観念に染まり出したのは、少なからず聖の影響だと言える。

泥酔した聖に店に呼び出され、人生論まがいな話を聞かされた日、冬子は一滴もお酒を飲まなかった。だがその直後に冬子は、ふと新宿に繰り出す気になり、しかし何をどう楽しめばいいのか分からず、哀れな自分の人生に注目し、突然飲酒の習慣を身につける。作中では明言されないが、恐らくそれは聖の生き方を引用した結果で、つまりこの時点で冬子は殻の外の社会観念に接触を始めている。

さらにカルチャーセンターの講義を受講する気になり、それが三束との出会いに繋がり、彼に対する恋愛感情を芽生えさせた。それは冬子をさらに社会観念に染めるきっかけになった。

その様が象徴的に垣間見えるのは、彼女が書店に赴いて恋愛論や女性論を弁舌する書籍を読む場面だ。元より彼女は本を読まなかった。それは校閲の仕事が関係している。校閲は本の誤植をチェックする作業で、それには「内容」を読まないコツが必要だ。しかし彼女は恋愛論や女性論の本の「内容」を読む。それが明らかに彼女が社会観念に染まり出したことを意味する。

こうした冬子の変化は、ある意味では、自由意志による自己構築と考えられるが、同時に社会観念によって本来の自分を仮面の下に隠す行為とも言える。それで生じるのが、三束の前で本来の自分を曝け出せない問題であった。

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冬子が精神的に消耗した理由

冬子は酒を飲まなければ、三束と会って話すことができなかった。それは殻の内から外の世界に接触した彼女が、本来の自分を曝け出せない問題に直面したからだろう。

冬子にとってアルコールは、自分の輪郭を薄るめる道具だった。言い換えればアルコールで本来の自分を薄めることで始めて、三束とまともに向き合える状態だったのだ。だがあくまで本来の彼女は不在であり、そうである限り二人の関係が発展することはあり得ない。そんな風に自分の気持ちを上手く消化できないせいで、彼女はどんどん精神的に消耗していく。

決定的に冬子が鬱っぽい状態に陥ったのは、数十年ぶりに再会した同級生の典子が原因だ。人間関係が不得手な冬子にとって、典子は初めての友達だった。だが実際は一緒に登下校をするだけの仲で、学校以外で会ったことはなく、卒業後は全く音沙汰がなかった。

数十年ぶりに再会した典子は子持ちの主婦になっていた。彼女は旦那の浮気や、自分の浮気について赤裸々に打ち明ける。そんな風に打ち明け話をした理由を、「冬子が自分の人生の登場人物じゃないから」と典子は最後に口にする。その心無い一言によって、冬子の精神は深い部分に落ち込んでいく。

わたしは自分の意志で何かを選んで、それを実現させたことがあっただろうか。何もなかった。だからわたしはいまこうして、ひとりで、ここにいるのだ。

『すべて真夜中の恋人たち/川上未映子』

「自分の人生の登場人物じゃない」という典子の台詞は、冬子が自分の意志で他者を望んだことがないゆえに、他者に必要とされない存在である事実を突きつけられる内容だった。

それは聖も同様である。冬子が本当に重要な存在ではないからこそ、そして余計な反論をしてこないと知っているからこそ、彼女たちは何でもかんでもに饒舌に打ち明けるのだ。

自分は誰からも必要とされない人間。

三束に恋心を抱く今だからこそ、その事実は強烈な意味で彼女の心に突き刺さったのだろう。三束の人生の登場人物になれない失望感を悟ったのだと考えられる。

そう、冬子はこれまでの人生で、ある瞬間に交流を持った人間が、いつしか消えてしまう経験を何度もしてきたのだろう。同様に三束の存在もまた、いつか消えてしまう不安、そして自分自身も彼を忘れてしまう、そんな刹那的な儚さに胸を痛めていたのかも知れない。

作中では「光」が重要なキーワードとして何度も登場する。真夜中の光はなぜ綺麗なのか。なぜ光には触れられないのか。それらすべては愛する者の美しさと、いずれ夜の光のように消えてしまう儚さを象徴していたのだろう。

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なぜ三束との恋は破綻したのか

冬子は自分の誕生日を三束に祝ってもらう約束をしていた。ところが明け方まで待っても三束は来なかった。

その後一度だけ三束から手紙が届き、本当は高校教師ではない事実、もう会わない意志、そして謝罪の言葉が記されていた。

こうして二人の関係は破局したのだが、他方で同じく関係性にヒビが生じたように見えた聖とは数年経っても友好な関係を維持いていた。

失った存在と手に入れた存在。両者には大きな違いがあった。それは「次元を上げる会話」をしたかどうかである。

「次元を上げる会話」とは、いつか三束が口にした言葉で、質問を質問で返すことだ。端的に言えば、他者を深く知るための会話である。

三束は「次元を上げる会話」を禁じていた。ゆえに二人の会話は、一つの話題の枠からはみ出さない、単調で無味乾燥な内容だった。だから互いを深く知り合うこともなければ、相手の嘘を見ぬこともなかったのだ。

加えて冬子は最後まで引用した自分でしか三束に会えなかった。最後のデートの日、冬子は聖に貰った洋服を着て、聖が持っていた名刺の店を予約した。そこに本来の冬子は不在だった。三束も嘘をついていた点では同様である。

既に二人の関係が発展する見込みはなかったと言える。

一方で聖とは、三束との関係を詮索されたことで激しい衝突を起こし、これまで自分の意見を主張したことがなかった冬子は、初めて聖に反論した。質問を質問で返し、自分の本心を相手にぶつけた。「次元を上げる会話」である。だから二人の関係性は次元が上がり、その関係が消滅することはなかったのだろう。

三束との関係は破綻したが、聖は初めて自分を必要としてくれる存在になったのだ。

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タイトルに込められた意味

三束との破局によって冬子は酷く苦しんだが、その痛みも時間と共に薄れていった。

最後に彼女はノートを取り出し、「すべて真夜中の恋人たち」という言葉を綴る。それは何かから引用した言葉ではなく、彼女の心から純粋に湧き出た言葉だった。

何かを引用することでしか、他者と向き合えなかった彼女が、最後には何をも引用しない純粋な気持ちと遭遇することができたのだろう。

恋愛小説としてはバッドエンドでも、ずっと苦しんできた自己構築という問題においては、ハッピーエンドだったのかもしれない。

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