夏目漱石『こころ』あらすじ解説|教科書の名作 乃木希典の殉死

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こころ1 散文のわだち

夏目漱石の小説『こころ』は、現代文の教科書で広く親しまれる、近代文学の名作である。

『彼岸過迄』『行人』と併せた「後期三部作」の最終章に位置する。

累計発行部数は700万部を超え、日本文学の歴代2位に位置する一方で、その内容は現代人には難解だという声も多い。

そこで本記事では、あらすじを紹介した上で、下記ポイントに注目して考察していく。

・先生の罪悪感の正体
・明治天皇の崩御/乃木希典の殉死
・先生の自殺の理由

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作品概要

作者夏目漱石(49歳没)
発表時期  1914年(大正3年)  
ジャンル長編小説
ページ数301ページ
テーマ恋の三角関係
明治時代の精神
道徳の変遷
人間のエゴイズム

あらすじ

あらすじ

大学生の私は、鎌倉の海水浴場で「先生」と知り合い、どことなく影を帯びた雰囲気に惹かれ、頻繁に家を訪ねるようになる。先生には人に話せない秘密があるみたいで、毎月決まって誰かの墓参りをし、時おり意味深長な言葉を口にする。

「恋は罪悪」
「人は信用できない」
「金は人を変える」

奥さんいわく、昔はさほど暗い性格ではなかったが、いつからか影を帯び、思い当たる原因としては、学生時代に友人が亡くなったことくらいだった。

病気の父を見舞うため帰省した私は、意外に父が元気で安心するが、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死事件を境に、父はみるみる衰弱する。父を安心させるため私は渋々就職の世話を先生に依頼するが、先生から届いた手紙には、自殺をほのめかす内容が記されていた。

手紙には、かつて先生が叔父に遺産を騙し取られたこと、自分が親友Kを欺いて今の奥さんを横取りしたことが記されていた。裏切られたKは自殺し、その罪悪から先生は毎月墓参りをしていたのだ。今日まで罪悪を抱え続けた先生は、明治時代の終焉と共に自殺を決意する。そして最後に、手紙の内容は妻に内緒にして欲しいと記されているのだった。

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個人的考察

個人的考察-(2)

後期三部作の最終章

夏目漱石が小説家として活動したのはたった11年間、そのごく短い期間に15もの長編小説を残している。そして前期と後期にそれぞれ三部作を発表し、本作『こころ』は後期三部作の最終章にあたる。

前期と後期の間には、「修善寺の大患」と呼ばれる危篤事件がある。漱石は胃潰瘍で八百グラムに及ぶ大吐血を起こしたのだ。この瀕死体験は以降の作品に影響を与えた。知識人の苦悩を通して死生観を深く追求するようになり、その最終テーマとして「自殺」を扱ったのが、本作『こころ』というわけだ。

当初は短編集の想定だったが、それに先だった「先生と遺書」の章が長引いたので、新たに三部構成の長編に作り直し、1914年に岩波書店から自費出版で刊行した。発行部数は新潮文庫のみで700万部を超え、日本で最も売れている本とされる。また高校現代文の教科書に掲載され今でも広く親しまれている。

広く親しまれているにもかかわらず、物語の意味が理解できないという声も多い。学校では「恋の三角関係」「エゴイズムと裏切り」を主題に教えられるが、現代人の感覚では、先生の罪悪感の正体や、自殺を決意した原因が、イマイチ理解できないのだ。それは当時の日本の歴史的背景を知らないからである。

当時の歴史的背景を知るには、先生の遺書に登場する、明治天皇の崩御と乃木希典のぎまれすけの殉死事件について知る必要がある。

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乃木希典の殉死事件

物語の時代設定は、ちょうど明治から大正への転換期、つまり明治天皇が崩御し、乃木希典が殉死して世間を騒がせた頃だ。

陸軍大将・乃木希典は、大正元年、明治天皇の後を追って殉死した。腹部を十字に切り裂き、軍服のボタンを留めてから、喉を突くという、正式な切腹の作法だった。

東京の乃木坂は彼の名前に由来し、乃木神社の側には、実際に切腹を行った彼の邸宅が、現在も一般公開されている。

遺書によると彼は、かつて西南戦争で連隊旗を奪われた失敗を償わぬまま、今日まで生きながらえたことを悔やんでいた。ずっと死の機会を求め、そんな時に心から慕う明治天皇が崩御したので、その後を追って自害したのだ。

現代の価値観からすれば、天皇の後を追って殉死するなど考えられない。実は当時も賛否が分かれた。芥川龍之介や志賀直哉など若手の作家は、前時代的な行為と批判した。一方で森鴎外や夏目漱石など高年の作家は、乃木希典を擁護する作品を執筆した。この対立から見えてくるのは、高年層と若年層の間で価値観の対立が生じていたことだ。

それは、封建主義と個人主義の対立である。

江戸時代には切腹は武士の美徳だった。赤穂浪士のように、主君が殺された場合、家臣も殉死するのが忠義心の最たるものだった。ともすれば乃木希典の殉死は、前時代の封建的な道徳から見れば、立派な死に様と言える。明治時代になると西洋の価値観が輸入され、切腹は時代遅れになったが、しかし依然として封建的な価値観は根強かった。漱石の『三四郎』で、自由恋愛の敗北が描かれるように、まだまだ個人主義は日本に浸透していない。

ところが大正時代になると、大正デモクラシーの文字通り民主化が進み、個人主義の時代が到来する。それを象徴するのが芥川龍之介の登場だ。代表作『羅生門』では、職を失った下人が生きるために老婆の着物を盗むという、まさに個人主義・利己主義の物語が描かれる。明治文学のように、個人主義が全体主義に敗北するようなテーマは、既に時代遅れだったのだ。そんな新しい価値観を持った若い世代には、主君の後を追って切腹する忠義心など、全くもって理解できなかったのだろう。

こうした時代と価値観の変化、それに伴う世代間の対立を知った上で『こころ』を読むと、先生の自殺の原因が見えてくる。詳しくは次章にて解説する。

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父の衰弱と先生の自殺

本作最大の疑問は、先生が自殺した理由だ。

確かに先生は学生時代に親友Kを裏切り、その罪悪感をずっと抱えていた。だからといって何十年越しに、なぜ先生は突然自殺を決意する心境に至ったのか。この謎を紐解く鍵は、主人公の父親にある。

病にした父親は、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死を知った途端、目に見えて衰弱する。勘の良い人ならお分りだろうが、父親は封建的な価値観を生きた世代、主君を追って殉死した乃木希典の気持ちが分かる世代の人間なのだ。

封建的な価値観からすれば、主君が死んで後を追わないのは不名誉なことだ。実際に江戸時代には、赤穂浪士のひとりで切腹せずに逃亡した寺坂信行という人物は、不届き者、臆病者の烙印を押された(諸説あり)。同様に病に臥した父親は、天皇が亡くなったのにどうして自分は生きているのだろう、という取り残された空虚感を抱き、その結果、生きる気力を失って衰弱したのだ。

同じく先生も封建的な価値観を生きた世代、明治天皇の崩御は彼に空虚感を与えた。

最も強く明治の影響を受けた私どもが、そのあとに生き残っているのは、必竟時勢遅れだという感じが裂しく私の胸を打ちました。

『こころ/夏目漱石』

私は妻に向かってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。

『こころ/夏目漱石』

この時点では本気で殉死する気はなく、半ば冗談のつもりだったが、乃木希典の殉死事件を知って初めて、冗談が決意へと変わった。

乃木希典は西南戦争の失敗以来、罪悪感を抱えて何十年も生きながらえてきた。それは親友Kを裏切った先生と同じ境遇だった。Kに対する罪悪感を抱えたまま、今日まで生きながらえてきた先生は、自分の後ろ暗い人生を乃木希典と重ね合わせることで、彼に続く形で殉死を決意したのだ。

先生の遺書の終盤にはこう記されている。

あなたにも私の自殺する訳が明らかにのみ込めないかもしれませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だからしかたがありません。

『こころ/夏目漱石』

要するに、若い主人公に先生の自殺の理由が分からないのは、大正時代の到来によって価値観がガラッと変わったからである。

それは乃木希典の殉死に、若手作家の芥川龍之介が批判的だったのと同様、個人主義の時代を生きる主人公には、先生や父親や乃木希典みたいに、殉死を肯定する封建的な価値観、明治の精神が分かりかねるからだ。

ましてや現代の価値観からすれば、明治の精神など全くもって不可解である。ゆえに最も売れている小説でありながら、物語の意味が理解できないという声も多いのだ。

明治時代を生きた人間にとって、天皇の崩御がどれほどの影響力を持っていたか。その影響力が明治から大正(封建主義から個人主義)へ移り変わったタイミングで損なわれたこと。それら時代背景を知って初めて、夏目漱石が『こころ』で描きたかったテーマが見えてくる。これは決して「恋の三角関係」「裏切りの罪悪感」だけで片付けられる物語ではない。

時代が移り変わる時、価値観も大きく変化し、それまで美徳とされたものが非難されることもある。そういうメッセージを夏目漱石は作品を通して訴えていたのだろう。

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先生の罪悪感の正体

先生の自殺の理由をさらに深く理解するには、先生の罪悪感の正体を紐解く必要がある。

まず先生の精神状態には、下記三つの時期があると仮定できる。

・純粋無垢な時期
・他者を信用できない時期
・自分を信用できない時期

先生にも純粋無垢な時期があった。それは他者を容易に信用できた時期と言える。学生時代に両親を失った先生は、遺産の管理を叔父に任せていた。というのも、先生は叔父のことを信頼していたのだ。それは亡き父親が叔父を尊敬していたからであり、つまり周囲の評判だけで他者を信頼できるほど、先生は疑うことを知らない純粋無垢な青年だったのだ。

ところが信頼する叔父に遺産を騙し取られ、裏切りを経験したことで先生は人間不信になる。これが「他者を信用できない時期」である。

私の気分は国を立つ時すでに厭世的になっていました。ひとは頼りにならないものだという観念が、その時骨の中までしみ込んでしまったように思われたのです。

『こころ/夏目漱石』

裏切りを経験し、心を閉ざした先生だったが、一方で下宿先のお嬢さんには徐々に心を許していく。というのも、先生は金にまつわる裏切りは経験しても、恋の裏切りは経験していなかったからだ。ましてや自分が裏切る側に立つとは思ってもいなかっただろう。

幼馴染のKを下宿先に招き入れたのが悲劇の始まりだった。時おりKとお嬢さんが懇意に談笑しており、先生は嫉妬を覚える。そして遂にKがお嬢さんへの想いを打ち明けた時、先生は激しい焦りにかき乱され、Kに黙って先にお嬢さんとの結婚に漕ぎ着ける。それは親友に対する裏切りだった。

叔父に裏切られて以来、先生は人間不信になっていた。ところがどうだ。いざ自分が恋の問題(Kに対する嫉妬)に直面すれば、簡単に友を裏切ってしまった。叔父を最も忌嫌いながら、叔父と全く同じことをしたのだ。おまけにKが自殺した時、Kの安否より先に遺書の内容を気にした。仮にも自分に対する恨みが記されていたら、世間に顔向けできないから、こっそり処分しようと考えたのだ。

いざとなれば人間はどこまでも利己的になる。そうした自分の醜悪を自覚した時、先生は他者よりも、自分が一番信じられなくなったのだ。

でも不可解なのが、親友から恋人を奪う行為はそれほど罪だろうか。もちろん卑劣な行為に違いないが、現代の価値観からすれば、その罪悪感に病んで自殺することは考えにくい。ここにも時代と価値観の変化が見られる。それを象徴するのが、武者小路実篤の小説『友情』だ。

大正文学『友情』は、親友に好きな人を奪われ決闘を申し入れる物語だ。『こころ』で深刻に描かれた恋の裏切りが、『友情』では軽々しく扱われる。それは大正時代になって個人主義の風潮が広まり、利己的な行為にさして罪の意識を感じなくなった証拠だ。

そんな風に、若い世代が利己的な生き方に順応していることに先生も気づいていた。だが生涯の殆どを明治時代に捧げた先生には、エゴイズムの矛盾から脱出し、自分の行為を肯定するだけの、新しい価値観が不足していたのだ。だから先生は遺書の中に「自分は明治の精神と共に自殺する」と記した。新しい価値観に適応できない先生は、古い価値観の中で生涯を終えることを決意したわけだ。

それは漱石にとっての決意でもあった。大正時代に移り変わり、古い価値観が非難されることを予測した漱石は、自分の内部にある「明治の精神(先生)」を殉死させることで、新しい時代を生きていく決意をしたのだ。

奇しくも漱石は『こころ』を発表した二年後に亡くなり、生涯の殆どを明治時代に捧げた。

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