村上春樹『ハナレイ・ベイ』あらすじ考察 団塊/バブルの対立から幸福を考える

ハナレイベイ 散文のわだち
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村上春樹の短編『ハナレイ・ベイ』と言えば、「東京奇譚集」に収録されている作品です。

2018年には、吉田羊主演で映画化されて話題になりました。

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『ハナレイ・ベイ』作品概要

作者村上春樹
発表時期2005年(平成17年)
ジャンル短編小説
テーマ世代間の対立
自然の不条理
収録「東京奇譚集」
関連2018年に映画化

『ハナレイ・ベイ』あらすじ

サチの息子は19歳の時に、ハワイのハナレイ湾でサーフィン中にサメに右脚を食いちぎられて溺死しました。ホノルルの日本領事館からその知らせを受けたサチは、ハワイへ飛んで現地で火葬を済ませました。それ以来、毎年命日の手前にハナレイを訪れ、3週間ほど滞在する習慣を10年以上続けています。

ある日サチはハワイで、サーフィンをやりに来た日本人の学生2人のヒッチハイクを受け入れます。宿泊場所やサーフボードまで手配してあげました。

サチは学生時代からピアノのコピー能力が長けており、日本でピアノバーを営んでいます。その日ハナレイのレストランでピアノを弾いていると、ヒッチハイクの2人組がやって来て、ビーチで片脚の日本人のサーファーを見かけたことを知らせます。それからサチは毎日ビーチを往復しましたが、彼女には一向に片足の日本人が見えませんでした。帰国前の夜、どうしてあの2人には見えて、自分には見えないのだろうかと涙を流します。

それからしばらく、サチは六本木のカフェで2人組の1人と偶然再会します。彼は可愛らしい女の子と一緒で、恋を成就させるアドバイスをサチに求めます。するとサチは、「女の子とうまくやる方法は、黙って聞いてやること、着ている洋服をほめること、おいしいものを食べさせること」と答え、握手を交わします。

サチは毎晩自分の店でピアノを弾いて、その間は他のことを考えません。ピアノを弾いていない時は、ハナレイで自分を待っているはずのもののことを考えるのでした。

『ハナレイ・ベイ』個人的考察

大人と若者の対比が鍵になる

作中には印象的な登場人物が数人出てきますが、彼らは「大人/若者」というコードで分類されています。

  • 大人:サチ、警官、絡んできた男
  • 若者:死んだ息子、2人組の学生

なぜこの月並みな分類が考察のポイントになるのかは、サチと2人組の学生の不思議な会話に隠されています。

ヒッチハイクをしていた2人組は、ハワイで日本語が通じないこと、ハワイにも四季があること、覚醒剤が蔓延っていること、などその土地の情報を何も知らない呑気なサーファーでした。サチは彼らに対して結構辛口な言葉で、いわゆる「イマドキの若者批判」をします。すると彼らはサチのことを「団塊」と言います。

つまりサチと若者との間には、「団塊世代と、その子供世代(バブル期の若者)」という明確な線引きがあり、当人たちもその区分を意識しているわけです。その決定的な描写が、サチが「エルヴィス」という名を出した時に、2人組は「エルヴィス・コステロ」だと認識する部分です。当然サチが言ったのは「エルヴィス・プレスリー」のことであり、その認識のズレにも世代間のギャップが象徴されているわけです。

ではこの世代の分断が何を意味しているのか?

サチは死んだ息子を誰よりも大事に思っていたのですが、本当は人間的に好きではなかったと語っていました。真面目な話を避け、勉強をせずにサーフィンをして、女の子を取っ替え引っ替えするようなおちゃらけた人間性が気に食わなかったようです。これはある種、団塊世代から見た若者像を象徴しているのでしょう。学生運動やベトナム戦争といったひりついた時代感を生きた団塊世代からすれば、若者たちは平和ボケして何も考えていない嫌悪の対象であったのかもしれません。

つまりサチの心の中には、相容れない19歳の息子が死んでしまった事実を考えるときに、何か超えられない一つの溝のようなもの(それは世代間のズレ)が存在し、だからこそ彼女は10年以上ハナレイ湾を訪れて、その原因を克服しようと試みていたのではないでしょうか。

若者の立場に立つサチ

前述した大人と若者の対立こそが、サチにとっては息子の人間性を好きになれない要因の一つでした。そういった相容れない溝を感じていたからこそ、サチは息子の死を上手く克服することができなかったのでしょう。

ただし、2人組の若者と出会ったことによってサチの心情は変化します。その決定的な出来事が、レストランで彼らといる時に、酔っ払った男に絡まれたことです。男はサチと若者に対して次のような嫌味を口にします。

  • なぜ日本人は自国のために戦わないのか
  • イラクでの出来事を知らずにジャップがハワイでサーフィンをしている

なぜ突然男がこのような思想的、差別的な言葉を口にしたのか、と疑問に思った人も多いと思います。これも前述した通り、大人と若者の分断を象徴しており、社会的な出来事に無関心で浮かれているバブル期の若者を揶揄しているのでしょう。

男の主張に対してサチは反論します。英語の判らない若者は、男が何を話していたのかを尋ねてきますが、大したことじゃないと言ってサチは内容を知らせようとしません。そして、楽しめるうちに楽しんでおくのがいい、と若者たちに声をかけます。つまり、サチは初めて若者を擁護する立場に身を置いたのです。

当初は無知で呑気な彼らを揶揄していたサチがなぜ彼らを擁護したのか。

人間の本質的な幸福は、世界の大義の衝突に関心を向けることではなく、自分の楽しみを追求すること(つまり息子にとってのサーフィンのように)だとサチは気づいたのかもしれません。そういう意味ではこの時に初めて、人間的に好感を持てなかった息子に歩み寄ろうとするサチの心情が表れたのだと思います。

帰国後に2人組の1人と再会して、恋愛を発展させるアドバイスをしたことや、握手を交わしたこと、「マジに」という若者言葉を口にしたことからも、サチが世代の垣根を壊して歩み寄っている姿が見て取れます。




息子の姿が見えない理由

若者の立場に身を据え、死んだ息子に歩み寄ろうとしたものの、サチは片足のサーファーの姿(息子の亡霊)を見ることはできませんでした。2人組の若者には見えて、サチには見えないのが不可解でした。

一見サチは息子との世代間の溝を埋める努力を果たしたように見えましたが、おそらくサチにはもう一つ果たさなくてはいけない重要な問題があったのでしょう。それは自然に殺されたという事実です。

「大義がどうであれ、戦争における死は、それぞれの側にある怒りや憎しみによってもたらされたものです でも自然はそうではない。自然には側のようなものはありません。(中略)息子さんは大義や怒りや憎しみなんかとは無縁に、自然の循環の中に戻っていったのだと」

『ハナレイ・ベイ/村上春樹』

序盤で警察官がサチに語りかけた台詞です。兄が戦死して母が別人のようになったという身の上話を引き合いに出して、人間の怒りや憎しみによって殺されることと、自然の力に殺されることは別物だと訴えていました。

つまり、サチがもうひとつ果たさなくてはいけないのは、自然の脅威を受け入れることです。

村上春樹は2011年のカタルーニャ国際賞の受賞式で、東北大震災について次のように言及していました。

考えてみれば、人類はこの地球という惑星に勝手に間借りしている訳です。ここに住んでください、と地球に頼まれた訳ではありません。少し揺れたからといって、誰に文句を言うこともできない。

カタルーニャ国際賞スピーチ文

つまり人間が地球で生きている限り、自然がもたらす不条理を避けることは出来ないのです。村上春樹はこういった自然の不条理に対して、重要なのは事実を受け入れ、物事を修繕していくことだ、と主張していました。

物語においても同様に、サチはハナレイという土地をそのまま受け入れる必要があるのだ、という結論に到っていました。

ラストの描写では、ピアノを弾く時にはピアノのことだけを、それ以外の時はハナレイ・ベイのことだけを考えているサチの様子が綴られていました。

「ピアノ」に夢中になる行為は(サーフィンに夢中になるのと同様の)若者像を、「ハナレイ・ベイ」は自然の不条理を象徴しており、その両方を受け入れることでサチは息子の死の悲しみを克服を目指したのではないでしょうか。

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以上、村上春樹の『ハナレイ・ベイ』のあらすじと考察の説明を終了します。

長い間お付き合いありがとうございました。この文章が気に入った方は、是非シェアをお願いいたします。




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