宮本輝『泥の河』あらすじ考察 安治川の船で売春する家族の物語

泥の河 散文のわだち
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宮本輝の小説『泥の河』と言えば、文壇に名を刻んだ衝撃的なデビュー作です。

『螢川』『道頓堀』と併せて、「川三部作」と称して人気があります。

舞台は大阪の安治川。全国的には認知されていない地名だと思いますが、実は当ブログの筆者の実家から近所ということもあり、今回は敬愛の意を込めて考察します。

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『泥の河』作品概要

作者宮本輝
発表時期1977年(昭和52年)
ジャンル中編小説
テーマ戦後の日本の格差
社会的弱者に付き纏う闇
犯罪心理とその美学
受賞太宰治賞
関連1981年に映画化

『泥の河』簡単なあらすじ

安治川の河口のうどん屋の息子である信雄は、喜一という男の子と出会います。喜一は船に住んでおり、母親は船内で売春をして生計を立てています。ある日、川に住む巨大な鯉の存在を喜一から教わったことで、2人は親しくなりました。

喜一には銀子という美しい姉がいます。信雄の両親は、息子の友達になった姉弟2人のことを可愛がるようになります。とは言っても母親が売春婦であるため、彼らは周囲から酷い扱いを受けることが多々ありました。

天神祭の日、小遣いを貰った信雄と喜一は、屋台で売っている火薬のロケットを買うのを楽しみに出かけます。ところが喜一のズボンのポケットには穴が空いており、2人分のお小遣いを失くしてしまいます。すると喜一はこっそり火薬のロケットを盗みます。そのことを信雄が非難すると、喜一は泣きながら二度としないと誓うのでした。

祭りの人混みから外れて船の家に戻ると、喜一は自分の宝物である沢山の蟹に油を飲ませて火をつけ、燃える様子を見て綺麗だと言います。次々に蟹に火をつけていく喜一、火事にならないよう燃えた蟹を川に平然と捨てる銀子、仕切りの向こうで今まさに男に買われている母親、それら全てが恐ろしくなった信雄は、泣きながら家に帰ります。それ以降、信雄は喜一と会わなくなりました。

その日、船が別の場所に移動していくのを信雄の両親が気づきます。母親に促され、信雄は別れの挨拶をするために必死で船を追いかけます。船の背後には巨大な鯉が泳いでいました。信雄は必死で喜一の名を叫び、お化けの鯉の存在を知らせようとしますが、遂に声は届かないまま去って行ったのでした。

『泥の河』個人的考察

時代背景と戦後経済の闇

物語の舞台は1955年の日本です。翌1956年には、経済企画庁が経済白書の中で「もはや戦後ではない」と記述します。いわゆる神武景気を謳歌し、戦後の経済成長に火種がつき始めた頃の時代感が、作品に反映されているのです。

経済成長の闇、それは生き残る者と朽ちていく者の格差です。『泥の河』ではその格差が、船と地上という線引きで描かれていました。うどん屋である信雄の家庭はかろうじて経済成長に追い縋った側で、船で売春する喜一の家庭は時代の潮流に敗北した側だということです。

それだけではなく、冒頭では馬車の下敷きになって死んだ男の話が描かれていました。彼は新しく普及し始めた自動車を買って最先端の商売を始めようと企んでいた矢先に死にます。つまり、時代の潮流に乗り切れずに死んでいった側の人間を象徴していたのだと考えられます。

あるいは、木の船に乗って川底からゴカイを捕まえて、釣り人に売る商売をしている老人が、船から落下して死んでしまう描写も印象的でした。彼もまた近代化の中で淘汰された人間を象徴していたのでしょう。

このように明確に分断された社会において、信雄と喜一という別の側の人間同士が、子供の純心さによって結ばれる、というある種の悲劇の予兆から物語が始まるわけです。

喜一の闇(蟹を燃やす行為)

喜一の闇には、言わずもがな売春をする母親が関係しているでしょう。馬車の下敷きになった男が家に来ていた事実を喜一が吐き捨てるように言ったのは、母親を買う男に対する恨みや怒りの感情があったからだと考えられます。

小学生の喜一にとっては、売春をする母親は自分のものではない、という感覚を潜在的に抱いていたように思われます。この「自分の所有物にならない」という感覚は、物語を通して度々描かれます。

  • 他人の馬車の鉄屑を高く売れると見定めていると、信雄に盗みはダメだと咎められる
  • 中之島公園の川から出て行かされた
  • 鳩の雛を近所の兄弟に奪われそうになって握り潰す
  • 普通の家に住みたいと呟く

何もかも思い通りに自分の所有物にならない喜一でしたが、信雄の父親からお小遣いをもらって天神祭に行く場面では、初めて欲しいものが手に入るかもしれないという期待が高まります。一番の目的は火薬で飛ぶロケットでしたが、喜一は露店を通る度に飲み物や食べ物が欲しくなってしまいます。

「ロケットも欲しいけど、僕、いろんなもん食べてみたいわ」

『泥の河/宮本輝』

信雄が制してロケットを買うように促すのですが、喜一のポケットには穴が空いており、貰ったお小遣いを落としてしまいます。そして喜一はとうとう盗みを働きます。信雄が泥棒と連呼して咎めると、喜一は泣きながら二度と盗みをしないと誓います。

普通に生きているだけでは何も手に入らない、されど盗みを働けば他人から咎められ、結局奪われてしまう。

そんな喜一は自分の宝物である蟹に油を飲ませて、燃える様子を見つめながら「きれいやろ」と口にします。こっそり隠していた蟹は、喜一が唯一所有する宝物でした。しかし、自分の所有物になるものなど無い、という諦めを喜一は既に受け入れていたように思います。だからこそ、自分以外の人間に奪われる前に、自分の所有物のまま燃やしてしまいたい、という心理が働いていたのではないでしょうか。

近所の兄弟に鳩の雛を奪われそうになった時に自分の手で握り殺したのも、同様の心理でしょう。蟹の燃える様子が「きれい」だと感じたのは、最後まで自分の所有物であり続けたものが放つ光に陶酔していたからでしょう。

ちなみに改稿前では、喜一が船の家に火をつけて、銀子だけを救い出し、母親を焼死させるという展開が描かれています。売春婦の母を殺すことで惨めな運命から逃れようとする少年の心理として解釈されることが多いですが、個人的には雛や蟹と同様に、他人に奪われるのなら自分の手で消滅させたいという心理の末路として、母親殺しを実行したのだと思います。




銀子の慎ましい美しさ

喜一とは対照的に、姉の銀子は与えられることに対して罪の意識を抱えていました。

信雄の母親に可愛がられ、服や髪飾りを与えられた銀子でしたが、彼女は黙ったまま受け取ろうとしませんでした。せめて髪飾りだけでもと勧められても、絶対に受け取りませんでした。

お小遣いを貰った喜一と信雄が駆け出していった天神祭も、銀子だけは自分は行かないと言って断ります。行かないと答えるまでに少しの間があり、おそらく銀子は本心ではお祭りに行きたいと思っているのですが、お小遣いを貰うことに罪の意識を感じており、わざと行かない選択をしたのだと思います。

信雄が調理場に行くと、銀子がおひつの米の中に手を突っ込んで、「お米、温いんやで」と恥ずかしそうに呟く場面があります。

お米がいっぱい詰まってる米櫃に手ェ入れて温もってるときが、いちばんしあわせや。

『泥の河/宮本輝』

実際に信雄が手を突っ込むとお米は冷たかったのですが、銀子は確かに温もりを感じていました。何かを望むことが罪だと感じている銀子にとっては、冷たい米の中に手を入れて温まるくらいの望みしか許されなかった、という悲惨な運命が描かれていたのでしょう。

無口で無欲で悲痛な銀子を、信雄は近所で一番美しいと感じます。そこには前時代的な慎ましい女性の美学があり、悲惨と美は表裏一体であることを表現していたのかもしれません。

お化けの鯉の正体

お化けの鯉をきっかけに親しくなった信雄と喜一でした。最後には引っ越していく喜一の船の背後に、お化けの鯉が付き纏っているのが見えました。

果たしてお化けの鯉は何を象徴していたのでしょうか。

船でゴカイを売る老人が川に落下して死んだ様子を目撃した信雄は、警察の事情聴取で、老人はお化けの鯉に食べられたのだと主張します。信雄のこの発言がお化けの鯉の正体を物語っています。

つまり、お化けの鯉とは、戦後の近代化の中で淘汰される運命の人間に付き纏った闇や陰なのでしょう。

「一生懸命生きて来て、人間死ぬいうたら、ほんますかみたいな死に方するもんや。」

『泥の河/宮本輝』

信雄の父親は、戦争から生還した人間が呆気なく死んでいく様子を上記のように言いました。それは戦場だけではなく、日常にも生死を決定づける「何か」が存在し、それが経済成長の闇であることを意味しているのだと思います。

老人は実際に鯉に食われたのではなく、近代化の波に飲まれて死んだのです。ともすれば、喜一の船の背後に付き纏うお化けの鯉は、その後家族を死へと導いたと推測できます。

逃れることのできない暗い運命が背後から迫って、いつか必ず捕らえられてしまう。戦後の日本とは、そんな先行きの見えない不安で暗くて残酷な時代だったのかもしれません。

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以上、宮本輝の『泥の河』のあらすじ考察を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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