田山花袋の『蒲団』あらすじ考察 哀愁と変態のフェティシズム

蒲団 散文のわだち
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田山花袋の小説『蒲団』と言えば、日本で最も変態的な文学作品ですよね。

少女が使っていた蒲団の匂いを嗅ぐことで有名な、例の変態文学です。

中年男性が叶わぬ恋の末に女の使っていた蒲団の匂いを嗅ぐ様子には、良くも悪くも包み隠しのない感情の起伏が描かれており、むしろ哀愁すら感じてしまいます。

主人公はいかなる葛藤の末に匂いを嗅いだのか、なぜ「匂い」だったのかを解説します。

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『蒲団』の作品概要

作者田山花袋
発表時期1907年(昭和40年)
ジャンル私小説、自然主義文学
テーマ性の葛藤、恋愛、男の哀愁

実際に田山花袋が経験した、女弟子との恋愛がモデルになった物語です。

あらゆる美化を取り除いて現実世界を描く西洋の自然主義文学を履き違えて、自身の性欲の葛藤をありのまま描いた作風は、日本における私小説の走りとも言われています。

これを機に身の回りの出来事を赤裸々に暴露する私小説が生まれたことで、日本文学は滅びていったとも言われています。

ちなみに、田山花袋は根っからのロリータ趣味でした。

少女病』という作品では、妻子持ちの男が少女を尾行するという、またしても変態的な物語が描かれています。

つまり、彼はロリコンなのです。

『蒲団』の300文字あらすじ

中年作家である時雄の元に、芳子という女学生が弟子入りを申し込んできます。当初は渋っていたものの、その熱心さに胸を打たれ、彼女の弟子入りを許可します。

妻子はあれど、孤独な生活を送る時雄は、新式でハイカラな芳子に惹かれ始めます。芳子も満更でもない様子ですが、あくまで師弟の一線は超えません。

やがて、芳子はある男子学生と恋に落ちます。時雄は彼女を略奪された気分になり、酷く嫉妬します。男子学生に奪われるくらいなら、彼女を親元に返した方がましだと悟り、時雄は芳子との別れを決心します。

時雄は孤独な生活に戻ります。芳子がいなくなった部屋で、彼女が使っていた蒲団と寝巻きに顔を埋め、彼は涙を流すのでした。

『蒲団』のあらすじを詳しく

①女学生「芳子」の弟子入

中年の作家である時雄は、妻子のある単調な生活に飽き果てています。それどころか、今の妻の死後に、新しい妻を迎える妄想すらしています。

そんな時雄の元に、神戸の大学に通う女学生から弟子入りを求める手紙が届きます。

文学に身を据える女などろくでもないと、すこぶる偏見で、当初は相手にしていませんでした。しかし、熱心な手紙の量に志を感じ、師弟関係を結ぶことにします。

上京してきた女学生の芳子は、非常に美しく、新式な女性でした。

いわゆる、時雄の時代の慎ましい女性という旧式の枠に反した、ハイカラな女性だったのです。

勝手な偏見で期待値を下げていた時雄は、彼女のあまりの美しさに仰天します。

「先生!先生!」と慕ってくれる可愛らしさに胸を打たれ、時雄の孤独な生活は一変しました。もはや内心の嬉しさが滲み出て止まりません。

②時雄の葛藤

華やかな声、艶やかな姿、芳子の1つ1つに時雄は胸を動かされます。

1ヶ月程、弟子として家に住まわせていましたが、妻や親戚の不安な眼差しもあり芳子を妻の姉の家に住まわせることにします。嬉しさが滲み出たあまり、さっそく周囲に勘ぐられてしまったようです。

新式な女性である芳子は、男友達と夜遅くまで出かけたりします。保守的な年配の人間からはあまり良い印象を受けません。しかし、時雄だけは海外文学などを引き合いに出し、新時代の女性を肯定し、芳子をかばいます。

一方で、芳子の方も多少なりとも時雄に好意を抱いていました。事実、時雄は何度か芳子に意味深な誘いを受ける瞬間がありました。

しかし、あくまで師としての態度を貫き、一線を越えることはありませんでした。

③芳子の恋人「田中」の存在

上京してから数回の帰郷の中で、芳子は京都の学生である田中と恋仲になります。

故郷では、2人は学生の身で既に性的な関係を結んでいると噂されています。しかし、芳子本人は決して罪を犯していないと涙ながらに訴えます。

芳子に泣きつかれた時雄は、「2人の神聖な恋の保証人」のような役割を担わされます。要するに、芳子のことが好きな時雄は、無闇に真実を詮索することができず、表面上は彼女の見方を演じていたのです。

とは言え、自分の愛する存在を奪われた時雄は、憂さ晴らしのために昼から酒を飲み泥酔します。

師として芳子の幸福を願うべきですが、それが辛くて堪らないのです。

また、恋人の田中が女を追って上京しようとしていることを、芳子から告げられます。彼のしゃにむにな態度から、時雄は既に二人は性的な関係を結んでいるのではないかと疑い、嫉妬と怒りを感じます。

耐えられなくなった時雄は、自分には監督者としての責任があると、ほとんど感情的な建前で、芳子のいる姉の家に押しかけます。そして、監督という建前の元、芳子を再び自分の家に住まわすことにします。

一時的に東京にやって来た田中も、故郷へ帰っていきました。学生のうちはお互い学問に励んで、将来的に親に二人の関係を認めてもらう考えに落ち着いたようです。




④恋人「田中」の上京

芳子と田中の文通の多さに苛立ち、時雄は監督という口実で、2人の手紙を盗み読みします。

「神聖な恋」を疑い始めている時雄は、二人の手紙の中に性欲の痕跡を見つけ出そうとしていたのです。すると、またしても田中が上京しようとしている旨を発見します。芳子によると、田中は学費を補助してくださる牧師さんとも一悶着し、独断で上京を決意し、既に東京に向かっている最中のようです。

時雄は悩みます。

ある時は二人のために尽くしてやろうと思い、ある時は芳子の実家に報告して全てを破壊してやろうかとも考えます。

愛する芳子のために役立ちたいという思いと、芳子を奪われるくらいなら全てを駄目にしてやるという卑しい考えが衝突しているのです。

気もそぞろな時雄は、上京した田中の元を訪れます。

「監督上困るから国へ帰れ」という時雄の主張と、「今更帰れないし、卒業するまで過ちは犯さない」という田中の主張は平行線のまま無意味に繰り返されます。

⑤恋の惑溺

時雄は自分の恋心を隠すために、2人の恋の保護者のような立場をとっています。あるいは、嫉妬のあまり、いっそ芳子の実家に報告しようかとも考えています。

しかし、芳子が田中に奪われることも、親に連れ戻され自分の元を去ることも、両方を恐れているため、時雄はどちらかを決心することができないのです。

やがて恋の力は、芳子と田中を深い惑溺の淵に沈めます。

時雄の説得により、芳子は両親に、田中が上京している現状を報告します。その結果、親の大反対を受け、二人は駆け落ちを決意します。

一刻を争うと、時雄は芳子の親に連絡し、急遽話し合いの場を設けます。

芳子の父親の主張としては、田中を帰国させ、芳子には東京で勉強してもらいたいとのことです。一方、田中は断固として帰国できない旨を主張します。

父親と時雄は、恋のために帰国を決断し、卒業後も誠実であればその恋は叶うだろうと、田中を説得します。しかし、田中はなぜ2人一緒に東京にいてはいけないのか、そのことだけが飲み込めないのでした。

時雄はその夜煩悶します。

田中に芳子を奪われ、自分は師として一線を超えなかったことが馬鹿らしくなります。いっそのこと、芳子の処女を奪い、性欲の満足を買えば良かったとすら思うのでした。

⑥運命の残酷さ

翌日、芳子は時雄に嘘をついていたことを告白します。

つまり、実際は田中との間に性的な関係があったのです。

時雄は地の底に身を沈められる想いでした。こうなっては芳子が帰国するのが至当だと、時雄は彼女に帰国を促します。芳子も親に見捨てられてまで帰国を拒む決心はなく、静かに運命の残酷さを受け入れるのでした。

翌朝、田中が時雄の元を訪れます。芳子が帰国することを知った田中は、帰国の日程や彼女の所在を必死で尋ねますが、時雄は断固として教えません。

帰国に際し、荷物を整理する芳子は、時雄の前で涙を流します。時雄も、師としての温情と責任を反省し、泣きたい気持ちを堪えるのでした。

列車に乗り込んだ芳子を見送ります。

時雄は、芳子を妻にする運命は自分の人生にはやって来ないのだろうかと、感傷的になりながら別れを受け入れます。

見送り人の群れの中、一人の男が立っていました。田中がこっそり見送りに来ていたのです。芳子はそれに気づき、胸を轟かせるのでした。

⑦芳子の去った部屋

時雄には再び荒涼とした生活が訪れます。

芳子が去ってから五日後に、彼女から手紙が届きます。いつものように人懐かしい言文一致ではなく、礼儀正しい候文で、謝罪と感謝の言葉が綴られていました。

時雄は懐かしさ、恋しさの余り、芳子が使っていた部屋に入ります。景観は別れた日のまま保たれています。まるで彼女は学校に行っているだけのように感じられます。

襖を開けると、芳子が使っていた蒲団と寝巻きが収納されていました。

女の懐かしい油の匂いと汗の匂いが時雄の胸をときめかします。

寝巻きの際立って汚れた部分に、顔を押し付け匂いを嗅ぎます。

性欲と悲哀と絶望が時雄の胸を襲います。

蒲団を敷き、寝巻きを重ね、そこに顔を埋め、時雄は涙を流すのでした。

そして物語は幕を閉じます。




『蒲団』の個人的考察

明治末期の恋愛観

2000年代を生きる我々からすれば、恋愛の価値観に相容れない部分がいくつもあったと思います。

本作の舞台設定は明治末期です。いわゆる恋愛的な価値観における「旧思想」と「新思想」が衝突した頃の物語です。

文中でも、「旧式・新式の人間」という表現が登場します。

旧式とは、慎ましく、感情をあまり表に出さない女性を良しとする保守的な価値観です。

一方で新式とは、身なりが派手で、感情が豊かで、男友達と遊びにいくことも当然厭わない芳子のような女性を指します。

芳子の親世代にとっては旧式の価値観が当然であるため、芳子の言動は度々世間と衝突するわけです。

一方、文学者である時雄は、西洋の思想に教養があるため、新式の価値観にも理解があります。さらには、新式の感情豊かな女性の魅力に、時雄は完全に心を揺さぶられています。

そして重要なのが、当時は「処女信仰」が当然とされていた点です。

結婚するまで貞操を守ることが女性の純潔を意味するため、物語では度々、芳子と田中の純愛が問題視されます。

京都の嵯峨に2人が遊びに行った際に、性的な関係を結んだのかが物語の展開に付き纏います。

そして、世間は依然として旧式の価値観に支配されているため、芳子は何もしていないと嘘を突き通したのです。

周囲の人間が、田中と芳子の2人を東京に住まわせたくないのは、以上のためです。つまり、近くにいれば必ず性的な関係に発展するため、2人を引き離そうとしているのです。

時雄の思惑

一方で、時雄の思惑のみが歪んでいます。

彼は旧式の考え故に2人の貞操を問題視しているのではなく、単に嫉妬しているだけなのです。

事実、芳子と田中が性的な関係を結んだと確信すると、自分が芳子の処女を奪えば良かったと考えます。

明治末期の新旧の恋愛観の衝突の中で、時雄だけが単純に情念と性欲に支配されている点が、本作の魅力でしょう。

性欲を隠すために、芳子には理解のある態度を見せます。田中には世間を引き合いに出して、芳子から離れるよう説得します。芳子の父親には、田中を引き離しつつ、芳子を自分の側に置いておくよう仕向けたいので、どっちつかずの立ち回りになってしまいます。

いずれも、芳子を自分のものだけにしたいという独占欲の現れです。

葛藤の末、田中に奪われるくらいなら親元に返した方がましだという結論に至り、時雄は芳子との決別を受け入れます。

最後の時雄の涙に込められていたのは、あらゆる葛藤の末に芳子を失ってしまった後悔と寂しさだったのでしょう。

嗅覚に焦点を当てた理由

芳子の使っていた布団や寝巻きに顔を埋めて匂いを嗅ぐ場面に、変態性を感じた読者も多いのではないでしょうか。

読まずとも、『蒲団』は匂いフェチのおっさんの変態小説と認識されているはずです。

では、なぜ「嗅覚に焦点を当てたのでしょうか?

まず本作のみそは、時雄が師として一線を越えなかった点です。もし時雄が一線を越え、いわゆる不倫を題材にした物語だったら、それはそれで鬼気迫る展開になっていたかもしれません。

しかし、一線を越えなかったからこそ、ここまで時雄の烈しい心情の葛藤が描けたのだと思います。

その一線を越えないギリギリのラインこそ、「嗅覚」で表現するのが相応しかったのだと思います。「触覚」や「味覚」となれば、既に芳子の体に触れ、性的な行為に発展した描き方になってしまいます。

つまり、「視覚」と「聴覚」によって恋心を抱いた時雄が、手を伸ばせたのは「嗅覚」までという、二人の煩わしい関係性の段階を的確に表現しているのです。

時雄には幾度となく、芳子を「触覚」や「味覚」で堪能する機会がありました。しかし、師としての態度、田中という略奪者、芳子の父親の意向など、それぞれを汲み取った結果、「嗅覚」までしか辿り着けなかったのです。

さらに、本人の匂いではなく、本人の使っていた物の匂いという点が、より一層時雄の報われなさを味付けしているように思われます。




読書感想文

学生時代の日本史の勉強の中で、田山花袋の『蒲団』の存在を知りました。その変態性に興味をそそられ、一読するに至り、今日まで幾度となく読み返して来ました。当時も今もやはり文章を通して笑えるという点が素晴らしいと感じます。

「私小説の走り」とか「自然主義文学」など、学術的な文脈を引き合いに出せば、当然感心せざるを得ません。文学とはここまで自己を包み隠さず追求するものなのか、と学問的に捉えてしまうからです。

しかし私は、本作の魅力は馬鹿馬鹿しい部分だと感じています。決して揶揄しているわけではありません。本当の意味での褒め言葉です。自己の内面を真剣に追求した先に、厳格だったものが急に綻んで、思わず笑ってしまうような感覚。そういう点で「私小説」でありながら、読書を楽しませるエンターテイメント性も兼ね備えていると思います。例えば森鴎外の『舞姫』は少しも笑えないんですよ。それに比べて『蒲団』が笑えるのは、倫理的な葛藤を超越して、性欲の葛藤まで辿り着いたからだと思います。

物事を追求した先に存在する綻び、そういう突き抜けた感覚を与えてくれたのは、後にも先にもこの『蒲団』だけのような気がします。

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「Kindle」の魅力については下の記事にて紹介していますので、アンチ電子書籍の人は騙されたと思って読んでみてください。

以上、田山花袋の『蒲団』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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