夏目漱石の『こころ』あらすじ考察 乃木希典の殉死と明治の終焉

こころ 散文のわだち
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夏目漱石の小説『こころ』と言えば、 高校の教科書掲載鉄板の名著であります。

三角関係における裏切りと罪悪の物語。しかし不可解な点が多いという声がたくさんあります。それは、学校教育では教えてくれない、当時の時代背景が関係しているからです。

日本で最も売れている小説でありながら、なぜか腑に落ちない点が多い『こころ』を、当時の時代背景から紐解いていこうと思います。

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『こころ』の作品概要

作者夏目漱石
発表時期1914年(大正3年)
ジャンル長編小説、遺書小説 
テーマ明治の精神、道徳の変遷
人間のエゴイズム

『こころ』は日本で最も売れている書籍とされており、 太宰治の『人間失格』と常にトップを争う、日本文学の最高峰作品です。

『こころ』の簡単なあらすじ

主人公の学生が知り合った「先生」は、どこか厭世的な雰囲気を有しています。その不思議な魅力に惹かれた主人公は、頻繁に先生の家に遊びに行くようになります。

恋は罪悪」「人は信用できない」「金は人を変える

先生は度々意味深な台詞を口にしますが、実際にそれらが何を意味するのかは分かりませんでした。奥さんですら先生が厭世的になった原因を知らないというのです。

父親が危篤になり、主人公が実家に帰っている間に、明治天皇の崩御乃木希典の殉死といった大事件が発生します。まるでそれらの事件に呼応するように父親の気力も弱まっていきます。

父親が生きているうちに就職をして安心させるように母親に忠告された主人公は、仕方なく先生に就職の世話をお願いする手紙を送ります。しばらくすると返事が届き、先生が既にこの世に存在しないことを知らされます。

手紙の中には、かつて叔父に騙されて遺産を横取りされた出来事や、自分が親友のKを欺いて恋の相手(今の奥さん)を横取りした事実などが記されていました。先生に裏切られたKは自殺してしまい、その罪悪感から毎月墓参りをしていたのです。

点と点が繋がる告白の最後には、これらの事実を妻には秘密にして欲しいというお願いが綴られていました。過去の陰りを全て遺書に記し、先生は明治の精神とともに自殺したのでした。

『こころ』の個人的考察

先生の罪の意識とは?

恐らく学校教育では、恋愛関係による親友との感情の縺れや、裏切りに対する罪悪感という主題を教わったと思います。

学生時代に両親を失った先生にとっては、叔父だけが唯一信用できる存在でした。ところが遺産をめぐるトラブルによって、先生は信用していた叔父の裏切りを経験します。これがつまり、「人は信用できない」「金は人を変える」の真意でした。

ところが先生は恋愛に対する信用を失ってはいませんでした。事実、叔父の裏切りを経験して塞ぎ込んでいた先生は、下宿先のお嬢さん(今の奥さん)との関わりによって精神的に回復していきます。

ところが親友のKがお嬢さんに恋をしていると知った途端に、先生はまるで人が変わったようにKを陥れようと企みます。かつて自分は叔父の裏切りを経験して酷く傷付いたにも関わらず、自分も同じように親友を裏切り陥れてしまったのです。まるでモラルを超越した矛盾、支離滅裂な自分自身に対して、先生は罪悪感を抱いていたのでしょう。序盤に「自分が信用できない」と先生が口にする場面がありましたが、まさに恋愛が絡んだ途端に、昨日の被害者が今日の加害者に変わる人間の恐ろしさを示唆していたのだと思います。

先生の人間性を疑うのは当然です。しかし、先生の罪の意識、つまり何十年も経過したある日突然に自殺を決行する心情に、そこまで共感できないのではないでしょうか。

では、自殺を決行したのが突然ではなかったとしたらどうでしょうか。

それと言うのも、夏目漱石が本作に落とし込みたかったのは、決して三角関係の果ての罪悪感ばかりではなく、その当時の歴史的な時代背景だったからです。

明治天皇の崩御と乃木希典の殉死

作中では何度か、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死について触れる部分があったと思います。

病気を患った主人公の父親が、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死のニュースを知った途端に、目に見えて精神が弱っていった場面です。あるいは、先生の遺書にも乃木希典の殉死について綴られており、それをきっかけに自分も自殺するような意図が記されていました。

ここで読者は困惑します。乃木希典の殉死が何故、国民の意識に大きく影響しているのかが判らないのです。

ちなみに乃木希典とは陸軍大将で、明治天皇が崩御したためにその後を追って、自ら切腹して殉死した人物です。なんでも、切腹の正式な作法として、腹を十字に切り裂いた後に、軍服のボタンを留めて、最後に喉を突き刺して死んだようです。現在東京に存在する「乃木坂」とは、彼の名前にちなんで命名された坂の名称です。

この説明を聞いたとて疑問は深まるばかりですよね。明治天皇が崩御したからと言って、切腹する乃木希典の価値観が理解できないですし、それに影響される国民の感情も判りません。事実、この事件が発生した当時はかなり賛否両論があったようです。いわゆる森鴎外などの年配の作家は、江戸時代の侍の切腹の文化を引き合いに出して乃木希典の殉死を称賛しました。逆に芥川龍之介などの若手の作家は西洋の個人主義の風潮を強く受けているために、殉死という旧式の道徳観を強く非難しました。

このような世代によって分かれる賛否両論が示すように、明治時代から大正時代への移り変わりとは、道徳観が一変した瞬間だったのです。大正デモクラシーの言葉通り、民主主義の時代が到来し、急に個人主義の考えが色濃くなりました。恋愛ひとつとっても価値観は大きく変わりました。かつて夏目漱石の『三四郎』という作品では、全体主義に押し流されて好きでもない人と結婚しなければいけない、という明治時代の価値観の葛藤が描かれていました。しかし、大正時代には新式の女性が現れ、男女の道徳観が新しくなります。いわゆる個人を尊重した恋愛結婚という概念も許容されるようになっていくのです。

そういった時代の変遷というものを、夏目漱石は本作『こころ』に落とし込んでいたのです。乃木希典の殉死に対してはあくまで俯瞰的な目線であり、彼の死こそが明治時代の終焉を象徴していることを作品を通して描いていたのでしょう。

乃木希典はかつて西南戦争の頃に犯したミスを引きずって、罪の意識から死のタイミングを探しており、明治天皇の崩御を時機としてこの世を去ったと書かれていました。つまり、先生はかつての裏切りによって友を自殺に追い込んだ自分の罪の意識を乃木希典に重ね合わせて、自分も明治時代の終焉に際して、旧式の精神と共にこの世を去ることに決めたのです。

以上のように、『こころ』は明治時代の価値観を色濃く反映させた小説でした。 2000年代を生きる我々からすれば、個人主義的な道徳観が当然であるため、殉死やら全体主義やらの価値観が一切理解できず、先生の自殺に対して不可解な印象を抱いてしまうわけです。 かつてはこんな精神があったんだ、時代の変遷によって国民は非常に不安な精神状態に陥ったんだ、という解釈でしかアプローチできないため、我々が作品にいまいち共感できないのは仕方ないのかもしれません。

個人主義の時代が到来

前述の通り、大正時代に移り変わったことで、個人主義の時代が到来しました。それに伴い、文学作品の主題も変遷していきます。

夏目漱石と言えば、全体主義的な風潮が色濃い明治時代に、個人主義的な考えを主張し、大抵は全体主義に敗北するという形式で小説を書くことが多かった印象ですよね。『三四郎』にしろ『それから』にしろ、個人の意思よりも周囲の意図が優先される生きづらさが描かれていました。ともすれば、『こころ』はその過渡期の瞬間を切り取った作品でしょう。

友を裏切り自分の恋を成就させる先生の行為は、まさに利己的な個人主義を象徴しています。ところが結局その罪悪感によって先生は殉死したのですから、全体主義に敗北したことになります。それを乃木希典の殉死と重ね合わせたのは、明治の精神を持った最後の人間がこの世から消滅したことを示唆しているように思われます。つまり、この『こころ』以前と以後で道徳観も文学のテーマも大きく変わったということです。

事実、大正時代を代表する作家・芥川龍之介は、『羅生門』という作品で、自分が生きるために老婆の着物を盗むという利己主義の最もたるテーマを描き、夏目漱石に称賛されたようです。利己的な行為に罪の意識を抱いて殉死するような明治の精神は古く、もっと個人に特化した問題提起が次の時代の文学のテーマになったのです。

天皇崩御による殉死、利己主義の罪悪感、いささか現代の我々には理解し難い道徳観ですが、2020年代を生きる我々の道徳観も、いずれ未来人に理解されない時が来るのではないでしょうか。そこには必ず最新の文学が存在することでしょう。

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以上、夏目漱石の『こころ』のあらすじ考察を終了します。

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