芥川龍之介『鼻』あらすじ短く解説|長い鼻に悩むお坊さんの物語

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鼻 散文のわだち

芥川龍之介の小説『』は、夏目漱石が絶賛した初期の出世作である。

今昔物語を題材にし、長い鼻にコンプレックスを持つお坊さんが、周囲の視線を気にして鼻を短くしようと苦闘する姿が描かれる。

「他人の幸福を妬み、不幸を笑う」という人間の心理を見事に捉えた名短編である。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察していく。

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作品概要

作者  芥川龍之介(35歳没)  
発表時期1916年(大正5年)
ジャンル短編小説
今昔物語
ページ数11ページ
テーマ利己主義
人の幸福を妬む心理

あらすじ

あらすじ

京都のお坊さん禅智内供ぜんちないぐは、15センチを超える長い鼻を持つせいで、周囲に揶揄われていた。本当は傷ついていたが、鼻を気にしていると知られるのが嫌で平然を装っていた。

ある日、弟子を通じて鼻を短かくする方法を知る。鼻を熱湯で茹でた後に人に踏ませれば短くなるらしい。そこで弟子に協力してもらい実践すると本当に短くなった。これで自分を笑う者はいなくなると禅智内供は喜ぶ。

ところが周囲の人間は、鼻が長かった頃よりも一層、禅智内供を嘲笑う。不幸を克服した者に対する物足りなさ、再び不幸になって欲しい願望から馬鹿にしていたのだ。鼻が短くなったせいで以前より笑われるので、禅智内供は元の長い鼻が恋しくなる。

ある夜、禅智内供は鼻がむず痒くなる。翌朝鼻に手を当ててみると、ソーセージのような長い鼻に戻っていた。これで自分を笑う者はいなくなると禅智内供は喜ぶのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

夏目漱石が絶賛した出世作

本作『鼻』は芥川の大学時代の秀作である。夏目漱石に絶賛されたことで文壇に名を刻む実質の出世作となった。

その後は漱石門下の推薦で『芋粥』『手巾』などが雑誌掲載され、瞬く間に人気作家へと駆け上がった。芥川は漱石最後の愛弟子とも言われている。

初期の芥川の作品は古典を題材にした歴史物が多く、本作『鼻』は今昔物語の「池尾禅珍内供鼻語」が元になっている。しかしその内容はかなり異なる。

■「池尾禅珍内供鼻語」
京都の池尾に鼻の長いお坊さんがいた。食事の際には弟子に鼻を持ち上げさせる必要があった。ある時、鼻を持ち上げている最中に弟子がくしゃみをしてしまい、食事の粥が飛び散る。お坊さんは弟子の失態に対し、「自分だから良かったが、他の人の鼻を持ち上げている時にくしゃみをしたら大問題だ」と叱りつける。しかし弟子は、他に鼻の長い人間などいないと苦笑するのだった。

上記の通り原典は、お坊さんの頓珍漢な説教を面白可笑しく描いた物語である。芥川はそれをお坊さんの自意識や、人間の利己主義に注目した独自の物語に書き換えたのだ。

「人間の利己主義」は初期の芥川の重要な文学テーマで、また彼が新鋭作家として評価された理由の1つでもある。

というのも芥川登場以前の明治時代は全体主義の風潮が強かった。夏目漱石が小説で自由恋愛の敗北や、略奪愛の罪悪を描いたように、まだまだ個人主義は認められていない。それが大正時代になると一気に個人主義が広がった。そして個人主義と表裏一体なのが利己主義だ。例えば芥川の『羅生門』では、下人が生きるために老婆の着物を奪い、その利己的な行為に彼は罪意識を抱くことはない。

このように芥川は、時代の変化に伴う新たな価値観を、誰よりもシニカルに描いた作家だったのだ。それゆえに夏目漱石は、新時代の作家が現れたと芥川を絶賛したのだろう。

しかし流星のごとく現れた芥川は、流星のごとくこの世を去った。金銭苦、執筆の葛藤、母親の問題など、あらゆる不幸が重なり、35歳の若さで睡眠薬自殺を図った。

芥川は自殺の前に辞世の句を残している。

水洟みずばなや 鼻の先だけ 暮れ残る」

『芥川龍之介.辞世の句』

ここに記される「鼻」とは、出世作『鼻』と無関係ではないだろう。

自殺を決意した芥川の中には、漱石に『鼻』を評価してもらった過去の栄光、そのチンケなプライドが暮れ残っていたのだろうか。そういう意味で『鼻』は彼の栄光であると同時に、生涯彼を苦しめた重荷だったのかも知れない。

以上の背景を踏まえた上で、物語の内容を詳しく考察していく。

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傍観者の利己主義について

芥川が本作『鼻』に関して、愉快な小説を書きたかったが書き終えてみて愉快と思えなくなったと言及する通り、一見滑稽に見える物語には人間の暗く醜い本性が炙り出されている。

五十を超えた京都の僧である内供ないぐは、自身の長い鼻を苦に病み、それを他者に笑われることで自尊心を傷つけられていた。自尊心を回復するため、鼻を短くするのに悪戦苦闘し、ある時弟子の聞き伝えの方法を実践すると、遂に短い鼻を手に入れることに成功した。これで二度と笑われることはない。

しかし内供に待っていたのは、鼻が長かった頃より余計笑われるという、不可解で矛盾した結果だった。なぜ人々は内供の短い(普通の)鼻を笑ったのか。その理由は作中で「傍観者の利己主義」という言葉で説明される。

人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。ところがその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。

『鼻/芥川龍之介』

これは人間の本性を的確に見抜いている。

確かに人間は不幸な他者に同情する。しかしそこには他者よりも自分の方が優れているという自尊心の余裕が前提にある。なぜなら人間の自尊心は他者との比較優劣が土台になっているからだ。仮に自分より恵まれた人間が困っていても助けようという気にはなれない。むしろ自分より上の人間には、是非とも地の底に墜落して欲しいという、いやらしい思いがある。いわば人間は自分より劣等な存在を確認することで自尊心を維持する醜い生き物なのだ。下を見て安心する心理である。

ともすれば内供が長い鼻を克服したとなると周囲の人間にとってはつまらない。見下して安心できる存在が減るわけだから、もう一度内供を同じ不幸に陥れたいと考える。

こうした「傍観者の利己主義」によって、短い鼻を手に入れた内供はかえって鼻が短くなったことを後悔する結果になったのだ。

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内供の過剰な自意識

しかし注目すべきなのが、全ては内供の主観に過ぎない点だ。実際に人々が内供を再び不幸に陥れたいがために笑っていたかは不明である。あくまで内供がそう感じただけで、被害妄想の可能性もあり得る。

少なからず弟子が笑うことはなかった。むしろ内供のために鼻を短くする方法を見つけ、内供が長い鼻をコンプレックスに感じていることに気づかないふりをして、それとなく実践するよう勧めた。鼻が短くなってからも弟子が笑ったという記述はなく最後まで献身的だった。そんな弟子にさえ内供は癇癪を起こすのだから、正常な判断が出来ているとは思えない。

言ってしまえば、内供は過剰な自意識によって自分を苦しめていたのだ。

五十を超えた内供は、仏に仕える身でありながら自意識を持て余している。思春期の少年がニキビ面を苦に病むのと同じくらい、内供は長い鼻を病的に気にしている。気にしていると勘付かれることを恐れて平然を装う虚栄心も、また彼の自意識の強さである。

仏教のおいて一切の苦は、物事への執着、とりわけ自我によって生じると考えられている。そのため僧たちは、自我を棄てて輪廻から解脱することに、悟りの真意を見出している。そう考えると、長い鼻に執着し、周囲の視線に翻弄される内供は、悟りとは最も遠い位置にいるから滑稽だ。

内供がコンプレックスを克服するには、長い鼻を短くしようと苦闘するのではなく、長い鼻に対する執着を断ち切り、周囲の視線という名の自意識から解脱する必要があった。

けれども人間なんてそれほど優れた生き物ではないから、多くの読者は内供の滑稽さに身につまされる思いであろう。殊に反ルッキズムを謳いながらルッキズムの奴隷になっている自意識過剰な現代人には、内供の気持ちが痛いほど分かるのではないか。

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長い鼻に戻った内供の結末

かえって短い鼻を笑われた内供は長い鼻に戻りたいと願う。その願い通り、ある夜鼻がむず痒くなり、翌朝目覚めると元の長い鼻に戻っていた。それに気づいた内供は、これでもう誰も笑わないだろうと歓喜する。

内供がまた同じように長い鼻に苦しむことになる未来は容易に想像できる。それを見透かすように作中にはこんな文章が記されている。

内供の自尊心は、結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。

『鼻/芥川龍之介』

内供の苦悩は、鼻の長い短いという結果に由来しない。彼が周囲の視線に執着する限り、彼は永久に自身の鼻に苦しめられることになる。

あるいは気に病まないほど満足な鼻を手に入れたとしても、また別の何かが彼の自尊心を苦しめるだろう。人間の自意識は飽き足らない。その終わりのない煩悩を漂流するうちは、人間は幸福と最も遠い場所にいる。

そして我々は大抵、内供なのだ。

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