有島武郎のクズエピソード 禁欲の反動で姦通を犯して情死!?

有島武郎 文豪のわだち
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義務教育を経た我々は、これまで多くの文学作品に触れたことでしょう。午後の汗ばんだ教室で、まぶたに優しい澱みを感じながら、先生の声が意識の外側で鳴っていた記憶。

果たしてあの時の授業の題材は、芥川龍之介か、宮沢賢治か、夏目漱石か。

彼らの文学作品は、今もなお教科書に掲載され、普遍的な問題提起を与えてくれます。

その一方で、破滅的な人生を送り、自ら命を絶った文豪も少なくありません。

今回は自殺した文豪の中でも、特に興味深い生涯を送った有島武郎を紹介します。

有島武郎のプロフィール

ペンネーム有島武郎(45歳没)
生没1878年ー1923年
出身地東京都文京区
主題キリスト教人道主義
白樺派
代表作『カインの末裔』
『或る女』

『小さき者へ』
『惜しみなく愛は奪ふ』

※今回の参考文献は下記です。

読書が苦手、時短したい・・・

芥川龍之介と双璧の文豪

大正時代の文豪と言えば、芥川龍之介と有島武郎の二大巨塔が挙げられます。

ただし現在の知名度で言えば、有島の方が劣るのが事実です。とは言え、当時彼は芥川を凌ぐほどの人気があり、特に女性からの支持が厚い作家でした。

芥川龍之介は、「ぼんやりした不安」という有名な言葉を残して自ら命を絶ちました。その背後には、家族問題、執筆の葛藤、女性関係など、生活上の責め苦があったと言われています。

対する有島武郎も、家族問題や女性関係の果てに情死を決行しました。そういう意味では2人は共通点がある作家とも言えるでしょう。

ただし、そのバックグラウンドは全くもって異なります。芥川龍之介の自殺が典型的な芸術家のそれだとしたら、有島武郎は道徳心や信仰心の果てに自らを破滅に追い込んだ、多少滑稽な末路と言えるかもしれません。

その経緯は、順を追って説明します。

根っからの金持ちエリート

芥川龍之介がそこまで裕福な家庭で育った作家ではないのに比べて、有島武郎は超大金持ちの家のお坊ちゃんでした。江戸時代にそこそこ名の通っていた武家の子孫であり、土地を所有するいわゆる大地主の息子だったのです。

両親の教育方針、そして当人の学才が非常に秀でていたため、高校時代には後の大正天皇である皇太子の御学友に選ばれるほど品行方正で優秀な子供でした。まさに裕福さと学才が相まった人間だけに許された、凡人には理解できないブルジョワの世界の話であります。

高校卒業後には現在の北海道大学に進学し、そこでキリスト教に傾倒します。さらには当時の日本でも限られた人間だけに与えられた特権である海外留学を豊富に経験します。米国留学ではハーバード大学で西洋文学や哲学を学び、続いてヨーロッパにも渡って西欧の文化を吸収した、当時の最先端のエリート日本人だったわけです。




キリスト教による禁欲の始まり

北海道大学で知り合った友人の影響でキリスト教に入信した有島武郎でした。このキリスト教徒との遭遇が、最終的に彼が身を亡ぼすことになった発端とも言えるでしょう。

有島武郎はキリスト教に傾倒したことで、博愛主義的な精神を崇拝するようになります。恐らく、西洋の民主主義的な風潮をいち早く察知していたエリートだからこそ、自分が支配層である大金持ちの家に生まれたお坊ちゃんであることに後ろめたさを感じていたのでしょう。そこに平等という博愛的な考えがマッチし、キリスト教に没頭していくわけです。

さらには若くして禁欲主義に共鳴し、恋愛に対して非常にプラトニックであろうと自身を追い込んでいきます。それが後に彼の中の秩序を歪めていくことになるのです。

有島武郎には奥さんがいて、思想のもと当然純愛を貫いていました。この頃はまだ禁欲主義に対して整合性が保たれていました。ところが、結核によって妻を亡くし、続けざまに父親も死んだことで異変が訪れます。博愛主義と禁欲主義のたがになっていた2人が死んだことで、有島武郎の中の秩序は崩れ落ち、途端に整合性を失ってしまいます。

妻と父の死後、禁欲主義による過剰な追い込みと、内側から湧き出る欲望が衝突した結果、遂に有島武郎は壊れます。なんと「肉体関係を持たなければ沢山の女性を愛しても構わない」という、たがの外れた独自の思想を持つようになったのです。多くの女性に愛の言葉を伝えても、決して手は出さないという、訳の分からない言動をとり始めます。

まるで自分を窮地に追い込むようなぶっとんだ思想の果てに、彼はついに過ちを犯してしまうことになります。

姦通罪の果てに情死

「婦人公論」の編集者である波多野秋子は非常に美人なことで有名でした。かの芥川龍之介に原稿を書かせたのも、彼女が美しすぎた故と言われているほどです。

決して肉体関係は持たないという強い思想を持っていた有島武郎は、なんとこの美人編集者の秋子に手を出してしまいます。ついに禁欲主義が崩壊しました。

有島武郎は妻と死別したため独り身でしたが、秋子には夫がいました。つまり有島武郎は人妻に手を出してしまったのです。そして、秋子の夫に不倫関係がバレてしまいます。

当時、人妻に手を出し場合「姦通罪」として罰せられる法律が存在しました。大金持ちの地主で人気作家である有島武郎は足元を見られ、秋子の夫に金をゆすられます。警察に突き出されたくなかったら、現在で言うところの1000万円程度を払うように要求されたのです。もちろん資産家の有島にとっては、金を払うのは容易いことでした。しかし、もし金を払えば秋子を金で買ったことになると、道徳的な考えを優先し、彼は貫通を犯したことを自首すると伝え、金は一切払いませんでした。

ところが忘れてはいけないのが、有島武郎は良家のお坊ちゃんだということです。当時既に社会主義の風潮が到来していたため、労働者の怒りが地主などのお金持ちに集中しており、ましてや姦通罪になったらどんな顰蹙を買うか分かりません。自分のみならず親族にも影響があることでしょう。

有島武郎は自らの家柄や社会的立場など様々な問題に苦悩した結果、秋子と情死することに決めます。

彼らはひと気のない軽井沢の別荘で首つり自殺を決行しました。遺体が発見された時には、有島と秋子の遺体の区別がつかないほどの腐乱死体になっていたそうです。




労働者による金持ち批判の風潮

妻の死から禁欲の整合性が崩れ始め、遂に過ちを犯し、情死を決行した有島武郎でした。自殺に至るまでの葛藤には、自らの生家が大地主であることが少なからず関係していました。

これは日本文学の歴史においても非常に重要な時代背景だと言えます。明治時代から大正時代に移り変わり、西洋の文化が流入してくると、日本国内の風潮も大きく変化しました。「大正デモクラシー」の名の通り、民主主義の考え方が入ってきて、民衆の意見を重要視する風潮が日本でも生まれ始めたのです。だからこそ有島武郎は、自分が支配層の生まれであることに後ろめたさを感じており、その反動でキリスト教の博愛主義的な思想に傾倒していくわです。

続いて、世界初の社会主義国家としてソ連が誕生し、日本にも社会主義の風潮が広がります。社会主義の思想に則れば、支配層である地主が労働者の非難の対象になるのは当然です。こういった風潮の中で有島武郎はなんと、生家が所有する土地を小作人に開放します。彼の独断で実行されたために親族からは酷く叱責され、家族関係にも亀裂が入っていたようです。

文学界においても、社会主義の風潮からプロレタリア文学が注目されるジャンルになり、インテリ作家たちの作品がある種時代遅れになってしまいます。実際に、有島と双璧だった芥川龍之介さえ、古典作品をリメイクする作風がインテリ臭いとされ、彼の時代は終わったなどと揶揄されることもあったそうです。

こういった激動の時代の中で、有島武郎は新時代の風潮に傾倒したものの、生まれ育った環境があまりにも恵まれすぎたために、思想と現実の整合性が保てなくなり、破滅の道を辿る羽目になったのでしょう。

真面目過ぎた故に破滅してしまった文豪・有島武郎。是非彼の作品を読んでみてください。

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