泉鏡花『高野聖』あらすじ解説|幻想怪奇小説の傑作

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高野聖 散文のわだち

泉鏡花の小説『高野聖』は、日本を代表する幻想小説の傑作です。

幾度となく映画や戯曲の題材に使われ、高校の教科書にも掲載されることがあります。

本記事では、あらすじを紹介した上で、物語の内容を考察しています。

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作品概要

作者泉鏡花(65歳没)
発表時期  1900年(明治33年)  
ジャンル短編小説
幻想小説
ページ数87ページ
テーマ魔性の女
孤高である故の渇き

あらすじ

あらすじ

ある旅僧が、行脚あんぎゃのため飛騨の山越えをしたときに体験した、怪奇譚かいきたんが語られます。

その時の旅僧は天生峠を歩いており、不意に新道と旧道の分かれ道にぶつかりました。すると、何も知らない通りすがりの薬売りの男が、危険な旧道へ進んでいったため、旅僧は彼を助けるために後を追いかけます。その道中、旅僧は怖ろしい蛇や山蛭やまびるの大群に襲われ、九死に一生の末に、ようやく孤立した民家にたどり着きました。その民家には白痴の男と美しい女が住んでおり、旅僧は山蛭で傷ついた体を、美しい女に川で洗い流して癒してもらいます。二人が家に戻ると、留守番をしていた馬引きの親仁おやじが、戻ってきた旅僧を不思議そうに見ていました。その夜、家の周りで鳥獣の鳴き声が響き、旅僧は恐怖のあまり一心不乱にお経を唱えました。

翌朝、民家を発った旅僧は、どうしても美しい女のことが忘れられず、僧侶の身を捨てて引き返そうとしていました。そこへ馬引きの親仁と出くわし、女の秘密を聞かされます。女は医者の娘で、手をかざすだけで癒す不思議な力を持っており、その力を使って多くの男を誘い込んでいました。そしてその男に飽きたら鳥獣に変えてしまい、それが昨夜家の周りに群がっていた鳥獣の正体だったのです。おまけに親仁が昨日連れていた馬は、あの薬売りの男だったと判明します。秘密を知った旅僧は正気になり、引き返すのをやめて里へ下りていったのでした。

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個人的考察

個人的考察-(2)

入れ子構造の幻想小説

幻想小説の傑作として名高い『高野聖』は、魔物的な世界観に加え、物語の構造に幻想的な技法が用いられています。

その技法とは、物語の入れ子構造です。作中の物語は3層で描かれています。

第1の層が、駿河の宿で男が修行僧の怪奇譚を聞く世界。第2の層が、その旅僧が若い頃に経験した不思議な出来事の世界。第3の層が、美しい女の過去の世界。

このように、物語の中に新たな語り手が登場し、さらにその語り手が話す物語の中に新たな語り手が登場する構造になっています。物語が進むにつれて、現実世界からどんどん深い層に潜っていき、読者は幻想的な空間に引き込まれていくのです。

基本的に読み手は、冒頭数ページで物語の世界観を把握し、その設定を信用した上で読み進めていきます。しかし、本作のように作中に何層も登場することで、徐々に読者を不可思議な世界観に迷い込ませ、いい意味で裏切っていくことが可能になるのです。

こういった技法は幻想小説や怪奇小説に多用される傾向にあります。代表的な例を挙げるなら、夢野久作の『ドグラマグラ』は、入れ子に次ぐ入れ子で、もはやどれが現実でどれが虚構なのか判らなくなります。

入れ子が深くなるほど、信憑性の薄い人伝えの物語になるため、文字から想像できる描写もぼやけていき、それが結果的に幻想的な雰囲気を醸し出すのでしょう。

以上の効果を踏まえた上で、作中の奇妙な物語を考察していきます。

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日本における魔性の女

本作で最も奇妙な存在は、旅僧が出会った美しい女でしょう。

出会って間も無く旅僧を川に連れていき、馴れ馴れしい手つきで体を洗い、気づけば彼女自身も全裸になっていたり、あるいはコウモリや猿に不躾な言葉をぶつけたりと、どこか人間離れした奇怪さがむんむんと漂っています。

最終的には、彼女が不思議な能力によって男を誘惑し、飽きたら男を鳥獣に変えてしまうという事実を知らされ、その正体が魔物であることが明らかになります。

この、美しい女が魔物の擬人化であるという設定は、古典的な「魔性の女」像に基づいています。作者の泉鏡花は、「古今説海」に出てくる、人を驢馬に変える「三娘子」に着想を得たようです。

そもそも魔性の女とは、ファム・ファタール、男を破滅させる女のことを指します。その起源は、聖書におけるヨハネの首を求めた悪女サロメだという見解もあります。

一方で日本における魔性の女は、しばしば魔物が化けるという価値感が備わっています。男を魅了する「魅」という漢字は、「魑魅魍魎ちみもうりょう」という言葉にも用いられる通り、日本には化け物や怪物にある種の魅力や畏敬を持つ文化があるのです。おそらくアニミズム信仰とも密接に関係があると考えられます。

このように、美しい女性を魔物に喩え、その美しさに魅了され破滅する男もまた魑魅魍魎ちみもうりょうに変えられてしまうという設定は、日本的な美的感覚や愛欲を映し出していると言えるでしょう。

かの三島由紀夫は、手を触れるだけで人を癒す女の能力に聖母像を見出し、その延長線上に男を魔物に変える脅威を孕んでおり、一方で白痴の男の面倒を見続ける母性愛を残している点を指摘し、この悪魔的と母性的の両方を備える特徴こそ、「泉鏡花の永遠の女性像」だと主張しています。

作中では「大滝」が背景に描かれており、その大滝は大洪水を起こし多くの人々を殺しましたが、その大滝から流れる川は人々を癒す側面も持っていました。まさに三島由紀夫の主張する、凶暴性と母性の両方を兼ね備えた女性像が、メタファーとして滝に映し出されているのでしょう。

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修行僧に与えられた試練

本作は単に旅僧が異世界に迷い込んでいくだけでなく、その過程にしっかり伏線が貼られています。

旅僧は天生峠を越える道中に茶屋へ寄ります。その茶屋で、喉がからからに乾いた旅僧は水を求めますが、その水が川の水だと知り躊躇します。それというのも、明治時代の流行病コレラウィルスを懸念していたからです。偶然居合わせた薬売りの男に、坊主のくせに命が惜しくて水が飲めないのか、と茶化されますが、結局旅僧はぐっと喉の渇きを我慢します。

この「」と「乾き」という構図は、異世界に迷い込んでからの「女との水浴び」の場面で再度登場します。

山蛭の大群に襲われた旅僧は、女に連れられ川で体を洗いにいきます。全裸の女に体を洗われる感覚は、花びら中に包まれているようだ、と旅僧は肉欲に翻弄されかけていました。しかし良い雰囲気の途中でコウモリや猿が現れ、旅僧の肉欲は妨害されます。快楽への堕落を寸止めされ、ぐっと肉欲の渇きを我慢することになったのです。

このように「水」という共通項を持つ二つの場面において、旅僧は満たされない欲望の「乾き」を経験しました。

いっそのこと欲望のまま身を滅ぼせば良いものを、しかし旅僧は行脚の中途です。これら欲望との葛藤は、高野(真言宗)の聖として、その器量を試される試練だったのだと考えられます。多くの男たちが欲望に堕落した結果、魔物に変えられてしまったように、旅僧も渇きに耐えられなかった場合には聖の資格を剥奪され魔物にされていたのです。

このように茶屋に寄った時点から、その後迫り来る試練の伏線が貼られており、そしてこの異世界に迷い込む旅こそ、旅僧の聖としての器量を試される修行の一環だったのでしょう。

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最後の旅僧の姿の意味

ちらちらと雪の降るなかを次第に高く坂道を上る聖の姿、あたかも雲に駕して行くように見えたのである。

『高野聖/泉鏡花』

若き日の怪奇譚を話し終えた旅僧が翌日去っていく姿が上記のように綴られています。

かつての試練を乗り越えた彼の姿に仏性を見出し、畏敬の念に駆られているようです。

とは言えは、彼の後ろ姿は畏敬の念に加え、どこかもの悲しげな雰囲気も帯びているように感じられます。

事実、彼は怪奇譚を話す途中、とりわけ美しい女に体を洗われた場面で、自虐的な笑い声を出すなど、どこか懐古的に浮ついている様子でした。あるいはわざわざ過去の出来事を、行きずりの人間に事細かく話すなど、彼がその出来事に異常に固執している証拠です。

ともすれば旅僧は、いまだにあの美しい女、魔性の女のことが忘れられず、その煩悩と向き合い続けているのかもしれません。

魔性の女だと知っていても、いっそ翻弄され破滅してしまいたいという男の欲望、しかし聖であるためにそれが叶わないもどかしさ。永久の渇きに耐えなければいけない苦しみ。

雲の上に凌駕していく旅僧の姿は、神聖を意味すると同時に、雲の上という俗世を離れた孤独な境遇であることを表していたのではないでしょうか。孤高とは、孤独な身の上に許される尊厳なのだと、彼の後ろ姿から感じられます。

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